23.アテンシャの街の守護精霊
アテンシャの街に滞在して、そろそろ半月になる。
こんなにのんびりしていても良いのだろうかと思いながらも、父と再会した嬉しさもあり、再会してからはほぼ毎晩のように一緒に食事をしている。
どうも、ガルバを含めた門番仲間達が気を利かせてくれているそうだ。
食堂に行ったり、お酒は好きではないけどバーのような店に連れて行かれたり。父曰く、「息子と酒が飲めるなんて嬉しいもんだぜ」とのことだ。
僕は前世では独身貴族だったからな……。父親のそういう感覚はよく分からない。
まぁ、父が楽しそうにしてくれているなら何よりだ。
そして今日は、父が教会に来て、ミケーネと一緒に三人で夕食を食べる予定になっている。
朝からミケーネも張り切っているよ。セルメリアも料理の腕を振るいたそうにしているが、ここはミケーネに任せようと思う。セルメリアが不機嫌そうにしていたよ。ごめんね。
そんなこんなで、朝のお祈りの時間。
礼拝堂の祭壇前でいつも通りお祈りしていると……
「お主かの、妾を起こしてくれたのは?」
「……はい?」
何やら声が聞こえてきた。幼い女の子みたいな声。
礼拝堂を見回すが、ミケーネ以外誰の姿も見えない。
「どうしたんだい?」
「あ、いや、何か声が聞こえた気がしまして」
「声?私には何も聞こえなかったけどね」
「そうですか……」
気のせいかな?
集中が途切れてしまったので、もう一度目を閉じてお祈りの続きをする。
するとやはり……
「これ、妾を無視するでない」
「えっ?」
同じく幼女の声がする。
やっぱり誰かいる?
お祈りを中断して礼拝堂をキョロキョロしていると、
「ここじゃ、ここ」
声が近くなり、左肩をトントンと叩かれた。
「うわぁ!」
「エト!?どうしたんだい!!??」
びっくりして変な声を出してしまった。礼拝堂に響いてしまう。
隣でお祈りしているミケーネも驚いていた。
叩かれた左肩を確認し後ろを振り向こうとすると、左頬にぐにっと何かが突き刺さる。
視線の先には、セルメリアと同じくらいの大きさの幼女……、精霊がいた。
黒髪のおかっぱ、童話に出てくる座敷童みたいな見た目の精霊だ。
彼女の人差し指が、僕の頬に刺さっていた。
「あっ、どうも……」
「あはははは!お主、エトというのか!面白いのぅ、気に入ったぞ!」
「………」
幼女精霊は満面の笑みでこちらを見ている。
僕は、驚きを通り越して呆れた顔で精霊を見た。
こんな精霊もいるんだな……。というか、本当に精霊なのか?
「あの、どちら様で……?」
「おぉ、すまんな。妾はこの街の精霊アテンシャじゃ。この教会の主でもあるぞ」
「ア、アテンシャ様ですか」
「そうじゃ。この街の守護精霊ってとこかの」
自らをアテンシャと名乗る幼女精霊。街の守護精霊なのか。
「エ、エト、大丈夫なのかい?精霊様がいらっしゃるのかい?」
「あぁ、すみません。どうも守護精霊様がいらっしゃるみたいで。ちょっとお話を……」
「そうだったのかい。この街にもいてくださってるんだね。ありがたいことだよ」
そう言うとミケーネは、「邪魔しちゃ悪いから、私は朝食の準備してるよ!」と奥の部屋に引っ込んでしまった。
遠慮しなくて良いのに。というより、この幼女精霊と二人っきりにしないでほしい。
そう思っていたら、礼拝堂の騒ぎを聞いてセルメリアがやって来た。お祈りの時間の時、彼女はいつも邪魔にならないようにと別のことをしているのだ。
「エト様、どうなさったのですか……あら、アテンシャ様ではありませんか」
「おぉ、セルメリア。久しいの」
「お久しぶりでございます。お元気そうですね」
「そうでもないぞ。やっと起きれたんじゃからなぁ」
セルメリアが来るなり、アテンシャ様と何やら仲良さそうに会話している。
小さい精霊同士のやり取り、見ていて何だかほっこりする。
「二人とも知り合いなんですね」
「えぇ、森の教会から近いですからね。以前は時々会っておりました」
「妾も、時々森の教会までラグフォラス様に会いに行っておったぞ」
旧知の仲らしい。ラグフォラス様とも会っていたのか。
「それにしても、『やっと起きれた』ってどういうことでしょうか?」
「あぁ、まぁ色々あってだな……」
アテンシャ様は、気まずそうに話出した。
「……と、いうわけじゃよ」
「アテンシャ様も大変だったんですね」
礼拝堂のベンチに座り、話を聞いていた。
アテンシャ様曰く、どうも深い眠りについていたそうだ。
街の精霊信仰が忘れ去られていき、力を失ってここ数百年は眠っていたらしい。
ただ瘴気が発生しなかったのは、街の精霊教会に数少なくなっても信者が来訪してくれたり、聖職者達が弱い力でも祈りを捧げてくれていたからだという。
そこに僕が来て、久々に毎日強い聖魔法の力を浴びて、元気になったそうだ。
そして、つい先程目覚めたらしい。
「いやぁ、お主の祈りは実に素晴らしい。調子も良いし、肌もプルプルじゃ」
「それなら良かったです」
幼女がお婆ちゃんみたいなことを言っている。口調も相まって、何か変な感じだ。
嬉しそうにしてるから良いんだけどさ。
