28.エト、初めて冒険者依頼を受ける

 今日は、冒険者ギルドに依頼を受けにきている。

 冒険者に登録して、初めての依頼だ。

 朝教会を出る時、ミケーネに「頑張っておいでよ〜」なんて大きな声で見送られて恥ずかしかったよ。

 それに今日はセルメリアが一緒だし、剣も杖も持って来ている。

 見た目は冒険者っぽいよね。

 冒険者ギルドに来ると、既に人は少なくなってきていて、依頼掲示板を見ると残っている依頼は少ない。一般的な冒険者は、朝一でギルドに来て依頼を受けるのが定番みたいだから、僕はかなり出遅れている。

 でも良いんだ、無理をする気はないから。

 残っているものから、自分にこなせそうな依頼はないかとG・Fランクの依頼掲示板を眺める。

 やはりランクが低いだけあって、雑用や採取系の依頼が多い。Fランクの方には魔物討伐の依頼もあるけど、討伐は受ける気しないもんなぁ。

 少しだけ悩んで、薬草採取の依頼を受けることにした。

 受付にいる職員に依頼票を渡しに行く。


「すみません、依頼を受けたいのですが……」

「分かりました〜。では、ギルドカードを出してください」

「はい、お願いします」


 おっとりとした印象の女性職員だ。ミモザという名前らしい。

 僕のカードを確認して、依頼票と見比べている。


「依頼を受けるのは、今回が初めてですか?」

「そうですね」

「依頼の受け方や流れについては大丈夫ですか?」

「それは以前お聞きしたので大丈夫です」

「では、この薬草のことはご存知ですかね?」

「良ければ教えていただけると助かります……」


 ミモザは優しく微笑んで教えてくれた。結構テキパキとしている。

 今回採取するのは、【トコリ草】という回復薬ポーションの原料になる薬草だ。街の南側にある森で採れるそうだ。

 森の中なら割とどこにでも生えていて、森の奥まで入らなくても良いため、初心者でも比較的安全な依頼らしい。

 薬草10本を1束にして、報酬は銅貨1枚。必要なものだから数は問わないって。

 かなり安価な依頼だけど、初めて受ける依頼だし、南の森に行くのも初めてだから、様子見ということで。


「ありがとうございます」

「いえいえ。ちなみに南の森では最近魔物が増えているそうなので、奥に入らないように注意してくださいね」

「分かりました」

「エトさんはソロですし、身の危険を感じたら無理せず逃げてくださいね」


 無理は絶対にしません。大丈夫です。

 ミモザは僕のことをGランクの初心者と認識しているみたいだし、ウォーレンやルーカスは秘密を守ってくれているようだ。

 ギルドカードと依頼票を受け取り、ギルドを出る。

 そういえば、アテンシャの街に来てから街の外に出るのは初めてだな。

 中央街道を進んで門に行くと、門番姿の父が立っていた。


「エトじゃないか。どうしたんだ?」

「冒険者ギルドの依頼受けたんだ。これから森でトコリ薬を採取してくる」

「トコリ草か、懐かしいな。南の森は魔物が増えてるらしいから気をつけろよ。お前なら大丈夫だと思うがな」


 父は笑い、「森はあっちだからな」と街を出る僕を見送ってくれた。

 方向音痴なので助かります。セルメリアさん、ちゃんと聞いてくれてましたよね?

