07.精霊王と忘れられた教会
こうして僕は、少年エトとして前世の記憶を思い出した。
まだ少し不快感は残っているが、記憶の整理はついてきた。
「…これからどうしたもんかねぇ」
異世界に転生し、悠々自適なセカンドライフの始まりと思いきや、この状況だ。
故郷クルトアの村からは追放されてしまい、現在は父を追ってアテンシャの街に単身向かっている途中だ。
だがしかし、魔物と遭遇し逃げてきた先、この廃墟の前である。
「にしても、さっきの音は何だったんだろう?」
突如頭に響いた、不快な音。
魔物の襲撃から解放されたのはありがたいが、何が起きたのかは気になる。
魔物を追い払い、僕の記憶を呼び起こした大きな音。
「まさか、この廃墟に人がいるとか?」
どう見ても、人の気配や最近住んでいたような形跡を感じない廃墟。
いやまさか、アニメや漫画でよくある盗賊的な奴らが拠点にしてるとか……?でもそれなら、今頃僕を襲ってきているような……?やっぱり人はいないよな……?
そういえば先程目が覚めてから、何となく黒い霧のようなものが立ち込めている気がする。
廃墟に黒い霧、何かお化けが出そうな怖い雰囲気だ。
恐る恐る、廃墟の入り口であろう木の扉の前に近づく。
「お、お邪魔しまーす」
古びた影響か、開きにくくなった木の扉を力を入れて開ける。
中は薄暗く靄が立ち込めているが、天井が所々ガラス張りになっているためか太陽光が入ってきている。
扉の前から真っ直ぐに奥へ続く通路があり、通路の横を朽ちた木製のベンチが並んでいる。
奥へ進むと、段の上に石造りの祭壇らしき長方形の台があり、奥の壁一面には壁に直接彫り込まれた巨大な石像があった。長髪、足元まである長い民族衣装のような布を纏った女性の像。
ただその女性像の背中には、羽のようなものが生えていた。
女神か、天使か。はたまたイケメン神様が言っていた、精霊とやらか。
石像の前まで歩いていき、振り返って廃墟の中全体を見渡す。
「ここって、教会なのかな?」
一通り見た感じ、この廃墟は教会のような印象を受ける。前世でテレビや同僚の結婚式の時に数回程度しか見たことないが。
この世界の信仰については、少年エトの記憶も曖昧だ。村でも「日々の恵に感謝を〜」的なことは言っていたはずだけど、特定の神様とか宗教を崇めていた記憶はない。だが雰囲気としては、この巨大な石像を信仰の対象として祀っているのだろう。礼拝堂に十字架があったり、神社に仏像があるような感覚だ。
前世でも特定の宗教に入信していたわけではないが、とりあえずその場で手を合わせて壁の女性像にお祈りをする。
そういえばイケメン神様は、困ったら祈るよう言ってた気がするな。
「………こういう時、何を言ったらいいのかよく分からないなぁ」
お経とか祝詞とか色々あるのだろうが、どうもそういう知識や経験が乏しくて分からない。
見上げて石像をよく見ると、薄っすらと黒い靄に包まれているように見えた。
そして何より、なぜか寂しそうに、痛みに苦しんでいるように見えてしまう。
なぜそう見えるのかは分からない。けれど、石像を見ていると、胸が締め付けられる感じがする。
「なんかよく分からないけど…」
前世の感覚が蘇る。
傷ついていたり、苦しんでいたり、悲しんでいたり、そんな人を見るとどうしても放って置けない、そんな感覚。
自分に何かできることはないかと、思いを馳せる感覚。
笑顔を見せてほしいと、願う感覚。
幼い頃からそんな感覚を持ち、看護師になった前世の僕。
その感覚と共に、胸の奥に何か温かいものが湧き上がってくるのを感じた。
その温かいものが、徐々に全身を巡って満たされたような感覚になる。
そしてふと頭に、目の前の石像に向けた言葉が浮かぶ。
「痛いの痛いの、飛んでいけ〜」
目の前の石像に対し、かなり失礼と思われそうな言葉が出てきてしまった。
しかし言葉の後から、全身を巡る温かい何かが溢れ出した。
全身を金色の光が包みだす。
理解の追いつかない状況にあたふたしていると、金色の光が強くなり、辺り一面に花火のように弾けた。
弾けた光が、教会の中をキラキラと舞っている。
その光が、石像を纏っていた黒い靄を消していく。そして教会に立ち込めていた黒い霧も消し去っていく。
そんな一連の様子を、僕は愕然と眺めていた。
「な、な、な、なんじゃこりゃ……!?!?」
驚きのあまり一人で情けない声を出してしまった。
何が起きたのか、よく分からない。
あの金色の光は何だ?僕から出てきたけど??
何かキラキラしてるし、黒い霧どっかいっちゃったし!
まさか!これが魔法というやつか!?
