18.ワドニス教

 次の日から、教会は忙しくなった。

 僕がミケーネと共に来訪する病人や怪我人に回復魔法を使い始めたところ、回復の効果の高さが評判となって広がり、教会への来訪者がどんどん増えてきた。

 特に街の冒険者ギルドで話題になっているらしい。街外れの教会で、良心的なお布施で回復魔法をかけてくれる聖職者がいると。

 やけに武装した人がいると思ったらそういうことだったのか。

 どの世界でも、口コミの力は偉大なようで。

 来訪者が増えることで教会は賑わうようになり、精霊にお祈りしてくれる人も増えた。

 お布施が払えなくて困っていた人を助けた時は、教会の修繕や手入れをしてくれたり。

 街に出れば、ミケーネと一緒じゃなくても見知った街の人や冒険者が声をかけてくれるようにもなった。

 おかげで、街や国・暮らしのこととか、色んな人達が親身になって教えてくれるようになったのには助けられた。まだまだ知らないことは沢山あるしね。




 街の教会に来て10日間くらいが経ったある日。

 本日も、教会はお祈りや治療で来る来訪者で賑わっていた時のこと。

 教会に、街の警備兵の男と、灰色のローブを着た男がやって来た。


「おい、ミケーネはどこだ?」


 教会に響くように、大きな声で警備兵が問いかけてきた。

 教会にいた全員が二人に注目し、ヒソヒソと話し出す。

 街の人が、少し気まずそうな顔をしている。


「私ならここだよ。何か用かい?」


 問いかけに、ミケーネが前に出て応えた。

 警備兵の男は、羊皮氏を取り出しミケーネに見せる。


「この精霊教会で、回復魔法を使った違法な商売が行われていると報告が入った。事情聴取のため、一緒に来てもらう」

「違法な商売だって?回復魔法で治癒するのは教会の勤めだろう?」

「詳しいことは後ほど聞く。まずは一緒に来るんだ」


 ミケーネは警備兵の男に腕を掴まれ、引っ張られる。

 僕はミケーネに駆け寄った。


「ミケーネさん!」

「エト、大丈夫だよ。ちょっと話つけてくるさ。悪いことはしてないんだからね」

「……はい」

「ここで待ってておくれよ。すぐ戻るさ」


 そう言って、ミケーネは警備兵と灰色のローブの男と教会を出て行った。

 何となく、灰色のローブの男が気味の悪い笑みを浮かべているように見えた。

 少し嫌な予感がする。しかし警備兵に逆らうことは憚られる。

 3人が教会から出ていくと、教会に来訪していた人々もポツポツと帰り始めた。

 そのうち、一人の見知った冒険者の男に声をかける。


「あの…、警備兵の方と一緒にいた、ローブを着た人ってどなたですか?」

「お前、知らないのか?あいつは【ワドニス教】の奴だ。…厄介なのに目ぇつけられたな」

「ワドニス教…?」

「すまんが、今日のところは帰るぜ」


 冒険者の男もそそくさと出て行った。

 教会は僕以外誰もいなくなってしまった。

 ワドニス教って何だろう?名前からして何かの宗教かな?

 ラグフォラス様が言っていた、気になる信仰というやつだろうか?


