03.少年エトの記憶①〜左手の紋章〜

 薄暗い森の中にある廃墟。

 異世界アルスピリアに転生した僕は、そんな場所で地面に座り込んでいる。

 前世の記憶では、状況がよく分からない。

 しかし、今世での記憶が混じってくる内に、少しずつ状況を理解する。


 ここは、人里離れた森。

 そして今世の僕は、生まれ育った村から追放された少年。

 名前は、エト。10歳になる。


 なぜ、村から追放されたのか。

 なぜ、こんな廃墟にいるのか。

 いまだに少し混在する記憶を、深呼吸しつつ整理する。


「今世の始まりが追放とはね…」


 思わず、ため息をつく。


「神様、セカンドライフを楽しむというのは何だったのでしょうかね?」


 前世での、金髪イケメン神様との出来事を思い出す。

 神様も楽しんでね!、とか言ってなかったっけ?


 そして、今世での少年エトの記憶を辿る。

 記憶を辿るほど、胸が苦しくなってきた。


「『呪われた子』、か…」


 左手の甲を見つめる。

 そこには、青い紋章が描かれていた。

 十字架と、各線の間に放射状に水滴のような、花びらのようなものが描かれている。


 エトは、【呪われた子】と言われた。

 この青い紋章のせいで、村から追い出されてしまった。

 そして、この廃墟に辿り着いたのだ。


 僕は、今世のエトの、追放までの記憶を辿る。




   ☆★☆★☆




 エトは、クルトアと呼ばれる村で生まれた。

 辺境にある小さな村だ。


 父カトルは、元冒険者。剣士だったそうだ。

 孤児だった父は、15歳の成人を迎えてから孤児院を出て冒険者となり、20代半ばには街でも上位の冒険者となった。

 だが、依頼遂行中、魔物の討伐時に右腕を失ったという。回復薬や治癒魔法を施したが、タイミングが遅く右腕が戻ることはなかった。

 実力や経験を買われ、仲間や後輩育成のために尽力していたそうだが、彼らが活躍する姿を見ているのがツラくなり、30歳で引退を決意。拠点としていた街も離れた。


 堅実に貯めていたお金と、引退時に仲間達から貰ったお金で、旅をしていた父。

 旅の途中で立ち寄った街で、母と出会った。


 母エルマは、とある街の修道女だった。

 病弱な母は、幼い頃から家に籠っていることが多かったが、成人後、ある程度外に出ることができるようになったものの、結婚相手として貰い手がなかったそうだ。

 そんな母は家に居づらさを感じ、修道女となる。そして、孤児院で奉仕活動をしていた。


 街へ来て、たまたま孤児院での仕事依頼を見つけた父は、そこで奉仕活動をする母に一目惚れしたそうだ。

 対して母も、堅実に仕事をこなし、大らかで優しく孤児達に接する父を見て惹かれていたらしい。


 だが、父からの愛の告白に、修道女である母はとても困ったそうだ。

 神に身を捧げる立場となった母は、結婚は許されない。

 しかし、院長や修道女の仲間達は「神様が与えてくれたチャンスを逃してはいけない!」と、背中を押してくれた。俗世に戻ることとなった。


 そんなこんなで、父と母は結婚し、静かに暮らそうと辺境の村クルトアへ来た。

 そこで小さな家を買い、慎ましやかに暮らしていたそうだ。


 父は元冒険者の経験や知識から、村の警備や力仕事をこなし、時々若者達に剣を教えた。

 母は家事をこなし、時々裁縫の仕事をしていた。


 そんな二人は、新しい命を授かる。

 それが、後のエトだ。

 父と母はとても喜び、生まれてくるのを待ち望んでくれていた。


 しかし、母は妊娠中に体調を崩しだす。つわりも酷かったそうだ。

 臨月を迎える頃には、母は床に伏せるようになっており、元々病弱だった母を父はとても心配した。

 それでも母は、絶対に我が子を守ると強い意志を持ち、出産に臨んだ。


 そして、エトが生まれた。


 だが、母の産後の肥立ちひだちが悪かった。

 床に伏せりながら、父の介抱を受けながら、精一杯エトに愛を与え続けた。


 しかし、エトが生まれて1年が経つ頃…。

 母は、帰らぬ人となったそうだ。



