36.最後の食事会

 今日は街で過ごせる最後の日だ。

 まずはギルドで仕事をする。

 ぼちぼちとやって来る冒険者達に今日が最後であることを伝えると、「世話になった」「ありがとう」等々言葉をくれた。

 僕も来た冒険者達が無事でいられるようお祈りをしておいた。そして、今後は遠慮なく精霊教会を利用してほしいことも伝えた。

 終わりの時間になり、お礼を言おうと受付に行くと、ウォーレンとルーカスが待ち構えていた。


「あれ、お二人共どうして?」

「よぉ、お前がこのギルドに来るのは一旦最後だからな」


 それでわざわざ待っていてくれたのか。

 なかなか律儀な人達だよね。


「エトさんのおかげで、最近このギルドの依頼受注率が良かったんですよ」

「特に金が無い駆け出し冒険者達が感謝してたぞ。しかもお前が治した負傷者達だが、負傷した部分だけじゃなく体の調子自体が良くなったって評判良かったんだ」

「それなら良かったです」

「これは、治療費とは別のギルドからの報酬だ。受け取ってくれ」


 そう言ってウォーレンは、金貨5枚を差し出してきた。

 嘘!?こんなに!?


「うえぇ、こんなに頂いて良いんですか?」

「これからも冒険者ギルドに協力してもらうための手付金みたいなもんだ。モロッカにも行ってもらうしな」

「げっ、そういうのなら……」

「ゴタゴタ言わずに受け取っとけ。旅には必要だろ?」


 受け取るのを躊躇っていると、ウォーレンが金貨を掴んで僕に押し付けてきた。

 ウォーレンはニヤニヤ笑っているが、何か怖い。

 これ絶対拒否できないやつだ。

 僕は凄みに負けて、「ありがとうございます……」と言って金貨を受け取った。

 受け取った金貨は財布に入れて鞄にしまい、改めてお礼をする。


「改めて、短い間でしたがありがとうございました」

「また来いよ」

「ぜひまた、お手合わせをお願いします」

「ルーカスさん、それは遠慮させていただきますね」


 僕は苦笑して応えた。

 父もルーカスも血気盛んだよね。

 僕はそういうの興味無いから申し訳ない。


「それでは、失礼しますね」


 僕はそう言って冒険者ギルドを出た。




 ギルドを出て、今度は食事会のために父を迎えに行く。

 宿舎に向かって中央街道を歩いていたら、向こうから父が来るのが見えた。

 僕は急ぎ足で父に駆け寄る。


「父さん、ちょうど良かった。でも仕事終わるの早くない?」

「おぉ、今日が食事会だって言ったらガルバに『早く帰れ!』って早めに追い出されたんだ」


 ガルバは相変わらず世話焼きなようで。

 特に待つことなく父と合流できてありがたい。

 二人で精霊教会に向かって歩きながら会話をする。


「明日も仕事なのにありがとね」

「何言ってんだ、息子の門出は祝ってやらないとな。明日は早朝に出るんだろ?」

「うん、門が混む前に早めに出ようと思ってる」

「そうか。ガルバから、今日は教会に泊まってエトを見送るついでに出てこいって言われてるんだ」

「融通利かせてくれて助かるね」


 会話をしていたらあっという間に教会に着いた。

 教会の外からでも、良い匂いが漂ってくる。

 ミケーネが昨日の夜から張り切って準備してくれてたもんな。

 教会は早めに閉めて、食事会のために料理をしてくれているようだ。

 ちなみに、セルメリアは昨日から手を出さないように我慢してたよ。


「ミケーネさん、戻りました〜」


 教会に入り、奥の部屋へ行く。

 教会中に美味しそうな匂いが充満していて、余計お腹が空いてきてしまう。

 厨房へ行くと、ミケーネがせっせと料理をしていた。


「エト、おかえり。完成してる皿から運んでくれるかい?」

「分かりました」

「もうすぐ全部できるからね!」


 出来上がっている料理を、部屋のテーブルに運んでいく。

 父には先に座って待ってもらっていて、「手伝うか?」と声を掛けられるが、「大丈夫だよ」と返事をしてそのまま待っていてもらう。

 それにしても、既にテーブルいっぱいに料理を運んでいるけど、まだあるのかな?

