34.出立の準備と情報集め

 さて、アテンシャの街に来てかなりのんびりしてしまった。

 ワドニス教のこともあるし、そろそろ出立する準備をしていかないとね。

 礼拝堂で日課のお祈りを済ませ、ミケーネと朝食を摂っている時のこと。


「ミケーネさん、ちょっとお話がありまして」

「何だい、急に改まって」

「ぼちぼち、王都へ向けて出立する準備をしようと思ってるんですよね」


 僕はミケーネに出立しようとしていることを伝えた。

 ミケーネは口の中のものを紅茶で流し込んで応える。


「そうかい、逆にいつになったら行くのか心配してたところだよ」

「あれ、そうなんですか?」

「そりゃそうさ。あんたがいてくれて助かってはいるけどね、そもそものお役目を果たさないといけないんだろう?」

「ですよねぇ」


 想像とは少し違った反応だったけど、確かにそうだよね。

 アテンシャの街に来た時から、ミケーネには旅の目的とか伝えていたし。

 それなのに逆に心配されていたとは、何か恥ずかしいな。


「街や教会の暮らしもそれなりに充実しているので、ちょっと甘えてたのかもしれません」

「そう言ってくれるのは嬉しいね。ただ、この先にあんたの存在を待ち望んでる人がいるかもしれないだろ?精霊様達もそうさね」

「うぅ、もっとしっかりしないとですね……」


 ミケーネは笑いながら、やれやれという感じで僕を見た。

 何だかお母さんに諭されている気分だ。

 色々と決意をしている割に、僕ののんびり屋な気質はどうにも変わらないらしい。前世ではいい歳した大人だったし、今世では15歳とはいえ成人しているわけだし、もう少し自覚を持たないといけないよね。

 僕の場合、焦っても碌なことにならないのは前世から分かっていることなんだけれども。

 まぁ、イケメン神様やラグフォラス様から急かされる感じもないから、大丈夫なんだろうと思ってもいるんだけどね。


「今日は冒険者ギルドに行く日だろう?王都までの旅に関しては冒険者の方が知ってるだろうからさ、話でも聞いてくると良いさね」

「そうします」

「何か必要なものがあったらお言いよ?手伝うからさ」

「ありがとうございます。その時はお願いしますね」


 そうして朝食を食べ終え、片付けをした。

 ミケーネの言う通り、今日は冒険者ギルドに行く日だし、情報を集めてこよう。帰りには、セルメリアと相談して市場で必要そうなものを揃えても良いと思うし。

 ギルドに行くまでの朝の時間は教会で来訪者の対応や掃除を行い、日が昇り切る頃にはギルドへ行くためにセルメリアと共に教会を出た。




 いつも通り冒険者ギルドに着くと、一室を借りて負傷者を受け入れるための準備をする。

 とはいえ昼の時間帯、大抵の冒険者は依頼で出かけているため閑散としている。この時間帯にやってくる冒険者は、僕が不在の間に負傷した人や依頼中に負傷して急遽戻ってくる人だ。

 今すぐに負傷者の対応をしないといけない状況ではないため、ギルド職員に情報を聞こうと受付に来てみると、ちょうど奥にルーカスがいるのが見えた。

 僕はルーカスに声をかける。


「ルーカスさん、こんにちは」

「エトさん、今日はギルドにいらっしゃる日でしたね」


 ルーカスは僕の方を見て、受付の方に来てくれた。


「あっ、仕事の邪魔じゃないですかね?」

「大丈夫ですよ。今はご覧の通り冒険者もいませんから。エトさんはですか?」

「今のところは負傷者はいないので、僕も大丈夫です」


 仕事の邪魔かと思ったけど、今なら大丈夫みたいだ。

 それならと、王都までの街や村の情報でも聞いてみよう。ルーカスなら詳しそうだし。


「今日は、ちょっと聞きたいことがありまして」

「何でしょう?私にお答えできることでしたら、お聞きしますよ」

「そろそろ王都へ向けて出立しようかなぁと思ってるんですけど、王都までの街とか村のこととか、情報が欲しいんですよね」

「そうでしたか、でしたら地図をお持ちしましょう」


 ルーカスはささっと受付の奥から薄茶色い紙を持ってきた。

 机の上に広げて、僕の方に向けて見せてくれる。


「こちらが、グラメール王国の地図です」


 そう言って見せてくれた地図は、前世の詳細な世界地図程ではないが、大雑把に街や村、森や川等が記載されたものだった。


「この地図の中央辺りにあるのが、王都グラメールです。ちなみに、アテンシャの街はここですね」


 ルーカスは地図の中央辺りにある城のようなものが描かれた部分を指差した後、そこから離れたアテンシャの街を指差して教えてくれる。それぞれ【グラメール】、【アテンシャ】と記されていた。

 アテンシャは地図の端っこの方だ。更に端にクルトアと書かれた箇所もある。

 アテンシャの街から中央の王都グラメールに近付くに連れて、先ずはクマリット様の守護する森があり、2つの集落のようなものが描かれていた。

 アテンシャから順番に、【モロッカ】→【カルースト】と記載されていて、王都グラメールへ繋がっている。

 地図を見れば色んな名前の集落が記載されているが、とりあえず必要な情報だけを覚えることにする。

 左肩に腰掛けているセルメリアさん、どうか覚えておいてくださいね?いや、そもそも知ってたりするのだろうか?でも真剣に地図を見てるし、しっかり覚えてくれてるみたいだ。