 僕が物心つく前の事だから、正直母の顔は覚えていない。

 でも、時々母のことを話す父は、とても穏やかな顔をしていた。

 僕のことを最後まで沢山愛してくれていたことも教えてくれた。


 母が亡くなってからは、父が頑張って僕を育ててくれた。

 孤児院出身の父は、幼子の面倒を見ることに慣れていたようだ。兄弟となる子が多くいたと言う。

 僕の記憶がある限り、父は時間が許す限り一緒にいてくれた。


 仕事の時は、背中に僕をおぶって行った。

 連れて行けない時は近所の家庭に預けていたが、日が落ちる前には必ず迎えに来てくれた。

 村人達も事情を知っていたため、色々融通を聞かせてくれてたり、沢山手助けをしてくれた。

 そんな理解や助けがあっても、父は僕と一緒に過ごす時間を作った。

 僕が寂しい思いをしないよう、父なりに頑張ってくれていたのだと思う。

 だから不思議と、僕は寂しさを感じたことはなかった。



 そんな僕は、生まれた時から他人と違うところがあった。


 僕は生まれた時、左手の甲に青い痣のようなものがあったそうだ。

 両親も、村の大人達も、最初は気にしなかったと言う。

 赤子の痣なんて、成長とともに消えるだろうと。


 しかし、その痣は消えなかった。

 消えるどころか、成長するにつれて濃くなっていく。

 5歳になる頃には、はっきりと紋章を描いていた。


 村人達は不思議に思った。

 村では、今までそんな紋章を持つ人間はいなかったから。

 中には、気味悪がる村人もいた。


 だから、僕も怖くなった。

 父に「気にするな」と言われていたが、どうしても周りの反応が気になってしまう。

 村の同年代の子ども達からも好奇の目で見られる。


 居た堪れなくなり、ある晩、父に聞いた。


「ねぇ、父さん。左手の模様のことなんだけど…」

「あぁ、どうした?」

「みんながね、『変なの』って。『気持ち悪い』って言う子もいて…」

「そうか…。ツラかったな」


 父は僕の頭を優しく撫でてくれた。

 そしてしっかりと向き合い、目線を合わせてくれる。


「エトも、色々と理解できるようになったもんな。問題になるといけないから村長には話していたが、お前にもちゃんと説明してやる。ちゃんと聞くんだぞ?」

「…分かった」


 父は真剣な顔で言った。

 何となく、背筋が伸びる。


「俺もちゃんとしたことは知らん。だが、昔聞いたことがある。世の中にはな、時々体のどこかに紋章を持って生まれてくる子がいるそうだ。お前の左手にあるみたいにな」


 父は僕の左手を掴み、大きな手で優しく包みこんだ。


「その紋章はな、特別な力を持って生まれてきた証だそうだ。父さんは、きっと神様や母さんが、お前に授けてくれたものなんじゃないかと思ってる」


 父は微笑んで、僕を抱き寄せる。

 大柄の父に包まれて、ホッとする。


「その力が何かは、俺には分からん。人間、よく分からんものには不安になるもんだ。だが、別に今まで何ともなかっただろう?気にせずにいればいいさ。その時が来れば分かるだろうよ。それまでお前にできることは、しっかり食べて、寝て、元気に大きくなることだ。お前に元気がないと、死んだ母さんが心配するだろ?もちろん、父さんも心配になるぞ」


 僕は父に抱きついた。

 目頭が熱くなり、涙が溢れてくる。


「…うん、分かった…」


 父に抱きついたまま、しばらく泣いた。

 僕が泣いている間、父はずっと抱きしめて頭を撫でてくれた。

 その温もりは、今でも覚えている。


 次の日、父は村長に相談し、紋章に関することを村人達にも説明することにしたそうだ。

 一応は納得したらしい村人達は、それ以降、僕を気味悪がることは無くなった。

 子ども達が好奇の目を向けてくることに変わりはないが、徐々に慣れて何も言わなくなった。

 おかげで僕自身も、気にすることなく生活できた。




 しかし、事態は変わってくる。

 クルトアの村に、少しずつ異変が起きていたのだった。

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