12.村の滅亡と、エトの決意
クルトアの村へ到着した。
今、僕と精霊達は村の入り口にいる。
広大な畑は荒れ、村を囲む柵は倒れ、草木は枯れ、家屋は崩れ…。
僕が住んでいた頃の形跡が何一つ残されることなく荒果てていた。
「これは酷いですね…」
「魔物の襲撃でも受けたのでしょうか…?」
精霊達は、心配そうに僕を見る。
僕は村の有様に呆然としてしまったが、不思議と悲しさはなかった。
一応生まれ育った記憶のある村だから、寂しさはあるけれど。
「………」
言葉が出てこない。
前世も今世も、ここまで酷い状況を見たことがなかった。
アニメやゲーム等の想像の世界でしかなかった出来事が、目の前にある。
そして、辺りを酷い臭いが漂っている。腐ったような、焦げたような、嫌な臭い。
吐き気がしそうになるのを抑え、臭いを防ぐためにタオルで口と鼻を覆う。
「………行こう」
とりあえず、村の中へと入る。
ただ、瘴気が充満していて数メートル先がよく見えない。
記憶を頼りに歩いていく。
広場があった場所に行けば、既に白骨化した遺体が幾つも転がっていた。
無惨な光景に、胸が苦しくなる。
「エト様、無理しないでくださいね」
「…ありがとう。今のところは大丈夫」
セルメリアが左肩に乗って、声をかけてくれる。
気を引き締めて、村の端にある自宅の場所へ向かった。
僕の家も、やはり崩れていた。
屋根が落ち、壁の木板も剥がれたり途中で折れたりしている。
朽ち果てた家に入り込むが、誰もいなかった。遺体も無い。壊れた家具が散らばっているだけだった。
「父さん…」
今更かもしれないが、父はどうなったのだろうか。
村から出た後、無事アテンシャの街に行けたのだろうか。
村にも帰れたのだろうか。
僕が追放されたことを、知っていたのだろうか。
思わず、ポロポロと涙が出てきてしまった。
「エト様…」
左肩に乗ったセルメリアが、小さい手で僕の頬を優しく撫でてくれる。
優しく温かい手の温もりが心地良かった。
少しだけ、僕はそのまま泣いた。
しばらく泣いた後、村の中心である広場に戻ってきた。
少しだけ落ち着いた気を、再度引き締める。
僕が今、この場所でやるべきことは一つだ。
イケメン神様に、そしてラグフォラス様に言われたことを思い出す。
僕の、今世での役割について。
(村のことは、正直許せないけど…)
村で除け者にされ、罵られ、追放されたことは忘れられない。
けれど、村が最終的に辿ったこの結末には、胸が痛む。
村を中心に濃く立ち込めている瘴気。村人達の怨念なのか、悲痛な叫び声や絶望に嘆く声が聞こえてくるようだった。
村の最後の状況が、目に浮かんでしまう。怖くて、苦しくて、痛くて、絶望を感じる姿が。
その絶望や怨念から、解放されてほしい。
安らかに、眠ってほしい。
死して尚、苦しみ続ける必要なんてない。
絶望を感じて死んでいった人達を恨み続ける程、僕は鬼にはなりきれない。
(どうか、どうか、安らかに…)
自分のするべきことが、自然と頭に浮かんだ。
広場の中心でしゃがみ込み、手を合わせる。
どうか、村人達の魂が安らかに眠れますようにと、祈りを込めて。
胸の奥に、温かいモノが溢れてくる。
今の僕には、それが何だか分かる。そして、どうすれば良いかも。
湧き上がってくる魔力が、この聖なる癒しの力が、クルトアの村と村人達の魂に届きますように。
僕の全身を金色の光が包み込み、弾けた。
弾けた光が村全体を包み、立ち込めていた瘴気を消し去っていく。
やがて村やその周辺から瘴気が消え、暖かい日の光が差し込む。
だが、冷たい冬の空気が、そよ風と共に村の中を通り過ぎていった。
☆★☆★☆
「お帰りなさい、エト。待っていましたよ」
村を後にした僕達は、日が落ちる頃には森の教会へ帰ってきた。
村を瘴気の穢れから癒した後、村中の遺体を見つかる限り集め、広場にお墓を造り弔った。
そして疲れ果てて動けなくなった僕を、精霊達が魔法で浮かせて教会に連れて帰ってきたのだ。
…魔法でこれだけ早く移動できるなら、最初からそうしてほしかったというのは黙っておく。
「戻りました、ラグフォラス様。今日は…、何だか凄く疲れました」
「今日はもう休みなさい。明日、ゆっくりお話しましょう」
「分かりました。セルメリア、ゴルドス先生、パーメラ先生、今日は一緒に来てくださってありがとうございました」
精霊達にお礼をして、僕は疲れて重たい体を動かして自分の部屋に入り、そのままベッドに倒れ込んだ。
明日、ラグフォラス様に何を話そうか…。
そんなことを考える余裕もなく、僕は眠りに落ちた。
間もなく様子を見にきたセルメリアが、温かい掛け布団をかけてくれたのだった。
翌朝、セルメリアに起こされる前に目が覚めてしまった。
疲れや筋肉痛も無く、何となく気分はスッキリしている。
若さって素晴らしい。
自分で掛けた覚えのない掛け布団の存在に少しホッコリし、起き上がって伸びをする。
「あら、エト様。おはようございます」
「おはよう、セルメリア」
セルメリアが部屋に入ってきて、挨拶を交わす。
何となく、今日は存分に寝かせてくれていたんだろうな。
外を見れば、太陽はいつもよりすっかり高くなっているから。
彼女のさり気ない優しさが嬉しく感じる。
「朝食をお持ちしますね」
「ありがとう」
セルメリアの持ってきてくれた朝食、甘めのパンケーキと紅茶を美味しく頂いた。
☆★☆★☆
礼拝堂にて。
最前列のベンチに少し間を空けて、ラグフォラス様と僕は隣同士に座っている。
