47.モロッカの村の守護精霊
現在、地べたに胡座をかいて座っている僕です。
足から、フワッとモコっとした、くすぐったいような気持ち良いような感覚がする。
視線を落とすと、白くて小さな毛玉が僕の足の上にいた。
「まさか、毛玉の正体がモロッカの守護精霊様だなんてね……」
そう、この白くて小さな毛玉こそ、モロッカの守護精霊であるモロッカ様でした。
僕の呟きに反応して、毛玉ことモロッカ様が僕の方に振り返る。
「キャンキャン! 毛玉とは失礼な!! 何度も言うが、我を毛玉などと呼ぶでない!!」
「あっ、いや、すみません。独り言です……」
モロッカ様は、僕の足の上でぴょんぴょん跳ねて怒っていた。
いやだって、守護精霊だって知らなかったら、どう見ても毛玉なんだもの。
そんなモロッカ様は、初対面から毛玉呼ばわりされたことをずっと怒ってるんだけどさ……。
ごめんだけど、何かもう全てがとっても可愛いのよ。
ほぼほぼ丸いフォルムからちょこっと見える、小さな耳や尻尾がぴょこぴょこしてて可愛いのよ。
そして、モフッとして気持ち良いのよ。
そして、こんな見た目が可愛らしくて、子犬みたいな少し甲高い声で古風な喋り方をしている。
何だこの、愛くるしい生き物は。いや、精霊様は。
「失礼なことを言った罰じゃ。もう少し、こうしておれ!」
「はぁい」
モロッカ様には申し訳ないけど、ちょっと嬉しい。
僕の言葉に怒ったモロッカ様は、罰として僕の足に座った上で『優しく撫でろ』と言い放ち、今に至るわけで。
僕はそれからずっと、モロッカ様に座っていただき、頭や全身を指示通りになでなでしている。
大木の下、祠の横でそよそよと気持ち良い風に吹かれながら、今に至る経緯を思い出す。
☆★☆★☆
「……毛玉?」
「毛玉、みたいですね」
僕とセルメリアは顔を見合わせ、顔面に衝突した後に地面に転がっていった毛玉を見る。
白くて、小さな毛玉。
大きさは、まぁサッカーボールくらいだろうか。
何やらモゾモゾと蠢いている毛玉に、僕は恐る恐る近づいてみる。
セルメリアはその場で動かず、僕の様子をジーッと見ている。
「これ、何かな……?」
僕はその場に屈んで、大賢者の杖の先っぽで毛玉をちょんちょんとつついてみた。
すると杖から、「ちょっと、そんな風に使わないでくれるかしら?」とパメーラの声がした。
あっ、ごめんなさい。
申し訳ないながらも杖でつついていると、杖の刺激に反応してか毛玉の毛が一瞬逆立ち、「キャンッ!!」と鳴いた。
そんな毛玉の様子に、僕もびっくりする。
「うわっ! やっぱりこの毛玉、生き物だよね!?」
「あの、エト様……」
セルメリアが話しかけてきたが、言い終わる前に、モゾモゾと動いていた毛玉がこちらに飛び掛かってきた。
ビューンと、かなり素早い動きで僕を目がけて飛んでくる。
僕は反射的に、毛玉を両手で鷲掴みにしてしまった。
「キャブ!」
毛玉は鷲掴みにすると、おかしな声を上げた。
僕は「しまった!」と思いつつ、鷲掴みにした毛玉のモフッとした手触りが気持ち良くて、そのままモフモフと触ってしまう。
……やだ、気持ち良い。
モフモフと揉んでいると、毛玉が大きな声を上げた。
「コラッ! いつまで触っておる!!」
「うぎゃっ!」
毛玉が僕の手から無理矢理抜け出して、また額に衝突してきた。
正直そんなに痛くはないんだけど、驚いて情けない声を出してしまう。
衝突した毛玉は、今度は綺麗に地面に着地した。
そして、毛の間から微かに見える目で、こちらを睨んでくる。
「久しぶりに力が戻ってきたと思ったら、お主のような無礼者とは!!」
毛玉は怒っていた。
可愛いんだけど、怒っているのは伝わってくる。
でもごめん、あんまり怖くない……。気を悪くさせちゃったのは、申し訳ないと思うけど。
というか……、
「あれ? 力が戻ってきたということは……」
「エト様、この方がモロッカの守護精霊ですよ」
セルメリアが、離れたところからしれっと言ってきた。
おぅ……、なんてこった……。
自分がしてきた数々の言動を振り返って、気まずくなってしまう。
