33.教皇エルドナ・ワドニス

 今日もギルドでの仕事が終わった。

 今日は真っ直ぐ教会には帰らず、前々から欲しいと思っていた財布や、父やミケーネへのプレゼントを買うために中央街道の市場へ向かう。

 少し早めに終わったのでまだ夕方であり、市場はそれなりに賑わっている。

 商店に入るのは少し気が引けてしまうので、とりあえず雑貨を取り扱っている露店を見て回った。

 とある露店の前で立ち止まると、布や毛皮でできた硬貨を入れる巾着袋や、木彫りや彩豊かな石細工のアクセサリーが並べられている。

 何かピンとくるものはないかと物色していると、店員の若い女性が声をかけてきた。

 市場には何度も足を運んでいるが、まだ一度も会ったことがない人だ。


「何かお探しですか?」

「あぁ、えっと……」


 少し返答に困ってしまう。

 前世の頃から、どうも店員に話しかけられるの苦手なんだよね。僕は一人でゆっくり吟味したい派だから、話しかけられるとそっちに意識が取られて商品選びに集中できない。

 でも、今世の雑貨のことなんて分からないからなぁ。それにプレゼントの相場とか、定番なものも知りたい。

 だから意を決して、店員のお姉さんとやり取りをする。


「とりあえずは、自分用のお財布ですかね」

「財布でしたら、うちで取り扱っているのは一般的なものですね。高級なものをお探しでしたら、うちにはありませんよ」

「いえ、一般的なもので大丈夫です」


 そう言うと、お姉さんは僕の前に巾着袋を並べてくれる。

 大中小様々でそれぞれ布・毛皮製のものがあり、閉じ紐の色が違ったり飾りで綺麗な石が付いているものもあった。

 僕は両手にすっぽり収まるくらいの、中くらいの布製の巾着袋を何となく手に取る。薄茶色に、黄色の閉じ紐が付いたシンプルな袋。

 小さいと硬貨が入りきるか心配だし、大きいとお金持ってそうに見えて目立ちそうだし、中くらいのが一番良さそうだ。黄色の紐も、何か金運的に良さそうだし。


「これにします」

「ありがとうございます。こちらは銅貨4枚ですね」


 僕は鞄の底でバラバラになっていた銅貨を取り出して支払った。

 その後はお姉さんと話して、父とミケーネにはミサンガのような飾り紐を購入することにした。

 父には藍色、ミケーネには黄色の飾り紐。

 健康や安全祈願とか、恋愛成就とか、庶民の間では贈り物の定番だそうだ。相手のことを想って自分で編むのが一般的らしい。その辺は前世と似ているかもしれない。

 ただ僕は不器用なのでね、自分で編むのはやめておこう。既製品ではあるけど、贈る前にそれぞれ祈りを込めてから渡そうかな。そういうの大事だからね。

 ちなみに飾り紐は、それぞれ銅貨1枚だったよ。

 購入した商品を受け取ってお礼をし、露店を後にした。




 夜になるまでもう少し余裕があるため市場を散策していると、ふと鐘の音が響いてきた。

 市場の向こうが、少し騒がしくなる。

 何だろうと思って僕も鐘の音がした方に行くと、広場に出た。

 そこで、とある大きな建物の前に人集りができていた。

 石造りの白い大きな建物。ワドニス教の教会だ。鐘の音は、教会が鳴らしたものだったのだろう。

 ワドニス教会は中央街道の広場の前という目立つ場所にある。その広場の一角、教会の前にかなり大勢の人が集まっていて、広場を埋め尽くす勢いだった。


「あれってワドニス教だよね?何やってるんだろ?」

「見ていかれますか?」

「うん、ちょっと気になるしね」


 僕もセルメリアも、少し離れた場所にある段差の上に立って、何をしているのか様子を見てみる。

 よく見れば、教会の2階程の高さにあるバルコニーに、金色の装飾が入った純白のドレスを着た壮年女性と灰色のローブを着た男が立っており、群衆へ向けて何やら演説をしているようだ。

 広場に響くような大声で話しているため、僕の耳にも声が届いてくる。


「ワドニス教教皇、エルドナ・ワドニス様のお言葉だ!皆の者、心して聞くのだ!」


 灰色のローブの男がいった。

 純白のドレスを着た女性は、教皇らしい。教皇ってことは、ワドニス教で一番地位の高い人ってことだよね。だからあんな煌びやかな格好をしているのか。

 銀色の長髪を後ろで綺麗に纏めていて、藍色の切れ目の女性。背筋をピンと伸ばし、凛とした雰囲気を纏っている。厳しい教育指導の先生って印象かな。

 エルドナと呼ばれた女性は、バルコニーから群衆をより見渡せるよう一歩前に出た。


「ご機嫌よう。エルドナ・ワドニスです。本日はこの場でお話をするために王都より参りました」


 エルドナは自己紹介をして、大きく息を吸う。


「我々ワドニス教は、創立当初から訴え続けていることがあります。それは皆様もご存知の通り、『我々人間こそ、至高の存在である』と言うことです!」


 エルドナの力強い一言に、応えるように群衆が沸く。

 口々に「いいぞ!」「そうだ!」等の声が上がっている。


「古くから、我々人間はこの地を耕し、その知恵を駆使して国を築いてきました。それは変わることなき事実です。しかしどうでしょう、皆さんも時々耳にしませんか?『この世界は神が造り、精霊が守護している』と」


