22.再会の喜びと、打ち明けた秘密

 僕はただ、父の話すことを聞いていた。

 父もこの5年間、大変な思いをしてきたのだと分かった。

 心配かけ過ぎてしまったと思う。

 もう少し早く教会を出ていれば良かっただろうか、と。

 僕自身は人格の変化もあって、心配はしても苦痛に感じることはなかったし、この5年間森の教会で充実した毎日を過ごしてきた。

 父に、少し申し訳なさを感じてしまう。

 それでも、ずっと愛してくれてたんだと感じると、とても嬉しかった。


「父さんには、沢山心配かけちゃったね」

「あの時は俺もどうかしてたな。でも今、お前がここにいてくれるんだから、全部チャラになったさ」


 そう言って、父は笑ってくれる。

 ありがたいことだと、嬉しいなと、胸が温かくなる。

 転生者であり前世の記憶や人格があるとはいえ、それでも父は父だ。

 ちゃんと育ててもらった記憶はある。

 そう考えると、前世の両親のことも気にかかってしまうけれど。それはもうどうしようもないし、今生きているのはエトとしての人生だから、今を大切にしようと思う。もちろん、感謝はしてるし。


「そう言ってくれると嬉しいかな」


 そして考え、決意する。自分も話す時なんだなと。

 父が全てを話してくれたのだ。

 そして、僕を大切に想ってくれる父だ。その想いに嘘を付きたくないと思う。

 何より、父に見捨てられるとか、嫌悪されるとか、考え過ぎていた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。


「……父さん、僕のことも聞いてくれる?」

「……良いのか?」

「うん、何か父さんの話を聞いてたら、ちゃんと伝えたいなと思って」

「分かった。じゃあ、お前の話も聞かせてくれ」


 少し震える手を押さえて、改めて父と向き合う。

 左肩にいるセルメリアも、そっと僕の頬を撫でてくれた。

 とても、心強く感じる。


「あのね、父さん。僕、前世の記憶を持ってる転生者なんだよ」

「転生…者……?それってどういう……」

「僕はね、エトとして生まれる前の記憶を持ってる。この世界とは違う、別の世界で生きていた記憶だよ」


 そう言って、僕のこれまでのことを話した。

 前世では、今とは別の世界で生まれたこと。

 既に成人して働いていて、あの日突然病気で亡くなったこと。

 天界で創造神と出会って、選ばれてこの世界に転生したこと。

 聖属性魔法の力を持ち、その証として左手の紋章があること。

 前世の記憶を取り戻したのは、クルトアの村を追放されてからであること。

 追放後、森にあった教会で精霊達に育ててもらい、剣や魔法を教えてもらったこと。

 そして成人になり、転生者としての使命のために教会を出たこと。

 王都へ向かう途中で、このアテンシャの街に来ていること。

 僕は包み隠すことなく、正直に全てを話した。

 父は驚きながらも、真剣に話を聞いてくれていた。


「そうか……」

「驚いた?」

「そうだな……。その、何だ……、少し情報が多過ぎてな」


 一気に伝え過ぎたせいか、父は少し混乱しているようだ。

 頭を抱えている。何となく頭から煙が出ているイメージが湧いてくる。

 まぁ父は元々頭で考えるより、体を動かすタイプだからね……。

 分かりやすく伝えたつもりではいるんだけどな。


「色々伝えたけど、一つだけどうしても理解しておいてほしいことがあるんだ」

「何だ?」

「僕はね、確かに前世の記憶を持っているし、人格も前世に引っ張られてるから、今の僕は父さんの知ってる僕とは違うって感じるかもしれない。でも、僕はちゃんと今世の僕の記憶も持ってる。父さんに育ててもらったことも、ちゃんと全部覚えてる。もしかしたら、父さんは今後僕のことを知っていく度に、自分の子どもじゃないって思うかもしれないけど……、うわっ!」


