08.教会での暮らし
ラグフォラス様の勧めもあり、教会での暮らすこととなった。
教会の礼拝堂の奥に扉があって、その奥に僕が住む予定の部屋がある。
しかし中も見事にボロボロであり、木の椅子やテーブル・ベッドはあるが、全部使い物にならなそうだった。
正直不安で、数日は教会や部屋の修繕作業から始まるかと思っていたが、ラグフォラス様が笑顔で指を一振りすると、教会全体がたちまち新築同様に綺麗になった。
何が起こったんだ……、と驚いてラグフォラス様を見ると、
「私は精霊王ですからね。力を取り戻した今、これくらいはできて当然です!」
「できて当然ですか……。精霊の王様だけあって、やっぱり凄い力をお持ちなんですね」
ラグフォラス様は得意げに、そして大層満足げに言っていた。
初対面ではお淑やかな印象だったけど、割と気さくでお茶目な一面があるようだ。
僕としては、その方が接しやすくて助かる。
前世では社会人だったので、神様とか精霊王様とかやんごとない身分の方々にはそれなりの気を遣ってしまう癖ができている。
そういう意味では、今のラグフォラス様は柔らかい印象で関わりやすかった。
「教会で暮らす以上は、エトには快適でいていただきたいですからね!」
「お気遣いありがとうございます」
ちなみに後日見たら、教会の裏にあった残念な状態の畑は綺麗に耕され季節の野菜が実っていた。
ボロボロになっていた井戸も綺麗になり、新鮮な水が湧いているようだ。
ラグフォラス様曰く、土や水の精霊の力で蘇らせたそうだ。
精霊って凄い。そりゃあ人々もありがたくて信仰心持つようになるよね。
なんで忘れちゃったのか不思議だ。
「人間は、どんなことでも当たり前になるとその恩恵を忘れてしまうものです。文化や文明の発達もあるでしょう。土地は整備され、栄えた街や村では食物に困らないところもあるでしょう。精霊の守護が無くとも、ある程度は人間の力だけで生きていくことができるようになってきたのですね。寂しいですが、仕方のないことです。本来は、そうならないためにも日々精霊信仰の聖職者達が活動しているですけどね。信仰そのものが失われてきていては、その勤めも難しいでしょう」
当たり前になると忘れる、という言葉にハッとする。
前世では日々の生活のために働いてはいたが、正直衣食住に困ったことはなかった。
休んだり遊んだりする時間が欲しい、とか。
もっと贅沢な暮らしをするお金が欲しい、とか。
そんなことばかり考えていたように思う。
ご飯をお腹一杯食べるとか、温かいお風呂に入るとか、ふかふかな布団で寝るとか、ネットでいつでも他人と繋がれるとか、当たり前過ぎて日々作業みたいにこなしていたけど、アルスピリアに転生してからは全然当たり前じゃなかったことを実感する。
「僕も反省しないといけませんね。前世では文明が発達して、それなりに贅沢で平和な暮らしをしていたから、色んなことが当たり前になり過ぎてた気がします」
「気付くことができれば良いのです。気付いて、変わろうと思えば良いのです。そうすればいつだって、またやり直すことはできますから」
ラグフォラス様は、反省する僕を優しく諭してくれる。
この異世界アルスピリアは、電気やガスといった文明や科学技術が未発達だ。よくアニメや漫画の異世界転生ものの設定で見かける中世ヨーロッパ並み、という表現の仕方が合っていると思う。
僕自身、まだクルトアの村で生活した記憶しか無いが、機械類は無く基本全てが手作業だった。
食事は、畑が不作になってからは硬いパンや味の薄い野菜スープで細々と暮らしていた。
体は数日に一回、桶に組んだ水を使って体拭きをしていたし。
車も無いな。荷車や馬車はあったけど。
勿論、スマホなんて無い。
改めて、前世での便利で当たり前な生活を知り過ぎているからこそ、今この世界での暮らしに感謝を忘れずにいようと心に決めたのだった。
教会に来てからは、ラグフォラス様が張り切って暗くても明るく照らしてくれるし、火や水の魔法で何だかんだ便利な暮らしをさせてもらっているけれど。それも当たり前ではないもんなぁ。
精霊の力の凄さには毎回驚かされるけどね。
☆★☆★☆
「エト、新しい家族を紹介しますね」
教会に来て数日経ったある日の朝。
井戸水を汲んでいる時に、ラグフォラス様が声をかけてきた。
「家族、ですか?」
「はい、以前お話ししていた世話係や師のことです」
ラグフォラス様が「こちらへ」と言うと、どこからともなく3人の精霊が姿を見せた。
「さぁ、それぞれ自己紹介を」
そう言われると精霊達は一列に並び、それぞれ畏まった様子で自己紹介を始める。
「セルメリアでございます。これからエト様の身の回りのお世話をさせていただきます」
セルメリアは掌サイズの小さな精霊で、金髪ポニーテールで緑色の瞳を持っている。見た目は高校生くらいに見えるな。薄透明の羽をパタパタして宙に浮いていた。これぞ、おとぎ話の妖精さんって感じの印象を受ける。お世話役だからか、丈の長い給仕服を着ている。
「ゴルドスです。剣や体術を教えましょう」
ゴルドスは、銀色の短髪で黒い瞳を持つ、スラッと背の高い精霊。30歳手前って感じだろうか?紺色で露出の少ない騎士のような格好をしている。とても礼儀正しそうで妙な落ち着きがあり、クールな騎士様って感じがする。
