14.聖者の旅立ち
自室へ戻り、セルメリアに旅立ちのことを伝えたら、せっせと準備に励んでくれた。
大きい皮の肩掛け鞄をどこからともなく取り出し、服を見繕ったり、街までの食料を準備してくれたり。
手伝おうかと声をかけると、「エト様は無頓着で頼りないので、私に任せてください!」と一蹴されてしまった。言いたいことは分かるが、地味に傷付く。
することも無いのでラグフォラス様の元へ行くと、笑われてしまった。
「セルメリアったら…。良い子なんですけどね、どうも気が強くて、素直になれないところがありまして」
ツンデレってやつだろうか。
ラグフォラス様も苦笑している。
そんなわけで、あまり詳しくないアテンシャや王都等の地理を教えてもらう。
教会や森・クルトアも含め、今いるのはグラメール王国という国だそうだ。
アルスピリアに存在する国々の中でもかなり規模が大きい国であり、経済的に豊かで軍事力もあり、過去より国土を広げてきたらしい。
クルトアはグラメール王国の最北に位置する辺境の村であり、村から北西に位置する山が隣国との国境になっているという。
クルトアから南東の森を抜けるとアテンシャの街があり、そこから更に幾つかの村や街を経て南下していくと、中心都市である王都グラメールがあるそうだ。
かなり遠いそうだが、まぁそこはぼちぼち向かうとして。
僕はとにかくこの世界の常識について知らないことが多い。そこが心配なんだよね。
それに、食料とか寝泊まりする宿とか、お金とか、道中気にしないといけないことが多そうだ。何せ、僕は今世ではクルトアの村から出たことがなかったし、前世でも旅行とかしてこなかったから旅の経験も知識も乏しい。
「いざ旅に出るとなると、分からないことだらけですね」
「でしたら、アテンシャに着いたら教会に行くと良いかもしれません。小さいですが、精霊信仰の教会があったはずです。色々と力を貸してくれるでしょう」
「分かりました」
「あとは…少し伝えにくいことですが…」
「…何でしょうか?」
ラグフォラス様が少し言いにくそうにしていた。
「貴方のお父上のことです。言わずのままで申し訳ありません。お父上は、アテンシャにいるのではないかと思います」
「えっ…、父がですか…?」
「はい、行方を追っていた精霊達がそのように。クルトアが滅びてからは、アテンシャに移ったようですね」
「そう…でしたか」
5年前に別れて以降、ずっと安否を気にしていた父。
アテンシャにいるのか…。
無事街に着いてクルトアに戻ったが、既に滅亡していてアテンシャへ移ったのだろうか?
経緯は不明だが、少しホッとした。けれど、もう5年も会っていない。仮に会えたとして、今の僕を僕だと分かるだろうか。成長して見た目も変わってきたし。
背は大きくなって、髪も伸びた。
それに、以前とは人格が変化している。会ったところでどう接しようか悩む。
ただ、今考えても仕方がないため、とりあえずは無事であろうことを喜ぼう。
会った時のことは、その時考えればいいことだ。
「良かったです。5年も経ちましたが、聞けて安心しました」
「無事に再会できることを祈ります」
イケメン神様がアテンシャへ行くように言ったのもそのためだろうか。
何にせよ、アテンシャへ行く明確な理由もできた。
セルメリアに任せっきりだが、しっかり準備して街に向かおう。
明朝。
いつもより早く目が覚め、寝巻きからセルメリアが仕立ててくれた服に着替える。
荷物は全て、昨日のうちにセルメリアが準備してくれていた。
目を覚ますため、外に出て井戸水を汲み顔を洗った。
庭で軽いストレッチをして部屋に戻り、いつの間にか準備してくれていた朝食を食べる。
食後は礼拝堂でお祈りをした。いつもより長めに。
そして荷物が詰まった重ための鞄を肩に掛け、教会の出入り口に向かう。
そこにはラグフォラス様と、セルメリアに、ゴルドスやパメーラも揃って待っていてくれた。
「さぁ、この日が来ましたね」
ラグフォラス様が、笑顔で言った。
「はい。今日まで、本当にありがとうございました」
僕は精霊達に深くお礼をする。
昨日存分に泣いたから、今は晴れやかな気持ちだ。
「さて、貴方達も。これからもエトを支えてくださいね」
「「「はい」」」
ゴルドス、パメーラ、セルメリアの3人はラグフォラス様に返事をする。
「えっ、どういうことですか…?」
戸惑う僕に、3人が話す。
「私達も、エト様と共に参ります」
「旅に出るなんて、何百年ぶりかしらね〜」
「エト様お一人では、旅の途中で野垂れ死んでしまいそうで心配です!これからも、お世話役としてお仕え致します!」