 僕が言い終わる前に、父が僕の頭をガシガシの撫でてきた。

 そして、少し強めの力でゲンコツを喰らう。


「痛ぁ……」

「俺を誰だと思ってるんだ?俺はな、お前の父親だぞ?」


 父は僕の肩に手を置き、ぐっと力を入れる。


「確かに最初、お前を見た時違和感はあった。でもな、話をして分かったよ。お前は俺の息子だ。ちゃんと、俺と母さんの子だよ。転生とか前世とか難しいことはまだよく分からんが、お前はお前だ。エトだよ。それで良いじゃないか。俺にとって、お前が大事な息子であることに変わりはないさ」


 僕の目をじっと見つめて、父は言った。

 そうだ、この人は、こういう人だ。

 幼い頃から、どんな時でも僕を正面から見て受け入れてくれる、器の大きい人だった。

 それは、今も変わらない。

 凄い人だな、と思った。


「そうだね……。今世では、今は、間違いなく父さんの子どもだもんね……」

「そうだよ。エトはエトだ。それで良いさ。難しいことは、まぁこれから少しずつ理解できるように頑張るよ」


 目頭が熱くなる。

 また泣き出してしまいそうだ。


「まぁ何だ、再会できたんだから、これから少しずつ話していこうぜ」

「それもそうだよね」

「それにお前、剣や魔法の腕を鍛えてもらったんだろ?実力も確かめてやんねぇとな。息子と戦うっていうのも、父親として憧れてたんだよ」

「それはちょっとね……」

「そういうのが好きじゃないのは、変わらないんだな」


 身を守る術を学ぶために修行はしてきたが、父と戦いたいわけではない。

 僕はそんな憧れ、微塵も持ってないし。

 父のステータスは見てないから分からないが、イケメン神様の言っていたことが本当なら、正直父にも難なく勝てるだろうしね……。

 だが、何か戦うことに対して嬉しそうにしている父を見ていると、断ろうにも断れなかった。

 父親って、そういうものなのだろうか?それとも父が、元冒険者だからなのかな?