「南側の森の林道を歩いていけば、モロッカに繋がっていますよ」

「どれくらいで着けますかね?」

「途中野営しながら行くのでしたら、2〜3日程度で着くのではないでしょうか」


 クマリット様の森も結構広いんだなぁ。林道を歩いていけば良いなら迷うことはないだろうけど。

 補助魔法をかけて走ればその日の内に出られそうだけど、林道だと絶対目立つよね。それにまたクマリット様や、フェンリルと魔狼達にも会いたいし。

 2〜3日程度なら、食料はそこまで買い込まなくても良いかな。

 元々快適に旅ができるようにセルメリアが道具や食材を揃えてくれているし、何が必要かはセルメリアと相談してから買うことにしよう。セルメリアも何やら真剣に考えているし。


「ただ、モロッカへ行かれる際は気をつけていただきたいことがあります」


 ルーカスは真剣な様子で言った。


「気をつけること、ですか?」

「はい。モロッカは獣人族の村でして」

「獣人族の村……って、何か問題あるんですか?」


 このアルスピリアには、ファンタジーの定番である獣人がいる。

 クルトアでは見たことなかったが、アテンシャでは何人か見かけたよ。見かけた獣人は全員冒険者だったけど。


「……エトさん、獣人に対し差別があることはご存知でしょうか?」


 何だかルーカスが呆れた様子で聞いてきた。

 あれ、もしかして世間知らなさ過ぎって思われてる?

 いや確かに獣人差別なんて聞いたことありませんけれども。そもそもアテンシャに来て初めて獣人がいるって知ったくらいだし。


「残念ながら初耳です……」

「まぁ良いでしょう。少しだけ説明します」


 そう言ってルーカスは獣人差別について簡単に教えてくれた。

 そもそも獣人差別は、ワドニス教が発端とされているそうだ。

 人間を絶対的存在とするワドニス教。その信仰の考え方が派生し、いつの間にか人間以外の種族にも影響を及ぼすようになり、獣人族をはじめとした様々な種族を人族より下等な種族とみなすようになってしまったそうだ。

 それがきっかけで獣人差別を生んでいったのではないか、と言われている。それまでは特に差別みたいなものはなかったらしいよ。

 しかし、ここでもワドニス教のご登場ですか。

 グラメール王国としては差別を禁止しているが、ワドニス教の信者が多い王国では、どうも国民達の差別意識が強いそうだ。

 そこで街や村で人族と共に暮らすことに支障が出てしまった獣人達が、王国の温情を受けて開拓した村がモロッカということらしい。


「特にモロッカはそのような歴史のある獣人族の住む村ですので、昔から人間が近寄るのを嫌がる傾向にあるんです。なので、モロッカに立ち寄らずに次の街へ行く人も多いですね」

「そうでしたか」

「獣人族は基本的に魔力を持ちませんが、代わりに人間よりも遥かに高い身体能力を持っています。滅多なことはないと思いますが、自衛を考えて腕の立つ冒険者や護衛を雇う貴族や商人でもない限りは、モロッカには近付きません」


 獣人差別かぁ。また難しそうな問題を……。

 そういうのって、世界が変わってもあるものなんだね。

 僕にはいまいちよく分からない価値観だけど、よく考えたら僕も左手の紋章のせいで村から追放された身だったっけな。そりゃあ良い気分にはならないよね。


「モロッカには、冒険者ギルドはあるんですか?」

「一応ありますよ。モロッカのギルドは獣人族が中心になって運営されています。身体能力を活かして冒険者活動をする獣人も多いですからね。冒険者も、獣人に対し差別意識を持つ人間は比較的少ないですから」


 そもそも冒険者自体、特定の信仰を持つ者が少ないのだそうだ。

 確かに、ギルドや教会で冒険者の対応していても、そういうのに興味なさそうだったしな。

 信じるのは己の実力のみ、困った時の神頼み、くらいの感覚だろうか。


「でしたら、モロッカには気が向いたら寄ろうと思います」


 厄介なことには巻き込まれたくないから、何かあれば立ち寄ることにしよう。

 ただ獣人族の村ってことは、ワドニス教会は無いかもしれないな。精霊教会があるかも分からないけど、村がある以上は守護精霊がいるはず。

 モロッカに行くこと自体、意味はありそうだよね。

 何だかんだ、立ち寄ることになる気がするし。

 その辺は、お導きがあると信じて、その時の流れに身を任せるとしよう。


「あとは、カルーストについてですが……」


 そのままルーカスは、残りの街について教えてくれた。

 モロッカから山林を越えてカルーストがあり、そこから川を渡って、平原続きで王都グラメールへと繋がるそうだ。カルーストはアテンシャと規模は異なるが、王都に近いため賑わった街とのこと。

 山林では有益な鉱物が取れるらしくて、カルーストは武器や防具を扱う鍛治や商業が有名な街とのこと。グラメール王国の冒険者にとっては、憧れの街の一つなんだってさ。

 それにしても、また時間のかかりそうな旅路だよね。テレポートでもできれば楽なのに。創造魔法で何とかできないものだろうか?今度試してみよう。

 そうやってルーカスと話していると負傷した冒険者がやって来たので、話を終わらせて救護用の部屋に案内して対応した。

 対応した冒険者は猫の獣人だったけど、凄く優しくて人懐っこそうな獣人だったよ。パーティーメンバーとも仲良さそうだったし。


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