第二章:グラメール王国編

15.アテンシャの街

 教会を発ち、木々を抜け林道に出た。

 僕達は今、アテンシャの街へ向けて歩いている。

 林道に出てどっちに進めば良いか分からずあたふたしていた僕を見て、セルメリアが「こちらですよ」と指差し少し前を飛んで案内してくれる。

 自分が方向音痴なことを忘れていたよ…。


「エト様は、お一人でどうするおつもりだったんですか…」

「あはははは…」

「本当に、一緒に来て良かったです…」


 早々に説教をくらってしまう。

 ぶっちゃけ、何も考えてなかったんだよねぇ。

 何とかなるかなぁ、みたいな。

 教会から出たものの、お世話係としてセルメリアが一緒に来てくれて良かった。ゴルドスもパメーラもいるし。左腰にある聖剣と、右手に持つ杖を見る。

 甘やかされてるよなぁ…と思うけど、辺境の村と森の教会でしか生活したことがない世間知らずな僕なので、例え精霊でも一緒にいてくれる仲間がいるだけ大変ありがたい。

 とはいえ、精霊達は他人には見えないようなので、村や街に出たら気をつけないとな。周りから見たら、空中に向かって独り言言ってる変な人だもんね。できるだけ目立つことはしたくない。

 

「しかしエト様、このまま歩いて森を抜けるのですか?」

「そうなんだよね。確か、森を抜けるのに数日はかかるって聞いてるし」

「以前クルトアの村へ行った時のように、補助魔法をかけて走り抜けても良いと思いますが」


 どうしようかなぁ。

 せっかく旅するんだから、のんびり歩いて世界旅行的な感じを味わってみたいけど。

 でも、何日も森の中で過ごすのも嫌だし…。

 何より、ただお気楽に旅行してるわけでもないし…。


「広い森だし、すれ違う人に気をつけて走るかなぁ」


 そう言って僕は自分に身体能力向上の魔法をかけ、林道を走った。




   ☆★☆★☆




 かなり高速で森を駆け抜け、終わりが見えてきた。

 林道では人とすれ違うことも、魔物との遭遇もなかった。滅亡したクルトアの方にわざわざ危険を冒してまで行く人もいないということだろうか。

 森を出ると平原があり、林道に続いて整備された砂利道が延々と続いている。

 その先に小さく、街のようなものが見えた。あれがアテンシャの街だろうか。

 このまま行けば、歩いても日が落ちる前には街に着けそうだ。


「こんなに早く森を出られるとは思わなかったね」

「エト様はお気付きか分かりませんが、馬よりもかなり速く駆けていましたからね」

「えっ、そんなに速かったんだ。気をつけないとな…」


 本当に、誰ともすれ違わなくてよかった。

 早く街に入って、アルスピリアの人間の常識や暮らしを知らないとね。

 5年間も教会に引きこもって、精霊達との交流しかなかったし。

 そう考えると、街の人とちゃんとコミュニケーションが取れるか不安だ…。


「何だか急に不安になってきた…。街に入ってもちゃんとやっていけるかな…。人と関わるなんて5年ぶりだよ…」

「教会では私達と日々関わっていたではありませんか。人も精霊も大して変わらないでしょう」

「それはそうだけどさ…」


 精霊達と交流はあったけどさ。

 とはいえ精霊って人間と比べたら色々と規格外だし。

 そもそも、ラグフォラス様はじめ精霊達は僕が転生者であることを知っているし、神様から使命を与えられていることも話しているから何も考えずに話したりしていたけれど。他の人間相手にどこまで事情を話せば良いのだろうか?話しても大丈夫なのだろうか?

 今になって、何も考えていなかったことを少し後悔してしまう。


「セルメリア、僕の事情ってどこまで話したら良いと思う?」

「私には人間の事情は分かりかねますが、転生者であることや前世の記憶等については様子を見た方が良いかと思います。あとは、教会でのことも。大抵の人間には精霊が見えないですし、エト様が変なお方だと思われてしまうかと」