「パメーラよ。貴方に魔法を教えるわ」
パメーラは、サラサラな黒い長髪に紫の瞳を持つ精霊。黒くてタイトめなワンピースに全身を包んでいる。妖艶な雰囲気があり、若く見えるが何となく大人っぽい余裕を感じる。まさしく魔女って感じのお見た目だ。僕より頭一つ分ほど背が高かった。
「エトです。よろしくお願いします」
僕はお辞儀をして目の前に並ぶ精霊達を見る。
これまたキャラの濃そうな精霊達だ。
アルスピリアには人間と同じで色んな個性を持った精霊がいるんだな、と思う。
それなのに、ラグフォラス様含め揃いに揃って全員美男美女だ。精霊は皆そうなのだろうか?神様もイケメンだったしな……。
「セルメリアは元々私に仕える精霊です。私が動けなかったこの数年は、違う精霊の元に行って仕えていました。ゴルドスは、その昔魔王を倒した勇者の聖剣に宿った精霊ですね。パメーラは、史上最強と言われた大賢者の杖に宿った精霊です。これからエトの世話係と、剣と魔法の師となります。何より教会で一緒に過ごす家族になりますから、仲良くしてくださいね」
「「「よろしくお願い致します」」」
3人の精霊達も、声を合わせてお辞儀をした。
キャラも濃そうだけど、何かまた凄そうな精霊達が来たな。
勇者の聖剣に大賢者の杖とか、それこそ伝説的な存在だよね。そんな精霊達に剣とか魔法を教えてもらうなんて、恐れ多過ぎるよ……。
☆★☆★☆
3人の精霊達が来てから、教会での暮らしがより慌ただしくなった。
セルメリアはお世話係として、起きてから寝るまで色々と給仕してくれる。
朝が弱い僕を起こすところから始まり、朝昼夕は美味しいご飯を作ってくれる。
体拭きまで手伝ってこようとするが、流石にそれは自分でやる。精神年齢は32歳だからね。それなりの羞恥心はある。
彼女はとにかくテキパキと働く。炊事洗濯、教会中の掃除から整理整頓、庭や畑の管理まで…。
見た目は若いのに、母親にお世話されている気分になる。
しかし元々面倒くさがりの僕は、彼女に甘えて怠惰なダメ人間になりそうだ。それくらい何でもできて何でもしてくれる、スーパーお世話係さん。
今日も、美味しそうなパンケーキとサラダを作ってくれる。
毎日美味しいご飯が食べれるのは、本当にありがたいよね。
ただこの教会で色々な食材を使ったご飯が食べれることが疑問で聞いてみたら、「それは秘密です」とはぐらかされてしまった。
「セルメリアってさ、お世話係になってから長いの?」
「ラグフォラス様が精霊王になられた頃から仕えておりますので、もう数百年は経つかと」
「おぉ、おばあちゃん……」
「失礼ですね。そもそも精霊には人間のように年齢という概念はありません」
そうなんだ。失礼しました。
精霊とはいえ、女性に年齢に関する話題はいかんね。セルメリアは顔には出さないがちょっと不機嫌そうだ。
「ちなみにセルメリアは、ずっとお世話係をしてるの?」
「私は元々はどこにでもいるような下位精霊でした。そこから修行して上位精霊になり、ラグフォラス様にお仕えする資格を得ましたね」
セルメリア曰く、精霊王や大精霊といった高位の精霊に仕えることができるのは、上位精霊だけだそうだ。
精霊の世界にも、色々決まりはあるんだね。
「精霊は、みんなセルメリアみたいに昇格を目指すものなの?」
「それは精霊によるでしょうね。下位や中位のまま自然の中で自由に暮らしているのが好きな精霊もおりますし、私のように日々修行し、より上位の精霊を志す精霊もいるでしょうし。詳しくは分かりませんが、人間も同じようなものでしょう?」
確かに人間も、平社員で穏やかに過ごしたいと思う人間もいれば、バリキャリ思考で昇格したり独立したりする人もいるもんね。
僕は特に上昇志向を持ってる人間ではなかったけど。周りには専門的な勉強をしたり、管理職になりたいって人もいたもんなぁ。
精霊にも、色んなタイプがあるらしい。
「エト様は、これから成長するために剣や魔法をお勉強なさるのに集中していただきたく思いますし、ラグフォラス様の願いでもありますから、そのお手伝いをできるように精一杯お仕え致しますよ」
「あ、ありがとう……。よろしくお願いします……」
セルメリアって、使命感とか責任感とか結構強いタイプだよね。
どれだけ凄いことなのかは分からないけど、自分の意思で修行して下位精霊から上位精霊になるくらいだし。
僕なんかのお世話係で良いのだろうか、なんて考えてしまう。
とはいえ、彼女がいてくれるおかげで色々と助かっている。
前世の看護師時代には患者や家族にああだこうだ言っていた自分だが、自分のこととなるとどうもやる気が起きないのだ。疲れていたのもあるとは思うけどね。
「今日は剣を学ぶ日でしたよね。そろそろ良い頃合いですから、早く食べてゴルドスの元に行ってきてください」
お世話係がいてくれるのはありがたいけど、何だか実家にいる気分だ。
社会人になってからはずっと一人暮らしで怠惰な生活を送っていたから、セルメリアのきっちりさに慣れることができるか心配だなぁ。
とりあえず朝食を急いで食べて、ゴルドスの待つ庭に向かうことにする。
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