42.疾風の牙と、討伐依頼
負傷した冒険者パーティーに回復魔法を施した後、僕はイリーナと共に、彼らから話を聞くためにロビーから移動した。
一応、先程までは負傷していたので場所は救護室に移し、重傷だった3人はベッドで横にさせている。
3人には「もう大丈夫です!」って言われたけど、そこは念押しして寝かせた。
軽傷だった2人にもベッドを準備しようとしたら、「俺らは大丈夫だから!」と強めに拒否されてしまった。
治癒したばかりだし、病み上がりは無理してほしくないんだけどな……。自分の回復魔法を信用していないわけではないんだけどさ。
イリーナはそんなお節介な僕を見て、「あんた、お母さんみたいだねぇ」ってケラケラ笑っていたよ。
セルメリアも耳元で、「こういう時には積極的になられますよね」とちょっと小言っぽく言っていた。
何だか、複雑な気分の僕です。
そんな僕達は、ベッドを囲んで椅子に座りながら話を聞いている。
「それで、何があったんだい?魔物にしてやられたってところだろうけど」
「あぁ。俺達、朝から依頼で山の方に出かけていたんだが……」
僕を一番警戒していた犬型獣人の彼がリーダーなのだろう。彼が率先して話を切り出した。
犬型獣人の彼は、ケルディという。
彼らは【疾風の牙】という、Eランクの冒険者パーティーだそうだ。
ケルディを嗜めていた犬型獣人の彼女は、エリー。
その他重傷だったのが、猫型獣人女性のネモリ、狼型獣人男性のウォルフ、獅子型獣人男性のゴーラン。
5人で構成された、全員10代の比較的若いパーティーだ。
そんな彼らは、本朝から村の南側に位置する山へ魔物討伐依頼のために出かけていたという。次の目的地であるカルーストに繋がる山だ。
「確か、ビッグラットの討伐依頼だったね?」
「はい、順調に討伐していたんだけどね……」
イリーナの問いに、エリーが応えた。
ビッグラット、鼠の魔物だそうだ。
平原や山の麓の岩陰や洞穴に巣を作り、時々大量発生して近隣の田畑を荒らすため、低ランクの冒険者によく討伐依頼が出される魔物だという。
山に着いて順調に討伐して喜んでいたところ、ワイルドベアという熊の魔物に遭遇してしまったという。
「ワイルドベアかい。今のあんた達には、ちょいと難しいかもしれないねぇ」
イリーナは言った。
ワイルドベアは、Cランク以上が対象の魔物だそうだ。
普段は森や山の奥の方に生息しているらしいが、餌の確保のためか不明だが、運悪く降りてきているところに遭遇してしまったのかもしれない。
Eランクの彼らには、やはり討伐するには厳しい相手だろう。
そこで、エリーは困ったような顔をして言う。
「私やネモリは真っ先に逃げることを提案したの。でも、ケルディやウォルフが『これはチャンスだ!』って……」
エリーは、ケルディやウォルフの方をチラッと見た。
見られた2人は、少し気まずそうな顔をしている。
「こんなことになってすまない……」
「だ、だってよ!お前らも、最近なかなかランクが上がらないってぼやいてただろ!!」
「それはそうかもしれないけど……!」
ウォルフは反省しているようだ。
だけど、ケルディが苛立ったように言い返すと、エリーはシュンとしてしまう。
「すまない。俺がもっとちゃんと止めていれば良かったな」
「わ、私も止めてれば……」
エリーを庇うように、ゴーランとネモリは言った。
そんな仲間達を見て、ケルディはますます苛立った様子を見せる。
「くそっ、お前らなぁ!!」
「お止めなよ。あんた達の喧嘩見てるほど、あたしも暇じゃないんだ。後でやっとくれ」
ケルディが立ち上がって大声を出すと、イリーナがしれっと言い捨てた。
気だるそうに座って聞いているのに、何だか謎の凄みがある。
ケルディは気押されたのか、シュンとして座り込む。
他の4人も俯いてしまい、メンバー全員が黙り込んでしまった。
「………」
しばらく、沈黙が続いた。
僕も何か居た堪れなくなってしまう。
この状況をどうしたもんかと考えていると、イリーナが立ち上がった。
「これ以上聞いていても仕方なさそうだねぇ。原因は分かったし、あたしは失礼するよ。エト、話があるから来てくれるかい?」
そう言って、イリーナは僕の返事も待たずに部屋から出て行ってしまった。
「あっ、ちょっ、イリーナさん!」
僕も慌てて立ち上がった。
イリーナが出て行った後でも、疾風の牙の5人は俯いて気まずそうにしたままだ。
気持ちは分からないでもないんだけどさ……。このまま部屋を離れていいものか……?
まぁ彼らの出来事だし、初対面の僕が口出しするのも良くないかなぁ。
「では、僕はイリーナさんとお話してきますので。皆さんは部屋で休んでいてください。何かあればギルド内にいると思いますから、遠慮なく呼んでくださいね」
そう言って5人を残し、僕も部屋を後にした。
部屋を出ると、すぐ近くの壁にイリーナが寄り掛かって待っていた。
僕が部屋から出てきたのに気づいて、話しかけてくる。
「おや、こんなすぐ出てくるとは思わなかったよ」
「いやいや、あのまま部屋にいても気まずいでしょう?」
「お節介で仲直りのお手伝いでもするかと思ったんだけどねぇ」
「流石にそこまではしませんよ。初対面で事情も知らない僕が、あれこれと口を出しても良いのか分かりませんし」
僕はイリーナさんにどんな人間だと思われているんだろうか?