一人興奮してテンションが上がっていた時、石像から声が聞こえた。
「ありがとうございます」
「ひゃっ!!」
突然の声に驚いてしまった。
石像の方を見ると、石像の胸の辺りから石像の姿そのままの女性が飛び出してきた。
そのまますぅっと、僕の前に降りてくる。
女性の背は今の僕より少し高め。
よく見ると女性は、体に薄く黄色い光を纏って神々しい雰囲気を醸し出している。
「貴方が助けてくださったんですね。改めて、ありがとうございます」
「あっ、いえ、あの…。はい、こちらこそです…」
絶世の美女と言っても過言ではない女性に、微笑みかけられる。
少し恥ずかしくなってしまい、上手く返事ができなかった。
落ち着かない様子でいると、彼女の方から声をかけてきた。
「私は、精霊の女王ラグフォラスと申します。ここは、精霊信仰を謳う教会。とうの昔に人々から忘れ去られてしまった場所です。エト、貴方が来てくれて良かった」
「精霊の女王様ですか…」
「はい。このアルスピリアで、精霊を統べる【精霊王】の位を拝命しております」
うわぁ、精霊の女王様か……。
いきなり凄いお方と出会ってしまったよ。まさにファンタジー。
これがイケメン神様の道標というやつなのだろうか…。
ラグフォラス様曰く、精霊にはそれぞれ階級があって、精霊王→大精霊→上位精霊→中位精霊→下位精霊がいるそうだ。
僕の目の前にいるお方は、精霊界のトップというわけですね。何だか恐れ多くなってきてしまう。
「そういえば、僕の名前をご存知なんですね?」
「ええ、もちろん。貴方が生まれた時から知っていますよ。そして今この時のように、私と出会うこととなる運命も」
流石精霊の女王様、色々とお見通しなんですね。
僕が転生してきたこととかも知っているのだろうか?
「その……、僕が転生者ってこともご存知なのでしょうか?」
「ええ、勿論知っていますよ。前世のことまでは詳しく分かりませんが。アルスピリアでは、数百年に一度創造神様から選ばれた異世界からの転生者が現れると言われているんです」
そしてラグフォラス様は転生者に関することを教えてくれる。
・転生者は数百年に一度現れる
・転生者はそれぞれ特別な力を持っている
・特別な力やその役目は時代によって違う
どの転生者にも共通しているのは、特別な力を持ってアルスピリアのために活躍するそうだ。
転生前に、創造神より依頼を受けてこの世界にやってくると。
かつては、世界を支配しようとする魔王を封印した勇者がいたり、争いが続く世の中を平和と安定に導いた善良な為政者もいた、とのこと。
僕って、その内の一人ってことだよね?過去の転生者のことを聞く分には、かなり責任重大だと感じてしまうのですが……。
「エト、貴方の左手にあるのは【聖なる紋章】です。邪の力を癒す、聖なる力を持った人間が授かる紋章ですよ。貴方は強い聖属性魔法の素質を持っているのでしょう。私を蝕んでいた瘴気の穢れを癒してくれましたから。あれ程の穢れ、並大抵の聖職者でも癒すことはできないでしょう」
「転生する時に、神様にそんなことを言われた気がします。癒しの力で世界中の瘴気の穢れを癒してほしい的なことを」
「そうでしたか。創造神様とそのようなやり取りをされていたんですね」
「はい。あとは、精霊と人間を繋いてほしいとか何とか……」
「創造神様はそのようなことまで……」
ラグフォラス様は苦笑していた。
ラグフォラス様曰く、この世界には古くから精霊信仰と呼ばれる信仰があるそうだ。
世界中のあらゆるものに精霊が宿り、世界を護り導いているという。
日本に古来からある、『万物には八百万の神が宿る』という文化と似ている気がする。
このアルスピリアでは、その精霊信仰が人々から忘れ去られていっているそうだ。
「精霊の力の源は、人々からの感謝や信仰心です。精霊の存在そのものが忘れられ、信仰心が失われつつある今、私たち精霊が力を無くし世界を守護することが難しくなってきているのです。瘴気の穢れも、その一つと言えるでしょう」
瘴気の穢れが発生することで、天災や飢饉・疫病等が起こり人々の生活を脅かす。
そんな状況から、精霊達が護ってくれているという。
イケメン神様も、そんなこと言っていたなぁ。
「そういえば、アルスピリアには元々聖なる力とやらを持ってる人達はいるんですよね?」
「その素質を持った聖職者はおります。けれど、その数は年々減っていますし、昔程の力も無いのです。かつてはどの村や街にも存在していた精霊信仰の教会も無くなり、精霊信仰自体も他の信仰に変わってきているんです。貴方のいたクルトアでも、精霊信仰は存在していなかったでしょう?」
「あぁ、そういえば精霊の話は聞いた記憶がないですね……」
村での記憶を辿っても、精霊の話を聞いた覚えはない。
精霊という存在がいることすら知らなかった。そもそも村には教会すら無かったし。
