37.出立

 翌日の早朝、案の定セルメリアに叩き起こされた僕です。

 あんなに意気込んでいたはずなのにね。目覚まし時計がほしいもんだ。

 とはいえ、まだ薄っすらと日が出始めたばかりのようだ。

 父とミケーネはまだ寝ているみたいだから、静かに礼拝堂へ行き、お祈りをする。


(どうか精霊達が、そしてこの街や人々が幸せでありますように)

 

 目を閉じて手を合わせ、祈る。

 父やミケーネも健やかであるように。

 この精霊教会も豊かで人々の笑顔溢れる居場所になるように。

 いつもより、少し長めにお祈りした。


「寂しくなるのぅ」

「あっ、アテンシャ様」


 目を開けると、目の前にアテンシャ様がいた。

 ちょっと頬を膨らませて不機嫌そうな顔をしている。何か可愛い。


「久しぶりに良い遊び相手ができたと思うておったのに」

「遊び相手ですか……。まぁ、ぼちぼち顔見せに来ますから」

「待っておるぞ!約束じゃからな!」

 

 そう言うとアテンシャ様はニカっと笑ってくれた。

 微笑ましいねぇ。どうかそのままのアテンシャ様でいてください。

 僕はお祈りを終えて部屋に戻り、荷物の確認をする。と言っても、ほとんどセルメリアが抜かりなく準備してくれているんだけど。

 程なくして父やミケーネも起きてきて、一緒に早めの朝食を摂る。

 昨日盛り上がり過ぎたのか、それとも名残惜しさがあるのか、全員口数少なく静かだった。




 朝食を終え、いよいよ出発の時間。

 忘れ物がないかを確認し、使わせてもらっていた部屋も綺麗に片付けた。主にセルメリアが。

 ミケーネからは「そのままでも良いんだよ?」って言われたけど、そこは出立のけじめとしてちゃんとしておきたかった。

 父は出勤のついでに、ミケーネも門で見送ってくれると言うので、みんなで門へ向かう。

 日が昇りはじめて間もないからか、まだ店は空いていないし人の姿も少ない。

 のこのこと歩き、門まで辿り着いた。

 街の門は基本的に日の出と共に開いて、日の入りと共に閉まる。まだ開いたばかりのためか、出入りする人も少ないようだ。

 いつもよりちょっと落ち着いた雰囲気の門の前で、僕は父とミケーネに別れを告げる。


「それでは、お世話になりました」

「お前のことだから心配してないが、無茶すんなよ」

「ちゃんと食べて、元気で過ごしなね!」


 そう言って、ミケーネはハグしてくれて、父は頭を撫でてくれる。

 結構恥ずかしいしんだけどね。一応成人してるんだし。

 とはいえ、こういう家族って感じの温かい雰囲気は嫌いじゃない。ちょっと嬉しさも感じる。

 街を離れることに名残惜しさはあるけれど、生きていればまたいつでも帰って来れるしね。

 このアテンシャの街も、きっとアテンシャ様が護ってくれる。彼女のことだから、何かあれば遠慮なく助けを求めてくるだろうし。

 帰りたいと思う、そして帰れる場所があるって素敵だね。

 しみじみと物思いに耽っていると、


「エトさん、間に合って良かったです」


 ルーカスが小走りでやって来た。

 まだ冒険者ギルドが開くには時間ある気がするけど。

 何か必要な手続きとかあっただろうか?


「ルーカスさん、どうされたんですか?」

「いえ、これをエトさんに渡すようギルドマスターから言われまして」


 そう言うとルーカスは、僕にギルドカードを差し出してきた。

 ギルドカードは持ってると思うんだけどな……と思ってカードを見ると、冒険者ランクのところに【C】と記載されていた。


「あの、これって……?」

「はい、エトさんのステータスや今後の働きへの期待もあり、ギルドマスターがCランクへ昇格させることに決めたそうです。Cランクにすれば、エトさんに頼める依頼も増えますからね」

「そういうことでしたか……」


 ルーカスはきっぱりとそう言った。

 何だか、この昇格は素直に喜んで良いのかどうか分からないな。どう見ても冒険者ギルド側の意図を感じるしね。

 ただ、ルーカスをチラッと見ると無表情だが、『大人しく受け取れ』っていう無言の圧を感じる。

 僕に拒否権は無さそうです。

 まぁ無理な時は無理と言えば良いんだし、大人しく受け取っておきましょうかね。

 Gランクと記載された古いカードは、交換でルーカスに手渡した。


「そうだ、これを渡しておかないといけないね!」


 するとミケーネも、ポケットから何か取り出して僕の手に握らせた。

 小さい丸い木の板に、水色の飾り紐が付いていたアクセサリーのようなもの。木の板には、精霊信仰の刻印がされていた。

 ミケーネ曰く、これが精霊信仰の聖職者に渡される証明証だそうだ。そういえばミケーネも、服で隠れて見えにくいが、腰の辺りに同じものを下げていたな。

 受け取った証明証を、僕も同じように腰のベルトに括りつけた。


「遅くなっちまったけど、あんたも精霊信仰の聖職者の一員だよ!」

「ありがとうございます」

「最後の最後で大出世だな」


 父とミケーネと一しきり笑い合った後、僕は改めてお礼を言う。


「それでは、ありがとうございました」

「気をつけて行ってこいよ」

「エトに、精霊様のお導きがあるよう祈ってるからね!」

「父さん、ミケーネさん、行ってきます!」


 僕は父とミケーネに手を振って別れを告げた。

 二人も、手を振り返してくれる。


「行こう、セルメリア」

「はい、エト様」


 セルメリアにも声をかける。彼女は僕達の感動的な別れのシーンも淡々と見ていたよ。

 そして父とミケーネに見送られながら、僕は門の外へと踏み出した。

 今日は、よく晴れた良い天気だ。心地良い風も吹いている。

 父とミケーネは、僕の姿が豆粒程に小さくなるまで見送ってくれていた。

 温かい時間を過ごすことができた街。ホームシックになってしまうだろうか?

 けど、いつでも帰ることができるという安心感が僕を支えてくれている気がする。

 次に目指すは、獣人族の村モロッカ。

 期待や心配といった色んな感情が湧き上がっているけど、本来の役割のために進んでいかないとね。

 まずは、クマリット様やフェンリル達がいる森へ。

 森なら転移魔法で行けるし、走っても良いんだけど、今は何となく歩きたい気分だ。

 セルメリアはパタパタと飛んで、僕は歩いて、次の目的地へ向けて進むのでした。


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