38.森の中でのあれやこれ

 アテンシャの街を出て、森に向けて野道を歩いている。

 目の前に広がる平原の遠くに、森が見えた。

 心地良い風とちょうど良い陽気に、のんびりと日向ぼっこがしたくなってしまう。

 しかしそうしていると、依頼に出かける冒険者や街を出入りする行商人等が増えてしまいそうなので、早い内に森に着けるようにする。

 正直言えば、すぐに森を抜けてモロッカへ行けるけど、久しぶりにクマリット様やフェンリル・魔狼達に会いたいとも思うから、余裕を持っていきたいところだ。

 しばし歩いて森の出入り口に到着し、入る前にクマリット様の祠にお祈りをする。

 祠の周囲を見渡すが、クマリット様は不在みたいだ。森のどこかで遊んでいるのかな。

 その内会えるだろうと思い、森に入った。

 早朝に出てきたからか、林道にもまだ人は見えない。

 少しだけ急いで林道を進んだ。


「何だか、やっと旅らしくなってきた気がするね」


 森の教会を出てアテンシャの街に寄ったものの、父やミケーネのおかげで地元にいるような気分だった。

 だから、旅って感じがしていなかったんだよね。

 これからやっと誰も知り合いのいない、知らない土地に向かうことになる。

 ようやく、自分は旅に出たんだなって実感が湧いてきた気がする。

 遅すぎだけどね。


「エト様のことですし、モロッカでもきっと何かありますよ」


 セルメリアは僕の少し前を飛びながら、そんなことを言う。


「そういうフラグ立てるようなことは言わないでほしいかな……」


 自分でも何となく予想はしてるけどさ……。

 何が起きても、僕にできる範囲で頑張りますけれども。

 できれば、穏やかでありたい。

 とはいえ、今から不安を抱えていても仕方ないので、モロッカの村のことは村に着いたら考えよう。

 まずはこの森を抜けることを考えないとね。




 早朝から林道を歩き続けて、そろそろ昼になる。

 時間が経つと行き交う人も増え、冒険者や行商人達とすれ違った。

 挨拶を交わすこともあれば、ジロジロと見られることもある。

 ソロ活動をする冒険者は珍しいと聞いたし、精霊と一緒にいるとはいえ傍目にはソロ冒険者に見えているだろうから、奇異な目で見られているのかもしれない。

 怪しい者ではございませんよ。多分。


「セルメリア、そろそろ休憩にしない?」

「そうですね。お昼にしましょうか」


 セルメリアと相談し、林道から少し茂みに入ったところで休憩にする。

 座るのにちょうど良さそうな岩を見つけて腰掛けていると、セルメリアが休憩場所を整えていた。

 草花が生える荒れた地面を魔法で綺麗にし、その上に絨毯を敷いた。

 その時点で驚きなのだが、そこに貴族のお屋敷にありそうな白基調のおしゃれなテーブルと椅子を出し、テーブルの上にこれまた高級そうなティーセットを並べていく。

 アテンシャで購入した良い匂いのする紅茶を淹れ、お皿にサンドイッチを盛り付け、あっという間に洋風のおしゃれなお茶会会場が出来上がった。

 完成するまで、約10分。

 テキパキと準備をするセルメリアは、早送り動画を見ているようだった。


「エト様、どうぞお掛けください」

「………」


 セルメリアに促されるまま椅子に座る。

 いや、ここ、森の中なんだけどね。

 旅の最中なんだけどね。

 以前依頼で出かけた時に休憩場所を準備してくれたのには驚いたけど、この光景はそれ以上に驚いてしまう。

 旅って、自分でテント立てたり火を起こしてご飯作ったりしてさ、普段家で生活しているのとは違う、ちょっと不便な非日常感を経験するものだと思ってたんだけどね。

 こんなの、絶対他の冒険者とか旅している人には見せられない。

 林道から外れた見えない場所にして良かった。本来なら盗賊とかに襲われにくいように、他人の目がある林道の端とかで休憩するのが良いんだろうけど。

 まぁ僕に関しては、自分の身は守れるから大丈夫だけどさ。


「セルメリア、凄くありがたいし嬉しいんだけどさ。やっぱり旅がこんな快適で豪華なもので良いのか、僕としては疑問を感じてしまうんだけど……」


 僕はセルメリアに問いかけた。


「何を仰いますか。エト様はこの世界のために旅をしていくのですよ?その旅を苦痛なく続けることができるよう、この程度の快適さを求めても罰は当たらないと思いますが?」

「左様でございますか……」


 セルメリアはきっぱりと言った。


「何度も言いますが、私はお世話係としてエト様の旅の支えとなるように言われております。私は私の仕事を精一杯こなしているだけです!」


 セルメリアは言い切った。

 彼女が感情的に話すのも珍しいな。

 それでも、紅茶を注いだりする動作はスマートで、感情に崩されないのがプロって感じに見える。


「……もしかして、アテンシャにいてあんまり仕事できなかったこと、根に持ってる?」

「そ、そういうわけでないです!……それより早く召し上がってください!冷めてしまいますよ!」


 ちょっと慌てたように言うセルメリア。

 うん、これは当たりかな。

