13.巣立ちの時
教会で暮らし始めて、5年が経った。
僕は15歳になった。アルスピリアでは、15歳で成人となるそうだ。
長いようで、あっという間だったと感じている。
寝て起きて、食べて、訓練し、また寝て…。そんな毎日を繰り返していたが、剣も魔法も学ぶのが面白くて充実していたのだ。
最初は座学やトレーニング中心だった訓練も、模擬戦で実戦するようになり、身に付いてきた頃からは森に入って食料用の獣を狩ったり、魔物の討伐を行った。
慣れない狩りや討伐に抵抗はあったけれど、食料は生きていくために必要な物だから感謝して、魔物に関しては討伐しないと人を襲ったりする危険があるため、震えながらも討伐した。狩りで初めて獣を殺めた時は、怖くて夜も眠れなかった記憶がある。
でもそうやって、剣や魔法以外にも沢山のことを学べた気がする。
冬を越え、春を迎えようとしている頃。
朝起きて礼拝堂に行くと、ラグフォラス様に声をかけられた。
「エト、大事なお話があります」
「何でしょうか?」
今ではすっかりラグフォラス様の身長を追い越し、僕の方が背が高くなった。
立ち上がると、ラグフォラス様を少し見下ろすような状態になってしまう。
「エト、やっと成人を迎えましたね。おめでとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございます。この教会に来て、ラグフォラス様をはじめ精霊の皆さんに良くして頂いたおかげです」
「あんなに小さかったのに、こんなに大きく立派になってしまって。人間の成長は見守り甲斐がありますね」
ふふふ、とラグフォラス様は笑う。
教会に来た時は10歳の子どもで、背も低くてヒョロヒョロだったのになぁ。
15歳の今では、背も高くなったし、ゴリゴリなマッチョとはいかないけど筋肉も付いて細マッチョな体型になった。日々の食事や訓練の賜物かな。元冒険者の父も、しっかりとした体型をしていたから遺伝もあるのかもしれない。
「アルスピリアでは、成人を迎えたら教会で創造神様に感謝の祈りを捧げるという大事な習慣があります。これから、創造神様に祈りを捧げましょうか」
「そうなんですね。では、すぐにやりましょう」
前世で言う成人式とかそんなものだろうか。
正式な方法は分からないが、とりあえず、祭壇前に行き身を屈め手を合わせる。
そして目を閉じ、記憶にあるイケメン神様に感謝の祈り捧げた。
☆★☆★☆
「やぁ、久しぶりだね」
突然頭に声が響いた。
聞き覚えのある、懐かしい凛とした声。
驚いて目を開けると、一面薄黄色な見覚えのある空間に立っていた。
「あれ、神様…?…僕、また死んだんですか…?」
前世の記憶にある、天界。
しかし、今回立っているのは前世の姿ではなく、今世のエトの姿だ。
「いやいや、死んでなんかいないよ。今、君は成人の儀式で私に祈りを捧げてくれているだろう?そこで、君の意識を借りているんだよ。驚かせてしまってすまないね。夢を見ている状態だと思ってくれたらいいかな」
「はぁ…、そうでしたか…」
久しぶりに見る、金髪碧眼のイケメン神様だった。
相変わらず見目麗しいことで。
それにしても、一度経験している状況なだけに、心臓に悪いから驚かさないでほしい。
死んでいるわけじゃないなら安心なんだけれども。
「今日はどうされたんですか?いつもはお祈りしてもこういうことはなかったのに」
「あぁ、それはね。君にメッセージを伝えようと思ってね」
「メッセージですか?」
「そうだよ。原田航君…じゃなくて、今はエト君だったね。エト君、君はそろそろ教会を出て旅に出るんだ」
ニコッと、イケメン神様は微笑む。
笑顔が眩しい。
「…突然ですね」
「以前から精霊王も『時が来れば』と言っていただろう?その時が来たんだよ。君はめでたく成人した。日々修行もして、レベルやステータスもだいぶ上がったみたいだしね。教会での暮らしや下積みはもう終わりだよ」
「そうですか…」
突然の言葉に、少し寂しさを覚える。
確かに、この5年でレベルもステータスも上がった。
『ステータス』と念じて、ウインドウを表示する。
【名 前】エト
【年 齢】15
【職 業】聖者
【レベル】72
【体 力】3580
【魔 力】8895
【攻撃力】698
【防御力】560
【素早さ】680
【スキル】聖属性魔法 創造魔法 武術 鑑定
【加 護】創造神の寵愛
ざっとこんな感じだ。
上限は分からないが、かなり上昇したのではないだろうか。
上昇し過ぎている気もするけど…。
「日々修行を頑張っていたからね。ステータスはレベルだけじゃなく、日々の鍛錬も影響してくるから」
「この数値がどれだけのものかは分からないんですけどね…。いまだに剣や魔法の先生には構いませんし」
「精霊を基準にしちゃいけないよ。特に彼らは剣や魔法の精霊達だから、その分野においては強いんだよ。人間にしたら、過去の勇者の次には強いと思うよ。勇者は魔王を倒すために転生してもらったから強くなるようにしたけど。機会があれば、村や街の一般人と比べてみたらいいよ」
それって、チートすぎるんじゃないのかな?
僕、世に出て大丈夫なの?危なくない?