 久しぶりの街の外、平原が広がっていて開放的な気分だ。

 父に言われた通り、野道を森の方へ向かって歩いた。




 野道を歩いて2時間程で森の近くに到着した。野道から林道が森へ続いている。

 今日は晴れていて森の見晴らしも良く、たまに吹く風も気持ち良かった。

 初めての依頼だから、気合いを入れる。


「よし、頑張るぞ!」

「森で迷わないように気を付けてくださいね」


 周りに人もいないし、セルメリアとも気にせず会話できるから助かる。


「そんな深く入るつもりはないし、大丈夫でしょ」

「まぁエト様でしたら、大抵のことは問題無いでしょうけど」


 セルメリアは過保護だなぁ。

 今日は何かあったらゴルドスやパメーラにも相談できるし、安心でしょう。

 林道を進み、途中から茂みの中に入り込む。

 木や雑草を避けて進むと、ちらほらと依頼票の絵に似た薬草を見かけた。


「これがトコリ草かな?」


 鑑定スキルを使い確認すると、ウインドウが現れる。



 【トコリ草】

 低級回復薬の材料になる薬草



 ウインドウに表示されているから、間違いないみたいだ。

 そのまま鑑定スキルを使いながら採取していく。ミモザの言っていた通り、結構沢山生えているようだ。

 採取したトコリ草は、空間魔法で作ったアイテムボックスに入れていく。

 思いの外楽しくて、小一時間程採取に夢中になっていた。


「いやぁ、結構採れたんじゃない?」


 アイテムボックスを確認すると、50〜60本は採取していた。

 しかしこれで銅貨5枚くらいか。ちょっとは稼ぎたいし、もう少し採取していくか。

 日が昇り切ってお昼になったので、空いた場所で休憩することにした。


「エト様、お茶をどうぞ」

「あっ、ありがとう。そういや、何も準備してなかったな……」

「ですから私が持ってきたのですよ」

「……教会出る時に教えてくれたら良かったのに」


 助かるけど、これじゃ冒険者としてダメダメじゃん。

 ちょっとは知識も付けないとなぁ。

 そのままセルメリアは、同じようにアイテムボックスから何やら取り出し始めた。

 色々と出てくる。茣蓙ゴザやら、卓袱台ちゃぶだいみたいなテーブルから、ティーカップにポットまで。

 それらを空いたスペースにテキパキと設置し、簡易の休憩所みたいなものが仕上がった。

 ……いや、マジですか。


「セルメリア、これは一体……?」

「エト様が旅の途中、どこでも休息や睡眠が取れるような準備は整えてあります」

「おぉ、素晴らしい」

「お世話係ですからね。これくらい致しませんと」


 そう言ってセルメリアは、更にハムと野菜を具にしたサンドイッチを取り出す。

 至れり尽くせりだ。というか、これ完全にピクニックだよね?

 冒険者として大丈夫か、これ?

 色々と疑問はあるけど、深く考えないことにした。旅は快適な方が良いしね!

 ありがたくサンドイッチを頬張っていると、近くの草むらからガサガサと音がしてきた。


「あれ、何かな?」

「エト様、もう少し危機感を持たれた方が良いのでは?」

「うーん、そこまで危ない感じしないしねぇ」


 一応警戒して草むらの方を見ていたら、狼型の魔物が1匹飛び出てきた。

 全身濃い灰色に、赤色の目。少年時代に森で見た魔物と似てる。

 ただ、大きさ的に少し小さい。中型犬くらいかな?以前見たのは結構大きかったけど。

 鑑定してみると、魔物は【魔狼】と表示された。やっぱり狼なんだ。

 魔狼は距離を空けてこちらを威嚇している。

 しかし、少し様子がおかしい。


「あの子、後ろ足に怪我してるね」

「あら、本当ですね」


 右の後ろ足から血が出ていた。その足だけ、庇うようにしている。

 仲間同士の喧嘩かな?それとも、魔物が増えてるって言ってたし、冒険者にやられたとか?

 威嚇はしてくるが、魔狼から襲いかかってくる様子はない。

 何か痛そうにしてるし、怖がってる感じもするし、可哀想になってきたぞ。


「ほれ、こっちおいで〜」


 僕はサンドイッチの具のハムを取り出して、魔狼に向かって投げた。

 ハムは、魔狼と僕の中間辺りに落ちる。

 ごめんなさい、言っておくけど食べ物を粗末にしてるわけじゃないからね?


「エト様!もう、何てことしてるんですか!!」

「ごめんって。何か放っとけないからさ」

「はぁ……、私はどうなっても知りませんからね」


 また後でちゃんと謝ろう。

 そんな魔狼はハムを攻撃と勘違いして警戒していたが、しばらく確認して、こちらを威嚇しつつ近付いてきて、急いでハムを咥える。

 またすぐに距離を空けようとする魔狼に対して、僕は動き出す。


「捕獲〜!!」


 僕は水と風の魔法でシャボン玉のような球体を作り、中に魔狼を閉じ込めた。

 安心しておくれ、中は空気だから息はできるよ。

 球体の中で身動きが取れなくなった魔狼は、身の危険を感じて必死で踠いている。

 僕がふわふわと宙に浮かぶ球体に近づくと、魔狼は更に激しく踠く。


「ごめんごめん、これ以上は酷いことしないから」


 声をかけて宥めてみるが、魔狼に言葉は通じない。

 そんなにジタバタしてると、傷に良くないんだけどなぁ。僕のせいだけどさ。

 仕方なく我慢してもらい、僕は後ろ足の怪我を観察する。

 毛で見えにくいが、刃物で切られたようになっている。やっぱり冒険者と争ったのかな。

 それに、興奮状態になっている。怪我もあるし、無理矢理閉じ込めちゃったしね。

 でも、何となく違和感を感じる。覚えのある感覚だけど……。


(この魔狼、瘴気に当てられてるんだ)


 瘴気により、魔物は更に凶暴化する。

 この森にも、瘴気が発生しているんだ。それに影響を受けているのか。

 しかし原因は察したものの、どうしたもんか……。

 聖魔法で何とかなるかな?