 教会でも、ご飯は毎食ミケーネが準備してくれたし、掃除や洗濯は全部自分達でやってたからね。

 お世話係として、できないことが多くてモヤモヤしてたのかな。

 それ以外のことでも沢山助けてもらってるから、気にしなくても良いのにね。


「セルメリア、ありがとうね。いただきます」


 僕はセルメリアにお礼を言って、紅茶とサンドイッチをいただいた。

 勿論、めちゃくちゃ美味しかった。

 セルメリアは何となく嬉しそうにしていたよ。

 というか、いつの間にこんなおしゃれなものまで準備してたんだろうね……。




 呑気に軽食を食べつつのんびりしていると、森の奥の方から僕達の方に向かってくる気配を感じた。

 何となく、感じたことのある気配。

 結構速い動きで近づいてくる。

 敵意や戦意は感じないから紅茶をすすっていると、茂みから魔狼達が飛び出してきた。

 先頭の大きな魔狼には、クマリット様が乗っていたよ。


「ガウッ!ガウッ!」

「やっほ〜、久しぶりだね〜」


 魔狼達は尻尾をブンブン振ってご機嫌そうに、クマリット様はいつも通りマイペースに挨拶してきた。


「お久しぶりです。お元気そうで」

「えへへ〜、今日はね〜魔狼達に遊んでもらってたの〜。そしたらね〜、エト君が森に来たのが分かったから来てみたの〜」

「僕もお会いしたいと思ってたので、助かります」


 クマリット様は魔狼達とキャッキャと戯れている。

 可愛いねぇ。自然とニヤけてくるよ。

 僕も寄ってきた魔狼の頭をワシャワシャと撫でる。うん、癒しだ。

 干し肉をあげようとセルメリアにおねだりしたら、キッと睨まれたから断念した。

 ひとしきり戯れると、クマリット様は疲れたのかテーブルの上でゴロゴロとし始めた。

 魔狼達も、絨毯の上で気持ち良さそうにくつろいでいる。


「エト君はどうして森にきたの〜?」

「アテンシャを出て、モロッカの村に行く途中なんです」

「モロッカに行くんだ〜。行ってらっしゃ〜い」


 クマリット様は寝転がりながら手を振っていた。

 何か素っ気なく感じる。絶対興味無いでしょ。

 可愛いから良いけどさ。


「そろそろ休憩終わりにしないとねぇ」

 

 少しお昼休憩するくらいの予定だったのに、かなりのんびりしてしまった。

 クマリット様と魔狼達は可愛いから癒されるし、何よりセルメリアの準備してくれた豪華な休憩所の居心地が良かったからね。

 名残惜しいが、片付けのためにクマリット様や魔狼達には別の場所に移動してもらい、その間にセルメリアが手早く片付けていく。

 準備の時もそうだけど、片付けの様子も早送り動画を見ているようだった。

 手伝おうと思ったけど、セルメリアに「大丈夫です」と言われて、近くで魔狼達と戯れながら見ていたよ。


「そういえば〜、エトくんはどうやってモロッカまで行くの〜?」


 クマリット様は草の上で寝転がりながら聞いてきた。


「あぁ、林道に沿って歩いて行こうかなぁと思ってます」

「そうなの〜?フェンリルに乗せてもらえば良いのに〜」

「いや、流石にそれは恐れ多いと言いますか……」


 クマリット様の提案は素敵だと思うが、あのフェンリルを馬車馬みたいに扱うのは恐れ多すぎる。

 モロッカの村までは2〜3日くらいの距離だし、このまま歩いて行っても問題は無いだろう。


「何だ、我を頼れば良いではないか」

「ぎゃっ!」


 後ろの茂みから突然声がしてびっくりした。

 ガサガサと音がすると、フェンリルが姿を見せた。


「フェンリルさん、いつの間に……。全然気配しませんでしたよ……」

「気配を消すなんて容易いわ。お主の驚いた顔でも見てやろうと思ってな」


 フェンリルは得意げな顔をして言った。

 案外お茶目だよね。


「して、どうする?乗せてやっても良いぞ?」

「いや、何か申し訳ないと言いますか……」

「構わん。お主と我らの仲であろう?モロッカなら夕方には着けるぞ」


 フェンリルは気にしていないようだ。

 ここまで言われると、遠慮するのも失礼だよなぁ。


「では、甘えさせていただきます」

「良い。早く乗れ」

「うふふ〜、良かったね〜」


 話をしている間に、セルメリアは片付けを終わらせていた。

 そういうわけで、フェンリルの逞しい背中に乗せてもらう。

 柔らかい銀色の毛並みが気持ち良い。

 セルメリアは僕の肩に、クマリット様はフェンリルの頭に乗った。クマリット様も付いてくるんだ。


「見られぬように茂みの中を走ってやるからな、振り落とされるなよ?」

「分かりましたあぁぁぁぁぁ〜!!」


 僕の返事を待たずに、フェンリルは森を駆け出した。

 フェンリルは木々の間を、ぶつからないように華麗に躱しながらどんどんスピードを上げて駆けていく。

 振り落とされないようにしっかりと掴まりつつ、枝や葉に当たって怪我をしないように防御結界を張りながら、絶叫マシンに乗っている気分を味わう僕でした。

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