29.森の瘴気の原因

 怪我を治して浄化した魔狼の後を、ひたすら付いていく。

 帰りが遅くなると見送ってくれた父やミケーネが心配してしまうので、早めに済ませて帰りたい。

 途中からは魔狼にダッシュしてもらい、僕は補助魔法で強化した足で追いかけている。

 森の奥は木や雑草が生い茂っているため進みづらいが、魔狼は気にしてくれているのか、通りやすそうな獣道を選んでくれている。僕も全身を風魔法で覆って、草や細い枝から身を守るようにしている。

 小一時間程走ったところで、森の様子が変わってきた。

 薄っすらと黒い霧、瘴気が立ち込めてきている。

 周りの草木も生気が乏しい。ちょっと不気味な雰囲気だ。


「やっぱり瘴気かぁ。進んだらもっと濃くなっていくかな?」

「そうですね、奥の方から少し嫌な感じがします」

「今のうちに、結界張っておくよ」

「ありがとうございます」


 そう言って僕は、セルメリアに瘴気から身を守る防御結界を張る。

 ゴルドスとパメーラは、今は聖剣と杖だし僕が身に付けてるから大丈夫かな。


「クウゥゥゥ……」


 魔狼が弱々しく鳴いている。

 薄く立ち込める瘴気に怯えているようだ。

 また影響受けるのが怖いのかな?


「魔狼さんにも、結界張ってあげるよ」


 セルメリアと同じように、魔狼にも防御結界を張る。

 魔狼を、薄いベールが包んでいく。


「ガウゥ!」

「喜んでいるみたいですよ」

「良かった良かった。どういたしまして」


 魔狼が喜んでくれているなら嬉しい。

 尻尾振ってるもんね。可愛いよ、もう。


「さてと魔狼さん、まだ行ける?」

「ガウッ!」

「よし、行こう」


 可愛く逞しい魔狼の後を追って、再び森を駆け出した。




 奥に入り込むにつれて、どんどん瘴気が濃くなっていく。

 以前のクルトアの村程ではないが、結構酷い。

 草木は萎れているし、川の水も濁っていた。

 しかも、何となく森の中に殺気が漂っている感じがする。近いかもしれないな。

 走り続けていると、少し開けた空間に出た。前に大きな洞穴がある。

 その洞穴から、瘴気が立ち込めている感じがした。


「ここかな?」

「そのようですね。あの中から強い瘴気が放たれている感じがします」


 洞穴の中に何かいるのだろうか?

