44.回復魔法と、縮まる距離感

 その日の昼過ぎから、僕が回復魔法を施す様子を見て救護室に来てくれた冒険者がいた。

 軽傷だったり、何やら体調を崩したりしている人だったり、ちらほらと回復魔法を受けに来てくれたよ。

 中には、早速疾風の牙から話を聞いたって人もいた。

 最初は心配そうに部屋に入ってきていたけど、元通りに治癒したり、いつも以上に元気の出たり、最後にはみんながみんな喜んで部屋を後にしていった。

 そうして本日分の仕事が終わり、一晩休んで次の日…………。


「んんんんん??」


 朝来た時に、冒険者ギルドに妙な列ができているなぁと思ったら、その列は依頼掲示板や受付ではなく、救護室の前からできていた。

 見るからに、負傷した冒険者達が並んでいる。

 まさか、昨日の今日でここまで……?

 疾風の牙の皆さん、どう宣伝したらこんなになるのでしょうか……?

 冒険者ギルドのロビーで、長蛇の列を愕然と見つめている僕です。


「大盛況じゃないか」

「うわっ!!」


 いつの間にか、イリーナが背後に立って声をかけてきた。

 全く気配がしなくてびっくりした……。


「イリーナさん、びっくりするじゃないですか……」

「びっくりなのはこっちだよ。朝から冒険者の奴らが殺到したと思ったら、あんたのことばっかり聞いてくるって言うじゃないか。あんた、一体何したんだい?」


 イリーナも長蛇の列を見て、呆れたように言った。

 どうやら、朝からギルド職員達にかなり負担をかけてしまったようだ。


「いや、昨日あの後、疾風の牙の皆さんに僕のことを宣伝してほしいってお願いしたんですよ。まさか、昨日の今日でこんなことになるとは……」

「そういうことかい。にしても、凄いねぇ。まぁあたしとしては、さっさと怪我治して活動に復帰してくれれば助かるんだけどさ」

「あはは……、頑張りますね……」


 忙しくなりそうだけど、モロッカの冒険者ギルドのためにも頑張りましょうかね。

 そうして僕は救護室の鍵を開けて、やって来る冒険者達に回復魔法を施すのに専念するのでした。




   ☆★☆★☆




 「ゔぅ〜〜〜、終わったぁ〜〜〜」


 椅子から立ち上がって、大きく伸びをする。

 仕事開始から、ずっと部屋にこもって負傷した冒険者の対応をしていたため、体が凝り固まってしまった。

 とは言っても、現在はお昼前。

 結構長い時間集中していた気がするけど、そんなに時間は経っていないらしい。


「お疲れさまです、エト様。こちらをどうぞ」

「あっ、ありがとう」


 伸びをしている僕に、セルメリアがお茶を持ってきてくれた。

 何でも、リラックス効果のあるハーブティーなんだとか。本当に細かいところまで気が利くよねぇ。

 正直、体はそこまで疲れていない。

 かなりの人数を相手に回復魔法をかけたけど、僕の体力や魔力量的には全く問題の無い範囲だ。

 どちらかと言えば、気疲れの方かな。

 冒険者達の相手がね……。みんな、それはもう喋る喋る。

 疾風の牙の宣伝を聞いていたり、ギルド職員から詳細を聞いていたりで、冒険者達の警戒心はそこまで強くなさそうだったんだけど、治癒が完了して体の調子も良くなって、軽く挨拶や世間話をしてからの反応が凄かった。