しかしラグフォラス様も言ってたけど、聖魔法の力って凄いんだな。力を使っている気はなかったけど、祈りを捧げること自体にこんな効果があるとは。
それに、話を聞く限りだと、聖職者や信者の日々の信仰心や祈りも大事なんだなぁ。
「そういえば、街にも守護精霊って存在してるんですね」
「本来は、どの国にも、街や村にも必ず教会があって守護精霊がおるのじゃ。それぞれの街や村の名前は、そこにいる守護精霊の名前が由来になっておる。日々そこに住む人間達の信仰が我ら守護精霊の力となっておるのじゃよ」
ということは、やはりアテンシャ様はこの街の守護精霊なのだろう。
少しだけ疑っていました。ごめんなさい。
ちなみにアテンシャ様は、精霊の階級で言うと上位精霊なのだそうだ。街や村の守護精霊になる精霊は、上位精霊か中位精霊となるらしい。国という規模となると、大精霊が守護精霊になるとのこと。
「しかし久しぶりに目が覚めてみれば、この街の立派になったもんじゃな。妾が眠りにつく前は、辺鄙な場所じゃったのに」
「数百年も眠っていたら、そうなりますよね」
「瘴気も発生することなく、街が護られてきたのは妾のおかげじゃな!勿論、お前達人間が日々妾を祀っていたおかげでもあるがな!」
数百年も眠っていた割にかなりお調子者な精霊だな、とは言わないでおく。
しかし、信仰さえ残っていれば街や村は精霊から護られるんだな……。
「なんじゃお主、浮かない顔じゃな」
「いや、まぁ、クルトアの村も信仰が残っていればなぁと思いまして」
僕は、アテンシャ様にクルトアが滅亡したことを話す。
「クルトアがの……。あそこは信仰が盛んな村じゃったのに、残念じゃの。妾が眠りにつく前から既に教会は取り壊されておったがな。愚かなことじゃ」
「クルトアにも、守護精霊様はいたってことですよね?」
「いたぞ。隣同士で妾も仲良ぅしておった。しかし、教会が無くなってはな……。守護精霊にとって、その場所にある教会は家のようなものじゃ。せめて、代わりに祠のようなものでも造って祀れば良かったのじゃがな」
「……村にそんなものは無かった気がします」
思い起こす限り、村でそんなものを見たことはなかった。
教会があったなんて話も聞いた覚えがないし。
「守護精霊のクルトアは嘆いておったよ。最初こそ見守っておったが、長く持たず、力を失って消滅してしまった。寂しかったの……」
アテンシャ様は悲しそうな顔をする。
仲の良かった精霊が消えたのだ。寂しく思うだろう。
そんな寂しそうな顔を見て、僕は思う。
「アテンシャ様、僕が絶対に、この教会もアテンシャ様のことも守ります。失わせるようなことはしません。だから、この街で元気でいてください」
アテンシャ様が、目を見開いて僕を見た。
少し、目が潤んでいるような気がする。
「そうか……、お主、優しいの。頼もしい限りじゃ」
「いや、そんな」
「エト様の素敵なところですよ」
普段ツンツンなセルメリアまで。
照れるからやめてほしい。
でも、この街やアテンシャ様のためにも、僕にできることをしたいと思う。
クルトアの村のような出来事は、もうごめんだ。思い出すだけでツラくなる。
この街には父がいるし、ミケーネやガルバのように沢山お世話になった人達がいるのだ。
僕の力で守れるのなら、守りたい。守らせてほしい。
「これからも毎日お祈りしないとですね」
「ぜひそうしてくれ。妾のためにもな。勿論街のためにも……」
「ついでみたいに言わないでくださいよ」
「よ、良いではないか!妾があってのこの街じゃ!妾が元気であることが大事じゃろう!?」
ぷいっと、アテンシャ様は頬を膨らませた。不謹慎だけど可愛いな、おい。
でも僕に幼女趣味はない。魔法少女アニメは好きだったけど、それはあくまで魔法のキラキラが好きだっただけだ。
ただ、お調子者っぽいけど、この可愛らしく愛おしい精霊も守りたいと思う。
ラグフォラス様だけじゃなく、アテンシャ様や全ての精霊達に届くように、日々お祈りしていこう。
少しの間色々話していると、ミケーネが僕を呼ぶ声がする。
「エト〜、話はどうだい?そろそろ朝食にしようじゃないか」
「はーい!」
僕もミケーネに声が届くように大きく返事をする。
そういえば、お腹空いてきたな。
奥の部屋から、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「ミケーネにもアテンシャ様のこと話して良いですよね?この教会の聖女さんですし」
「あぁ、よろしく頼むぞ」
そう言って朝食を求めてミケーネの元に向かう。
ミケーネにアテンシャ様のことを伝えると、大層喜んでいた。それはもう泣き出すくらいに。
ここしばらくは、ミケーネがこの教会を頑張って支えてきてくれたんだもんな。そりゃ嬉しくもなるだろう。
ミケーネは、「これからも教会を守ってかなきゃね!」と意気込んでいたよ。
その後は二人で賑やかに朝食を摂り、教会を開ける準備をした。
今日も変わらずお祈りに来てくれる信者達に、いつも以上に感謝の気持ちが湧いたのだった。
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