05.少年エトの記憶③〜村からの追放〜
次の日から、村人達の僕への態度が変わった。
急に、よそよそしくなったと感じる。
大人達は、僕を見つけるなり去っていく。
家のドアを閉める人もいた。
遠くから、村人達のヒソヒソ声が聞こえてくることもある。
子ども達は、さらに顕著だ。
今まで一緒に遊んでいた子ども達が、誰も近寄らなくなった。
輪に入ろうとすると、「来ないで!」と拒絶されてしまう。
そのうち僕は、自分から距離を置くようになった。
【呪われた子】
その言葉が、ずっと頭に残っている。
僕は、呪われているのだろうか。
僕は、呪われた存在なのだろうか。
僕が、この村に災いを呼んでいるのか。
僕が、神様を怒らせてしまったのか。
あの広場での出来事から、時々そんな考えが頭を支配する。
夜中にふと思い出して、泣いてしまうこともあった。
でもそんな時は、必ず父が慰めてくれた。
父の存在が、僕の心を保っていた。
☆★☆★☆
村の状況は一向に改善する気配は無かった。
村の雰囲気は依然としてピリピリしており、村人達の表情は硬い。
いつまでこの状況が続くのか、誰もが不安を抱えていた。
ただそんな状況でも、村全体で助け合ってこの状況を乗り切っていた。
畑仕事は、早く終わるよう集団で効率良く作業を行った。
集落から出れない子ども達は、空いた土地を耕して畑を作った。
近隣との交易も、通常より護衛を増やして村に来てくれた。
広大な畑を持つ村の作物は、近隣にとって大切な食料源となっているらしい。
以前より交易回数は少なく、一時的に物資を貰っていて借りを作っている状況だが、今の状況を脱したら、また村人全員で頑張ろうと奮い立たせていた。
しかし、次の年も不作が続いた。
工夫して頑張っても改善しない状況に、村人達は困り果てていた。
今年は無事に乗り切ることができるのか、不安も不満も常に付き纏っていた。
☆★☆★☆
僕は10歳になる頃には、家に引き篭もるようになっていた。
しかし、そうもいかないため外に出る。
ただ、外に出ると邪険に扱われることが増えていた。
「呪われた子だ!あっち行け!」
「家から出てくるな!」
「いつ村から出てくんだよ!?」
子ども達は僕を直接責めてきて、小石や枝を投げられることもある。
大人達が僕を遠巻きにするのを見て、いつの間にか真似るようになっていた。
そんな様子を見ていても、大人達は見て見ぬふりをする。
時々見つけた父が怒りにくるが、仕事のため四六時中一緒にはいられない。
僕自身も父の負担を減らせればと、井戸で水汲みをしたり、食料を分けて貰いに外に出た。
強い父の影響なのか、僕自身にも負けたくないという思いはあったのだ。
何より、責められる理由なんて無いはずだったから。
ただ、父は極力僕の傍にいてくれる。
話を聞いてくれるし、寂しそうにしていたら抱きしめてくれる。
10歳にもなると恥ずかしい気持ちもあったが、それでも父の存在は僕に安心感をくれた。
☆★☆★☆
村で協力して過ごしていたが、また不幸な出来事が起こった。
村の家畜が、魔物に襲われた。
畑仕事中は集落の外に出していたのだが、そこを狙われたようだ。
目撃しても危害を加えてくることのなかった魔物が、村に危害を加え始めた。
少しずつだが、魔物は確実に村に近づいてきていた。
村に緊張が走る。
家畜は集落の中だけで飼育し、畑仕事も警戒を強めた。
しかし魔物の目撃は増えていく。
とうとう村人の中には、畑に出たくないと言う者たちも出てきてしまった。
さらに、災いは加速する。
夏に大雨が続いた後、村人達が病に倒れだした。
年齢も性別も関係なく、腹痛を訴え、下痢や嘔吐をする者が出てき他のだ。
中には高熱を出し、床に伏せる者もいた。
村人達が日に日に倒れていく。
村に医者はいないため、病人の看病も十分に行えない。
食事も水分すらも取れず、遂に亡くなる人も出た。
村は、壊滅状態となっていた。
畑仕事も満足に行えず、村人も次々と倒れていく。
☆★☆★☆
体調の良い村人達だけで緊急集会が開かれた。
至急、近隣の街へ助けを求めるように。医者を連れて薬も貰ってくるように、と。
集まっているのは、20〜30代の若者が多かった。
村から出たことのない者も多く、魔物と遭遇する可能性の高い今、躊躇う者ばかりだ。
「俺が行こう」
誰も手を挙げない中、父が手を挙げた。
「おぉ、カトル。行ってくれるか…」
「引退した身とはいえ、これでも一応元冒険者だ。腕はこのザマだが、その辺の奴にはまだ負けねぇ。俺一人なら、馬に乗れば数日で行けるはずだ」
父は胸を張って言った。
そして、隣にいた僕を見る。
「エト、お前ももう10歳だ。数日くらい一人でいれるな?」
「……うん」
「お前なら大丈夫だよ。体も丈夫だろうしな」
父はニカっと笑った。
その笑顔に、少し勇気を貰えた気がした。
「じゃあ村長さんよ、俺が戻るまで、たまにで良いからエトの様子見といてくれ。今日はもう遅ぇから、明日の朝一で村を出る」
「頼むぞ。エトのことは…任せておくのじゃ」
家に帰ってから、父は遠征の準備をしていた。
僕は、父の様子をそっと見守る。
大きめな皮の鞄に、日持ちする食料や水袋等を入れていた。
「父さん、やっぱり僕、ちょっと心配……」
「なんだ、お前は心配性だよな。気が強くなってきたと思ってたが」
