06.少年エトの記憶④〜森の中の廃墟まで〜

 村長や男達の手により、僕は村を追放させられた。

 男達は村から離れた森に僕を捨てると、魔物に遭遇する前にと直ちに村へ戻っていった。




 数時間が経ち、日が落ちかけてきた頃。

 僕は、目を覚ました。まだ少し眠気が残っている。飲まされたのは睡眠薬だったのだろう。

 再度眠り込まないよう上半身を起こし、目を擦り頭を振る。

 覚醒してきたところで、状況を確認しようと辺りを見渡す。


(……森、なんだよね?)


 木々が生い茂り、草木の匂いが立ち込める。

 日が落ちかけているため、薄暗い森の中は少し不気味な雰囲気を醸し出していた。

 起き上がろうと体に力を入れると、節々に痛みを感じる。

 男達に羽交締めにされたせいだろう、腕や足は部分的に赤くなっていた。


(追放か…)


 村長から【呪われた子】と言われ、羽交締めにされた記憶が蘇ってきた。

 今まで感じたことのない不安が押し寄せてくる。

 そして一人ぼっちになった状況に、涙が溢れてくる。


(これからどうしよう…。父さん…)


 今朝方、見送った父の顔が浮かぶ。

 もう父にも会えないのだろうかと、更に不安がよぎる。

 追放と言われた以上、村にはもう帰れない。

 しかもクルトアは辺境の村であり、すぐ近くに身を寄せることができる場所もなければ、家族以外に頼れる人もいない。

 どうしたら良いか、考える。


(この森を抜けたら、父さんに会えるかな…?)


 馬に乗った父に追いつけるとは思えない。

 いつ帰ってくるかも分からないため、この場で待っているわけにもいかないだろう。

 しかし、このまま森を行けば帰ってくる父とすれ違うかもしれないし、街に出ることができるかもしれない。

 まだ村の外に出たことがないため不明だが、大人達が言っていた情報から地形を推測する。

 クルトアは北西部に山があり、南東部に森が広がる。それぞれを越えた先に村や街があるのだ。

 今回父が向かったのは、南東部の森を越えた先にある街、アテンシャだ。

 そして辺りの状況から察するに、僕が捨てられたのは南東部の森だろう。ならば、この森を進めばアテンシャに辿り着けるはず。


(大丈夫かな…。魔物もいるって聞くし…)


 魔物の目撃情報が増えており、被害も発生している。森に捨てられた自分は格好の餌食だろう。

 正直、怖い。自分一人で森を抜けられるか不安だ。

 森を抜けるには、馬でも数日かかるという。歩きだとどれくらいかかるだろうか。

 そんな時に、『お前なら大丈夫だよ』という父の言葉と笑顔を思い出す。

 なぜだか分からないが、何とかなる気がする。


「行くしか、ないもんね」


 僕は立ち上がり、生い茂る木々の先を見つめた。

 すぐに割り切れることではないけれど、残された道は、それしかない。


(夜は危ないから、とりあえず隠れられそうな所を探そう)


 既に日が落ちかけており、森の先は見えにくくなっている。

 夜には活発になる獣や魔物もいると聞く。

 少し歩き回り、丁度身の隠せそうな大木の窪みを見つけて入り込む。

 お腹が空いてきたが、今日は我慢だ。

 夏の気候のおかげで、薄い布の服でも何とか野宿はできそうだ。

 身を丸めて休もうとするが、不安や緊張で目が冴えてしまう。


(明日はまず、林道を探そう)


 しっかりと寝付くことができないまま、夜を過ごした。




 朝、浅い眠りと窮屈な体勢でツラい体を起こした。

 魔物に見つからないよう、出来るだけ大きな音を出さないように歩く。

 日の差し込む方向から大体の方角を推測し、アテンシャの方向へ向けて歩くと共に林道を探した。

 旅や遠征の知識はないため、ひたすら歩く。途中、村で食べていた赤い木の実を見つけて空腹や喉の渇きを満たした。


「あっ、道がある!」


 木々の間を抜け、林道らしき道がある場所に出た。

 人の手が入ったと見られる砂利道が続いていた。

 これに沿っていけば、街に行ける。少しだけ先が見えた気がした。

 周りに人や獣の気配はない。

 一人道を進んだ。




 小一時間程歩いただろうか。

 少し休憩しようと、道の端にある木に寄りかかって座り込む。

 途中予備でポケットに入れておいた木の実を幾つか口に放り込む。口一杯に甘酸っぱさが広がった。


「結構歩いたと思うんだけどな…。森ってこんなに広いんだ…」


 初めて入る森。

 幼い頃、父に馬に乗せられた時に遠くから見たことがある程度だった。

 外の世界は広いんだと実感する。


「このまま、魔物に出会わずに行けたらいいんだけど…」


 そう願うばかりだ。

 特に武器となるようなものは持っていないし、元々争いを好まないので、父に剣や体術を教わったこともなかった。

 遭遇すれば、逃げるしかない。

 そんなことを考えていたからだろうか、遠くから狼の遠吠えのようなものが聞こえた。返すように、別の方向からも聞こえてくる。


「うわぁ…、どうしよう…」


 辺りに響く遠吠えに鳥肌が立つ。

 狼は群れで行動すると聞いたことがある。遭遇したら危険だ。

 見つかってはいけない。

 急ぎ足で身を隠せそうな場所がないか探す。だが砂利道が続き道傍に木々が並ぶだけで、良さそうな場所が見つからない。

 数分程歩いていると、徐々に遠吠えが近くなってきていることに気づいた。

 鼓動がどんどん早くなる。

 恐怖のあまり、小走りで林道を進んだ。




 林道を進んだ先、突如数メートル先に一匹の狼が現れた。

 全身濃い灰色に、目だけが異様に赤く光っている。村にいた犬より一回りは大きい。

 グルルル…、と威嚇するように睨んでくる。

 狼型の魔物だった。


「う…、わあぁ……」


 これはまずい。全身に冷や汗が吹き出してきた。

 逃げなきゃ…!!

 恐怖に震える足で、林道から逸れて森の中に突っ込んだ。

 木々の合間を一心不乱に走る。手足や顔に枝で引っ掻き傷ができるが、なりふり構わず森の中を走り続ける。

 ガサガサという音に、後ろから魔物が追ってくるのが分かった。いつの間にか数が増えている感じがするが、走るのに必死で後ろを振り返ることはできない。

 魔物の追う音が近づいている。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ…!!!)


 目に涙を溜めながらも、必死に走った。

 どれだけ走っているか分からない。

 森の中を走り続けていると、突如開けた場所に出た。

 開けた空間には、石造りの古びた廃墟がある。

 思わず立ち止まって目の前の廃墟を眺めていると、程なくして魔物が追いついた。

 振り返ると、5匹の狼型の魔物が僕を睨んでいる。


(もう…ダメなのか…?父さん、母さん…)


 ジリジリと近寄ってくる魔物から後退る。

 今にも飛び掛かってきそうな魔物達に身構えた、その時。



 キーーーーーン……



 大きな耳鳴りのような音が響いた。

 頭の中を揺さぶる不快な音に、思わず耳を押さえる。

 音を聞いた魔物達は、「キャンっ!」と驚いたように森の中へ逃げていった。


(な、なんだ!?)


 いまだに不快な音が鳴り響いている。

 そして、頭の中に何か見たことのない景色や人物等、膨大な記憶が流れ込んできた。

 突然の出来事に、気分が悪くなりその場に倒れ込んだ。




 こうしてエトは、前世の記憶を思い出すのだった。

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