 もしかして精霊?それにしては、祀られている感じはないけど。


「クウゥ……」

「魔狼さん、怖い?」


 隣にいる魔狼が明らかに怯えている。

 僕は、そっと頭を撫でてあげる。


「無理しなくても良いからね?」


 先程から伝わっているかは分からないけど、優しく声をかける。

 また怪我とかしてほしくないしね。魔物相手に、だいぶ絆されているよなぁ。


「「「グルルルル……」」」


 そうこうしていると、複数の魔狼の威嚇する声がしてきた。

 辺りを見ると、洞穴や木々の合間から大きな魔狼達が姿を現す。

 合計で、10匹はいるな。

 威嚇されながら、徐々に距離を詰められる。

 この魔狼達も、かなり瘴気に当てられているようだ。


「こんなにいるんだ」

「魔物が増えていると言ってましたからね」

「ここは魔狼の縄張りって感じかのかなぁ」


 きっと、僕を案内してくれたこの魔狼の仲間なのだろう。

 凶暴化した魔狼達に怯えている。殺気も凄いし。

 この洞穴は、この魔狼達の棲み家なのかもしれない。洞穴の奥から、更に別の強い気配がする。

 それにしても、これ絶対襲われるやつだよね。少しずつ囲まれてきてるし。

 戦いたくないんだけどなぁ。そこ避けて通してくれないかなぁ。

 案外冷静に状況を見れている自分に驚くが、魔狼達を鑑定する限り、レベルはせいぜい15〜20くらいだ。数こそ多いけれど、正直僕の相手にはならない。


「大人しく、そこ通してもらえませんかね?」


 何となくお願いしてみた。

 しかし、魔狼達に「ガウッ!!」と吠えられ返されるだけだった。


「流石にこの魔狼達には無理があるでしょう」

「ですよねぇ」


 無駄な争いはしたくないんだけどなぁ。

 魔物とはいえ、できれば魔狼達を傷付けたくない。

 さて、どうしよう。


「ワオーン!!」


 群れの中では一番大きい魔狼が吠えた。

 一匹の魔狼が吠えたのを合図に、魔狼達が一斉に襲いかかってきた。

 牙を剥き出し、鋭い爪を立てる。

 襲ってくる魔狼達に、僕も身構えた。


「ごめんけど、君達と争うつもりはないんだよね!」


 僕は「捕獲〜!」と叫んで、先程と同じように魔狼達一匹一匹をシャボン玉の中に閉じ込めた。

 一瞬の出来事に魔狼達が驚き、シャボン玉の中で踠いている。

 いくら暴れても、このシャボン玉は割れないよ。

 瘴気の立ち込める森に魔狼を閉じ込めたシャボン玉がふわふわと浮いていて、何かとってもシュールな感じに見えてしまう。


「ガウッ!!ガウッ!!」

「ごめんごめん、用が済んだらちゃんと解放してあげるから。ちょっと待ってて〜」

「なかなか奇妙な光景ですね」

「やっといて何だけど、何か変な感じだよね」


 セルメリアと気の抜けたやり取りをしながら、洞穴に入ろうと近付く。

 中は真っ暗だ。どこまで続いてるんだろう。

 止めどなく溢れ出てくる瘴気を見つつ、洞穴に入り込む。

 暗くて全然見えないので、明るくするために魔法を使う。


「スイッチオーン!」


 僕は頭の中で、洞穴の中を蛍光灯で明るく照らすイメージをした。

 すると洞穴の壁に光の線が2本伸びていき、中が明るく照され見えるようになる。

 瘴気は立ち込めているが、中の状況は分かる。

 

「よっしゃ!」

「エト様、『スイッチオーン』とは?」

「前世ではね、ポチッとボタンを押したら明るくなる道具があったんだよ。そのイメージ」

「エト様が良いなら構いませんが」


 セルメリア、その含みある言い方は何だろうね?

 自分でも少し子供っぽいかなって自覚はしてるけど、僕はこうした方がイメージしやすいんだよ。

 まぁ前世のことだし、アルスピリアの人達に伝わらなければ大丈夫でしょ。何かの詠唱かなって思われるだけだろうし。というか、そうであってほしい。


「ほら、行くよ〜」


 せっかく明るくしたんだからと、奥へ進む。

 まだ怯えている様子なのに、魔狼も付いてきた。健気だねぇ。

 洞穴の中はゴツゴツとしていて、ちゃんと見ていないとつまづいてしまいそうだ。

 飛んでいるセルメリアには関係ないかもしれないけど、明るくして良かったよ。

 そうして奥の方へ歩いて数分、洞穴の外で感じていた強い気配に近付いているのを感じる。

 魔狼達とは比べ物にならないくらいの強い殺気を放っている。

 そして何だか、嘆き悲しんでいるような……。

 奥に行き着くと、目の前には更に大きな狼型の魔物が蹲っていた。

 瘴気で荒んでいるが、魔狼とは違って銀色の毛並みをした大きな狼。

 鑑定してみれば、【フェンリル】とあった。

 そのフェンリルから、ドス黒い瘴気が溢れている。

 瘴気の原因は、この魔物だ。


「貴様ら……、何しに来た……」


 こちらに気付いたフェンリルが、顔を上げて鋭い金色の目で睨みつけてきた。

 肌で感じるくらいのビリビリとした、更に強い殺気を放ち出す。

 このフェンリル、人の言葉が分かるのか。それは助かる。

 しかし殺気以上に、目の前のフェンリルからは深い悲しみを感じ取ってしまう。

 瘴気以上に、フェンリルの怒りや嘆きが僕の胸の中を突き刺してくるような感覚に陥る。思わず僕まで、その嘆きに引っ張られてしまいそうだ。

 でも、ここで飲まれるわけにはいかない。僕にはしなければならないことがあるから。

 しっかりと地面を踏み込んで立ち、フェンリルと対峙する。


「こんにちは、フェンリルさん。突然お邪魔してすみません」

 

 僕は、笑顔で応えた。

 その様子が気に障ったのか、フェンリルは更に殺気を強める。


「答えろ!貴様ら何しに来た!!我を殺しに来たか!!」


 鼓膜が破れそうになるような怒号が、洞穴に響く。

 セルメリアは思わず耳を塞ぎ、魔狼は縮こまってしまった。

 しかし、僕は顔を背けずにフェンリルを見つめる。

 そして、変わらず笑顔で応える。




「僕は、貴方のことを癒しに来ました」

 

 

 

 フェンリルの刺々しい声とは違う僕の声も、洞穴の中で凛と響いた。

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