21.父カトルの回想〜あの日からの出来事〜

 今から約5年前。

 俺は息子のエトをクルトアの村に一人残し、アテンシャの街へ向かった。

 村人達が謎の病に倒れ出したため、村にはいない治癒士ヒーラーか聖職者を呼ぶためだ。

 早朝に馬に乗り村を出て、馬の体力の許す限り森を駆け抜けた。

 瘴気が発生している森では魔物と遭遇し襲われる危険性が高い。元冒険者として腕に多少の自信はあったが、一人では限界がある。そのため、できる限り早く森を抜けたかった。


(エトは大丈夫だろうか…)


 息子のエトは10歳になる。

 エトは、仕事をしている俺の代わりに家事をこなしたりと家庭的な一面はあるものの、その年の村の男の子にしては心配性で競争心が乏しい。

 その年くらいの男子なら、少しはやんちゃや喧嘩くらいするものだろうに。

 自分の子どもの頃の記憶では、孤児院で一緒に育った兄弟姉妹達とよく悪戯や喧嘩をしていたものだ。

 早くに母を亡くした影響だろうか、とても優しい子に育った。


(俺とは、正反対だな)


 幼い頃の俺は、とにかく喧嘩っ早かった。

 成人して孤児院を出る頃には冒険者になると決意し、成人と共に院を抜けて冒険者となった。

 今思い出しても、恥ずかしい程に尖っていたと思う。

 そのせいで沢山失敗したし、怪我もした。命を失うかと思ったこともある。

 でもそんな経験を経て、冒険者として食べていけるようになったし、それなりに信頼も得た。

 そんな自分の面影を、エトにはあまり感じてこなかった。

 何よりエトは、いつからか村人達に疎まれ、いじめられるようになったが、どんなに酷いことをされてもやり返すことなく家に帰ってきた。

 

(そう考えると、ある意味強い奴なのかもしれんな)


 俺だったら、確実に喧嘩等で騒ぎになっていただろう。

 心配もあれど、そんな優しい息子を誇らしく思う。

 ただやはり、エトは村で肩身の狭い思いをしているはずだ。

 そんな息子のためにも、無事アテンシャの街へ行き、村へ戻らなくてはならない。

 一秒でも早く村へ戻るためにと、ただ森を駆け続けた。




 少し危険な場面はあったが、3日程度でアテンシャの街へ到着した。

 大抵なら5〜6日程度かかるところを、ひたすらに駆け続けたおかげだ。

 しかし、己の体も馬もかなり限界だった。

 それでも、馬は一旦預けて村に来てくれる治癒士や聖職者を探す。

 先ずは門番に事情を説明し、街の代表である貴族に謁見を依頼した。

 すぐに反応をくれた代表は事情を聞き、食料や薬等の支援をしてくれると約束してくれた。

 しかし、それを悠長に待ってはいられない。

 先ずはワドニス教会へ行ったが、金の話ばかりで話にならなかった。冒険者時代から良い噂は無いし、高い治療費の請求に苦い経験もさせられた記憶があり、教会に依頼するのは早々に諦めた。

 次は冒険者ギルドへ行く。治癒士を村へ派遣してほしい旨を依頼した。

 数が少ない貴重な治療士が来てくれるか分からなかったが、ちょうど街にいた治癒士を紹介してくれ他ので、直談判をしに行く。

 結果、その治癒士が所属する冒険者パーティーが村に来てくれることになった。ちょうどギルドの依頼で、森の調査と増えている魔物を討伐をするついでに、ということだ。

 そして至急持てる分の食料や薬等も準備し、村へと出発した。


(どうか間に合ってくれ…)


 街に来て2日、村から出て既に5日が経っていた。

 焦る気持ちを抑え、森の林道を進む。

 途中魔物に出くわすが、同行する冒険者パーティーは優秀で、難なく突破できた。

 だが、行きは3日だったが、帰りには5日も要してしまった。

 村から出て、合計10日間。

 そして森を抜け、クルトアの村が近づいてくると同時に、村の様子がおかしいことに気付く。

 ……胸騒ぎがした。

 到着してみれば、村は10日前に出た時と違い、酷く変わり果ててしまっていた。

 柵は破壊され、家屋は崩れている。火事があったのか、焼け焦げた家もあった。

 そして、村中至る所に遺体が転がっていた。爪痕や噛み跡のようなものがある遺体もあった。

 それらは、見知った村人達の遺体だった。

 鼻に付く嫌な臭いに吐き気がしてくる。


(魔物が……)


 魔物の襲撃があったのだと悟った。

 村を発つ前から、村周辺で魔物の目撃情報があったのは知っている。

 ついに、村へ押し寄せたのだろう。しかし、なぜ?

 一緒に来ていた冒険者パーティーと生き残った村人を探すも見つからない。


(エト……!!)


