19.冒険者ギルド
次の日から、ミケーネの言った通り教会への来訪者は少なくなった。
以前から日々お祈りのために来訪する人は変わらず来てくれているが、怪我や病気の治療で訪れる人が減ってしまった。
時折お金に困っているという人が治療に来ることはあるが、皆が皆コソコソと外を気にして落ち着かない様子だ。ワドニス教のことを気にしているのだろう。
ミケーネはそんな人達に「気にしなくても大丈夫さ!」と言っているが、そういうわけにもいかないらしい。街の人や冒険者から色々な話を聞けるのが楽しかったんだけどね。
今は、久しぶりに平穏な時間を過ごせていると割り切るようにしている。
「教会に来てくれる人、少なくなりましたねぇ」
「仕方ないよ。みんな厄介事には関わりたくないだろうさ」
「長い物には巻かれろってやつですかね」
「ワドニス教は正直良い噂ばかりではないからね。誰だって目はつけられたくないよ」
ミケーネと二人で礼拝堂の掃除をしながら、昨日のことを話している。
強い影響力を持っているんだな、ワドニス教って。
そりゃ街の人も冒険者も、自分の生活を脅かされたくはないだろうしね。
何となく気持ちが分かるだけに、もどかしくなってしまう。
「この教会も大丈夫なんでしょうか?また変なことされたりしないですかね?」
「また目をつけられるようなことしなければ大丈夫だよ。元々は寂れてた教会だしね。あんたが来る前も、特に何も無く過ごしてたよ。まぁ、せっかく来てくれるようになった人達には申し訳ないけどね」
「何も悪いことしてないのに……」
「私達は私達の勤めを果たすしかないよ。あんなことがあった後でも、わざわざこの教会まで足を運んでくれる人達に感謝しないとね」
ミケーネのこういう前向きな性格を見習いたい。
僕はどちらかというとネガティブな方だし。
アルスピリアに転生して、だいぶ前向きになれたとは思うけど。
「そうだ、今日はこの後街に出ても良いですか?」
「おや?何かあるのかい?」
「以前教会に来た時に少しお話したと思うんですけど、父のことを探そうと思いまして」
「そうだったね。アテンシャにいるかもって話だったね」
教会に来た時に、ミケーネには身の上について少し話していた。
父と別れたことも話し、このアテンシャの街にいるかもと言う情報についても。
アテンシャに来て数日が経ち、街での生活にもだいぶ慣れてきたので、そろそろ父についての情報を集めたいと思っていた。
「何かアテはあるのかい?」
「いやそれが全く…」
「相変わらず困ったもんだね。あんたのお父さん、元冒険者だったんだろう?それなら冒険者ギルドに顔出してみたら良いんじゃないかい?何か知ってるかもよ?」
そうか、冒険者ギルドか。
元冒険者の父なら、何か手掛かりがあるかも。
クルトアの村では元冒険者の経験から警備や剣の指導もしていたから、警備兵や門番の人達に聞いてみても良いかもしれない。
「そうですね、一度冒険者ギルドに行ってみます」
「場所はこの前案内した時に教えたから知ってるね?」
「はい、大丈夫だと思います」
セルメリアが覚えてくれているはず。多分。
チラッとセルメリアを見たら、呆れたような顔をしていた。
何だか悔しい気もするが、記憶が曖昧だから仕方ない。
「まぁ迷ったらその辺の人に聞けば教えてもらえるさ。昼過ぎから行っておいでよ」
「ありがとうございます」
「教会のことは大丈夫だからね。夕食頃には帰ってきなよ」
一通り掃除を終わらせ、休憩にミケーネが淹れてくれた紅茶を飲んでから出かけることにした。
☆★☆★☆
教会を出て、街道に向かう。
案の定迷子になりかけたので、セルメリアが少し前方を飛んで道案内をしてくれている。
ありがとう、セルメリア。貴方がいてくれて本当に良かったです。
そんな想いを噛み締めてながら歩いていると、見覚えのある大きな建物に辿り着いた。
「エト様、ここが冒険者ギルドですよ」
「ありがとうございます……。助かりました……」
到着したら、セルメリアは定位置である僕の左肩に腰掛けた。
周りに人が沢山いるので、不自然に見えないように会話する。
それにしても冒険者ギルドか……。これぞ異世界ファンタジーって感じがする。前世で見たアニメやライトノベルの世界だよね。ちょっとドキドキしてしまう。
頑丈そうな木の扉を開けようとしたら、先に扉が開いて中から四人組が出てきた。
「あら、エトさんじゃないですか」
「よぅ、冒険者ギルドに用か?」
「教会の人がギルドに来るなんて珍しいですね」
「……どうも」
見知った四人組だ。以前、何度か教会に来て回復魔法を使ったことがある。
魔法使いと弓使いの女性二人と、剣士と斥候の男性二人の冒険者パーティーだったはず。
確かパーティー名は【風の狼】。Cランクとか何とか言ってた気がする。
正直個々の名前は曖昧です。ごめんなさい。
「こんにちは。少し調べたいことがありまして」
「そうか。俺達、今から依頼こなしに行ってくるからまた今度な」
「この前は何も力になれなくてごめんなさい。怪我した時は、また教会に行かせてください」
「ありがとうございます。どうかお気をつけて」
風の狼の四人は、ワドニス教が来た時に居合わせたメンバーでもある。
でもこうやって声をかけてくれるのは嬉しい。
とはいえ、怪我も何もなく無事に帰ってきてほしいところだ。精霊教会を利用してくれるのは嬉しいが、怪我や病気になってほしいわけじゃないし。