 ミケーネに言われて酒瓶やグラス等も運んでいくと、もうテーブルには乗り切らなくなってしまった。

 ちょうどミケーネも料理を終えて、部屋に来た。


「おや、作り過ぎたかね?」

「ミケーネさんの料理美味しいですし、前みたいに全部食べ切れますよ」

「嬉しいこと言ってくれるね!とりあえず、乾杯しようじゃないか!」


 そうして皆んなで席について、グラスに葡萄酒を注ぐ。

 全員でグラスを掲げて「乾杯!」と合図して、料理を食べた。

 ミケーネの料理は普段から美味しいけど、本気の料理は格別だった。

 今日は肉料理も魚料理も沢山作ってくれている。僕が冒険者ギルドで稼いで渡してきたお金を貯めておいて、ここぞとばかりに奮発してくれたそうだ。

 これからしばらくミケーネの料理が食べられなくなるのは寂しいな。いや、勿論セルメリアの料理も美味しいんだけどさ。

 何て表現したら良いのか分からないけど、セルメリアの料理はシェフの味で、ミケーネの料理は懐かしい家庭料理の味っていうのかな。僕はどちらも好きだよ。

 飲んで食べてをしながら、会話にも花が咲く。


「それにしても、やっとこの時が来たって感じだね!」

「そうだな。もう成人なんだから、自分に与えられた役目はしっかりこなさないといけないぞ」


 父もミケーネも、以前の食事会のようにお酒が回って饒舌になっている。

 説教くさい話はごめんだけど、これからしばらく聞けないかもしれないと思うとしみじみするね。


「ご心配おかけしました」


 僕が申し訳なさそうに二人に言うと、父とミケーネは顔を見合わせて笑った。


「何、良いんだよ。私はあんたが教会に来てくれて、自分の子どもができたみたいで楽しかったよ!」

「クルトアにいた頃は全然構ってやれなかったからな。やっと父親らしいことできた感じがして嬉しいよ」


 二人は優しい顔をして言ってくれた。

 いかんいかん、そんなこと言われたら泣いちゃうから。


「まっ、俺もミケーネさんもアテンシャにいるんだ。いつでも帰ってこいよ」

「そうさね。クルトアのことは残念だけど、この街を新しい故郷だと思ってくれたら嬉しいね」


 あ〜、やめて〜。

 目頭が熱いです。

 こういうホームドラマ的なのには弱いんですよ、僕。

 けど実は、確かにいつでも帰って来れちゃうんですけどね。


「ありがとう。それなんだけど、二人には報告しとこうかな」

「「?」」


 和やかな雰囲気の中でごめんけど、二人には言っておきたいことがある。

 不思議そうにする二人を見つつ、僕は「ちょっと見ててね〜」と言って一旦部屋から離れた。

 礼拝堂へ行き、僕は最近開発した魔法を使うために集中する。

 礼拝堂と、食事会をしている部屋が繋がるイメージをして……。


「よし、開け〜!」


 そう言うと、僕の目の前にドアより少し大きいくらいの淡く光る四角い窓のようなものが現れる。

 奥の部屋の方から、何か叫び声とガタンという大きな音が聞こえたよ。

 僕は慌てて四角い窓に顔を突っ込んだ。

 顔を突っ込んだ先には、父とミケーネがいる部屋があった。


「驚かせてごめんね」

「エ、エトっ!?!?」

「何だいこれは!?!?」


 二人は驚いて僕と窓を凝視している。

 ごめんね、こんなに驚かれるとは思わなかったんだよね。


「これはね、いわゆる転移魔法ってやつかな?」

「転移魔法……」

「そう、行ったことのある場所じゃないと繋げないんだけどね。これで、どんなに離れててもすぐに街に帰ってこれるよ!」


 僕は全身を部屋に移動させて言った。

 そう、僕はテレポートでもできたら楽なんだけどなぁと思って試行錯誤し、この転移魔法に成功したのだ!