チラッと守護精霊の姿を見てみると、ずっと怒った様子で僕を睨んでいた。
「も、申し訳ございませんでしたーーー!!!」
即座に、その場で土下座して謝る僕でした。
☆★☆★☆
そんなこんなで、現在に至るわけでして。
かれこれ小一時間くらい、ずっとモロッカ様を撫で続けております。
罰とはいえ、全然ツラくないからいいんだけどさ。
何というか、縁側で飼い猫を撫でてほっこりしている老人の気分だ。
モロッカ様は、動物としては何になるんだろうか? 見た目とか鳴き声とかから考えると、小型犬な印象だけど。
そもそも、精霊ってみんな人の姿をしていると思ってたけど、モロッカ様みたいに動物の姿をしている精霊もいるんだね。新しい発見だ。
「よし、そろそろ許してやろう」
そう言うと、モロッカ様は僕の足の上からぴょんと跳ねて、祠の上に飛び乗った。
「ありがとうございます」
僕は一息ついて、大木に寄りかかった。
体は疲れてないけど、何となく気疲れしてしまった。
可愛くて癒されてたんだけどさ、怒らせちゃいけない目上の人と一緒にいる感覚だ。
「今回の無礼には困ったものだが、お主のおかげで、力を取り戻したことには感謝しているぞ」
「それは良かったです」
モロッカ様が、胸を張って言った。
いや、何となくそう見えた気がしただけ。雰囲気はちゃんと伝わってくるよ。
「それでモロッカ様、……なぜこのようなことになったんですか?」
「あぁ、それはな……」
僕が尋ねると、モロッカ様は言葉を濁す。
まぁ、言いにくいよね。自分の力が弱くなってしまった理由なんてさ。
割と踏み込んだことを聞いていると、理解しているつもりだ。
「いえ、言いにくいなら大丈夫ですよ。理由が分かれば、何かお手伝いできるかなぁと」
一応、拒否できることも、助けになりたいことも伝える。安心してほしいからね。
モロッカ様は、祠の上でモジモジとしている。
言うかどうか、悩んでるみたいだ。
「………ったのだ………」
何やら、モロッカ様がモゴモゴと言っている。
よく聞こえないな……。
「あの、何と……」
「だから!! 寂しかったのだーーー!!!!」
言っている内容を聞こうと耳を近づけると、モロッカ様がめちゃくちゃ大声で叫んだ。
突然の大声に、耳がキーンとする。
耳を押さえながらモロッカ様を見ると、「ふんっ!」と言ってそっぽを向き、プルプルと全身を震わせていた。
「……寂しかったんですね」
「………」
僕の声掛けに、モロッカ様は何も応えずそっぽを向いたままだ。
威勢は良いけど、自分の弱みを見せるのには抵抗があるんだろうな。
そりゃそうだ。僕も、特に前世の頃はあまり得意な方じゃなかった。
ただモロッカ様は、恥ずかしいのを我慢して伝えてくれたのだ。
それは嬉しいし、ありがたいと思う。
「教えてくださって、ありがとうございます」
「……ふん、生意気な奴だ」
そう言うと、モロッカ様はこちらを向いた。
そして、ぴょんと跳ねると、僕の頭の上に乗っかってきた。
ポスンと、頭に軽い衝撃を感じる。
「お主らには話してやろう。……笑うなよ?」
そう言って、モロッカ様は話し始めた。
モロッカの村は、盛んと言うほどではないが、村ができた当初から精霊信仰を主にしている村だそうだ。
聖職者がいないため教会は無いけれど、村の外れに精霊を祀る祠を造り、木を植えた。
この大木は、アルスピリアでは神秘的な力が宿ると言われている木なんだって。
祠が造られてから年に2回、この場所で祭事を行なっているそうだけど、それ以外でこの場所に来る人は少ないらしい。
モロッカ様は、それが寂しいそうだ。
村人達に、もっともっと会いに来てほしいそうだ。
自分がここにいることを、忘れてほしくないそうだ。
忘れられてしまいそうで、怖いそうだ。
姿かたちは見えなくても、言葉を交わすことはできなくても、もっと一緒にいたいそうだ。
「………」
モロッカ様は、ちょっと弱々しい感じで、僕達に語ってくれた。
頭の上にいるから姿を見ることはできないけど、微かに震えているのが伝わってくる。