(瘴気を浄化するし、癒しの効果もあるし、何とかなるでしょ)


 かなり楽観的に結論づけて、僕は魔狼が痛みや瘴気から解放されるイメージをする。

 体内で湧き上がる聖魔法の力を信じて、放つ。


「痛いの痛いの、飛んでいけ〜」


 聖魔法の力が金色の光となって、魔狼を包み込んだ。

 踠いていた魔狼が、淡い光に包まれると次第に大人しくなっていく。

 光が溶けて消えて、魔狼を球体からも出してあげた。

 魔狼は何があったのか理解できないのか、少し戸惑った様子でキョロキョロしている。

 最初は凄く獰猛な感じだったのに、敵意や怖がる様子を感じなくなり、何となく見た目も穏やかになった気がする。

 足の怪我も治ってるし、良かった良かった。


「無理矢理なことしちゃってごめんね。気分はいかが?」

「クウゥゥゥ……」


 何か目がうるうるしてる。やだ、可愛い。

 堪らなくなって、戸惑っている魔狼の頭を撫でてみた。毛がフサフサで可愛いね。


「いやぁ、魔物とはいえ可愛いもんだねぇ」

「まさか、聖魔法で魔物まで癒すことができるとは思いませんでした」

「僕も確証は無かったけどね。瘴気を浄化したり状態異常とか癒せたりするならできるかなって」

「それを思い付いて、できてしまうところが凄いと思いますよ」


 魔狼も僕に慣れてくれたのか、触っても怯えず、嫌がる様子も無くなった。

 何なら尻尾振ってくれてる。可愛い。どうしよう。

 前世でもペットを飼ったことはないけど、飼い主ってこういう気持ちなのかな?


「それにしても、この森にも瘴気が発生してるとはね」

「この辺りでは、特に感じませんけどね」

「てことは、森の奥の方かな?」

「そうなるかと」


 魔物が増えてるっていうのは、瘴気の影響だったのかな。

 この魔狼みたいに瘴気の影響で凶暴化した魔物が増えたら、大変なことになりそうだ。

 まだ昼だし、気になるから調べてみようか?


「セルメリア、このまま瘴気の発生源を調べてみようと思うんだけど、どうかな?」

「私は構いませんが、夕方までに街に帰れるでしょうか?」

「そうだよねぇ。早めに調べたいけど、何の手掛かりも無いんだよなぁ」


 この森のこともよく知らないし、事前情報が無さすぎる。

 でも、街に戻ってギルドで説明するのも何か億劫だしなぁ。


「ガウッ!」


 悩んでいると、魔狼が元気良く吠えた。

 ちょこんとお座りしてこっちを見ている。可愛い。


「魔狼さん、何か知ってる?」

「ガウッ、ガウッ」

「付いてきてほしいそうですよ」

「え?何言ってるか分かるの?」

「何となくは分かります」


 良いなぁ。僕もお話したいんだけど。

 魔物とはいえ、動物と話せるってファンタジーじゃん。

 既に精霊とお話できる時点でファンタジーだけどさ、それとこれとはまた別なんだよ。


「じゃあ魔狼さん、心当たりのある所まで案内してくれる?」

「ガウッ!」


 僕の言葉分かるのかな?魔狼は元気良く返事をしてくれた。

 そして尻尾を振って、森の奥へ歩き出した。後ろ姿も可愛い。


「ねぇセルメリア、干し肉とか持ってない?」

「ダメですよ、エト様」

「ちぇっ」


 仲良くなれた気がするから、魔狼にあげたかったのになぁ。

 僕達は仮の休憩所を急いで片付け、魔狼の後を追った。

 当初の予定とかなり変更しているけど、やっぱり聖者として瘴気の発生は見過ごせないからね。

 あとはまぁ、もう少し魔狼と一緒にいたかったのは内緒です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る