そうやって軽く言葉を交わしてお別れし、僕は冒険者ギルドの中に入る。
中は広くて冒険者であろう武装した人達で賑わっていた。
奥にある受付らしきところを目指して歩いていると、何となく冒険者達からの視線を感じる。怖いからやめてほしい。目を合わせたくないから真っ直ぐ受付を見て歩く。
冒険者達に絡まれることなく受付に着いて、中にいる職員らしき人達に声をかける。
「あの〜、すみません」
「少しお待ちを」
20代くらいの男性職員が奥から返事をした。
他の職員は書類を手に持ったり他の冒険者の対応したりと忙しそうだ。
数分程待っていると、対応しに来てくれる。
「お待たせしました。どのようなご用件でしょうか?」
「あのですね、ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
男性職員は制服をピシッと着こなし、清潔感のあるビジネスマンって感じの人だ。
冒険者ギルドって何か怖いイメージだけど、こういう職員もいるんだな。
「尋ねたいことですか。どういった内容でしょうか?」
「人を探しておりまして。元冒険者っていうことで、こちらにアテがないかと来てみたのですが……」
男性職員に話す。ちなみに彼の名前はルーカスというそうだ。
僕はルーカスに、僕がクルトアの村出身で別れた父を探していること、その父がアテンシャの街にいる可能性があることを話した。
追放や森の教会のことは伏せておく。
クルトア出身であることを話すとルーカスは少し驚いていたが、真剣に話を聞いてくれる。
「カトルさんですか。そのような名前の冒険者はこの街にいなかったと思いますが……」
「そうですか……」
「それにしてもクルトアのご出身ですか。あそこは5年程前に滅んだと聞いていますが、エトさんは今までどちらに?」
「あっ、それはですね、今は教会でお世話になっておりまして」
やっぱり聞かれたか。
一応、今は精霊教会でお世話になっていることも話した。
「精霊教会とは、また珍しいですね」
「やっぱりそうなんですかね?」
「この国では教会といえば、ワドニス教の教会がメインですからね」
そして出てきたワドニス教。
治療や解呪のために冒険者がワドニス教会をよく利用するそうだ。冒険者ギルドでも、高い治療費が問題視されているらしい。
そこは黙って聞いておく。変なことに首は突っ込みたくない。
「しかし教会にいらっしゃるということは、エトさんも光魔法の適性をお持ちということですよね?」
「えぇまぁ一応。修行の身ですが、回復とかのお手伝いはしてます」
「そうですか。最近精霊教会に腕の良い聖職者がいると当ギルドでも話題になっていましたが、エトさんのことだったんですね」
話題になっていたのか。確かに冒険者よく来てたしな。
とりあえず聖属性魔法のことは黙っておいた。
ちなみにルーカスは、精霊教会にワドニス教が目を付けたことも知っていたようで。
理由を聞いたら、「ギルド職員として当然です」とのことだ。お若いのに仕事熱心で尊敬しますわ。
「精霊教会の治療費は良心的で助かるのですが……。以前からワドニス教が圧力になっていて利用しづらい状況なんですよ」
ワドニス教の影響力って凄まじいな。冒険者ギルドにまで圧力かけれるのか。
一応冒険者にも光属性魔法を使える人はいるらしく、聖職者にはならず
だからワドニス教の要求する高い治療費を払えない冒険者は、重症や緊急の場合を除いては安い回復薬を使ったり、治るのを辛抱強く待つそうだ。
精霊教会での回復魔法に、そんな冒険者達は助けられていたとルーカスは言う。
「僕としては、遠慮なく精霊教会に来ていただきたいんですけどね」
「そう仰っていただけるとギルドとしても助かります」
ルーカスはお礼をしてくれる。
体が資本の冒険者は、ちょっとした怪我や病気でも抱えていることで最大限に力を発揮できず、依頼の失敗や命を落とすことに繋がるという。冒険者ギルドとしては、冒険者達には万全な状態でいてほしいそうだ。
僕としても、助けられる人は助けたいと思う。何とかできないもんかな。
「そういえば、お父様のことでしたね。つい話が逸れてしまいました。申し訳ございません」
「いえいえ、色々と事情が聞けて勉強になりました」
「お父様のことはどうなさいますか?冒険者ギルドへ人探しとして依頼を出すこともできますが」
「う〜ん、一旦保留にさせてください。一度、門番や警備兵にも聞いてみようと思いまして」
「そうでしたか。ではまた何かありましたら、当ギルドをご利用ください」
お礼をして、受付を後にする。
緊張が解けて辺りを見ると、ちらほらと教会に来たことのある見知った冒険者を見かけたから挨拶を交わし、ギルドを出た。
父のことは分からなかったけど、ワドニス教に関することは聞けて良かったかな。
ルーカスも真面目そうで優しかったし、また何かあれば来てみよう。
「さてと、次は門番さんのいる駐在所に行ってみようかなぁ」
「エト様、場所はお分かりですか?」
左肩に大人しく座っていたセルメリアが声をかけてきた。
「……お願いします」
「では、参りましょうか」
そうして、引き続きセルメリアの道案内で駐在所を目指すのだった。
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