 父とミケーネは、まだあんぐりとしたまま僕を見ている。

 あれ、二人とも大丈夫か?


「これはまた驚いたね……」

「もう何も驚かないと思っていたんだが……。まさかこんなことまでやってくれるとはな……」


 二人は顔を見合わせて、笑った。


「考えても仕方ないね!いつでも帰ってこれるなら安心だよ!」

「そうだな!たまには顔見せろよ!」


 そうして二人はグラスに入っていた葡萄酒を一気に飲み干し、再度食事に手をつけ始めた。

 現実逃避ってやつでしょうかね?

 難しいことを考えないようにするのは、まぁ僕も同じだからなぁ。

 何となくおかしくなって笑ってしまった。

 

「あとね、二人には渡したいものもあるんだ」


 そう言って僕は、自分の部屋から小包を取ってきて二人に渡した。

 小さな木の箱に、それぞれ藍色と黄色のリボンがつけてある。

 勿論僕にはそんな器用なことはできないので、ラッピングはセルメリアが施してくれた。

 箱を受け取った二人は、嬉しそうに箱を開けて中身を取り出す。


「これは、飾り紐かい?」

「お前、こんなもん準備してくれたのか」

「あれ?何かおかしかった?」


 何だか、いまいちパッとしない反応をする二人。

 何か間違えたかな?

 不思議そうに見ている僕を見て、二人はやれやれといった表情をしていた。

 何でも、飾り紐は確かに贈り物として一般的なものだが、それを贈るのは自分の想い人、つまり好きな人に贈るものなんだそうだ。願いを込めるのも、好きな人を想ってのことらしい。

 なんてこった……。

 店員のお姉さん、そういうのはちゃんと説明しておくれよ。庶民では一般的って言ったじゃん。

 いや、世間知らず過ぎる僕が悪いのか?

 成人した男が『贈り物に』って買い物に来たら、確かに好きな人に贈るものだと思われても無理はないかもしれないけど。面倒くさがらずに、しっかり相談して購入しておけば良かった。


「あんたのことだから、そういうことだろうとは思ったけどね」

「ありがたく受け取っておくよ」


 父もミケーネも励ますように言ってくれた。

 まぁ、二人のことは好きだからね。恋愛ではなく、家族的な意味で。


「二人が健康で無事にいられるように祈りを込めたから、大切にしてくれると嬉しいかな……」


 そう言うと二人は嬉しそうにしていたよ。

 この飾り紐は僕の祈りが込めてあるのだが、祈りを込めた後パメーラに指摘されて鑑定してみたら、魔法が付与されていた。魔法付与されたアイテムは希少で高額なものが多いらしいので、そのことは二人には黙っておく。

 ちなみに、付与されていたのは【状態異常無効化】と言う効果だ。

 どれ程の効き目があるのかは分からないが、きっと二人を守ってくれるだろう。

 父にもミケーネにも、健康でいてほしいからね。

 そうして贈り物を渡した後は、引き続き沢山ある料理やお酒を食べて飲んでで楽しんだ。




 案の定、食事会の後は父もミケーネも酔い潰れて眠ってしまったよ。

 幸せそうな顔をして寝ている二人を見て、しょうがないなぁと思いつつも、何だか愛おしくも感じてしまう。

 前回と同じく、僕は食器やグラスの後片付けをして、二人をそれぞれベッドに運んだ。

 そしてしばらく、一人で礼拝堂のベンチに座って物思いに耽る。僕もほろ酔いでふわふわしているため、酔い冷ましも兼ねてね。

 のんびりし過ぎてしまったけど、遂に明日、この街を出る。

 この穏やかで楽しい時間を過ごせる街から離れるのは名残惜しいけれど、転移魔法でいつでも戻ってくることができるからね。

 何より、僕にはやるべきことがあるわけで。

 いつになるかは分からないけど、この役目が終わった時には、このアテンシャの街でそれこそ穏やかなスローライフを過ごすことができるかもしれない。

 そんなことも夢見つつ、僕も明日に備えて休むことにした。

 ちゃんと早朝に起きれるかな?セルメリアさん、よろしく頼みますよ?


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