24.教会での食事会
いつも通り教会の運営を行い、日が暮れてきた。
そろそろ父が教会に来る時間だ。
教会の扉を閉めて、父が来るのを待つ。ミケーネは早々に奥の厨房に引っ込んで、張り切って夕食を作ってくれている。
ちなみに久しぶりに目覚めたアテンシャ様は、今日一日来訪する信者達をニコニコと眺めていた。数が以前より更に減っていることを嘆いていたが。数百年も前と現状を比べてもね。
アテンシャ様は教会が閉まると、「ちょっと街の様子も見てくるぞ」と言って教会から出て行ってしまった。割と自由なんだよね、あの幼女精霊様。見た目通りって感じもするけど。
そんなこんなで礼拝堂のベンチに座って待っていると、父がやって来た。
「よぉ、待ったか?」
「ううん、さっき閉めたところだよ。お仕事お疲れ様。わざわざ来てくれてありがとう」
「いや、いいさ。せっかくミケーネさんに招待してもらったんだしな」
軽く会話をして、奥の部屋に案内する。
父には椅子に座っていてもらう。
「ミケーネさんのお手伝いしてくるから、ちょっと待っててね」
「楽しみにしてるぞ〜」
そう言って厨房に行くと、ミケーネが白い割烹着姿で料理をしている最中だった。
その姿は、確実に修道服より様になっている気がする。
僕はせっせと料理の準備をしているミケーネに声をかけた。
「ミケーネさん、お手伝いしますよ」
「おや、お父さん来たのかい?」
「はい、部屋で待ってもらってます」
「気にしなくても良いよ、親子で会話でも楽しんでおいで!料理の下ごしらえなら精霊様がやっといてくれたみたいだから、私もそんなにすることないんだよ」
セルメリアだよね。
厨房でミケーネを監視しているセルメリアを見ると、何となく満足げにしていた。久しぶりに料理の腕を振るえて嬉しかったようだ。
「じゃあ僕、できてるものから運んでおきますね」
「助かるよ。あっちの木箱にお酒も入ってるから、グラスと一緒に持っていっとくれ」
ミケーネは「特別だよ」と言って嬉しそうにウインクした。
本来教会では、お酒は禁止だそうで。僕は自分からお酒を飲みたいと思うタイプじゃないから苦にならないけど、ミケーネは意外と酒飲みのようだ。
罰が当たるんじゃ……とか思うけど、まぁ監視してるセルメリアは何も言わないから良いのかな。
僕はトレーに酒瓶やグラス、サラダ等を乗せて運ぶ。
「父さん、お待たせ。もうほとんどできてるみたいだよ」
「おっ、酒じゃねぇか。ミケーネさん気が利くな」
「あんま飲み過ぎないでね……」
父は少し酒癖が悪い。破茶滅茶するタイプではないが、絡みがしつこくなる傾向がある。
せめて教会では飲ませ過ぎないよう注意しとかないと。
「お前、俺じゃなくて母さんに似てきてるよな……」
「そうなんだ?」
「よく怒られたもんだよ」
母に似ているのか。そもそも母は記憶がないから分からないけど。
確かに、父は金髪で茶色い目をしている。厳ついし髭も濃い目だ。
それに比べて、僕の髪は藍色だし黒目だ。日々の鍛錬で引き締まったとはいえ、体自体の線は細めだし、髭も薄い。
「僕の髪とか目の色も、母さんと同じなの?」
「そうだな。見た目も、優しそうな感じも、母さんそっくりだよ」
「そっかぁ。写真でもあればなぁ」
「しゃしん?何だそりゃ?」
アルスピリアに写真は無かったな。時々癖で知らない単語を言ってしまう。
父には、本物そっくりに描いた絵画のようなものだと伝えておく。
父は「ほ〜ん」と興味なさそうに聞いていた。転生者と打ち明けても、特に前世のことを聞いてくることがないからな。
色々と話していると、ミケーネも皿一杯に料理を持ってやって来た。
「ほらほらできたよ!今日は楽しく食べようじゃないか!」
「ありがとうございます」
「豪勢だな。ありがてぇ」
そうして厨房から、テーブルに乗り切らなくなるまで料理を運んだ。