 何とかはぐらすことができないかと、今から考える僕です。


「そういえば、お前今どこにいるんだ?」

「精霊教会でお世話になってるよ」

「精霊教会って、あの寂れたとこか。ミケーネさんのとこだったな、確か」

「そうだよ。お勤めのお手伝いしてるのと、まぁ世間の常識を色々教えてもらってるかな…」

「そういえば、お前はクルトアの村から碌に出たこともなかったし、教会に引きこもってたんだったらそうなるかもしれないな」


 思わず苦笑してしまう。

 父にまで世間知らず扱いされるのは恥ずかしいな……。


「これでも冒険者やってたんだ、世間的なことなら、ある程度は教えてやるよ」

「あるがとう、助かるよ」

「なんだかやっと、父親らしいことしてやれる気がするな」


 父は嬉しそうに笑う。


「とりあえず飯でも食いに行くか。再会に、成人の祝いもあるしな。ガルバにも礼しに行かねぇと」


 俺今日は休みだからなと、父は言った。

 確かに、ガルバにはアテンシャに来た時から今日のことまで色々とお世話になっているな。

 父も僕も、親子共々お世話になってしまった。

 窓から外を見れば、日はだいぶ傾いてきている。長い間話し込んでいたらしい。


「あっ、でもミケーネさんに夕ご飯のこと伝えなきゃ……」

「それならお任せください。私がミケーネ様に報告しておきます」

「え、いいの?」

「お父様との再会ですよ?エト様にとっては大事なことでしょう?」

「ありがとう。頼むよ」


 そう言うと、セルメリアはどこからか羊皮氏を取り出し、魔法で鳥型に変えて窓から飛ばした。

 手紙だろうか?見事なもんだ。


「おい、お前今誰と話してるんだ……?紙が飛んでいったぞ……」


 その一連の様子を見て、父が恐る恐る聞いてきた。

 そうか、父にも精霊は見えないよね。

 父から見れば、僕は宙に独り言を話していた変な人だよね。


「あぁ、森の教会から一緒に来てくれた精霊だよ。僕のお世話をしてくれる、セルメリアって精霊がいるんだよ。彼女のおかげで凄く助かってるんだ」

「そうなのか……。お前、凄いんだな……」


 父はびっくりして僕を見ていた。

 父を見て、世間の反応ってこんな感じなんだろうなと予想がついてしまう。

 マジで気をつけよう。


「じゃあ行こうか、父さん」

「あぁ、何食いたい?」

「久しぶりにお肉が食べたいかな。教会で暮らしてからあんまり食べてないし」


 野菜が嫌いなわけではないのだが、教会という場所故なのか、食事は基本的に菜食中心だ。

 セルメリアはたまに肉料理も出してくれるけど。

 僕は菜食主義者ってわけでもないので、時々肉料理が恋しくなったりもする。

 前世では胃もたれしてたんだけどね、若さってやつなのかな。


「それなら良い店があるから、そこにするか。門番仲間や冒険者がよく行くとこなんだ」


 そうして、宿舎を出た。

 まずは駐在所にいるガルバにお礼を言った。ガルバは親子の再会をとても喜んでくれた。

 厳つく見えて、ミケーネに似て結構世話焼きで良い人だよね。

 そしてそのまま街へ繰り出し、父の提案した大衆食堂のような店に入った。

 成人になったということで、肉料理と共にお酒で乾杯をする。

 前世でお酒が飲めるのは20歳からだったので、15歳で飲むのはかなり違和感があったけど、気にせず頂いた。

 約5年ぶりとなる親子水入らずの時間が、とても愛おしくて楽しかった。

 満足するまで食事を楽しんだら、すっかり外は暗くなっていて、帰ることになる。


「夜遅くで悪いが、ミケーネさんにも挨拶しておかねぇとな」


 そう言って父は、精霊教会への帰り道も一緒に付いてきてくれる。

 なんだか家庭訪問される気分だ。

 道中たわいのない話をしながら、教会へ戻った。




 教会に着いて中に入ると、ミケーネが礼拝堂のベンチに座っていた。

 いつもは明かりを消してお互い就寝するような時間なのに、明かりをつけたまま僕の帰りを待っていてくれたようだ。

 入ってすぐ、もの凄い勢いで駆け寄ってきた。


「おかえりエト!精霊様からの手紙読んだよ!お父さんと再会できて良かったじゃないか!私も嬉しいよ!!」


 捲し立てるように話して、父との再会を喜んでくれる。


「まさかあんたがエトの父親だったとはね、詳しい事情なんて知らなかったからびっくりだよ!」


 ミケーネは父にも勢い良く話しかける。

 そうか、街の門番だし顔見知りではあるのか。


「ミケーネさん、ありがとうございます。無事に再開できて良かったです」

「ミケーネさん、エトが世話になってます」

「やだねぇ、良いんだよ!これも精霊様のお導きだね!良かった良かった!!」


 自分の事のように喜んで祝福してくれるミケーネ。

 ガルバといい、ミケーネといい、とても良い人達に恵まれていると思う。これもミケーネの言うようにイケメン神様や精霊王様のおかげなんだろうか。

 また明日の朝には、感謝も込めてお祈りしないといけないね。


「じゃあ、俺は宿舎に帰るよ。明日は早朝から仕事なんだ」

「おや、せっかくの再会なのに帰るのかい?教会に泊まっていっても良いんだよ?」

「ありがたい話だが、話し込んで夜も眠れなくなったら明日に響くからな。何、お互いこの街にいる間はいつでも会えるさ。また来るよ」

「僕も会いに行くね。またご飯食べに行きたいし」

「教会に来るのはいつでも歓迎だよ!エトも、教会は気にせずいつでもお父さんのとこ行ってきなよ!」


 3人で笑って話して、父は宿舎へ帰っていった。

 自分の部屋へ行き、今日の出来事を思い返す。

 色々あったけれど、何より父と再会できて嬉しく思う。父も元気そうで良かった。

 村の滅亡や長い別れは寂しいと感じたけれど、それでも今日という日が巡ってきたことには感謝したいと思う。イケメン神様もラグフォラス様も、ありがとうございます。

 そして、これからアテンシャで過ごす間、父と共に何をしようか考える。

 話したいことは沢山ある。ただ、模擬戦をするのだけは遠慮したい。

 その日の夜は、嬉しくてワクワクしてなかなか寝付けなかった。


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