45.村長からのお願い事

 次の日。

 冒険者ギルドに毎日通うのは、今日で最後だ。

 村の冒険者の治癒はほぼ終えたということだが、果たして今日はどれくらいの人が来るだろうか?

 そんなことを考えながら、今日も冒険者ギルドに来ている。

 朝一で冒険者ギルドに来た時は、昨日みたいに長蛇の列はできておらず、数人待っている程度だった。

 負傷者を部屋に案内し、一人ひとりに回復魔法をかけていく。


「お〜、ありがとな〜」

「いえいえ。どうぞお大事に」


 たまにぶっきらぼうな冒険者もいるが、大抵の人はお礼を言って嬉しそうに去っていく。

 アテンシャの頃から冒険者の治癒をしているため、やり過ぎないように気をつけてはいるけれど、どうも加減が難しい。

 回復魔法のついでに能力値まで向上することは減ったけど、やはり負傷する前からある古傷や不調までまとめて治癒してしまう。

 いや、治癒を受ける冒険者としてはありがたいんだろうけどさ……。

 今後教会の聖職者や治癒士に対して、過剰な期待や要求をされるようになっても困るからね……。

 気をつけようと思ってはいるけど、でもやっぱり嬉しそうな顔をする冒険者達を見ていると、何かもう良いやぁってなってしまう。

 健康であることは、大事なことだからね!

 僕も日々の精進は続けるけど、まぁ適度に諦めたりすることも必要ということで……。


「さてと、これで待ってくれていた人の治癒は終わったかな?」

「部屋の外には、もう誰もいないようですね」


 僕が立ち上がって伸びをしていると、セルメリアが部屋の外の様子を確かめてくれる。

 冒険者ギルドに来て、小一時間程で負傷者の対応は落ち着いた。

 人数は少なく、緊急な人もいなさそうだったから、昨日よりもゆっくり対応できたと思う。

 何より、冒険者達との距離が縮まってフランクに接してくれる人が増えたから、色々とお話もできた。

 美味しいと評判の食堂や酒場を教えてくれたり、品揃えの良い商店を教えてくれたりね。

 中には、最近村での気になる情報を教えてくれる冒険者もいた。


「魔物の被害が増えていて、作物の収穫にも影響が出ていて、かぁ……」

「村人の中にも、怪我をする人が多いとも言っていましたね」


 村出身の冒険者曰く、最近の村の様子がおかしいと感じているそうだ。

 他の村や街も同様だが、やはり魔物の被害は増えているらしい。

 モロッカでは、特に山林付近での魔物が増えているらしく、また、鼠や兎系の魔物が畑を食い荒らすなどの被害が増えているという。

 そのせいで、収穫量に影響が出てきているという話だ。

 それに、冒険者だけでなく村人も、魔物と遭遇して負傷することがあるという。

 モロッカは獣人族の村という特殊な村だからか、元々外部との交易が盛んな方ではないため、畑や畜産・狩猟が食料確保の主な手段となっている。しかも種族柄冒険者でなくとも身体能力が高い人が多いため、村人でも積極的に山や森に出かける人が多い。

 そのため、最近は負傷する村人も多いそうだ。


「う〜ん……」


 何というか、話だけを聞くとどうも引っかかってしまう。

 そんな時もあるよね、と言われたらそこまでだけど、ここまで色々なことが重なっていると、ねぇ。

 まだ大きな被害にはなっていないのかもしれないけど、何となくクルトアのことを思い出す。

 これもまさか、守護精霊の弱体化や瘴気が原因だったりするのかな……?


「ちゃんと調べてみた方が良いよね……」


 守護精霊の弱体化や瘴気が原因なら、村の事態にも納得だし、僕にもお手伝いできることがある。

 違うなら違うで、別の原因を探せば良いし。

 そのためにも、一度モロッカの守護精霊と会いたいところだ。

 モロッカに来てからも朝のお祈りはしているけど、この村の守護精霊が祀られている場所を、いまだに知らないままなんだよね。

 村には、精霊教会が無いからなぁ。

 獣人族の目を気にして、宿と冒険者ギルド以外は出歩かないようにしていたけど、僕のことを少しずつ受け入れてくれているように感じるし、良い頃合いかもしれない。

 きちんとお祈りもしたいし、守護精霊を探そう。

 今は救護室に来る人もいないし、ギルド職員にでも話を聞いてみようかな。

 そう考えて、僕は部屋を出て受付に向かった。




 受付に行って、ギルド職員に声をかけた。

 すると、猫型獣人の女性職員が来てくれる。

 彼女、マーサっていう名前らしいよ。


「あら、エトさん。こんにちは」

「マーサさん、こんにちは。ちょっとお時間よろしいですか?」

 

