02.異世界転生
こんなアニメや漫画みたいな展開になるなんて、誰が予想しただろう。
神様から選ばれたとか、いまだに夢なんじゃないかと思ってしまう。
でも実際に、それは現実として起きてしまった。
僕はその時のことを、思い出していた。
前世で経験した、とんでもない出来事を。
☆★☆★☆
前世での記憶の僕は、
とある市民病院で看護師をしていた。
職場は常に忙しく、残業なんて当たり前。
患者の笑顔や感謝は癒しだけど、とにかく心に余裕がない。
学生の頃の前向きな目標なんてとうに忘れて、生きるために働く日々。
その日は夜勤明けだった。
帰宅して突然の胸痛に倒れ苦しみ悶える中、意識を失ったのだ。
そして再び目が開くと……。
僕は辺り一面が薄黄色の、ほんわかとした空間にいた。
どこが天井で、どこが壁で、どこが床なのか分からない。
見渡す限り、ただただ薄黄色に広がっている空間。
(………ここは、どこだろう?)
ぼやっと、そんなことを考える。
(………僕、生きてる?)
意識はある。体もある。
白いポロシャツにジーンズと、倒れた時の格好のままだ。
ただ、よく分からない空間にいる。
僕、倒れたんじゃなかったっけ?
何となく痛くて苦しかったのは覚えている。
「ここはね、天界だよ」
ふと声がした。
凛と響く、若い男の声。
「ようこそ、ここは天界。死んだモノの魂がやってくる場所だよ」
声がした後ろを振り返る。
そこには、白い布のような服を纏った男がいた。
金髪碧眼の、すらっと背の高いイケメンだ。
目が合うと、にこりと微笑んでくれる。
美し過ぎる笑顔の破壊力が凄まじい。
「君はね、死んだんだ」
彼は満面の笑みで、えげつないことを言ってきた。
えっ、死んだって?
「あの、あなたは……?それに、死んだって……?」
目の前のイケメンに、恐る恐る質問してみる。
「あぁ、そうだね。まず、私は君達が神様と呼ぶモノだよ。厳密に言えば、私は数多の世界を造った創造神なんだけどね。そうそう、君は倒れた後に死んだんだ。心臓の病気だよ。日々の過労や不摂生が原因さ。だから、今ここにいるんだよ。いや、来てもらったと言った方が正しいかな。普通死んだ魂は、天界に来ても私と会うことなんて滅多にないからね。私は君にお願いがあるんだよ、原田航君」
流れるように喋る、自分のことを創造神というイケメン。
聞き損じることなく、内容が不思議と全て頭に入ってきた。
というか、心臓の病気かぁ。
確かに、就職してからずっと忙しくて不摂生だったもんなぁ。
疲れて自炊する気力も無くて、ジャンキーなものばっかり食べてたし。
そりゃ体壊すよなぁ。でもこんなに早く死ぬことになるとは……。
幼い頃から、体だけは丈夫っていうのが自慢だったのに。
患者さんには、「規則正しい生活を〜」って指導してたのにね。
しかし、目の前のイケメンは神様なのかぁ。本当にいるんだなぁ。
僕、神様から呼び出しくらったのか。仕事でミスしたわけじゃないのに、何か嫌だなぁ。
なんて、ぼちぼち考えていたら。
「君の考えていることはお見通しだよ。私は神様だからね。君はどうも考え込む性格みたいだね。けど、これからするお願いはしっかり聞いてね。まぁ君が聞いていなくても、思考に直接働きかけてるから聞き逃すことはないはずだけど。それに、君を怒るわけでも注意するわけでもないから安心して聞いてほしいかな」
あれ、全部筒抜けなんですね?恥ずかしいなぁ。
神様とはいえ、一応プライバシーってものがですね……。
まぁいいや。
それでそれで、神様からのお願いとはなんでしょうか?
「君の考えていることが分かるからって、口で話すのは止めなくて良いんだよ。まぁそれは置いといて。原田航君、君にはこれから、地球とは違う異世界で生まれ変わってもらうよ。君の世界で言う【異世界転生】というやつさ。そこで、君にやってほしいことがあるんだよ」
イケメン神様は続ける。
「君は生前、地球で多くの人間を癒してきた。自覚は無いだろうけど、元々君は癒しの力を持っていたんだよ。君に癒されて最期を迎えて、天界にやってきた魂は結構沢山いるんだよね。そんな徳を積んできた君に、これから転生する異世界で活躍するチャンスをあげたいんだ。君が沢山の人間を癒してきたように、その世界を癒してほしいんだよ」
イケメン神様はどんどん喋る。
全然知らなかったけど、僕にそんな才能?能力?があったんですね。
霊能力的なやつかな?分かんないけど。
「その世界はアルスピリアと言ってね、地球とは違うファンタジーの世界だ。アニメや漫画にあるような、剣と魔法の世界だよ。アルスピリアには今、大きな問題が起きていてね」
イケメン神様は困ったように笑った。
困った顔もイケメンですね。
「【瘴気】による穢れが発生しているんだ。瘴気っていうのは、簡単に言えば陰性感情や悪質な念による悪い氣の塊だね。その瘴気が発生することで、世界が穢れていくんだよ。天災が起こったり疫病が蔓延したり、優しい人間や動物が凶暴化したり、危険な魔物が発生する」
流れるように話し続けるイケメン神様。
瘴気って、何だか大変そうだな。
「その瘴気の穢れから世界を守るために、アルスピリアには精霊が存在していてね。昔から人々に信仰されてきたんだよ。それぞれが色んな力を持っていて、世界を守ってきたんだ。ただ、最近では信仰の変化や瘴気の大量発生で力が不足してきているみたいでね。穢れから世界を守りきれないみたいなんだよ。精霊自身が穢れに飲み込まれて、瘴気を発生させてしまうこともある」
ここまで一気に話して、ニコっと笑う神様。
「そこで君に、癒しのお手伝いをしてほしいんだよ」
最後に、僕の方を指差して言った。
異世界って大変な場所なんだな。
というか、そんな世界に転生させられるの?