ただでさえアルスピリアのことがまだよく分かってない世間知らずなのに。
「まぁ君なら大丈夫でしょ。争いを好むタイプではないみたいだし。そこを見込んでのことでもあるけど。君の役目は、世界を瘴気の穢れから癒すことだからね。魔王を倒すことじゃないよ。世界を回るためにはある程度の強さはないと困るだろうしね。無闇に力を使わなければ大丈夫だよ」
「それなら…、良いんですけどね…」
できれば争い事に巻き込まれたくはないからなぁ。
他人からステータスを鑑定されても、見られないように認識阻害しておこうかな。
勇者の次くらいに強いって、どう考えても普通じゃなさそうだし。
「教会を出たら、まずは森を出てアンテシャの街に行くと良いよ。そしたら、次は王都に向かってほしいかな」
「アテンシャの街に、王都ですか。何かあるんですか?」
「それは私からは言わないでおくよ。言い過ぎるのも良くないだろうしね。ただ、君にとって必要なことがある、とだけ言っておくよ」
そんな勿体ぶらなくても。気になるじゃないか。
それに、他にも聞きたいことは山程ある。
「あの…」
「さて、そろそろ時間かな。久しぶりに顔が見れて、元気そうにしてて良かったよ。まぁそれなりに様子は見てたけどね。これからも見守ってるよ。それじゃあ、これからの君のセカンドライフにも幸運を祈っているよ」
質問しようと思ったら、イケメン神様が遮るように話した。
そして、最後の一言を言うと、笑顔で手を振った。
☆★☆★☆
ハッとして目を開けると、教会で祈りを捧げているところだった。
どうやら、イケメン神様との会合は一方的に終わったらしい。
僕は顔を上げて立ち上がる。
「創造神様に感謝と祈りは捧げられましたか?」
「はい…」
ラグフォラス様が笑って話しかけてきた。
どうやら、ほぼ一瞬の出来事だったようだ。
イケメン神様とのやり取りを思い出す。
「ラグフォラス様、神様に会ってお話してきました」
「あら、そんなことがあったんですね」
特に驚いた様子もなくラグフォラス様は聞いている。
「それで、創造神様は何と仰っていましたか?」
「その…。神様から、教会から出て旅に出なさいと…」
僕は少し俯いて、声が小さくなる。
ラグフォラス様に伝えるのに、躊躇いと寂しさを感じてしまう。
「そうでしたか…。その時が来たのですね」
ラグフォラス様は、教会の入り口から、更に遠くを見つめるようにして言った。
「もうそろそろ、そんな時期かとは思っていましたが…、今がその時なんですね」
「はい…。そうみたいです…」
胸が、キュッと締め付けられる。
教会に来てから、いずれそういう時は来ると分かっていたのに。
日々の修行や暮らしで忘れかけていたし、考えないようにもしていたが、何とも突然に、呆気なくその時が訪れてしまったようだ。
拳を握る手に、少し力が入る。
「成人と共に、新しい門出をお祝いしなければなりませんね。おめでとうございます」
ラグフォラス様が、握る拳をそっと手に取り、両手で包んでくれる。
「そして…、寂しくなってしまいますね。せっかくのおめでたいことなのに」
ラグフォラス様が困ったように笑った。
「あの…僕……、うえぇ……」
涙が溢れてきて、止まらなくなってしまった。
目の前の景色が滲む。
止めようにも、我慢しようにも、どうしても止められない。
そんな僕を見て、ラグフォラス様が僕を抱き寄せる。
「時には、我慢せずに泣くことも必要ですよ」
優しい言葉に、更に泣けてくる。
しばらくそのままで、僕は年甲斐もなく泣き続けた。
「はぁ、なんか恥ずかしいですね。こんなに泣いてしまって」
「良いではないですか。泣いているエトも可愛らしかったですよ」
まだ少し目が赤いが、気持ちはだいぶ落ち着いた。
恥ずかしがっていると、ラグフォラス様は茶化すように言ってくる。
「一応これでも、中身はいい年した大人なんですけどね」
「私にしてみれば、人間は皆子どもみたいなものですよ」
「そう言われると何だか複雑ですね…」
ラグフォラス様、精霊王として何百年も生きてるんだもんな…。
何か怖くて、歳は聞かないけど。
しかし、そう言って受け止めてくれる優しさがありがたかった。
「それにしても、神様も突然ですよね。確かに節目だし良いタイミングなのかもしれませんけど」
「元々エトは、そのために選ばれてアルスピリアに転生してきましたからね。創造神様は他に何か仰っていましたか?」
「そうですね…。まずはアテンシャの街に行って、その後は王都に向かうように言ってました」
イケメン神様とのやり取りを思い出して伝える。
「アテンシャに、王都ですか。アテンシャは分かりませんが、確かに王都は気になることがありますね…」
「気になることと言いますと?」
「王都では精霊信仰とは違う信仰の勢力が増していて、精霊信仰の存在が追いやられそうになっているのです」
「あぁ、そういうことですか…」
難しいことは分からないが、この世界でも宗教問題的なものはあるんだろうなぁ。
変な争いには巻き込まれたくはないけれど…。
「その、王都は瘴気とか大丈夫なんですか?精霊信仰が追いやられているんですよね?」
「王都には、この国の精霊信仰の本殿があるのです。聖職者の方々の力で王都を守ってはくれているのですが、勢力に押されて難しくなってきているようですね」
「それは…、大変そうですね」
教会の本殿とか、アニメやライトノベル展開的に色々とややこしそうだなぁ。
しかし、イケメン神様に言われた以上は行くしかないんだけど。
「神様にも言われた以上、行くしかありませんね。それが役目みたいですし」
「ぜひ、貴方の役目を果たしに行ってください」
「分かりました。まずは、色々と準備しないとですね」
「そうですね、セルメリアと共に準備をしてください。そして今日はゆっくり休んで、明日の早朝にでも発つと良いでしょう」
そう言われ、僕は準備のために自分の部屋に戻った。
正直、そんな準備するほど物も無いんだけどね。
ただ、しっかりと気持ちの整理をつける必要はありそうだ…。
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