41.モロッカの村での初仕事

 上手く寝付けない一晩を過ごし、翌朝。

 いつまでも布団にくるまって起きようとしない僕を、「今日から冒険者ギルドに行くんですよね!」とセルメリアに叩き起こされ、寝起きでハーブティーを啜っている。

 スッキリとした味のハーブティーに、少しずつ目が開いてきた。


「う〜ん、居眠りしなければ良かった……」

「ほら、しっかりしてください」


 目を擦っていたら、セルメリアが蒸しタオルをくれた。

 僕はそれを受け取って、顔を拭く。

 顔を拭いてちゃんと目が覚めたところで、朝食のために食堂へ向かった。

 食堂に行くと、席にちらほらと宿泊客が座っており、リアーナがせっせと対応していた。

 リアーナは、食堂に入ってきた僕に気づく。


「あら、おはよう」

「おはようございます。朝食いただいてもよろしいですか?」

「良いわよ。好きな席に座って待っててね〜」

「分かりました」


 リアーナに言われた通り、空いた席を見つけて座る。

 朝食は何が出てくるのだろうか?奥の厨房から良い匂いがしてくる。

 他の席の人たちの朝食を覗いてみるが、ほとんど食べ終わっている人たちばかりでよく分からない。

 少しワクワクしながら待っていると、数分程度でリアーナが朝食を持ってきてくれた。


「エトさん、お待たせ」

「ありがとうございます。これ、朝食分のお金です」

「銅貨3枚、確かに。パンとスープはおかわりできるから、欲しかったら声かけてね」


 そう言うと、リアーナは厨房に戻っていった。

 テーブルに置かれた朝食は、ロールパンが2つとサラダ、ベーコンと目玉焼きに野菜たっぷりのポトフ。ホテルの朝食って感じのやつだ。

 一口食べてみると凄く美味しくて、あっという間に食べ終わってしまった。

 ちょうど食べ終わったところにリアーナが通りかかり、「おかわりする?」と声をかけてくれたが、満腹のため断っておいた。


「ご馳走様でした」

「は〜い、食器はそのままで良いわよ〜」


 厨房からリアーナの返事があったので、食器は軽くまとめてテーブルの端に置いて、部屋に戻った。

 それから冒険者ギルドに行くために身なりを整え、失くしたら困るため部屋の鍵はリアーナに預けて、九尾亭を出てギルドに向かった。




 冒険者ギルドに着いたら、受付に声をかけて治癒用の部屋に案内してもらう。

 アテンシャの頃と同じく、ベッドを2台置いた清潔感のある部屋だ。

 これから回復魔法を希望する冒険者達がやってくる予定だが、どれだけの人が来てくれるだろうか?

 冒険者ギルドの職員から冒険者達に周知しておいてくれるとは聞いているけれど……。

 椅子に座って待っていると、部屋のドアが開いて人が入ってきた。


「おや、まだ誰も来てないみたいだね」

「イリーナさん、おはようございます」


 入ってきたのはイリーナだった。

 服を着崩して、気怠そうな感じだ。

 この人ギルドマスターだよね?朝弱いのかな?

 まぁ世の中には色んな人がいるということにして、深く考えないでおこう。


「希望者さん、来てくれますかね?」

「そのうち来るだろうさ。最初はこんなもんだよ」


 イリーナはベッドに腰掛けてキセルを吹かしだした。

 ここ、一応負傷者の来る場所なんですがね……。

 てかイリーナさん、お仕事は大丈夫ですか……?


「あんたの実力を見てやろうと思って来てみたんだけどねぇ」

「そんな大したものではないと思いますよ?」

「ギルドマスターの間で話題になっといて何言ってんだい。まぁまた顔を出しに来るよ、じゃあね」


 そう言うと、イリーナはキセルを吹かしながら部屋を出ていった。

 何というか、掴みどころの無い人だ。

 セルメリアが部屋の窓を開けて、煙や臭いを換気してくれる。

 僕は窓から入ってくるそよ風を感じながら、来訪者を待つのでした。




 午前中から救護室で待ち始めて、そろそろ昼になる。

 まだ、誰も来ない。

 てか、救護室に冒険者が寄りつく気配を感じない。

 午前中なんて、部屋の外は依頼を受けに来ているであろう冒険者達でガヤガヤしているのが聞こえてきてたんだけどなぁ。

 既に冒険者達は依頼に出かけていて、ギルド内は比較的落ち着いている。

 受付の方から、ギルド職員が楽しそうに会話しているのが聞こえてくるくらいだ。

 普段なら、負傷者がいないのは穏やかで良いことだろうとのんびり構えていられるんだけど、そもそも負傷者の治癒のためにモロッカの冒険者ギルドにいるわけで、来てくれないと不安になってしまう。

 突然現れて安価で回復魔法施しますって言っても、来にくいもんなのかなぁ?

 そりゃ、都合の良い話だとは思うけど……。

 どうしたら、回復魔法を必要に感じている人が気軽に来てくれるだろうか?