今日は剣も魔法も訓練はお休みにした。
代わりに、二人で昨日の村でのことを話している。
「ラグフォラス様は、どこまでクルトアのことを知っていたんですか?」
「貴方が村へ行って見てきたことも、そこに至るまでのことも、知っていましたよ」
お互い目は合わさない。
隣同士、少し前を見ながら話す。
「クルトアは、どうしてあのようになったのでしょうか…?」
「あれは、エトが追放されて数日後のことでしょうか…。貴方が教会に来て間も無い頃ですね。覚醒はしていなくても、聖なる力を持っていた貴方の存在が以前から村の瘴気の進行を抑えていたのですが、追放によってそれを失ってから、クルトアの状況はどんどん悪化していきました」
ラグフォラス様は語る。
僕が追放された後、村で広がる病で村人のほとんどが倒れた。
そして、自分も移されてしまうのではないかという恐怖から耐え切れなくなった村人が、病人を治療していた家屋に火を放ち、更に混乱が起きたそうだ。その混乱で、村の外に逃げ出した村人が運悪く魔物に襲われ、そのままの勢いで魔物達が村を襲った。村人達が病や魔物の襲撃によって全滅し、村そのものが朽ちていったと。
僕が追放されてから、一ヶ月も経っていなかったそうだ。
数年前から積もりに積もった村人達の負の感情が瘴気となって村に纏わりつき、瘴気の穢れが更に災いを呼び、抜け出せない負のスパイラルに嵌って瘴気が溜まり過ぎた結果、村は滅亡したのだと。
「辿るべくして、辿った結果だったのかもしれません。エト、例え貴方が最後まで村にいたとしても結果は変わらなかったと思います。それくらい、クルトアは瘴気の穢れに蝕まれていました」
「そうでしたか…」
村からの追放は嫌な記憶だけど、もしかしたら、イケメン神様の寵愛とか聖なる紋章の力が僕を村の脅威から遠ざけるために追放という形をとった、という解釈もできるのかもしれない。
それはまぁ、結果論でしかないし、捉え方次第でもあるんだけど。
そう簡単に、色々と割り切れるものではないよね。
何せ、今回の出来事はかなりショッキングだったから。
「あとは何より、父のことが気になります」
「お父上のことは、申し訳ないですが私にも分かりません…」
「そうですか…。無事かどうかだけでも分かると嬉しいんですけどね…」
嫌な想像はしたくないが、父の安否が気になった。
村の遺体の一つが父だったのかもしれないし、そうでないかもしれない。
今世、母を亡くしてからも男手一つで一生懸命育ててくれた父だ。
今の僕は別れた時の少年エトではないけれど、父へは感謝しているし、アルスピリアでは唯一家族と呼べる人だから。
無事を祈っているし、また会いたいとも思っている。
「引き続き精霊達に探させましょう。約束します」
「ありがとうございます」
父のことで今の僕にできることは少ない。
ラグフォラス様と精霊達にお願いしよう。
「それにしても、あんな悲惨な光景を目の当たりにしたのは初めてでした。前世でも、異国や空想の世界の話だと思ってましたし。神様から危険なこともあると聞いてはいましたけど、実際に見てしまうと、やはり違う世界に来てしまったんだなって思いますね」
「…アルスピリアに転生されたこと、エトは後悔していますか?」
質問に、う〜ん…と考える。
「今回の出来事だけで考えてしまうと、後悔しているかもしれません。前世では平和に暮らしていましたし。元々こういうことへの耐性も無いですし、まだ慣れる気もしませんし。けど、この教会に来て色んなことを学んでできるようになって、楽しいし良かったと感謝している自分もいるんです」
それにですね、とラグフォラス様を見る。
「今回の村での出来事も、あとはラグフォラス様との出会いのことも…。よく分からないことはまだ多いですけど、それでも自分にできることがあるっていうのは嬉しく思います。何もできずにいた頃のことを思い出すと、今はとても恵まれていますし」
今世の子どもで何もできなかった少年エトの記憶や、前世でのやり切れなかった数々の後悔を思い出す。
前世では、看護師として日々仕事をする中で、もっと自分にできることがあったんじゃないかと悩むことは多かった。自分の人生について、このままで良いのか考えることも多々あった。
今世でも、村の状況が悪くなってきた頃から、自分にできることはないかと子どもながらに考えた。
「この力でどれだけのことができるのかは、まだよく分かりません。でも、今までできなかったことができるようになる力を頂きました。だから、自分にできることを探したいですし、そのために沢山学んでいきたいとも思います。神様から頂いた、新しい人生ですからね」
「エト…」
「だから、これからも可能な限りここで修行をさせてください。僕、頑張りますから。この世界のことも、まだ全然知らないですし。この教会から出ていく時まで、自分にできる限りのことをするつもりです」
面倒くさがりな僕だけど。
それでも、自分にできることはやり切りたい。
せっかくのセカンドライフなんだから、わざわざ後悔するようなことはしたくない。
村での出来事が、僕にしっかりと決意させてくれた。
「頼もしいですね、エト。私達精霊は、協力を惜しみませんよ。その時が来るまで、私達にできる限りのことを致しましょう」
「よろしくお願いします」
向かい合い、にっこりと笑い合った。
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