「だって、森の中って危ないんでしょ?」
「危ないかもな。でも、今は村の一大事だ。誰かがやらなきゃならないんだよ。そんな時は、助け合わないとな。これでも、現役時代はちょっとは名のある冒険者だったんだ。ちょっとやそっとの魔物には負けねぇよ」
父の冒険者時代の話は何度か聞いていた。
強くて、沢山の魔物を討伐したことも。
「今までお前と一緒にいられるようにしてきたが、そろそろ自立していかないとな。お前は心配性だが、何より父さんと母さんの子だ。なんだかんだ気の強い子だろうさ。心配すんな」
「うん」
「少しの間一人になるんだ。困った時は、誰かを頼るんだぞ。何でも無理してやろうとするな。頼るのは弱さじゃない。頼れないのが心の弱さだからな」
「分かった」
「お前なら大丈夫な気がするがな」
ワハハ、と。そう言って父は、僕の髪をくしゃくしゃにする。
「じゃあ、久しぶりに一緒の布団で寝るか!」
「げっ、それはちょっと」
「何だよ、いいじゃねぇか」
笑いながら、その夜は布団をくっつけて隣同士で寝たのだった。
そして、次の日の早朝。
父は荷物と剣を持ち、片腕で器用に馬に乗って、村を出た。
僕は父の姿が見えなくなるまで見送った。
その日の昼過ぎ。
家に人が訪ねてきた。
「エト、おるかの?ワシじゃ」
村長の声だ。
作業を中断してドアを開けると、ぎこちなく笑う村長がいた。
「村長?どうされました?」
「いや何、カトルにも様子も見るよう頼まれたしのぅ。見に来たんじゃよ」
いつもと違う様子の村長に、何となく違和感を感じる。
「ありがとうございます。大丈夫です。父も無事出発しましたし。…家に上がって行かれますか?」
「これ以上は特に用は無いの。お主がいるならいいんじゃよ」
何だろう、この違和感は。
不思議に感じていると、急に横から大きな影が飛び出してきた。
頭に強い衝撃がきた瞬間、僕は気を失った。
その光景をただ目の前で見ていた村長は…。
「連れて行け」
先程まで姿の見えなかった男達に言った。
☆★☆★☆
目が覚めた。
同時に、頭に強い痛みがあるのを感じ両手で押さえる。
「気づいたかのぅ」
村長の声がした。
ハッとして起き上がり、周りを見る。どうやら、村の広場にいるようだ。
離れた場所に村長が立っていて、その周りに村の男達が並んでいる。
状況が理解し切れない。家にいたはずなのに。
「村長…、これは…?」
痛みが残る頭を押さえて、立ち上がる。
事態が飲み込めないが、何か良くないことが起きているのは分かる。
鼓動が速くなってくる。
「エト、去年ここであったことは覚えておるな?」
村長が平坦な声で言う。親しみも何も感じない声。
去年といえば、広場で村の災いの犯人探しが起こった時だろうか。
嫌な記憶が蘇ってくる。
「ほほ、覚えておるじゃろうて。実はその後もな、村人達から時々相談を受けておったのじゃよ。皆が言うのじゃ。『エトを村から追い出せ』『エトを追放しろ』とな」
村長の周りに並ぶ男達が、気味の悪い笑みを浮かべている。
「だが、カトルに逆上されても困るでの。ワシも少しは様子を見ておった。しかしな、状況はどうにも良くならん。不作に、魔物に。おまけに村人達まで病に倒れだしておる。おかしいと思わんか?ワシも村で長く生きてきて、こんなのは初めてじゃ。明らかに、何か原因があると思うじゃろうて。『神様の怒りに触れた』、こんな理由でもないと説明できんわい」
僕は、はやる鼓動を抑えるために深呼吸をする。
「父も言っていましたが…、それと僕に、何の関係があるのでしょうか?」
「関係じゃと!?白々しい!お主の左手にあるそれは何じゃ!?カトルが何か言っておったがの、ワシは生まれてこの方、そんなモノを持つ者は見たことがないわ!『特別な力』じゃと!?お主に何の力がある?魔法が使えるわけでもなかろう。それが出てきた頃からじゃ、村に災いが起きてきたのは。そして今もずっと災いが続き、今ではこの有様じゃ!これ以上に何の理由がある!?」
村長の声が大きくなる。
周りの男達の、僕を見る目も冷たくなってくる。
「この紋章にそんなことが……」
「黙れ黙れ!お主の意見など聞かぬわ!【呪われた子】め!よくもワシらの村を脅かしてくれたな!お主のような異端児、この村から追放じゃ!!そんな気味の悪いモノ、金輪際見たくもないわ!!」
村長の言葉に、怒りが込み上げてくる。
僕が何をしたというのだ。適当な理由で当てつけて、邪険にして。
この村の人間達は、それこそ異常だ。
「早く此奴を、村から追い出すのじゃ!」
「おぅ!!」
男達が、一斉に僕へ向かってくる。
逃げようとするが、いつの間にか背後にいた男達に羽交締めにされ、動けなくなる。
別の男には顔を掴まれ、口に無理やり何か液体を流し込まれる。
抵抗しようにも、自分より大きい男達に取り押さえられて体が動かせなかった。
そして徐々に、異様な眠気に襲われて意識が遠のき、僕は完全に意識を失った。
「さて、どうなるかの。魔物の餌にでもなってしまうか。まぁ知ったことではないがの。これ、早く追い出せ。魔物が村に近づいても敵わんでの、森にでも捨ててくるのじゃ」
村長は意識を失った僕を一瞥し、その場を去った。
数人の男達が僕を荷車に乗せ、村の外へと運んでいった。
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