 マーサに声を掛けると、にこやかに答えてくれる。

 救護室は大丈夫か確認されたけど、今は人が来てないから問題無いことは伝えておいた。


「では、ご用件は何でしょう?」

「はい、この村のことなんですけど……」

「おや、良いところにいたね」


 マーサへ言い終わらないうちに、別の方から声が掛かった。

 声の方に振り向くと、イリーナがこちらに歩み寄ってくるのが見える。

 そしてイリーナの後ろには、もう1人、山羊型獣人の高齢な女性が付いてきていた。


「あっ、イリーナさん」

「今、大丈夫かい?というか、大丈夫だからここにいるんだろ?だったら、ちょっと顔貸しとくれよ」

「えっ、あっ、あの、イリーナさん???」


 イリーナは、僕の返事も待たずに、僕の腕を掴んで応接室に引っ張っていく。


「途中で悪いね、マーサ。こいつは借りてくよ」

「はい、どうぞ……」

 

 マーサも、突然のことにキョトンしながらこちらを見ている。

 僕がオドオドとしながら引っ張られている様子を見て、山羊型獣人の女性は「あらあら〜」と、お上品に笑っていたよ。




 受付からイリーナに引っ張られ、僕は応接室へと連れて来られた。

 部屋にポイっと放り込まれ、後からイリーナともう1人の女性も入ってくる。

 イリーナって一見筋力無さそうなのに、どこに僕を引っ張って放り込む筋肉があるのか……。

 流石、ギルドマスターってところだろうか。


「立ち話も何だ、座ろうじゃないか」

「えぇ、失礼するわね」

「………」


 僕に構うことなく2人はソファに座るので、僕もソファに座る。

 ちょっと小言でも言わせてもらおうかと思ったけど、イリーナは全く気にも留めていない様子なので、何か言う気も失せてしまった。

 僕に話があるみたいだし、とりあえず話を聞くことにしよう。

 それに、ずっとニコニコと微笑んでいる、もう1人の女性も気になる。


「あぁ、紹介しないとねぇ。この人は、モロッカの村長だよ。あんたと話がしたいって言うから連れてきたんだ」

「初めまして。お忙しいところにお邪魔してごめんなさいね。村長のメイと申します」


 僕の様子を見て、イリーナはもう1人の女性のことを紹介してくれた。

 モロッカの村長だったのか。

 メイはニコニコとした、人の良さそうで品の良い笑みを浮かべたまま自己紹介してくれた。

 何というか、お貴族様的な上品さではなく、素朴で丁寧な感じの品の良さだ。

 メイは自己紹介と共に、軽く会釈してくれる。


「メイさん、初めまして。エトと申します。よろしくお願い致します」

「あら、お若いのに礼儀正しい方ね」

「いえ、ありがとうございます」


 僕も会釈し返して自己紹介すると、ご丁寧なことに褒めてくれる。

 なんか照れちゃうな。

 そんな僕を見て、メイは口元を押さえながら「うふふ」と小さく笑った。

 年上の方に失礼だけどさ、何か可愛くて癒されるんだよね。


「それで、僕にお話というのは何でしょうか?」


 和んで話が逸れてしまわないうちに、早めに本題に入ることにする。


「実はね、エリーとネモリからあなたのことを聞いたのよ」

「あぁ、疾風の牙の方々ですね」

「そうなの。それでね……」


 そうしてメイは、僕に今回のお願いについて話してくれる。

 最初の話の内容は、今朝冒険者から聞いた内容に似ていた。

 現在モロッカの村で起こっている、魔物による被害の増加や収穫量の減少、冒険者だけでなく村人にも怪我や病気が多くなっていることについて。

 メイとしては、特に怪我や病気の村人が増えていることを心配しているみたいだ。

 やっぱり、村長としても気になることだったんだなぁ。


「それでね、エトさん。あなたには冒険者ギルドだけじゃなくて、村人全員を対象に治癒をお願いしたいのよ」


 メイは、苦笑しながら僕に言った。

 元々モロッカには教会自体が存在せず、獣人族は魔法が使えないため、回復魔法を使う聖職者や治癒士は常駐していない。そのため、冒険者だけでなく村人も、怪我や病気の時は回復薬を使うか、自然治癒を待つしかないそうだ。

