43.疾風の牙と、宣伝の依頼

 イリーナとの話が終わって救護室に戻ると、疾風の牙の5人はすっかり仲直りしていた。

 何でも、全員がモロッカの村出身の幼馴染だそうで、幼い頃からよく喧嘩をしていたそうだ。

 冒険者活動の中でも、よく喧嘩をしているらしい。

 それでもパーティーが解散しないんだから、根本的には仲が良いんだろうね。喧嘩するほど何とやらってやつ。

 部屋に入った途端、5人からいきなり謝罪の言葉を受けてびっくりしたよ。


「本当にありがとうね。ほら、ケルディもちゃんと謝りなさいよ!」

「……すまん」

「ご迷惑おかけしました」

「回復魔法をかけてくださったおかげで助かった」

「ありがとう」

「あっ、いえ、それなら良かったです」


 勢いの良さに少しびっくりしたけど、良い人達で良かった。

 部屋に戻る前はちょっと憂鬱だったけど、杞憂だったかな。問題扱いしてごめんよ。

 ただ5人を見ると、まだ少し俯いてモジモジとしている。

 何だろう?何かあったのかな?


「あの、それで……、治癒費のことなんだけど……」


 エリーが言いにくそうにしながら口にした。

 どう話そうか、悩んでいるように見える。


「私たち、今治癒費を支払えるだけのお金が無いの……」

「どうしたら良いでしょうか……?」


 エリーとネモリの2人は言った。

 あぁ、お金に困ってるのか。

 だから、無理してワイルドベア倒そうとか考えちゃったのかな?

 そういうの、特に駆け出し中の冒険者あるあるらしいね。

 あとの男子3人も、それぞれ困ったような様子だ。

 僕は、どう返答しようか考える。


「安心してください、治癒費は急ぎませんから」


 僕がそう伝えると、5人は驚いた様子で僕を見る。


「流石に無料とは言えなくて申し訳ないんですけど、お支払いできる時で大丈夫ですよ」

「本当ですか!?」

「はい、本当です。今のところ、僕自身はお金に困ってるわけでもないですから」

「そう言ってくれると助かるわ!必ず支払うから、少し待ってて!!」


 エリーは嬉しそうに言った。

 他のメンバーも嬉しそうにしている。尻尾降ったり、耳がピョコピョコしてるから分かりやすいね。

 ただまぁ、また無茶して今回みたいなことにはならないようにしてほしいかな。

 とはいえ、わざわざ僕が注意することではないよなぁ。

 僕の場合は、この能力があるから、そこまで困っていないわけで。

 それに、冒険者ランクは僕の方が上でも、彼らの方が冒険者としての活動歴や経験は先輩だろうしね。

 しかし、ここで何となく良い考えが思い付く。


「ただ欲を言えば、1つお願いがありまして」

「えっ、何だよ……」


 僕の言葉に、ケルディなんかはあからさまに嫌そうな反応をする。

 他のメンバーも、疑うような目を向けてくる。

 何というか、感情表現豊かなパーティーだな。

 それより、『お願い』って聞いて何を想像されているのだろうか……?

 別に酷いことはしませんからね!僕ってそんな人間に見えます!?


「そんな警戒しないでください……。別に変なことじゃないですよ。僕のことを、他の冒険者や、この村の方々に宣伝してほしいんです」

「宣伝?」

「どういうことだ?」


 僕は5人に、宣伝について詳しく説明する。

 簡単なことだ。

 彼らに、僕が冒険者ギルドで負傷者に対して回復魔法を施していることを宣伝してもらう。そうすることで、希望者が来やすくなるだろうと考えている。

 何より僕が宣伝するよりも、同じ獣人であり村の住人である彼らに宣伝してもらう方が、親近感や安心感を得やすいはず。僕が獣人族に対して、害の無い人間であることもアピールできると思うんだよね。

 知人からの口コミって、何だかんだ頼りになるでしょ?