 単純な比較はできないけど、特に犬型や狼型、猫型や獅子型の獣人達の態度の変わりようが凄かったかな。

 尻尾ブンブンさせたり、スキンシップが多くなったり……。

 獣人族っていうくらいだから、動物的な本能や習性が強く出ているんだろうけどさ。

 僕はそういうのに慣れてないから、驚きとか恥ずかしさでドギマギしちゃったよね。

 もちろん、獣人族の方々に受け入れられてきていると感じるのは嬉しいし、怪我が治って「ありがとう!」って笑顔で帰っていく姿が見れるのも嬉しいけど。

 まだまだ、距離感を掴めそうにないなぁ。


「ふぅ、まだ希望者さん来るかな?」

「どうでしょう?かなりの人数が治癒されていたとは思いますけど」

「そうだよねぇ。村にいる冒険者ほぼ対応したんじゃないかってくらいの人数だった気がする……」


 ハーブティーを飲みながら、セルメリアと話をする。

 冒険者全員とは思わないけど、それなりの人数の対応はしたはずだ。

 ただ、僕のことを怪しんで来ないという獣人もいるとは思う。金銭事情とかもありそうだよね。

 そういう人達も来てくれたら嬉しいけど、強制はできないしなぁ。

 難しく考えてもどうしようもないし、このままやり続けて僕の信用が広がれば、いずれは来てくれると信じて待ちましょうかね。

 色々と考えていると、何だかお腹が空いてきた。

 そういえば、今朝は今日のことが気になって、朝食がいまいち喉を通らなかったんだった。


「セルメリア〜、何か食べるものない〜?」


 セルメリアにお願いすると同時に、何か良い匂いがしてきた。

 机の方を見ると、軽く整頓されて食器が準備されているのが見える。

 覗き込んでみると、具沢山の野菜スープだった。


「おぉ……、良い感じのスープが……」

「そろそろかと思いまして。ちょうど人もおりませんし」

「ありがとう!いただきます!!」


 流石です、セルメリアさん。

 特に決まった休憩時間も無いため、僕は今のうちに美味しそうなスープをいただくことにした。

 すぐに負傷者がやって来ることもなく、比較的ゆっくりとできたよ。




   ☆★☆★☆




 昼過ぎになってからは、ちらほらと希望者がやって来る程度だった。

 けれど、依頼を終えて続々と帰ってきた冒険者達の対応で、夕方頃から再度忙しい感じはあったかな。

 それでも、朝程ではなかったけど。

 ただ、朝に回復魔法を受けて治癒したはずの冒険者が夕方にも何人かいて、流石に軽く注意はさせてもらった。

 いくら僕が滞在しているからと言って、簡単に負傷してきてほしくはないしね。

 頼ってもらえるのは嬉しいけど、それとこれとは話が別だ。

 お説教っぽくなっているのか、冒険者達からは「母ちゃんみたいだな」なんて、笑いながら言われたりもした。

 心外だなぁと思いつつも、そうやって笑って話してくれるくらいには気を許してもらえているのかと思うと、ちょっと嬉しくなったよね。

 本日分の仕事も終わって受付に行くと、ギルド職員達が笑顔で対応してくれた。


「エトさん、ありがとうございます!」

「冒険者の大半は、これで活動再開できると思います!」


 ギルド職員達は、それぞれ僕に声を掛けてくれたよ。

 流石ギルド職員、日々冒険者の対応しているだけあって、村を拠点にしている冒険者の顔は大体把握しているようで。今日回復魔法を受けに来た人達だけで、活動休止していた冒険者はほぼ全員治癒できたらしい。

 特に、活動復帰を望まれていた高ランクの冒険者が多く来ていたようで。冒険者ギルドとしてはとてもありがたいと連呼されたよ。

 何でも、疾風の牙の宣伝や、実際に回復魔法を施す様子を見ていた冒険者の話が、冒険者達の間で一気に広がり、希望者が駆けつけてくれたみたい。

 エリーやネモリ、ケルディなんかは、わざわざ負傷して活動休止している冒険者の元まで行って、話をしてくれたりしていたそうだ。凄いなぁ。

 世代や性別・所属パーティーは違っても、村を拠点にしている獣人冒険者の大半は村出身の人が多いため、元々知人同士であることが多いそうだ。 村という限られたコミュニティの中だし、お互い仲間意識的なものとかあったりするのかな?だからこそ、彼らの宣伝や噂を信頼して来てくれたんだと思う。


「それなら、明日はどうしましょうか?」


 僕は、ギルド職員に確認してみた。

 一応打ち合わせでは2〜3日って話だし、昨日今日で冒険者の大半が治癒できたなら、明日は急を要することはなさそうだけど。

 こういうのって、僕1人で決めて良いことでもないしね。

 僕の問いかけに、ギルド職員は少し考える様子を見せる。


「そうですね……、今日程の人数は来ないかもしれませんが、予定通り明日までお願いします。本日の様子を見ていると、久しぶりの活動復帰で調子に乗って、怪我をして帰ってくる冒険者が何名かいましたので……」

「あはは……、そうですね……」


 ギルド職員は、やれやれといった感じだ。

 まぁ、気持ちは分からなくもない。ギルド職員側も、冒険者側の気持ちもね。

 活動休止していた冒険者の中には、長いと1〜2ヶ月はまともに活動できていなかった人もいたそうだ。

 そりゃあ、一気に治癒して元気になったわけだし、嬉しくもなっちゃうよね。

 そういう冒険者には僕も注意させてもらったけど、心配だから明日も来ることにしよう。


「では、また明日。今日はこれで失礼しますね」


 そう言って、冒険者ギルドを後にした。

 九尾亭までの道を歩いていると、慣れたせいもあるかもしれないけど、変な目で見られている感覚は無くなった気がする。「今日はありがとう」と、声を掛けてくれた冒険者もいた。

 九尾亭に戻ると、リアーナも「エトさん、村中で注目されてるみたいよ」とおかしそうに声を掛けてきた。

 ……本当に、冒険者だけでなく村人にまで、どんな噂が広がっているのだろうか?

 注目されたいわけではないんだけどねぇ。

 まぁ、村人達から信用を得るためには仕方がないか。

 疾風の牙のみんなには、次に会った時にはお礼を伝えないとね。

 そういうわけで、今夜は九尾亭の食堂で夕食をいただき、明日に備えて早めに就寝するのでした。


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