35.出立に向けて

 ギルドでの仕事が終わって市場へ行こうとしていた時、ウォーレンに呼び止められた。


「エト、ルーカスに聞いたぞ。そろそろ街を出るんだってな」

「あっ、はい。ウォーレンさん」


 ウォーレンは受付に出てきて、机に頬杖をついて座った。

 手招きしてくるので、僕もウォーレンのいる受付の方に歩み寄る。


「確認だが、モロッカに寄る予定はあるか?」


 ウォーレンは神妙な様子で聞いてきた。


「モロッカですよね……。ルーカスさんからお話を聞いて、どうしようか迷ってます」


 僕は苦笑して応える。

 立ち寄ることになるとは思ってるけど、それでも迷ってはいるんだよね。

 僕個人としては獣人族に対する差別意識はないけど、相手側からしたら僕は人族の一人だし。

 村に入ったとして、獣人の方々に良い顔をされるかは分からない。アウェーな雰囲気の中で過ごすのは精神的にキツいものがある。


「迷ってるとこ悪いんだが、冒険者ギルドとしては、モロッカに寄ってほしい」

「それは、どうしてですか?」

「モロッカは獣人族の村だってのは聞いてるな?そこの冒険者なんだが、最近負傷者が多いらしくてな。人間に比べたら身体能力は高いし、丈夫で傷の治りも早いんだが、依頼で無茶なことする奴が多いんだよ。それに、依頼で無理をさせようとする依頼人も昔から多いんだ」


