16.ミケーネと、街の小さな教会

 アテンシャの街へ入ろうとするなり門番に連行され、今はミケーネに腕を引っ張られて連行されている。

 何だかもうよく分からなくて、されるがままになっている僕です。


「あの、ミケーネさん?」

「何だい?」

「そろそろ手を離して頂いても…?ちょっと痛いです…」

「おやまぁ、悪かったね。ちょっと興奮しちまってね」


 そう言うと、ミケーネはパッと手を離してくれる。

 掴まれていた部分が少し赤くなっていた。力強過ぎるでしょ。

 痛いのもあったし、それに良い年した若い男がおばさんに腕掴まれて引っ張られていくって構図はどう見ても変だし恥ずかしいでしょ。

 素直に手を離してくれて助かった。

 ミケーネは「付いておいで」と言ってまた街道を歩き出す。

 ミケーネの後を歩きながら、キョロキョロと街を観察する。だいぶ薄暗くなってきているが、この街には街灯があるようで道を照らしてくれていた。

 アテンシャの街は想像以上に広く、かなり発展していると感じる。クルトアの村としか比較できないが、それこそアテンシャはアニメや漫画にある中世のような街並みだ。道は石畳で整備されているし、並ぶ建物も木製だけでなくレンガ造りのオシャレな建物もある。すれ違う人も、布や皮でできた清潔感のある服装をしているし、身なりの整っている人が多い。

 クルトアがド田舎とするなら、アテンシャは都会だ。同じ国内で、森を挟んだだけでこんなにも違うのかと思ってしまう。


「キョロキョロしてると逸れちまうよ」

「あっ、すみません!」


 いつの間にかミケーネと距離ができていた。田舎者丸出しでのんびり歩いていたらしい。

 早足で追いつき、はぐれないように付いていく。

 ミケーネは歩くのが早くズンズンと街道を歩いていく。付いていくのに問題はないけれど、街を観察している余裕がなかった。だんだん広い街道を逸れて、少しずつ寂れた場所を進んでいく。


「もう少し歩くよ。大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です」


 既に30分くらいは歩いている。逆にミケーネは疲れていないのだろうか。

 いつの間にかすっかり日が落ちてしまった。街の中心から外れたからか街灯も少なくなり、暗い中を月明かりと建物から漏れる光を頼りに進む。

 そして歩き続けた先、古くて小さな木造りの建物に到着した。

 周りに建物は殆ど無く、ポツンと存在している。街灯も無く夜のためか、少し不気味な雰囲気だ。

 ミケーネは、その建物に向かって進んでいく。


「ここがこの街の教会さ。古いけど問題はないよ。入っとくれ」


 ミケーネは教会の扉を開けた。ギィっと鈍い音がする。

 中は真っ暗だったが、ミケーネが何やら呟くと明るくなった。光魔法かな。

 明るくなった教会に入ると、森の教会に比べてかなり小さく感じた。礼拝堂の作りは大体同じだが、全てのものが古い気がする。

 礼拝堂を過ぎ、奥にある部屋に通してもらった。小ぢんまりとした可愛らしい部屋だ。中は古いが、掃除が行き届いていて清潔感はある。

 ミケーネが部屋の真ん中にある木製の丸テーブルに、木製の椅子を準備して「座りな」と促してくれる。そのまま椅子に座ると、「ちょっと待ってておくれね」と更に奥の部屋に消えていった。教会の作りが似ているならば、多分厨房のあるスペースだろうか。

 少し待っていると、ミケーネがトレーに白いティーカップを2つ用意して持ってきた。


「大したものは出せないけど、紅茶だよ」

「ありがとうございます」


 テーブルにそれぞれティーカップを置いて、僕の正面になるようにミケーネも座った。

 淹れたての紅茶の良い匂いがする。

 喉が渇いていたのだろう、一口紅茶を啜ってミケーネは話し出した。


「無理矢理連れてきてすまないね。遅れたけど、私はミケーネだよ。この教会の聖女さ」

「改めまして、エトです。エト・ラグフォラスです。先程は助かりました」

「何、気にする必要はないさ。同じ聖職者のよしみだよ」


 ミケーネはニカっと豪快に笑った。

 最初は勢いに驚いたが、親しみやすい人だと思う。


「それで、あんたに確認したいことが色々ある。良いね?」

「はい。お答えできる範囲でしたら」


 ミケーネが姿勢を正して僕を真っ直ぐに見つめる。


「あんたは、本当に聖職者なんだね?」

「はい、聖者です。まだ修行の身ですが」

「そうかい。あんた出身は?」

「クルトアの村です」

「クルトア?あそこはもうダメになったと聞いているがね…」

「はい…」


 それから僕は、ミケーネにこれまでのことを話した。

 彼女には、何となく話しても大丈夫な気がしたから。助けてもらった人に嘘は付きたくないし。

 ただ転生者であることや創造神とのやり取りに関しては省いた。色々ややこしくなりそうだし。

 だから、村から追放されて森の教会に行き着いたことや、精霊と暮らしてきたことを話す。

 左手のグローブを取って、聖なる紋章も見せた。

 そして今は、森の教会を出てグラメール王国を目指していることを伝える。

 ミケーネは時々驚いたような顔をしたが、口を挟まず聞いてくれた。


「そうかい、色々あったんだね」

「まぁ、色々ありましたね…」

「しかし、その聖なる紋章も実物を見たのは初めてだよ。精霊信仰では強い聖属性魔法の力を持ってたという歴代の大聖女様が持っていた紋章と言われているからね。あんたも聖属性魔法が使えるってことだろう?」

「そうですね。その適性はあります」

「しかも、一緒に暮らしてたってことは精霊様が見えるんだろう?」

「はい、しっかりと」


 ミケーネは背もたれに寄りかかって、全身の力を抜くように息を吐く。


「はぁ…、力のある聖職者には精霊を見れる奴がいるとは聞いてたけど、本当にいるんだねぇ」

「ミケーネさんは見れないんですか?」

「残念ながら私にゃ見れないし、言葉を交わしたりもできないよ。何となく、幼い頃から気配的なものは感じるけどね」


 ミケーネの視線が僕の左肩や剣に向く。

 本人の言う通り、精霊の存在は感じているらしい。


「一応、今僕の左肩にいますよ。この剣や杖も、精霊が宿っているものです」

「はぁ、そうかい。何となくずっと気になってはいたけどね。本当にいたとはね」

「教会から、付いてきてくれているんです。僕が頼りなさ過ぎて…」

「良いことじゃないか。精霊様が近くにいてくださるなんて、ありがたいことだよ」

「日々お世話になっているので感謝しています…」


 何となく、左肩に腰掛けているセルメリアが得意げにしている。

 ゴルドスやパメーラも同じ気持ちなのだろうか?


「それに、あんたのラグフォラスの名前さね。ラグフォラスと言えば、精霊王様の名前じゃないか。あんた、その名前を頂いたのかい?」

「そうですね。教会を出る時に、ラグフォラス様に名乗ることを許されました。旅の役に立つだろうって」

「精霊信仰の教会でその名前を知らない聖職者はいないからね。私も聞いた時はびっくりしたよ」

「あはは…」


 それこそ、過去ラグフォラスの名前を名乗った聖職者は、勇者と共に魔王討伐した大聖女様くらいという。その時の大聖女様の記録は、教会で大切に語り継がれているそうだ。

 なんか僕、凄いことになってるんだなぁ…。


「最初は嘘だと疑っちまったけど、話を聞く限り嘘は無さそうだね。そもそも精霊王様の名前も、今は精霊信仰をしている人間くらいしか知らないからさ。そもそもあんた、嘘付けなさそうだしね」

「そう仰って頂けると助かります…」

「まぁ、あんたとの巡り合わせも精霊王様のお導きさね。その様子じゃどうも世間知らずみたいだし、ここにいる間はこの教会に泊まればいいよ。そもそも、精霊王様の眷属であるあんたにこんな態度で接したらいけないんだけどね」


 ミケーネが佇まいを直そうとしている。


「いや、大丈夫ですよ。そんなの気にしません。むしろこのままでいてくださった方が嬉しいです。何だかむず痒いですし」

「若いのに謙虚なこったね。ありがたくそうさせてもらうよ。どうも堅苦しいのは苦手でね」


 確かに、そういうの苦手そうだ。

 正直ミケーネに関しては、聖女っていうよりも母ちゃんって感じがする。

 そういうの嫌いじゃないよ。


「アテンシャに来たのは良いんですが、如何せん辺境の村出身だし、ここしばらくは教会暮らしだったので世間のことが全く分からなくて…。色々と教えてくださると嬉しいです」

「任せときなよ。これから旅で困らない程度には教えてあげるさ。まぁ今日はもう遅いから休みな。明日から忙しくなるからね。教会にいる以上は、修行の身ってことで一緒にお勤めしてもらうよ」


 やっぱり、働かざる者食うべからずですよね。

 のんびり過ごせると少し期待しておりました。怠け者ですみません。

 席を立ち、今いる部屋とは別の部屋を案内してくれる。部屋の作りや家具は同じだ。以前、一緒に教会でお勤めしていた人の部屋なんだとか。

 以前は2部屋で集団生活をしていたらしいが、今はミケーネ一人のため部屋が余っているという。


「ここを使っておくれ。たまに掃除はしてるから、使うのには問題無いはずだよ」

「ありがとうございます」

「この教会では日の出と共に起きて、日の入りと共に休むのが習慣だよ。ちゃんと起きなね」

「…善処します」


 ミケーネは「頼んだよ!」と言って先程の部屋に戻った。あそこが彼女の部屋なのだろう。

 とりあえず、剣や杖を壁に立て掛けて、鞄を置く。

 そうしていたら、セルメリアが僕の肩から飛び立って部屋を物色し始めた。


「掃除はされていますが、こんな部屋にエト様を寝泊まりさせるなんて!古い教会なのは仕方ありませんが、もう少しきちんと手入れして頂きたいですね」

「こんなポッと出の怪しそうな僕の話を聞いて、寝泊まりさせてくれるだけでもありがたいよ。色々教えてくれるみたいだし。少しはこの教会の役に立てるようにしないとね」

「明日から私が教会中を掃除して回ります!」

「ミケーネさんびっくりしちゃうから、程々にしてね」


 セルメリアの給仕魂に火がついてしまったらしい。

 本当に派手なことはしないでおくれよ?ミケーネさんの心臓に悪そうだから。

 とりあえずは、明日からのために休もう。森を駆けてきたのは魔法のおかげでツラくはなかったけど、街に来てから怒涛の展開で気疲れしてしまった。

 ベッドに腰掛けようとしたら、いつの間にかセルメリアが布団を準備してくれていた。教会から魔法で収納して持ってきたらしい。色々準備してくれてて助かる。

 自分と精霊達だけになり、腰掛けた途端にドッと疲れがやってきた。一応気は張り詰めていたのかもしれない。

 ベッドに横になり、「お休み」と言ってそのまま眠りについた。

 明日からの教会生活、森の時とは違うだろうから早く慣れるように頑張らないとね。

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