ミケーネは「久しぶりに張り切っちまったよ」と笑っていた。
全員席について、グラスに葡萄酒を注いで乾杯する。
そして団欒しながら野菜をはじめ、肉や魚料理を食べる。どれも美味しかったよ。
食べながら和気藹々と話をしていると、僕の話題になった。
「そういえばエト、あんたいつまでこの街にいるんだい?」
「そうだよな。確か王都に行かないといけないんだろ?」
「あ〜、ちょっとタイミング見失ってたんだよね……」
そう、僕の本来の目的は王都グラメールに行くことだ。
アテンシャは、あくまで途中で立ち寄っていく予定だっただけで。
ただ、父と再会できて一緒に過ごせるのは楽しかったし、教会での暮らしも悪くないんだよね。
「この街の居心地が良くてですね……。父との時間も楽しいですし……」
「気持ちは分かるけどねぇ」
「エト、自分の役目があるんだろ?俺もお前といられるのは嬉しいが、託された役目はちゃんと果たさねぇとな」
「あはは……」
ご最もな指摘に、ぐぅの音も出ない。
アテンシャに来て半月は過ごしてるし、そろそろちゃんと考えないといけないよね。
「しかし、どうやって王都まで行くんだい?結構時間かかると思うけどね」
「確か、馬でも1ヶ月はかかるんじゃないか?」
そんなにかかるのか。
でも正直そこは心配してない。補助魔法使ったら馬より速く走れるし。
「歩いて行くつもりだよ。途中の村とか街とか寄りたいし、ワドニス教の情報も集めたいし。行く先々の精霊教会のことも気になるしね」
「それだと道中長くなりそうだねぇ」
「魔法を使ったら、馬よりも速く移動できるから大丈夫です」
「馬より速くっつっても、そんなに速くはならないだろ?」
「クルトアからアテンシャの間の森は、半日くらいで出れたから大丈夫じゃない?」
「あそこを半日か……。毎日全力で馬走らせて3日はかかったんだがな……」
父は頭を抱え出した。言わない方が良かったかな?
とはいえ、二人には安心してほしいもんなぁ。
それよりも個人的に心配なのは……
「それよりも、お金持ってないから心配なんだよね」
「おや、回復魔法でお布施貰ったじゃないか。エトが施した分は後で渡そうと思って取ってあるよ」
「そうなんですか?」
「あぁ、最初から王都に行くって聞いてたからね。村でも街でも精霊教会に行けば寝泊まりさせてもらえると思うけど、何かあった時にお金は必要だろ?」
「ミケーネさんありがとうございます……。でも、そのお金は教会で使っていただきたいです。教会に来た方々から頂いたものですし」
「あんたみたいな若いのが、そんなこと気にしなくても良いんだけどねぇ」
まさか取っておいてくれてたなんて、ミケーネは本当にしっかり者のオカンって感じだよね。
でも、そもそもは教会のお金だから、それをもらおうとは思ってなかった。
けど、どうしたものか……。
「それならエト、冒険者にでもなれば良いんじゃないか?」
「おや、良いアイディアじゃないか!」
僕を置いて二人で盛り上がりだしている。
僕、冒険者になるの?一応聖職者なんだけどな。
しかも冒険者って、魔物の討伐とか危ないことしないといけないんじゃ……。
悩んでいると、父が言う。
「剣とか魔法鍛えてもらったんだろ?それなら良いじゃないか。途中で魔物討伐とか依頼受けながら行けば、金になるぜ。冒険者ギルドのカードは証明書になるしな」
「でもそれって、精霊信仰の聖職者として大丈夫なんですか?」
「良いんじゃないのかい?私らは許可無く教会から出るわけにはいかないけど、エトは特殊だしねぇ。一緒にいる精霊様に聞いてみたらどうだい?」
「そうだ、聞いてみれば良いじゃないか」
二人の圧が強い。顔も赤らんでるし、だいぶ酔いが回ってきてるな。
確かに僕の立場ってなかなか特殊だとは思うけどさ。