 ウォーレン曰く、獣人族の特性を活かして冒険者になる獣人は結構多いらしく、それを好んで利用する依頼人も多いそうだ。

 特に依頼人の中には言葉巧みに依頼を出すが、実際依頼を受けるとかなり無理難題を押し付ける人がいるそうで、以前から問題視されているらしい。

 前世で言うブラック企業やパワハラ上司といったところかな。

 最近は山や森で魔物が増えていることもあり、モロッカの冒険者ギルドは負傷者が多数出ていて困っているそうだ。

 僕の予想通り、モロッカには教会自体が存在しておらず、治癒士もいない。負傷したら回復薬を使うか治るのを待つのが基本なんだって。

 けれど、今は負傷者が多数いるため回復薬が間に合っていないから活動できる冒険者が少なくなっていて、冒険者ギルドとしても依頼受注率が低下しているらしい。

 そこで、僕が王都に向かう途中で寄るならと、モロッカの冒険者ギルドで負傷者の対応をしてほしいとのことだ。何ならそれ以外の依頼も受けてほしいって言われたよ。


「そういうことなんだが、頼めるか?」

「それなら、勿論行きますよ」


 ウォーレンからのお願いに、僕は即決で返事をした。

 僕の返事に、ウォーレンは拍子抜けしたような顔になる。


「意外とあっさり決めるんだな」

「だって、そういう状況なら放っておけないじゃないですか。この力も、使わないと宝の持ち腐れですし」

「そう言ってくれると助かる。モロッカのギルドには俺から伝えておこう。別で報酬も出すから安心してくれ」


 ウォーレンは礼を言ってくれた。しかも報酬までくれるとは。

 別にそういうつもりではないんだけどなぁ。

 僕の持つ聖魔法の力も、瘴気を癒す以外にも使えるなら使った方が良いし、それが何かの役に立つのなら尚更だよね。

 最近気付いたことだけど、回復魔法を施して治癒することもレベルアップするための経験値になるみたいなんだよね。それに、僕にとっても良い経験になるはずだし。


「街を出る日が決まったら教えてくれ。このギルドで働いた分の報酬も渡さないといけないからな」

「分かりました。また報告しますね」

「あとは、絶対に精霊教会の証明書を作ってもらうんだぞ?獣人族は特にワドニス教が嫌いだからな」

「絶対に忘れないようにします……」


 ワドニス教、嫌われてるんだ。

 そりゃそうか。獣人族にとっては差別のキッカケを作ったと言っても過言ではなさそうだし。

 精霊教会の証明書に関しては、ミケーネが準備してくれるから問題ないはずだ。

 それにしても、やっぱりモロッカに立ち寄ることになっちゃうよね。展開が早いなぁ。

 これはしっかり日にちを決めて準備しないとね。


「それじゃ、引き留めて悪かったな」

「いえ、出立の予定とか色々と曖昧にしてたので、ちょうど良かったです」


 そうしてギルドを出て、市場に向かった。




 市場に来て、僕とセルメリアは旅のための食料の買い出しをしている。

 今はギルドで稼いだお金があるし、少しくらいなら余裕がありそうだ。

 僕は正直何を買えば良いのかよく分かっていないから、セルメリアの指示通りに買い物をしていく。

 買い物というか、お使いって感じになっている。


「エト様、次は紅茶を買いましょう。あそこの商店が良いです」

「しっかり調べてあるんだね」

「当たり前です。お世話係たるもの、日々の情報収集も欠かせません」

 

 この仕事人っぷり、何となくセルメリアとルーカスに似たものを感じた。

 主人や上司に忠実っぽいところとかもね。セルメリアは少し口うるさい時はあるけど、それは一応僕のことを考えてくれてのことだし。


「それにしても、さっきから旅には似つかわしくなさそうなものばっかり買ってる気がするんだけど……」


 セルメリアの指示通りに購入しているが、購入しているのは紅茶とか新鮮な肉や野菜とかなんだよね。

 今更だけど、旅のために買うのって普通は干し肉とかパンとか保存が効くものじゃなかったっけ?

 紅茶はまぁ良いとして、肉とか野菜って腐らないのだろうか?