 ところが今は、村全体として回復薬の供給が間に合っていない。

 金銭的余裕が無く、回復薬を買うことができない家庭もある。

 村長であるメイのところにも、日々相談の声が届いているそうだ。

 だからこそ、メイは僕の噂を聞いて、村を代表して村人達の治癒もお願いしたいと言う。


「あたしからもお願いするよ。あんたのおかげで、冒険者の奴らは無事に活動復帰できて助かってる。魔物の被害は、そこで何とか抑えられると思ってるよ。ただ、怪我や病気のことはねぇ。あんたには元々村に来た予定とは違って申し訳ないけど、村のために協力してくれないかい?」

「イリーナさん……」

「私からも、お願いするわ」

「メイさんも……」


 イリーナが、いつもの気怠げな感じではなく、真剣に頭を下げて言った。

 そして、イリーナと一緒にメイも頭を下げる。

 いやいや、ギルドマスターと村長が2人して頭下げるなんて!!

 そんなことをされなくても、僕の答えは決まっている。


「僕にできることでしたら、ぜひ協力させてください。村がそんな状況と聞いては、流石に放ってはおけません!……ですから、どうか頭を上げてください」


 僕の返答に、2人は頭を上げた。

 イリーナは安堵したように普段の様子に戻ってニヤッと笑っているし、メイは嬉しそうに笑っている。

 そんな2人の様子を見れて、僕としても安心だ。


「あぁ、良かったわ。本当にありがとう。エリーとネモリも『優しい人だ』って言ってたけど、噂通りの方ね」

「いえ、そんな、あはは……」


 その後は、村人への治癒の話を詰めた。

 明日からは、様子を見つつ村長の家に通うことになったよ。

 村人としては、冒険者ギルドよりも村長の家の方が入りやすいだろうという配慮だ。

 家は村の中心にあるから、アクセスも良いとのこと。

 治癒を行う場所も、村長の家の客室を一室使わせてくれるとのことだ。

 ただ、中には足腰を悪くして移動が難しい人もいるという。そういう人は、僕の方からお宅訪問することを伝えた。怪我人や病人に、無理して来いって言うのもね……。

 そうして、明日朝に九尾亭に迎えを寄越すというところまで打ち合わせた。

 少し急ぎで話を進めていたが、途中ギルド職員が持ってきてくれた紅茶を飲んで一息入れる。

 話し合いも落ち着いたところで、僕は聞きたいと思っていたことを聞いてみることにした。


「あの、一件お聞きしてもよろしいですか?」

「あら、何かしら?」


 メイが優しく反応してくれたため、僕は精霊について質問する。

 とは言っても、この村にどの程度精霊信仰が根付いているかも分からないし、とりあえず村の守り神様や精霊様を祀っている場所は無いかを聞いてみた。

 村長なら、そういったことにも詳しいだろうし。


「村の守り神様……。あぁ、精霊様なら、村の外れに祠があるわね」


 メイはサラッと答えた。

 良かった。ちゃんとあるんだね。

 というか、守護精霊の存在とか認知されてるんだ?


「そんなこと聞いてどうするんだい?」

「いえ、僕は本来、精霊信仰の聖職者ですからね。教会は無くても、村にそういう場所があるのでしたら、ちゃんと挨拶やお祈りをさせていただきたいと思いまして」

「そういえばそうだったねぇ。依頼任せることばっかり考えてたから、忘れてたよ」

「そうでしたか……」


 イリーナもサラッと言ってくれた。

 いや、忘れてたって……。

 僕の本業というか、本来の役目は聖職者ですから……。

 冒険者は、あくまで副業というか、旅のついでですから……。

 どちらも依頼や希望があれば、きちんとやりますけれども。

 

「この村の守護精霊様にもお祈りしていただけるなんて、嬉しいわ」

「いえいえ、それも役目ですからね。今日早速伺おうと思いますので、場所を教えていただけますか?」

「分かったわ。よろしくお願いしますね」


 そうしてメイに、祠の場所を教えてもらった。

 同行して案内することも提案されたが、精霊とやり取りする可能性とか色々考えて、「ゆっくり集中してお祈りしたいので」と、丁重にお断りさせてもらったよ。

 気を悪くされるかと思ったけど、「そんなに手厚くしていただけるなんて、きっと精霊様も喜ばれますね」と、メイはにこやかに言ってた。

 何て良い人なんでしょう……。

 そういう風に信頼してもらえると、この村のためにも頑張ろうって思えるよね。

 そんなこんなで、イリーナとメイとのお話も終了し、聞きたいことも聞けたから、任務の続きをするために救護室に戻る僕でした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る