「う〜ん……」


 椅子に座りながら考えていたら、急に部屋の外が騒がしくなってきた。

 ドタバタと、何だか慌ただしい様子だ。

 何かあったのだろうかと、部屋から出て様子を見に行こうとすると、


「すみません!至急ロビーまでお願いできますか!?」


 そう言って、ギルド職員が焦った様子で部屋に入って来た。

 僕を見ると、急いで駆け寄ってくる。


「エトさん、こちらへ!!」

「何かあったんですかあぁぁぁ〜」


 質問しようとしたら、僕が言い終わらないうちに腕を強引に引っ張られて、ロビーに連行された。

 ロビーに行くと、出入り口付近にちょっとした人集りができていた。

 人集りの中心には、負傷した冒険者達がいた。

 よく見ると、3人の冒険者が腕や足・お腹など、至る所から出血した状態で横たわっている。かなり大怪我をしているみたいだ。冷や汗をかいていて、顔色が悪い。

 負傷者の仲間であろう軽傷な冒険者2人が、傍で「しっかりしろ!」などと声をかけて励ましている。

 僕は急いで負傷者達に駆け寄った。


「すみません、何があったんですか?」


 しゃがんで、励ましている冒険者に声をかけた。犬型獣人の、若い男の子だ。

 彼は、怪訝そうな顔をして僕を見る。


「あぁ!?何だお前は!?」

「先日からこの村に来ている聖職者兼冒険者です」


 彼は僕のことを警戒しているのか、威嚇した様子で言ってくる。

 早口で説明し、一番重傷そうな冒険者に回復魔法をかけようと手を伸ばすと、バシッと手を払われた。


「おい、何しやがる!」

「すみません、回復魔法をかけます。良いですか?」

「はぁ!?どこの誰かも分からねぇ人間に任せられるかよ!!」


 犬型獣人の彼は、全身の毛を逆立てて怒りを露わに言ってきた。

 しまった、気が急いて先に手を伸ばしてしまった。突然そんなことされたら、そりゃ怒るよね。

 ぽっと出の人間だし、やっぱり信用してもらえないかな……。

 けれど、こうしている間も目の前の負傷した冒険者達は呻いている。

 ……無理矢理にでも、回復魔法をかけようか?

 ……でも、そんなことしたら後々問題になるかもしれないもんなぁ。

 目の前に負傷者がいるのに、上手く対応できない自分にもどかしさを感じてしまう。

 軽傷な冒険者の1人が、負傷した仲間に回復薬を使用しているが、いまいち効果がないみたいだ。低級の回復薬を使っているし、負傷度合いに効果が見合ってないんだよね。

 見たところ全員若いし、この冒険者パーティーは低ランクでお金がないのかもしれない。

 どうしたものかと悩んでいると、後ろから声がかかる。


「おや、さっさと回復魔法かけてもらえば良いじゃないか」

「イリーナさん……」


 振り向くと、すぐ側にイリーナが立っていた。

 イリーナは、何やらおかしそうな顔をしている。


「ギルマス、こいつ信用しても……」

「こいつが治癒のために村に来てくれた奴さ。あたしが保証してやるよ。今のあんた達じゃどうしようもないんだ、とっとと治癒してもらいな」

「……はい」


 犬型獣人の彼は興奮のままにイリーナに反論しようとしたが、言い終わる前にたしなめられた。

 かなり渋々といった感じで僕を見て、少し間を開けてくれた。

 仲間の冒険者も、心配そうに僕を見る。


「ありがとうございます。任せてください」


 僕は、イリーナと犬型獣人の彼や仲間達に伝えた。

 そして、改めて負傷した冒険者達をそれぞれ観察する。

 重傷で倒れている3人と、軽傷で仲間を気遣っている2人。

 詳しい事情は分からないが、見る限りでは、魔物から攻撃を受けて逃げてきたのだろう。

 この状況なら、一人一人に回復魔法を施すよりも、全員まとめて施した方が早そうだ。


「では、そのまま動かないでくださいね」


 僕はそう言って、意識を集中する。

 目の前にいる冒険者5人が、元気に冒険者活動している様子をイメージし、体内から溢れてくる魔力を放出した。


「痛いの痛いの、飛んでいけ〜」


 放たれた金色の光が5人を淡く包み込むと、みるみるうちに傷が治っていく。

 ほんの数秒で光は消えて、治癒が完了した。

 重傷で倒れていた冒険者3人も起き上がって、驚いた様子でお互いを見ている。


「嘘……」

「マジか……」

「こんな一瞬で……?」


 負傷していた冒険者達も、治癒の様子を見ていた取り巻きも、全員が驚いていた。

 負傷していた箇所を何度も眺めて、恐る恐る触ったりしながら治癒したのを確かめている。

 そして、その場にいた人たちの視線が一気に僕へと集まった。

 げっ、何だか気まずいぞ。何を言えば……。

 必死に考えていると、イリーナが大きな声で笑いだした。


「あっはっは!まさか一瞬で全員治しちまうとはね。聞いてはいたけど、こりゃ驚きだねぇ」


 イリーナの明るく笑う様子に釣られて、その場の雰囲気も明るくなる。

 冒険者達も、ほっとした様子で笑い合っていた。


「あんた達、良かったじゃないか。ちゃんとお礼するんだよ?」


 負傷していた冒険者パーティーへ、イリーナは声をかけた。

 すると彼らはよろめきながらも急いで立ち上がって、僕の方へ向いてお礼をした。


「「「「ありがとうございます!」」」」

「……ありがとよ」


 犬型獣人の彼も、気まずそうに言ってくれた。

 同じく犬型獣人の仲間である女の子が、彼の様子を見て背中をバシッと叩き、無理矢理頭を押さえてお礼させていた。

 その様子に僕も安心したし、ちょっとおかしくなって笑ってしまう。


「いえいえ、皆さん元気になって良かったです。ただ治ったばかりですし、今日は無理せず休んでくださいね」


 僕は彼らに笑いながら伝えた。

 そんな僕を見て、少し緊張した様子だった彼らは顔を綻ばせた。

 一時はピリピリとしていた冒険者ギルドの雰囲気が、やっと和やかになってくれたよ。

 とりあえず、モロッカに来てからの初仕事?が無事にできて良かったかな。


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