 息子の安否が心配で、家の方向へ走った。

 村の外れにある小さな家。駆けつけてみれば、家も同じく倒壊していた。

 崩れた破片を無我夢中で払い除け、エトを探す。

 しかし探しても探しても、エトの姿は見つからない。

 慌てて村中を走り回って探しても、エトの面影はない。


(村から、逃げたのか……?)


 村を飛び出して探しに行こうとするところを、冒険者達に止められる。

 息子の安否を気にしていることを伝えるが、帰ってくる言葉は同じだった。

 冒険者達は「生きている可能性は低い」と。「気持ちは分かるが、落ち着け」と。

 姿が無いのは、逃げたのではなく、魔物に食べられた可能性がある、と。

 10歳程度の子どもが、村を襲ったであろう魔物達から逃げるのは難しい、と。

 ……信じたくなかった。

 最愛の妻を亡くし、息子まで亡くしてしまうのかと。

 怒りと悔しさで、涙が出てくる。

 地面に突っ伏し、拳で何度も地面を叩いた。

 しばらく見守っていた冒険者達は、「ここにいては危ないから、街へ帰ろう」と声をかけてきた。

 確かに、また魔物が戻ってくる可能性もあり、村に留まるのは危険だ。

 既に放心状態となってしまった俺は、言われるがままに村を出て、街へ戻った。




 数日かけて、アテンシャの街へ戻った。

 道中魔物と遭遇もあったが、正直何も覚えていないくらい魂が抜けていた。

 そんな俺を見兼ねて、一緒に来てくれた冒険者達が、代わりにギルドや街の代表へ報告をしてくれていたそうだ。

 冒険者達やギルド職員、街の代表も皆気にかけ声をかけてくれた。

 しかし、そんな言葉は一つとして入ってこない。

 ただ一つ、後悔だけが残っていた。


(俺が、一緒に村にいれば…!!)


 街へ行くのを他の村人に任せ、エトと一緒に村にいたら……。

 もしくは、一緒に馬に乗せて街に来ていれば……。

 そんな後悔ばかりが、常に頭を支配している。

 正直、街に戻ってからしばらく、自分がどのように過ごしていたか覚えていない。

 ご飯を食べたかも、寝ていたのかも、何日が経過したかも、何もかもが分からない。

 ただ気付いた時、俺は街の門にもたれ掛かって座り込んでいたところを、門番に声をかけられていた。


「おいお前、ちょっと来い」


 そう言って、その門番は俺を駐在所へ連れてきた。

 俺を椅子に座らせて、温かいスープを出してくれた。


「………」

「とりあえず飲め。話はそれからだな」


 もぬけの殻の状態となっていた俺は、少しの間目の前に出されたスープを見つめていたが、やっと感じた空腹と匂いに釣られてそれを飲んだ。

 温かいスープが、体を満たしていくのが分かった。

 その様子を見ていた門番が話し出す。


「お前のことは知ってるよ。だがな、いつまでそのままでいるつもりだ?」


 門番の男は、俺に問う。

 俺は、言葉を流すだけで返事ができなかった。


「今回のことは気の毒に思うさ。ただな、本当に子どものことを心配してるんだったら、お前がしっかりしないでどうする?」


 その言葉に、ハッとした。

 抜けていた魂が、戻ってくる感じがした。


「無責任なことは言えねぇ。ただ、お前の子どもが生きていると少しでも希望を持っているなら、お前が生きて待っていないでどうするんだ?」


 自分の中に、力が戻ってくる。

 俯いていた顔を上げて、目の前の男を見た。


「……そう、だよな」

「そうだ。……もう大丈夫そうだな」


 門番の男は、ニカっと笑って見せた。

 その笑顔を見ていると、不思議と大丈夫そうな気がしてくる。


「ありがとう。貴方のおかげで目が覚めた」

「おぅ、なら良かった」

「しかしこれからどうしたら……」

「それならここで働いてくれ。人手が足りなくて困ってたんだよ。お前、元冒険者なんだろ?それなら問題ないだろ」


 ワハハ、と門番は笑った。

 手を差し出してきたのに応え、握手する。


「俺はカトルだ。よろしく頼む」

「カトルか。俺はガルバだ。ここの門番の責任者だよ」


 ガルバという男に誘われ、俺はアテンシャで門番として働くことになった。

 生きる目的を思い出させてくれただけでなく、仕事から宿舎からと街での暮らしを与えてくれた。


(ここで信じて、エトを待とう)


 最悪の事態を考えたら、キリがない。

 しかし、僅かでも望みがあるのなら。

 この、大切な息子が唯一知る手掛かりであろうこの場所で。

 いつかこの街に来た時に、出迎えられるように。

 真っ先に気付いてあげられるように。

 ここで、待ち続けるんだ。

 そう決意し、自分を奮い立たせた。




 次の日から、俺は門番として働き出した。

 時に、街に来る人達にエトについて尋ねることもあった。

 ただ一つの希望を持ち、俺はこの街の門に立ち続けた。

 そして遂に、待ち侘びたその日が来てくれたのだった。


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