「何とか上手く誤魔化すしかないのかなぁ」


 嘘を付くのは苦手な方なんだけどな。どうも昔から顔に出やすいらしい。

 街で何か聞かれたら、適当に話を合わせられるようにしておこう。

 アルスピリアのこともよく知らないのに、何をどう合わせようかとも悩んでしまうけど…。




 平原の砂利道を歩き続け、夕方には街の入り口に着いた。

 石造りの壁が街を囲っていて、街の出入り口の大きな門がある。

 門から街に入ろうとしている人の列ができており、何やら武装した門番っぽい人とやり取りをして中に入れてもらっているようだ。

 前に並んでいる人達に倣い、僕も列に並ぶ。順番待ちをしている人は多くないから、すぐに対応してもらえそうだ。

 数分程待ち、僕の順番が来た。

 門番の前に行き対応してもらう。


「身分証は持っているか?」

「いえ、持ってないです」

「持ってないのか。なら銀貨3枚必要だ」

「あ、お金も持っていなくてですね…」

「ん?お前、冒険者か?」


 背が高くてガタイの良い中年男性の門番は、不審そうにジロジロ見てくる。


「いや…、一応聖者をやっておりまして…」

「聖者?教会のモンか?なら教会の身分証があるだろう?」


 うわぁ…どうしよう…。何を答えたら良いか分からないぞ…。

 身分証があるとか聞いてないし…。

 返事に困って僕がオドオドしていると、


「怪しいな。おい、こいつ連れて行け。ちょっと話聞かせてもらうぞ」

「えぇぇ!?」


 街の中から同じく武装した門番が2人やって来た。

 上半身に手早く縄を巻かれて、後ろで順番待ちをしている人達に注目されながら連行されてしまった。




   ☆★☆★☆




「お前、名前は?」

「エトと申します…」

「じゃあエト、お前はどこから来たんだ?」


 門番達に、門を入ってすぐ近くにある駐在所のような場所へ連行されてきた。

 現在、取り調べ中。

 厳ついおじさん門番とテーブルを挟んで向かい合って座っていて、質問攻めにあっております。


「はい…、教会から修行で来ております…」


 もう冷や汗ダラダラですよ、こっちは。

 厳ついおじさんに敵意を向けられて、ビビり散らかしてます。

 前世でもこういう人の対応苦手だったなぁ…。


「だから、教会に所属する聖職者なら身分証があるだろうが」

「それが…、無くしてしまって持っていなくてですね…」

「お前、どこの教会所属だ?」

「教会ですか?…ええと、精霊信仰の教会です」

「あぁ、そっちか…。めんどくせぇな」


 そっちって、どっち?面倒くさいとは?

 おじさん門番は頭をガシガシと掻いている。

 教会って幾つもあるの?そういえば、ラグフォラス様が信仰が変わってきたとか言ってた気がするけど。

 おじさん門番は、僕の後ろにいる若い門番に声をかける。


「おい、ミケーネのおばさん呼んで来い」

「わ、分かりました」


 声をかけられたもう一人の門番が、走って出ていった。

 おじさん門番は溜め息をつき、頬杖をついて姿勢を崩す。


「あの、ミケーネおばさんとは?」

「この街の聖女さんだよ。精霊信仰の小さい教会を切り盛りしてるおばさんだ」


 聖女ってことは、僕と同じ聖職者なのだろうか?

 色々聞きたいけど、墓穴掘りそうだからやめておこう。

 しばらく待っていると、先程の門番と共に50代くらいの女性が入ってきた。

 背が小さくて小太りな、水色の修道服っぽい服装をした女性。


「おぉ、ミケーネ。突然悪いな。ちょっと用があってよ」

「急に呼び出して何だい?ちっぽけなボロ教会だからって、私も暇じゃないんだよ」

「悪い悪い。ちょっとこいつのことで話聞きたくてな」


 何だか気さくに話している。知り合いなのかな?

 ミケーネと呼ばれる彼女も聖職者っぽい格好はしているけど、何だか元気な親戚のおばちゃんって感じの印象を受ける。

 おじさん門番が目の前に座る僕を指差して、ミケーネおばさんも僕を見る。


「誰だい、この子は?」

「あぁ、さっき街に来てよ。聖者っていう割に身分証も何も持ってねぇんだ。精霊信仰の聖者らしいぞ。お前さんなら何か知ってるかと思ってな」

「精霊信仰の?こんな若い子がかい?あんた、名前は?」


 グイグイ来る。圧が強いよ…。

 おじさん門番にも物怖じしてないみたいだし。


「エトと申します。……エト・ラグフォラスです」


 何となく、彼女には言っておいた方が良い気がして、ラグフォラスの名も名乗った。

 すると、彼女は驚いたように目を見開く。


「ラグフォラスだって!?本当かい!?」

「えっ、あっ、は、はい!」

「なんてこった!まさかこんなことがあるもんかね!」


 ミケーネは興奮したように話す。勢いが凄い。


「こうしちゃいられないね!ねぇガルバ、この子は私が連れて行くよ!良いね!?」

「お、おぅ。あんたが身分保証してくれるんだったら構わねぇよ」

「そんなの私がいくらでも保証してやるよ!良し!じゃあ行くよ、エト!!」


 ミケーネは勢いのままにガルバと呼ばれるおじさん門番に話をつけたようで、ズカズカと僕に近付いて来たと思ったら、遠慮なく僕の右腕を掴んで引っ張っていく。

 よく分からずされるがままにオロオロしていると、ガルバは呆れたように手を振った。


「あの、ええっと…」

「おぅ、まぁ頑張れよ」

「何もたもたしてるんだい!早く行くよ!!」


 引っ張られるままに連れていかれる。

 部屋を出る時に「ありがとうございました」と門番2人に伝え、今度はミケーネに連行されることになった。なんてこった。

 ちなみに、街に来てからセルメリアは終始僕の左肩に黙って腰掛けていた。さっきから誰も何も言わないから、本当に人間には見えてないんだな。

 セルメリアが、こそっと話しかけてくる。


「エト様、良かったですね。これも創造神様や精霊王様のお導きかもしれません」

「そうだと良いんだけどね…」

「何か言ったかい?」

「あ、いや、何でもないです…」


 セルメリアに呟いていると、ミケーネが振り返った。

 やはり精霊の姿も見えてないし、声も聞こえないんだな。

 僕はミケーネの強い力に引っ張られるままにアテンシャの街の中を進んでいった。どこに連れていかれるのやら。

 イケメン神様、ラグフォラス様、どうかお導きを…。


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