そこまでお節介野郎ではないよ?……多分。
負傷者のことが心配になるのは、前世の看護師の記憶や経験があるからなだけだし。
「まぁ、ああいうのも若ささぁね。ただ何とか逃げてきてくれて良かったよ。死んじまったら元の子もないんだ。あんたにも感謝しないとね」
イリーナは優しい笑顔で言った。
この人、こんな優しい笑い方もできるんだ。
「あそこまでの回復魔法は、あたしも初めて見たよ。まさか全員を一気に治癒させるなんてねぇ。……あんなヘンテコな詠唱は聞いたことないけどねぇ。ふふ……」
「うぅ、それは忘れてください……」
イリーナは思い出したように笑った。
何か急に恥ずかしくなってきたぞ。
アテンシャでも同じように変だと言われたから、詠唱しないように気をつけてたんだけどなぁ。急だったし、つい口に出してしまったのかなぁ。
今後もこういうことがあるかもしれないし、気をつけよう。
「……まぁ、疾風の牙の方々が無事で良かったです」
「そうさね。あの子達はまだ若いし伸び盛りだ。これからも頑張ってもらわないといけないからねぇ」
「あまり無茶はしないでいただきたいですけどね……」
「普段なら、あれくらい無茶してでもやる気や勢いのある奴らが伸びていったりするんだけどねぇ。今はこんな状況だから、ちょっとは気をつけてほしいもんだよ」
イリーナは、やれやれと言った感じで言う。
何だかんだ、ギルドマスターとして冒険者達の心配をしているようだ。
そういうところ、もっと表に出していけば良いのにね。
それにしても、若さかぁ。
元々僕自身は前世の頃から無茶をするタイプではないから、元冒険者の父や冒険者達の話を聞いてもいまいち共感できなかったけど……。その気持ちが理解できないわけではない。
だからって、無茶して傷ついてほしくはないけど。
そうは言われても、目の前にチャンスがあれば一攫千金のために行動するのが、冒険者っていう人達なのかなぁ。
残念ながら、僕はそういう風になれそうもない。無理になろうとも思わないし。
僕は今世では、できればのんびり穏やかに生きていきたいのだよ。
「とりあえず、村にいる間はお役に立てるように頑張りますね」
「そうしてくれると助かるよ」
頑張るとはいえ、回復魔法を受けたいっていう希望者が来てくれないと困るんだけどね。
今回の一連の出来事を見ていた冒険者は何人かいるし、これがキッカケで希望者が来てくれると良いんだけど……。
「あっ、そういえば、お話って何でしたか?」
そういえば僕って、話があるって言って出てきたんだったよね?
話が逸れて、忘れるところだった。
「あぁ、まぁ簡単なことさ。あんたにワイルドベアの討伐を頼めないかと思ってね」
「げっ、僕にですか?」
まさかの討伐依頼の話だった。
「げっ、ってねぇ。この流れだと、そうなるだろうさ」
「どういう流れですか……。そんなの知りませんよ……」
イリーナは、さも当然のように言ってくる。
いや、何となく嫌な予感はしてましたけども。
「今、ワイルドベアの討伐を任せられる冒険者パーティーが出払ってるんだよ。Cランク以上の奴らは、同じように無理して怪我してる奴とか、高ランクの別の依頼を頼んでる奴が多くてね」
イリーナ曰く、そういうわけで僕に討伐を依頼したいそうだ。
そりゃあ僕も一応Cランク冒険者ですけれども。
治癒以外にも、必要あれば依頼を受けるって話になっていますけれども。
「僕、討伐系の依頼はあまり……」
「ウォーレンからも聞いてるよ。ただねぇ、このままだと他の低ランクの冒険者達も危ないからねぇ……」
「ううぅ……」
そんな風に言われたら断りにくいじゃないですか……。
いや、この人は敢えてそういう言い方をしてるんだろうな……。
ちょっとばかり、一気にCランクに昇格させてくれたウォーレンを恨みそうになってしまうよ。
「はぁ……、こういう事態ですし、仕方ないですね。ただ、この2〜3日は最初のお話通り治癒に専念させてください。その後でしたら、討伐依頼受けますから」
「そうかい?それならそうしてもらおうかねぇ。ただ、さらに被害報告が入るようなら、すぐに討伐しに行ってもらうよ?」
「……分かりました」
渋々でも僕の了承の返事を聞くと、イリーナは満足したのか「じゃあねぇ」と言って去っていった。
くそぅ……。でも、しょうがない……。
討伐依頼は気が進まないけど、これ以上負傷者が増えるのも避けたい。
とりあえずは治癒に専念して、討伐はその後だ。
もしかしたら、これがキッカケで回復魔法を受けにきてくれた高ランクの冒険者達が、僕の代わりに討伐してくれるかもしれないし。
そんな淡い期待を抱きつつ、僕は救護室に戻ることにした。
「……疾風の牙の皆さん、仲直りしてくれてるかなぁ?」
まずは目の前の問題を片付けないとねぇ……。
人間関係のいざこざって苦手だから、すぐに部屋に戻りたくない気持ちを抑えて、ドアノブに手を掛けた。
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