「……ふん。笑いたければ笑え……」
モロッカ様は、手足で頭をグリグリしながら言ってきた。
少しだけ、震えた声で。
「……笑いませんよ」
僕は、思わず頭上のモロッカ様を捕まえて抱き寄せた。
「コラ、お主! 何をする!?」
モロッカ様は驚いて、僕の腕の中でジタバタとしだす。
僕はそんなモロッカ様を逃さないように、強く抱き締めた。
「笑いませんよ、絶対に」
「………」
「寂しくても、良いじゃないですか。もっと一緒にいたいと思っても、良いじゃないですか」
こんな時、何て伝えたらいいのか分からないけど……。
思わず抱き寄せてしまったモロッカ様に声をかける。
「別に良いじゃないですか。モロッカ様がそう感じているのであれば、僕はそれで良いと思います。これまで関わってきて、精霊達も完璧な存在じゃないんだって分かりましたから」
そう、僕はこれまで精霊達と関わってきて理解したことがある。
精霊は、凄い力を持っているけれど、完璧な存在ではないのだ。
失礼かもしれないけどさ。
精霊達も、人間と同じで色んな精霊がいる。色んな感情や思いを持っているのだ。
僕はアルスピリアに転生してきてから、精霊の凄い力とか色々と見てきたし、世界を守護しているって神様にも聞いていたから、精霊って完璧で凄く高尚な存在なんだと思っていた。
でも、関わっていくうちに、寂しいとか落ち込んだりとか、結構人間味があるんだなぁと感じてきた。
アルスピリアの人々にとっては、世界を守護する存在として崇め奉られる対象なんだと思うけど、そんな精霊達は信仰されるだけじゃなく、人々と仲良く在りたいと思っている。
その思いを、精霊自身が人々に届けることが難しいんだけどね。
だからこそ、僕のような存在が必要なのかもしれない。
そんなことを考えつつ、ちょっとしたアイディアが思い浮かんできた。
「……モロッカ様、僕にお手伝いできることがありそうです」
「お手伝い、とな?」
「はい。どうなるか分かりませんけど、これ以上寂しい思いをしなくても良くなるかもしれません」
僕の言葉に、モロッカ様は疑いの眼差しを向けてくる。
そんなモロッカ様に、僕はニコッと笑って応えた。
「……それは、信用して良いのか?」
「エト様、おかしなこと考えてませんか?」
「……まぁ、何とかなりますよ」
モロッカ様だけでなく、セルメリアまで心配そうな顔をしている。
セルメリアに関しては、心配というより呆れられているような……。
とにかく、モロッカ様の力になれるように、僕だからこそできることをやってみようと思う。
明日から、村長の家でも回復魔法を施す日々が始まるけど、その合間に何とかできるだろう。
「エト様、色々嫌そうにされている割に、自分から面倒事に足を突っ込んでいこうとなさいますよね」
「う〜ん、後からどんどん後悔するのも嫌だしねぇ……」
セルメリアが容赦なく指摘してきた。
本当に嫌な時は断るだろうけど、今回は色々と話を聞いてしまったし、何かできないかと考えてしまった自分がいるしなぁ。
前世の時みたいに、「あの時やっておけば良かった……」的な感じの、ずっと付き纏ってくるような後悔するのは嫌だしねぇ。
それに今回のことは、上手くいけばモロッカ様だけでなく、村にも良い影響をもたらしてくれるかもしれない。
村のためと思って依頼を引き受けたわけだし、せっかくなら、僕も自分にできることをやらせてもらおう。
「ただ、村長さんにも相談しないといけませんし、少しだけ待っていてくださいね」
僕は、心配そうな顔をしているモロッカ様に伝えた。
「おい、そこの精霊。此奴本当に大丈夫なんだろうな?」
「……大丈夫ではないでしょうか?」
「………」
モロッカ様とセルメリアは、何か意味ありげな顔をしていた。
少しくらいは、信用と期待をしてほしいと思う僕でした……。
転生聖者の異世界行脚〜今日も世界を癒すため、ぼちぼち旅をしています〜 池田筍 @ikeda_takenoko
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