 エルドナは困ったような顔をして、群衆に問う。


「確かに、そのような考え方もあるでしょう。しかし、なのになぜ、村や街が滅びてしまうのでしょう。なぜ、厄災が起き、魔物が襲ってくるのでしょう。数年前も、悲しいことにクルトアが滅びてしまいました……。精霊は、守ってくれなかったのでしょうか!?神は、国を築いてきた我々を見捨ててしまったのでしょうか!?」


 迫真あるエルドナの言葉に、群衆は息を呑んだ。

 一瞬広場全体が静まり、更にエルドナに注目が集まる。


「皆さん、目に見えないものに惑わされてはいけません!この世界で国を築き豊かにしてきたのは、我々人間なのです!そして、様々な災いからこの地を守り立ち向かってきたのも、我々人間なのです!我々人間こそが、この世界で唯一尊き存在なのです!」


 群衆から次々と歓声が上がる。

 その様子を、エルドナはバルコニーから見渡し、今までで一番大きな声で叫ぶ。


「さぁ、尊き存在の皆さん!我々と共に歩んでいきましょう!我々ワドニス教が、皆さんを数多の困難から救うために力になることをお約束します!その証拠に、私からの光を受け取ってください!!受け取った方は、その身に力が溢れてくることでしょう!!」


 そう言うとエルドナは手を勢い良く振りかざし、群衆に向けて光を放った。

 淡く煌めく光の粒子が、広場中に降り注ぐ。

 すると群衆は更に活気付き、「エルドナ様!」「ありがとうございます!」と口々に声を上げ、広場が歓声で満ちていく。

 群衆の様子に満足したエルドナは、灰色のローブの男と共に教会の中へ消えていった。

 その去り際、僕はエルドナとふと目が合った気がした。離れていたから、気のせいかもしれないけど。

 姿が消えてもなお続く群衆の歓声を聞きつつ、僕とセルメリアも広場を離れることにした。

 広場から離れてもしばらくは、遠くから歓声が聞こえていた。




   ☆★☆★☆




 精霊教会に帰ってきた僕は、自室でセルメリアと共に広場での出来事を話していた。

 広場でのワドニス教の演説、なかなかの迫力だったと思う。

 群衆なのか信者の集まりなのか分からないけど、場の空気を支配してたって感じ。

 最後エルドナが群衆に放っていた光は、ステータス値を向上させる補助魔法だ。それを浴びた群衆の活気の凄さと言ったらもう。補助魔法なんてかけられ慣れてない一般人には、効果覿面だったんじゃないだろうか。

 それにあれだけの人数に一気に補助魔法をかけたってことは、エルドナはかなりの魔力量を持っているのだと思う。あれも演出の一つだったりするのかな?


「何か凄かったねぇ」

「ふん、私はただ気分が悪いだけでしたよ!」


 セルメリアは、ワドニス教の演説を聞いた後から不機嫌だ。

 気持ちは分からなくもないんだよね。

 神も精霊もワドニス教にはオカルト扱いされてる感じだったし、そりゃあんな風に言われたら不機嫌にもなるだろう。


「精霊の存在が、みんなにも見えたら良いのにね」


 正直、そう思う。

 目に見えるものだけが全てではないけれど、目に見えないものを信じろと言われてもね。

 僕は精霊が見えるし、その偉大さを知っているつもりだ。

 アニメや漫画のヒーローやヒロインのように、困っている時に突如現れて、事態を綺麗に解決してくれたりしたら分かりやすいんだろうけどさ。『精霊が世界を守護している』って言ったところで、特に生活の中で困ったことがない人や救われた経験が無い人にとっては、そんな話はお伽話のようなものなわけで。

 どっちの立場も、無闇に否定できないんだよなぁ。

 聖者の僕が、そんなこと言ってたらダメなのかもしれないけどね。

 ただそのせいで、ワドニス教に都合良く印象操作されてる気もする。

 精霊信仰は、かなり不利な立場だよね。

 精霊信仰も聖職者達が頑張っているんだろうけど、あんな感じで長い間ワドニス教が勢力を伸ばして言ったのだろう。


「その内、ワドニス教の教皇様と会えたら良いなぁ」

「いずれはそうなると思いますよ」

「だよねぇ……」


 そもそも、精霊信仰を守るために王都へ行くのだ。

 ワドニス教はそもそもの原因の一つだからね。何かしらの形で関わることにはなるはず。

 エルドナと直接会えるかは分からないけど、何となくそうなるだろうな、とは思っている。

 個人的に、エルドナは関わりたくないタイプだけどね。教皇とかいう以前に、何か怒ったら怖そうだし。


「セルメリアは、教皇様とやらの話聞いてて何か感じなかった?」

「そうですね、だいぶ腹が立ちましたかね」

「その様子だと、そうだよね」

「エト様は、何かお感じになられたんですか?」

「うん、ちょっとね」


 僕は、エルドナが話していた様子を思い出す。

 その時に、ふと感じた違和感。


「何かさ、違和感っていうのかな、変な感じがしたんだよね」

「エト様はあのような雰囲気は苦手でしょうし、気分を害されただけではないですか?」

「それはそうなんだけど……」


 確かに、人混みや賑やかな場所が苦手なんだけどさ。

 なんというか、そういうのじゃないんだよね。

 エルドナの演説というか、その奥に感じた微かな違和感。何か引っかかるものがあったんだけど、内容を聞くのに気を取られて分からなくなってしまった。

 でも、何か大事なことな気がするんだよね。めちゃくちゃもどかしい。


(またいずれ、会うことになったら分かるかな?)


 分からないことはしょうがない。諦めも肝心だよね。

 その時になったら分かることもあるかもしれないし。

 だから分からないことを考えるのはやめて、とりあえず寝る準備をした。

 しばらくは、セルメリアがブツブツ言ってて眠れなかったけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る