近くにいたセルメリアに聞いてみる。
「セルメリア〜」
「エト様のお役目が問題無く果たせるのでしたら、私は良いのではないかと思いますよ」
セルメリアはそう言った。問題無いのか。
「良いのではないか?妾もお主が精霊信仰を守ってくれておるのなら、聖職者だろうが冒険者だろうが気にはならんぞ。毎日祈りは捧げてほしいがな」
いつの間にか帰って来ていたアテンシャ様も加わった。
そんなもんかね。随分甘い気がするのだが。
「精霊的には、信仰さえ守ってくれていたら良いそうですよ」
「精霊様方のお墨付きがあれば安心だね!」
「よし、それなら明日にでも冒険者ギルドに行くぞ!息子の冒険者デビューだ!そうと決まれば明日の当番は交代してもらわないとな!」
「教会からも聖職者の身分証は出してあげるからね!これで一安心だね!!」
「あの、その、えっと……」
トントン拍子に話が進んでいく。
二人とも既にその気になってるし、かなり酔っていてこれ以上は真面目な話ができそうもない。
けど、二人が楽しそうにしている姿を見たら、否定する気にはなれなかった。
賑やかすぎる食事会に、時間はあっという間に過ぎていった。
☆★☆★☆
その後も父とミケーネの二人は盛り上がっており、いつの間にか二人共酔い潰れてしまった。
僕はそれぞれ水を飲ませ、ミケーネは自室のベッドに、父は僕のベッドに寝かせた。
お酒はほとんど飲まずにいた僕は、食べ終わった食器類を片付けている。
「エト様、私がやりますのに」
「いいよ、たまにはやらないとね。手伝ってくれてありがとう」
僕とセルメリアは、厨房で食器を洗ったり空き瓶の処理をしている。
沢山あった料理は、三人で綺麗に平らげた。お酒も空っぽだしね。
セルメリアはお世話係らしく全てしてくれようとするが、今日は何となく自分でも片付けをしたかった。
冒険者に登録することとか、今後のこととか、食事会の間ずっと考えていたため、良い息抜きになったのだ。
皿を一枚割って、セルメリアに怒られてしまったけどね。
「ぼちぼち、王都に向かう時だよね」
「何か気になることでもありましたか?」
「気になることだらけだよ。冒険者のこともだけど、ミケーネや精霊教会のことも気になるし、父さんのこともあるし……」
気になることは沢山ある。
分かってはいたことだけどさ。
「この教会は、妾がおるから心配するな」
「それなら安心ですね」
アテンシャ様も気にかけてくれる。優しいねぇ。
「エト様、この際はっきり申し上げます」
「はい」
セルメリアが真剣な様子で言ってきた。
何だか背筋が伸びる。
「エト様が色々と心配なさるお気持ちはお察し致します。けれど、エト様が大切なお役目を果たすことこそが、いずれこの街や教会、そしてお父様やミケーネ様のためにもなるのです。どうか目先のことにばかり捉われず、広い視野を持ってください」
「そうじゃぞ、エト。お主のおかげで妾は長い眠りから目覚めたのじゃ。この世界には、妾と同じようにお主を必要としている精霊はごまんとおるじゃろうて」
「そうですよ、エト様。これもきっと、創造神様や精霊王様のお導きです」
二人の精霊は、厳しくも諭すように僕に言った。
分かってはいるんだけどね。理性と感情って、時に折り合いをつけるのに時間がかかるのだよ。
「やるしかないか〜」
これがイケメン神様やラグフォラス様のお導きなら、どうかお導きください。
全てがきっと上手くいきますように。
とりあえずは、明日父と一緒に冒険者ギルドへ行かなきゃね。父の付き添いって、ちょっと恥ずかしいけど。
食事会の片付けを終えて、僕も就寝の準備をした。
ベッドは父が使っているから、僕はセルメリアが床に準備してくれた布団で寝ましたよ。
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