「肉も野菜も、魔法で収納している間は時が止まっているので腐ることはありません。森の教会から持ってきた食材も、ちゃんと残ってますからね」

「おぉ、魔法って素晴らしい」

「ただやはり、街で見かける食材は良いものが揃っていますし、森では手に入らないものもありますから。今のうちに揃えておきませんと」


 だからセルメリアは張り切っているのか。色々と考えてくれていてありがたいね。

 こういうのって、本来は自分でちゃんと考えておかないといけないんだろうけど。

 食材は旅の途中で現地調達できないこともないだろうけど、魔法で収納しておけるなら準備しておいた方が便利だよね。僕は魔法で水や火は賄えるけど、食材は別だからね。


「それにしても買い過ぎじゃない?お金大丈夫かな?」

「計算済みですので、ご心配なく」

「抜け目ないよねぇ」


 そんなセルメリアに支えてもらっているおかげで旅ができてるんだけどさ。

 以前森で依頼をこなした時みたいに、快適にしてくれてるわけだし。

 ウォーレンが報酬くれるって言ってたから、ここはプロに任せるとしましょうかね。


「エト様、次はあそこの露店です!果物を買いますよ!」

「あっ、ちょっと待って」


 買い終わると先へ先へと飛んでいってしまうセルメリアに急かされて、どう考えてもモロッカへの日程以上の買い物をする僕達です。

 セルメリアが楽しそうにしているから良いけどね。

 露店で美味しそうな串焼きが売ってたから買おうとしたら、「夕食が食べられなくなります」って怒られたよ。くそぅ。




 市場での爆買いが終了し、まだ明るいから父にも出立のことを伝えようと門へ向かって歩いている。

 いざ行ってみると門にも駐在所にもおらず、他の門番に「カトルなら宿舎だと思うぞ」と言われて宿舎に来てみた。

 勿論、セルメリアの道案内でね。

 宿舎に着いて扉をノックすると、中から声がして数秒、ガルバが出てきた。


「エトじゃねぇか。どうしたんだ?」

「父に話がありまして。会いに来ました」

「俺も話があって来てたところなんだ。入れ入れ〜」


 そういうことか。

 ガルバは家庭持ちで家があったはずだから、どうして宿舎にいるんだろうと思ったんだよね。

 宿舎に入れてもらうと、1階の談話室のような場所に父がいた。

 ガルバは、「親子の話なら俺は帰るよ」と言って出ていってしまった。悪いことしちゃったかな。


「エト、お前から来るなんて珍しいな。どうしたんだ?」

「ちょっと話したいことがあってさ」

「何だよ、改まって」


 僕も父のいる所まで歩いていく。

 父をしっかりと見て、話を切り出した。


「えっと、近い内に王都へ向けて出立しようと思ってさ」

「そうか、やっとか」

「やっとって、父さんも?」

「そりゃそうだ。役目とやらがあるって言うのにずっと街にいるから、少し心配してたぞ」


 父も、ミケーネと同じく心配してくれてたみたいだ。

 二人とも、僕よりも僕のこと考えてくれているのかもしれない。


「それで、いつ出るんだ?」

「うーん、明後日またギルドで仕事をするから、3日後の朝には出ようと思う」

「3日後か、その日は朝から当番だから見送ってやれそうだな」


 父は穏やかに笑っている。

 でも、何か寂しそうだ。


「話には聞いてたし心配もしてたが、いざ言われてみると寂しいもんだな」

「そうだね……」

「まぁ今回は、父親としてちゃんとお前のことを見送ってやれるからな。それは嬉しく思うよ」


 窓から夕陽が入ってくるのもあって、何かしんみりとしてしまう。

 ただ父の言う通り、今回はクルトアの時のような突然の別れではないから、少しだけホッとしている。

 アテンシャで父と再会できてから、ご飯に行ったり模擬戦したりで親子らしい時間も過ごせたしね。


「明後日、また食事会でもするか!ミケーネさんも誘ってな!」

「そうだね、伝えておくよ」


 お別れ会って感じかな。

 その時に、2人のために準備した飾り紐を渡そう。


「あとはもう一回くらい模擬戦したいところだな!」

「それは遠慮しとくよ」

「何だよ、つまらんな」


 父は割と残念そうに言った。

 いや、どうせ僕が勝っちゃうし。またルーカスとか割り込んできたら面倒くさいし。


「そんなに戦いたいなら、それこそ冒険者に復帰すれば良いのに」

「それはもう良いんだよ。この街にいれば、お前も何かあった時に帰って来やすいだろ?」

「そっか。ありがとう」

「それに、冒険者時代に十分やらかしたからな。今はその日暮らしの生活よりも、安定した生活の方に慣れちまったしな」


 父は昔のことを思い出しながら苦笑していた。

 父が今の生活に満足しているなら、僕はそれで良いと思っている。

 アテンシャにいてくれたら、確かに僕も帰って来やすいしね。

 僕自身は親に執着するようなタイプではないけど、元気でいてくれるなら安心だし。

 これはやはり、テレポートというか、転移魔法というか、開発を急ぎたいところだ。

 行ったことのある場所だけでも良いから、自由に移動できれば楽だしね。アテンシャにも来れるし、久しぶりにラグフォラス様にも会いに行きたいし。


「じゃあ僕、やりたいこともあるから帰るよ。食事会のことは、また伝えに来るから!」

「あぁ、楽しみにしてる」


 そうして父と別れ、宿舎を後にした。




 教会に帰って、ミケーネにも出立や食事会のことをちゃんと伝えた。


「良かった良かった、安心したよ!寂しくなるけどね!」


 ミケーネは何だか肩の荷が下りたようにそう言ってくれた。

 そこまで心配してくれていたのか。何だか申し訳ない。


「それで、明後日の夜にまた父含めて3人で食事会をしたいのですが……」

「任せときなよ!今回は私が腕によりをかけてご馳走するさ!教会に招待しときなよ!」

「ありがとうございます」

「それと、今回は精霊様のお手伝いは不要だよ。今回は、ちゃんと私が作ってあげたいからね」


 ミケーネはニコッと笑ってそう言った。

 僕はセルメリアの方を見ると、「仕方ないですね」とちょっと不機嫌そうに言っていたよ。


「では、今回はよろしくお願いします。僕もできることがあればお手伝いしますね」

「あんたが主役なんだから、美味しく食べてくれれば良いんだよ!」


 そう言って肩をバシバシ叩いて笑ってくれた。ちょっと痛い。

 それにしても、ミケーネにも何から何までお世話になりっぱなしだ。

 僕も最後の日まで、教会でのお勤めも頑張らなきゃね!


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