 テレビも携帯電話も無いアルスピリアでは、一番の宣伝材料だよね。


「宣伝なんて難しく考えなくて大丈夫ですよ。『魔法で怪我治してもらったよ〜!』って感じで、周りの方々に話してくださると助かります」

「そんなことで良いのか?」

「全然良いです。人間の僕は、やっぱり獣人族の方々に警戒されてるっぽいですし。皆さんが広めてくだされば、この村の方々も少しは安心できると思うんですよね」

「そういうことなら、私達みんなで協力するわ」

「エトさんは私達の恩人ですからね」


 僕の話を聞いて、5人は納得してくれたようだ。

 話をして関わっている間に、5人の緊張が少しずつ解けてきている感じもするし。


「でもお前、聖職者なんだろ?てことは、ワドニス教の奴なんじゃ……」

「あっ、そういうことでしたか。僕は精霊教会の聖職者です。ワドニス教の関係者ではないですよ」


 ケルディの指摘に、僕は答えた。

 一応、精霊教会の身分証も提示する。

 ケルディは、身分証をまじまじと見てくる。


「聖職者兼冒険者っていう変わり者が来ているとは聞いてたが、精霊教会の奴だったんだな」

「珍しいね」

「精霊教会の人なら、安心できるかもね」


 メンバー達は、それぞれ言ってきた。

 てか変わり者って、そういう風に思われてたのか。

 ただやっぱり、獣人族の人たちはワドニス教に苦手意識があるんだね。

 僕の情報も、【聖職者】って単語だけが広まって、ワドニス教と勘違いされて警戒されていたのかもしれないな。

 負傷した彼らは大変だったと思うけど、今回のことで僕のことを正しく広めてもらえる機会ができて良かったかも。

 こういうのも、ちゃんと導かれているってことなのかなぁ。


「そういうわけなので、よろしくお願いしますね」

「あいよ」

「は〜い!」

「分かりました!」

「分かった」

「了解した」


 5人共、元気に返事をしてくれた。

 うん、治癒後も大丈夫か心配だったけど、ちゃんと元気みたいで良かった。

 僕が心配し過ぎだったかなぁ。


「じゃあ、早速行ってくるね!」

「怪我はもう大丈夫なので、これで失礼します」

「世話になった」


 5人はそれぞれ立ち上がったり起き上がったりした。

 特にベッドに横にさせられていた3人は、動きたくてうずうずしていたようだ。

 その場でぴょんぴょん跳ねたり、腰を伸ばしたりしている。


「あれ?何だか、体の調子が凄く良い気がする……」

「確かに、軽いな……」

「これもエトさんの魔法のおかげ……?」


 5人は僕の方を見た。

 いや、僕は回復魔法しかかけてないからね?

 イリーナの話では、活動できる冒険者が少なくて無理してるって話だし、ここ最近の5人の体調が万全じゃなかっただけだと思うけど。

 ただ試しに、鑑定スキルを使って5人を鑑定してみたら、なぜか各能力値に一時的に20%上昇の効果が施されていた。

 ……いや、まじか。

 これって多分、光属性とか聖属性魔法特有の補助魔法的な効果だよね?

 回復魔法かける時に5人の元気な姿をイメージしたけど、そのイメージが補助魔法としても反応しちゃったってところだろうか?


「あ〜……、ここ最近、無理してお疲れだったんじゃないですかね……」


 僕は苦し紛れに、それっぽい返答をしておいた。

 何となく、このことは黙っておいた方がいいかもしれないと思う。

 変なことに巻き込まれそうだしね……。

 突如、イリーナが僕をモロッカの冒険者ギルドに拘束する様子が浮かんできた。

 ……うん、無いとは思うけど黙っておこう。


「そうかもしれませんね。ここ最近は、毎日依頼を受けて出かけていましたし」

「そうね〜。毛並みが荒れてたの気になってたし」


 エリーとネモリがそう話す。

 獣人女性の場合は、肌艶ではなく毛並みが気になる基準なのかな。

 荒くれ者が多いという冒険者とはいえど、やっぱり気になるものは気になるよね。

 僕の返答に各々納得したのか、部屋から出て行こうと支度を始めた。

 

「じゃあ、ありがとね!」

「また怪我してしまった時は、よろしく頼む」

「ありがとうございました」


 そう言って、疾風の牙の5人は部屋を出て行った。

 けれど、なぜかケルディだけ、部屋のドアのところで気まずそうに立ち止まっている。

 どうしたのかな?まだ調子悪いかな?


「あの、ケルディさん……?」


 声をかけると、ケルディが勢いよくこちらを振り返った。


「あ、ありがとな!!ちゃんと借りは返すから、待っとけよ!!」


 ケルディは顔を真っ赤にして、大きな声で言った。

 そしてその勢いのまま、ドアをバタンと閉めて部屋を出て行ってしまった。

 ……素直じゃないねぇ。

 最初は警戒心露わで乱暴な人だなぁと思ってたけど、何だか可愛く見えてきた。

 今度会う時は、彼らとちゃんと仲良くなりたいよね。

 次に会うのはいつか分からないけど、とりあえず5人が僕の評判をしっかり広めてくれると嬉しいなぁ。


「これで、希望者さんが気軽に来てくれるようになったら嬉しいねぇ」


 そう呟きつつ、天井を仰いで一休みする僕でした。

 この時はまだ、明日以降は想像以上に忙しくなることなんて、想像もできなかったよね。

 セルメリアが淹れてくれた紅茶を飲みながら、ただただのんびりしていたよ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る