ゴルドスは真面目に、パメーラは楽しそうに、セルメリアには何か失礼なこと言われている。
「いやいや、皆さんそれぞれお役目が…」
「それなら大丈夫ですよ。ゴルドスやパメーラの聖剣や杖は既に数百年もの間封印されているものでしたし、私にはセルメリア以外にも仕えてくれている精霊はおりますから」
「長く使われることのなかった聖剣、これからはエト様のお力になることができれば、剣として本望です。これからも鍛錬を続けていきましょう」
「杖だってね、使ってもらえることが本望なのよ。それに、魔法のことなら力になれるものね」
「エト様は、お世話役としてこの上なく仕え甲斐がありますから!」
精霊達はそれぞれ楽しそうだ。これで良いのか心配になるけれど。
ただ、一人で旅するものだと思っていたから、心強いと思う。
すると、ゴルドスは剣に、パメーラは杖に姿を変えた。
聖剣ゴルドスと、大賢者の杖だ。
聖剣ゴルドスは、見た目は少し地味だが、よく手に馴染む。
賢者の杖は、僕と同じくらい長さのある細身の木の杖だ。
何か一気に凄い武器を手に入れてしまったよ…。しかも、剣や杖から直接ゴルドスやパメーラの声がしてくるのは少し怖い。
とりあえず聖剣はベルトに差し、杖は手に持つ。
そして、これからもセルメリアが面倒を見てくれる。とっても心強い。
正直、旅の道中食事とか色々どうしようかと悩んでいた。何より僕一人だと適当だし、前世のようにまた不摂生をしてしまいそうだし。
「私は一緒に行くことはできませんが…、いつも貴方のことを見守っていますよ。貴方の力のおかげで、この教会は再び廃墟になるようなことはないでしょうから」
「それなら良かったです。毎日、お祈りするようにしますね」
「何より、この教会は貴方の家です。いつでも帰ってきてくださいね。お待ちしていますよ」
「…ありがとうございます。また、必ず帰ってきます」
既に帰る村や家を失った僕だが、ラグフォラス様が優しく言ってくれる。
つい、目頭が熱くなってきてしまう。
でも、今日は泣かないと決めていた。笑顔でお別れを言いたかったから。
「そして、貴方に精霊王ラグフォラスから加護を贈ります。創造神様の寵愛と共に、貴方を護ってくれるでしょう」
そう言って、ラグフォラス様は僕の額に口づけをした。
体に、何か温かいものが流れてくるのを感じる。
念じれば、ウインドウが表示される。
【精霊王ラグフォラスの加護】
精霊王より選ばれた者に与えられる加護。
光・聖属性魔法の効果を向上させ、闇属性魔法を無効化する。
【精霊ゴルドスの加護】
各ステータスの数値の上昇率を向上させる。
【精霊パメーラの加護】
魔法使用時の魔力消費量を半減する。
おぉ、また何か凄い加護を頂いちゃったな…。ゴルドスとパメーラまで…。
なんか人間離れしていってる気がするのだが…。
まぁ身を守るためには、強いに越したことはないか。
頂いたことに感謝して、割り切ることにした。
「エト、最後に。精霊王から加護を受けた貴方に、ラグフォラスの名を与えましょう。ラグフォラスは、代々精霊王となる精霊に受け継がれていく名であり、精霊王から選ばれた人間に与えられる名でもあります。きっと貴方の旅の役に立つはずです」
「そんなものまで…」
「この5年間、教会で貴方と共に過ごしてきました。エト、貴方は私にとって我が子も同然です。教会から旅立つのは寂しいですが、親の一人として誇らしくもあるのですよ。どうか、その聖なる力を持ってこの世界のために活躍していってください」
「はい!分かりました!」
最後に、ラグフォラス様と抱擁を交わす。
数年前まではラグフォラス様の体にすっぽり収まっていたのに、今では僕が収める方だ。
教会での日々を思い出し、そしてこれからの旅に思いを馳せる。
まずはアテンシャの街へ。そして王都グラメールへ。
「それではラグフォラス様、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、エト」
教会の前で手を振るラグフォラス様に見送られ、僕らは旅の一歩を踏み出した。
まだ少し寒さは残るけれど、春の日差しが暖かい。
これからの旅に少し不安はあるけれど、それ以上に、ワクワクと期待に心が躍っていた。
☆★☆★☆
聖者エト・ラグフォラス。
聖なる紋章と力を持ち、精霊王からその名を与えられた男。
数々の伝説を残した彼の癒しの旅は、ここから始まる。
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