「セルメリア」

「何でしょう、エト様」

「こんなこと頼むのは申し訳ないんだけど…。ミケーネを追って様子見て来てくれる?危ないことがなければそのままでいいから」

「仕方ないですね。エト様に関わることですから、行ってまいります」

「ありがとう。お願いね」


 セルメリアに尾行をお願いする。

 精霊は人には見えないから。あまりこういう手は使いたくないけれど。

 ミケーネは何となく気配を感じると言っていたけど、まぁ大丈夫でしょう。

 久しぶりに静かになった教会で、僕は帰りを待つことにする。




   ☆★☆★☆




 今日はその後教会に来る者はなく、僕は礼拝堂のベンチに座り静かに帰りを待っていた。

 昼過ぎ頃に連れて行かれたミケーネは、夕方には教会へ戻ってきた。

 見た感じ怪我もしてないし、手は出されていないようだ。

 途中セルメリアからの報告もなかったし、大丈夫だったのだろう。


「ミケーネさん。何があったのかお聞きしても良いですか?」

「…あぁ、あんたには言っておかないとね」


 今はミケーネの部屋で、テーブルを挟んで座っている。

 帰ってきて、一休みにと淹れた紅茶を飲んでいるところだ。


「警備兵と一緒にいた男を覚えてるかい?」

「はい、灰色のローブを着てた人ですよね?」

「そうさ。あいつはね、【ワドニス教】の奴だよ」


 ミケーネが、嫌そうな顔をして言った。

 確か冒険者の男も言っていたな。ワドニス教って。


「あの…、ワドニス教って何なんですか?」

「おやあんた、知らないのかい?本当に世間知らずだね」

「すみません…」


 ミケーネは、ワドニス教について教えてくれた。

 現在、精霊信仰以外にも幾つかの信仰が存在しているが、その一つがワドニス教。

 ワドニス教は、『人間こそ世界を支配し繁栄をもたらす存在』と謳っているそうだ。

 ワドニス教は創立時からその勢力を伸ばしており、次第にグラメール王国内で主流な信仰になった。王都グラメールには教会本部を置いているという。

 国内に広がってもなお、圧倒的な勢力で信者を増やし国外にも広がっている。精霊信仰はじめ他の信仰は異教として排除しているのだとか。

 精霊教会や信仰者も、その影響もあり数が減ってしまったという。

 グラメール王国では信仰は自由であると定められているが、国にも及ぶ経済力を持つワドニス教の影響力は絶大で、国の中枢でも逆らえる人がいないそうだ。そのため、他の信仰や宗教に対し圧力をかけている現状も野放しにされているのだとか。

 何か色々問題ありまくりじゃない?そりゃ、何を信じるかなんて個人の自由かもしれないけど。


「そうでしたか…」

「人間は愚かな生き物だよ。私達は精霊様に護られて、日々その恩恵を受けて生きているっていうのにね。ついそのことを忘れて、自分達が凄いんだって勘違いしちまう。ワドニス教を悪く言いたくはないんだけどね、あそこにはそういう自惚れた人間が集まっているんだよ。私達は、精霊様の存在と感謝を忘れずにいてもらえるように教えや教会を守っていくしかない。こんな状態だから、教会を運営するだけで精一杯だったんだけどね」

「もしかして、今回のことって…」

「あんたの予想通りさ。最近はあんたの回復魔法のおかげでこの教会に沢山の人が出入りしてくれるようになっただろう?それが、ワドニス教には気に入らなかったんだろうね」

「この教会は大丈夫なんでしょうか?」

「心配いらないよ。警備兵にはちゃんと説明してきたさ。お布施は頂いてるけど、精霊教会で決まった正規の金額だよってね。警備兵の中にも教会に来たことのある奴がいたから、そこは何とか信じてくれたよ」


 ワドニス教は、光属性魔法の適性を持つ聖職者や治癒士を取り込んで囲い込み、治療を行うことで見返りに高い治療費を要求して多額の資金を得ているそうだ。

 この世界にも回復薬ポーションはあるが、重症な怪我や病気を治すにはより高級な回復薬を購入しなければならないし、その数も少なく貴重で一般に出回っていることが少ない。

 だから治療費が高くても、場合によっては教会に行くしかないという。

 そこに自分達よりも安価で治療してくれる教会が出てきては、商売にならなくなる。

 商売敵として、この精霊教会に水を差してきたのだろう。


「とりあえず、ミケーネさんに何もなくて良かったです…」

「心配ありがとうね。ただ明日から、また人が来なくなるかもしれないね…。今回のことで目をつけられた以上、街の人達もちょっかいかけられたくないだろうからね…」


 残念だが、今は受け入れるしかないだろう。

 モヤモヤするが、事を荒立てたくはない。

 とりあえず精霊教会が罰せられることはないし、これからもいつも通り運営しても問題ないとの事だ。

 今は目の前のできることをやろう。

 



 その夜、僕の部屋にて。

 僕はベッドに寝転がり、セルメリアが部屋の中をパタパタと飛んでいる。


「セルメリア、事情聴取の現場は問題なかったんだよね?」

「はい。ミケーネ様のお言葉に間違いはありません」

「良かった、ありがとう。無理なお願いしてごめん」

「いえ、エト様に安心して頂けたのなら良かったです」


 セルメリアは少し厳しいが、何だかんだ根は真面目で優しい。

 こういうお願いは、今後することがないようにしないとね。

 精霊達はお願いを聞いてくれるかもしれないが、万が一にも、彼らを利用するようなことはしたくない。


「ワドニス教か…。それが、ラグフォラス様が言ってた信仰のことだろうね」

「恐らくそうでしょう。『人間がこそが世界を支配し繁栄をもたらす存在』など、呆れてしまいます」

「まぁね…」


 ワドニス教について詳しいことは知らないが、まぁ分からないことでもないのだ。

 僕も人間だしね。

 アルスピリアに転生して、精霊達の偉大さは知っている。

 けど、前世のこともふまえると、人間も偉大ではあると思う。文明とか技術の発達とか。

 そういう成功体験や世界を動かしているという感覚みたいなものが、時に人間を思い上がらせ過ぎてしまうのだろう。

 僕も気をつけないとなぁ。


「なんとか上手くまとまってくれないもんかな……?」


 正直、今の僕にはどうしたら良いのか分からない。

 前世でもテレビやネットニュースなんかで似たような問題を見たことあるような気はするが、他人事だと思って考えたこともなかった。

 でもきっと、何か方法はあるはずだと思う。


(イケメン神様も、大変そうなこと頼んでくれちゃったよね)


 ちょっと面倒くさいとは思ってしまうけど。

 でも、自分にできることをやると決めたのだ。

 これから少しずつでもいいから、上手くいく道がないか僕なりに考えてみよう。

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