なんか面倒くさそうなこと押し付けられてない?結構危なそうじゃない?
一人で悶々と考えていると。
「安心してよ。君には特別な癒しの力を持った人間として転生してもらうから。チートって言うのかな、自己防衛できるように剣や魔法も使えるようにしてあげるし。君がいた日本とは違って、状況によっては危険なこともあるからね」
おぉ、チートっていうのは何だか夢があるよね。
でもやっぱり、危ないこともあるんですね……。
僕自身、殴り合いの喧嘩なんてしたこと無いし、格闘技とかも縁の無い人生だったからなぁ。
ただ、そんな大それたこと僕一人で大丈夫なんだろうか?
「大丈夫さ。アルスピリアには元々穢れを癒したり、人々と精霊を結ぶ役割を持って生まれてくる人間がいるんだよ。ただ全員が強い力を持っているわけではないけどね。そんな人間達が、日々アルスピリアのために動いてくれてる。君にも頑張ってほしいけど、だからって急ぐ必要はないと思うよ」
元々いるんですね、そういう役割の人達。
それなら、すぐに世界滅亡的なことは気にしなくても良いのかな。
「大変なことをお願いしているのは分かっているよ。ただどうしても、アルスピリアに存在する精霊や人間だけでは力不足になっていてね。創造神である私が手を出しても良いんだけど、それだと過干渉になり過ぎて、世界そのものの均衡が崩れてしまう可能性があるんだよ。だからこうやって、別の世界から新しい人間を送りこんで、バランスを保とうと工夫しているわけだね」
イケメン神様にも色々と事情があるんですね。
世知辛いのは人間だけではないんだな。
「こちらの都合を押し付け過ぎているかもしれないね。それは申し訳なく思うよ。だからと言ってはなんだけど、君に与える力を存分に使って、新しい人生を楽しんでみてほしいかな。剣とか魔法とか、少しはワクワクするだろう?セカンドライフとやらを楽しみつつ、アルスピリアのために力を貸してくれないかな?」
神様が両手を合わせて、困り笑顔でウインクしてきた。
ずるいなぁ、そういうの。
お願いされたら断れないんだよ、こっちは。それも分かってやってるな、このイケメン神様。
……なんかニヤっとされたし。
怖いのも、痛いのも、面倒なのも、個人的には遠慮したいんだけどなぁ。
「仕方ないですね……。既に死んでしまったのはどうにもならないですし。輪廻転生とかよく分かりませんが、依頼のついでにセカンドライフとやらを楽しませていただきますよ」
「ふふ、君ならそう言ってくれると分かってましたよ。感謝します。癒しの力を持つ者として、アルスピリアをお願いしますね。最後に、創造神である私から君へ祝福を贈りましょう。そしてもし困った時は、私に祈りを捧げてくださいね。君をあるべき道へ導きましょう」
そう言って、神様は微笑んでくれた。
「アルスピリアでは、精霊達が君をサポートしてくれます。一般人には精霊達を見ることはできませんが、どうか仲良くしてあげてくださいね。人々の信仰を取り戻すために精霊と人間を繋ぐことも、君の役割ですから」
体が徐々に淡い光を帯びて、すぅっと消えていく。
それと同時に、少しずつ意識が遠のいていく。
「それでは、あなたの活躍と幸せを祈っていますよ」
「ありがとうございます」
その言葉を最後に、僕は目を閉じた。
何か温かいものが、僕を満たしていくのを感じがした。
【死】という事実を受け入れるのは、少しツラいけれど。
元いた世界に、色々と心残りはあるけれど。
チャンスを与えられているのなら。
新しい人生があるのなら。
そこに少しでも希望があるのなら。
異世界転生という、面白そうな冒険をしてみようじゃないか。
今まで踏み出してこれなかった一歩を、踏み出してみようじゃないか。
☆★☆★☆
ハッとして、再び目を開けた。
冷たい地面に倒れ込んでいるようだ。
覚醒したばかりの状態で前世の記憶が一気に蘇り、今世と前世の記憶が徐々に混じってくる。
上半身を起こし辺りを見渡すと、目の前にはボロボロに朽ち果てた石造りの廃墟があった。
廃墟の周りに少し開いた空間があり、その周囲を木々が囲んでいる。
(……僕、森の中にいるんだよね?)
一体何なんだ、この状況は。
想像していたセカンドライフの始まり方と違うぞ。
もっと楽しい状況を期待していたんだけどな。何だか不安になってきたぞ。
前世とは違う、小さくて華奢な体躯と薄汚れた布の服。
少し湿った冷たい地面の上で胡座をかいて、しばし考える。
(神様、これは一体どういうことでしょうかね……?)
ふと、イケメン神様の笑顔が浮かんだ。
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