「クルトアも、昔は精霊信仰が盛んな辺境の村でした。日々の生活や収穫の感謝や歓びを祝い、この教会に来て祈りを捧げていたこともありましたよ。しかし、時代とともに忘れ去られたようですね。それでも日々の何気ない感謝が力にはなっていましたが、信仰自体が失われては大した力にはなりません。何事も無ければ良かったのかもしれませんが、不作から始まった村人達の負の感情が瘴気となって長い間蓄積され、沢山の不幸を呼んでしまったのでしょう」
「そうだったんですね……」
「安心してください、貴方は【呪われた子】ではありませんよ。逆に貴方の存在が、村の瘴気の発生や穢れの進行を遅らせていたはずですから。覚醒はしていなくても、聖なる力が貴方を守っていたはずです」
ラグフォラス様はニコっと笑った。
僕が村から追放されたことを気にして言ってくれているのだろう。
既に少年エトの人格が前世の人格に上書きされつつあるとはいえ、その言葉にホッとする。
正直、良い思い出ではないもんね。
「そういえば、神様と精霊は違うんですか?信仰の対象としては、同じようなものだと思うのですが」
「神様は、アルスピリアを創られた創造神様のことですね。確かに創造神様も一種の信仰ですが、あくまでこの世界の事象に関与することはありません。世界を見守っていてくださる保護者のような存在ですね。対して私達精霊は、このアルスピリアを守護し導く存在です。世界の均衡を保つ役割を持っています。そして精霊は、存在し力を発揮するために人々の信仰心を必要とします」
難しいけど、存在意義的な違いなのかな。
神様が新しい世界を創って、その創られた世界を管理運営するのは精霊達的な。
イケメン神様、世界の均衡が崩れるとかどうとか言ってたもんな。
そう考えると、地球ってどうなってたんだろう?と疑問は浮かぶけど、難しそうなことは考えないことにする。
「アルスピリアの精霊達は、力を失いつつあります。そのため、精霊を統べる私ですら瘴気の影響を受けてしまいました。創造神様はきっと、瘴気によって穢れた世界を癒し、力を失いつつある精霊や災いに苦しむ人間を救うように貴方を遣わしてくださったのですね」
「いやぁ、そんな大層なことできますかね……」
「きっと大丈夫ですよ。貴方は創造神様に選ばれた人間です。そしてこの教会に来て、聖なる力は覚醒したようですし。それに、創造神様の寵愛を受けているようですしね。貴方を状態異常や即死から護り、幸運を運んでくれているみたいですよ」
イケメン神様の寵愛ってそんな凄い効果があったのか。
エトの体が丈夫だったのも、この教会に辿り着いたのも、運命とか言ってたけど寵愛とやらのおかげでもあるのかな?神様ありがとう。
壮大な話に浮ついているが、しかし直近の僕には大きな問題があった。
「しかし、ラグフォラス様……」
「どうされました?」
「僕、村から追放されてここにいるじゃないですか……。これからどうしたら良いかと……」
そう、僕は村を追放された身だ。
今更教会での話を持って村に戻ったとしても、誰も僕を受け入れてはくれないだろう。
ラグフォラス様に証人になってほしいとお願いしたいところだが、村人達には精霊の姿は見えないし、声も聞こえない。
「エト、この教会で暮らしなさい。この礼拝堂の奥に、大昔にこの教会にいた聖職者達が使っていた部屋があります。直せば使えるでしょう。それに、これから世界中を回るためには強くならなくてはいけませんから、剣や魔法の腕も磨きなさい」
「ありがたいお話ですが、正直ここ住めるんですか……?それに腕を磨くと言っても、僕そういう経験は全く無いですし……」
「ふふふ、もう何百年も前に朽ちてしまった教会ですからね。でも安心してください。貴方のおかげで力を取り戻しましたし、何とか致しましょう」
至れり尽くせりで助かるなぁ。これもイケメン神様の寵愛の賜物か。
それに、剣や魔法も習ったことがないから詳しく知りたい。イケメン神様が使えるようにしとくって言ってたのも気になるし。
「今後その時がくれば、この教会からも旅立つことになるでしょう。貴方をお選びになった創造神様が、きっとこれからも導いてくれるはずです。その時まで、ここで過ごしてください。この世界での貴方はまだ子どもですから、お世話係となる精霊や、剣と魔法の師となる精霊を呼びましょう。うふふ、これからが楽しみですね」
なぜか僕以上にワクワクしているように見えるラグフォラス様。
ここは、ありがたく受け取らせてもらおう。
僕もやっとセカンドライフらしい展開になってきたと、少しワクワクしていた。
そんなわけで、これから教会での新しい生活が始まる。
しかし、この廃墟でどうやって過ごすんでしょうね……。
ボロボロな教会の中を見渡して、少し不安を感じる僕でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます