17.エト、街での暮らしを学ぶ

 ミケーネに連れられてやってきた教会での生活が始まった。

 その翌日から、まぁなんとも大変で。

 朝は日の出と共に、セルメリアよりも早く叩き起こされた。セルメリアが悔しがっていたよ。

 この教会でも朝はお祈りの時間があるらしく、礼拝堂で一緒に祈りを捧げる。

 その後は朝食を摂る。硬いパンと、味の薄い野菜スープ。

 朝食後は掃除や洗濯といった家事的なことをした。

 ミケーネ曰く、「人手があると助かるね!」と喜んでいた。こういうことをいつも一人でこなしているのだろうか?


「この教会は、ミケーネさんしかいないんですか?」

「そうさ。前はもっと人がいたんだけどね。何せ、精霊信仰は信者がどんどん減っているからね…。別の教会に移ったり、辞めた子もいたね。今では私一人だよ。たまに街の奉仕活動で人が来てくれることもあるが、そもそもこんな辺鄙な場所にある教会に好んで来る人もいないよ」

「大変なんですね…」

「それでも、アテンシャには精霊信仰は残っている方だよ。毎日誰かしらはお祈りに来るし、寄付してくれる人もいる。そんな人達に感謝しないとね!」


 ミケーネは明るく言った。

 きっと信者が変わらず来てくれるのは、彼女の人柄もあるんだろうな。面倒見良いし。

 午前中、お祈りに数人やって来たが、ミケーネは全員に声をかけ和気藹々と話していた。

 僕も「修行しに来た新入りだよ!」と強制的に引き込まれたが、高齢者の割合が多くて、田舎の病院の待合室のようだった。

 前世の看護師時代を思い出して、少しほっこりしたよね。

 それに、ミケーネは時々訪れる怪我人を回復魔法で治療しお布施をもらっていた。

 教会では、病気や怪我を治したり解呪したりするのも役割の一つだそうで。運営のための大事な資金源となるそうだ。

 聖職者は、基本的に光属性魔法の適性を持つ人にしかなることができない。治癒や解呪も立派な勤めらしい。

 僕はとりあえず修行で来た新入りということになっているため、ミケーネの様子を見学させてもらっていた。




 昼過ぎ、街へ買い出しに出かけることになった。

 ミケーネが、「そういえば、あんたこの街初めてだったね!」とアテンシャの街の案内を兼ねてくれているらしい。昨日は暗くなって、ちゃんと見れなかったからね。

 教会を出てしばらく歩き、街の中心部へ出る。

 昨日もチラッと見てはいたけど、やはりアテンシャは綺麗に整備された街だと思う。

 街の中央を通る大きな街道には商店が多く、露店も沢山出ている。

 とにかく人が多いな、という印象だ。

 クルトアとは大違いだ。


「アテンシャって、かなり賑わっている所なんですね」

「そうだよ。グラメール王国の中でも大きな街だって聞くね」


 アテンシャはグラメール王国の北部に位置している。

 クルトアが滅んだ今、国の最北端の街となっていて、北部のエリアとしては元々一番規模の大きな街だそうだ。

 山と森を挟んで隣国があるため、商人や冒険者がよく訪れ賑わっているらしい。


「逸れないようにしっかり付いてくるんだよ!」

「わ、わかりました」


 キョロキョロしていると、相変わらずミケーネは足早に進んで行ってしまう。

 歩いていくと、次は野菜や肉といった食材を売る市場に出た。


「ここで食材を買うからね。教会にいる間はあんたにもお遣い頼むことがあるかもしれないから、ちゃんと覚えときなよ」

 

 店の人達と知り合いなのだろう、ミケーネは色々な人に声をかけられながら店の食材を選んでいく。

 時々おまけを付けてくれる人もいて、彼女は「今度怪我したら治してあげるからね!」とお礼をしていく。

 そしてお金だ。

 ミケーネに聞くと、「あんたそんなことも知らないのかい!」と呆れられてしまった。それでも甲斐甲斐しく教えてくれるから助かるのだが。

 アルスピリアでは、お金は万国共通の硬貨を使用している。


 鉄貨=10円

 銅貨=100円

 銀貨=1.000円

 金貨=10.000円

 大金貨=100.000円

 白金貨=1.000.000円


 といった具合のようだ。

 国や街にもよるが、金貨5〜6枚あれば一家が一ヶ月は暮らせるそう。

 正直よく分からないが、こればっかりは慣れていくしかない。

 クルトアは村全体で共同生活みたいな感じだったから、物々交換のような原始的な方法がメインで、お金を使う現場を見た記憶がほとんどなかったし。


「あんたに任せて大丈夫だろうかね…」

「頑張ります…」


 頭を抱えていると、ミケーネが心配そうに言った。

 まぁこの辺は、さっきから全く喋らないけど左肩に腰掛けているセルメリアが覚えておいてくれるだろう。何か熱心に聞いたり観察したりしてるしね。頼みますよ。

 ミケーネは手にもつ編みカゴ一杯になるまで食材を買い、満足したように市場を後にした。

 帰る途中に、どの道がどこに繋がるとか、立ち入らない方が良い場所とか、街の簡単な説明をしてくれて、教会へ戻った。




 教会に戻ってからも、少し忙しかった。

 教会に来訪する人の対応を行なっているのだが、いつもより来訪者が多いらしい。

 ミケーネが「あんたが来てくれたからかね〜?」なんて冗談めかして言っていたが、どうなのだろうか?

 お祈りに来て寄付していってくれる人もいるし、何せ怪我人が多い。

 ミケーネが光魔法で治癒していくが、疲れてきている。

 夕方頃には魔力も尽きてきて教会は閉めることになった。

 ミケーネはベンチに座って手も足も投げ出している。


「ミケーネさん、お疲れさまです」

「ありがとね。こんなに人が来たのは、私がこの教会に来て初めてだよ。魔力切れ起こすかと思ったよ」


 そこまでだったんだ。

 いつもより来訪者多いって言っても10〜20人くらいだったけど、普段はそれ以上に少ないのか…。

 そもそもミケーネは、どのくらいこの教会にいるのだろうか?


「エト様、多分エト様のお力に人々が引き寄せられているんだと思いますよ」

「あぁ…」


 セルメリアがこそこそと声をかけてきた。

 やっぱりそうなのか…。

 セルメリア曰く、強い聖属性魔法の力に無意識に癒しを求める人々が引き寄せられているのでは、ということだ。それに寵愛とか加護とか色んな力が、僕を良い方向に導くように動いているのではないかと。

 確かに教会に人が来訪し、教会の運営が改善するのは良いことだし、信仰を強くするキッカケになるのならありがたいけど。

 何か申し訳ないです、ミケーネさん。

 

「明日からは、僕も魔法で治癒したりとかお手伝いしたが良いですかね?」

「やってくれるなら助かるよ。あんた、どれくらい回復魔法使えるんだい?」

「あ〜、人には使ったことがないので何とも…。魔力はそれなりにあるんで、そこそこできるんじゃないかと思います」

「ありがたいけど、そりゃ危ないね。じゃあ試しに私の腰でも治してみておくれよ。数年前から痛みが取りきれなくてね」


 ミケーネは腰をさすった。

 そういえば、所々腰を気にするような仕草をしていた気がする。

 なんでも、自分に回復魔法をかけて痛みをとっていたそうだ。

 回復魔法って、自分のことも治せるのか。初耳だ。


「じゃあ、ちょっと前屈みになって頂いても良いですか?」

「頼むね」

「少し触っても大丈夫ですかね?」

「今更そんなこと気にしないよ」


 ベンチに座った状態で、笑って前屈みになるミケーネ。

 僕は後ろに回って、ミケーネの腰を右手で触る。

 触ると右手に反応があった。何となく、ツラくて痛そうなイメージが伝わってくる。


(このイメージというか、反応を取り除けば良いのかな?)


 そこで、痛みが消えてミケーネが生き生きと動いている姿を想像する。

 想像できたところで、体内に湧き上がってくる魔力を放出し、回復魔法をかける。


「痛いの痛いの、飛んでいけ〜」


 すると右手から金色の光が放たれ、ミケーネを包み込む。

 次第に、触っている部分のツラくて痛そうなイメージが消えたのが分かった。


「何だい今の!?びっくりしたじゃないか……って、おや。体が軽いね」

「お加減如何ですか?」

「腰が…痛くないね。何か体が全体的に軽くて調子が良くなった気がするよ」


 ミケーネが勢いよく立ち上がった。

 腰を触ったり、ぴょんぴょん飛び跳ねて不思議そうな顔をしている。

 どうやら、ちゃんと治癒できたようだ。


「ありがとうね。やっぱり精霊王様のお遣いなんだね…。色々とびっくりだよ」

「調子が良くなったようでしたら、何よりです」

「あんたにこれだけの力があるなんてね。ただ明日からは気をつけないといけないよ。無闇に回復魔法を使って目立つと、厄介なことになりそうだからね」

「……?」


 僕が不思議そうな顔をしていると、ミケーネは「まぁいいさ」と呆れたように笑っていた。

 確かに、目立つことしちゃうと変なことに巻き込まれるかもしれないしね。

 とはいえ、実際に魔法を使って病気や怪我を治せるなら嬉しい。

 明日から頑張ろうっと。


「あとね、何の詠唱か知らないけど、あの『痛いの痛いの、飛んでいけ〜』っていうのはやめた方がいい気がするんだけどね。何か言われてて変な気分になるよ。そもそも、回復魔法なら『ヒール」って基本的な詠唱があるだろう?」

「あはは…、正直あれが一番回復魔法使うイメージしやすいんですよねぇ」

「あんたが良いなら、私は別に良いんだけどさ」


 言っている自分は結構無意識なのだが、あれが一番イメージしやすいんだよね。

 前世からの癖だろうか。

 ちょっとは気をつけようかとも思うが、既にあの言葉と感覚で回復魔法のイメージができてしまっている。

 ミケーネ曰く、そもそも魔法には固有の詠唱が存在するのだそうだ。その詠唱を行うことで魔法を使うことができるらしい。

 パメーラはそんなこと言ってなかった気がするんだけどな。後で聞いてみよう。




 その日の夕食は、ミケーネが「感謝の気持ちだよ」と言って沢山作ってくれた。

 味は薄めだったけど、どれも美味しかったよ。

 しかし、そろそろセルメリアにも出番がないと不機嫌になりそうだな…。

 左肩で何やらブツブツ呟いているセルメリアを見て危機感を覚えた僕でした。




 その夜、パメーラに聞いてみたら、やはり魔法はイメージが重要だと熱弁していた。

 詠唱は、あくまで魔法のイメージを補助するためのものであって、絶対的に必要なものではないらしい。言葉に出しながら集中力を高め、魔法を具現化する役割を持つだけらしい。

 自分が使う魔法のイメージと集中さえしっかりできていれば、正直詠唱なんて何でも良いし、特に無くても問題ないそうだ。

 ただ現代の人間は、詠唱を行うことに慣れてしまい、魔法を使うには詠唱しないといけないという固定概念的なものが出来上がってしまっていると、パメーラはちょっと怒り気味に言っていた。

 森の教会での魔法の訓練は、そういうことだったのかな。

 そしてパメーラ曰く、「詠唱してたら戦っている相手に何の魔法使おうとしてるか悟られちゃうでしょ?」とのことだ。言いたいことは分かるが、僕はそもそも戦闘を避けたい。

 とりあえず、明日からは気をつけてみよう。

 

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