39.モロッカの村

 フェンリルに乗せてもらい、森を進むこと暫し。

 途中休憩も無く駆け続けているため、僕は足腰が痛まないよう自分に回復魔法をかけながら、フェンリルに掴まっていた。

 ずっと茂みの中で変わり映えなかったが、突如開けた景色に変わる。

 フェンリルは、徐々に速度を緩めて立ち止まった。


「森を抜けたぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 僕はよろよろとフェンリルの背中から降りた。

 回復魔法をかけていたから痛みや疲れはなかったが、ふわふわした感覚が残る。

 何というか、股の辺りが変な感じ……。

 ただ、まだ明るく日没まで時間がありそうだ。

 予想以上に、早く森を抜けることができたらしい。ありがたや。


「このまま村まで乗せてやるぞ?」

「いえ、大ごとになると困るので大丈夫です」


 フェンリルは悪い顔をして言った。

 でもその提案は、丁重にお断りした。

 付いてきた魔狼達は耳を下げてシュンとした様子を見せるが、流石に村へ行くのはねぇ。

 突然魔物がこんなに押し寄せたら、事情を知らないモロッカの村にとっては大事件でしょ。

 僕、魔物使いってわけでもないし。言い訳に困りそうじゃん。


「ですが、本当にありがとうございました。今日中にモロッカの村に着けそうですね」

「うむ。少し行った所にある道を進めば、夕方までには村に着けるだろう。そこまで遠くはないはずだ」


 フェンリルは顔を向けて、道のある方向を示した。

 僕もその方向を見る。目を凝らしてみれば、何となく行き交う人が見える気がする。


「王都へ行くなら、今後も途中にある山や森に住む魔狼達にも頼るんだな。迷わぬよう、道案内してくれるだろうさ」

「その時は、お願いさせてもらおうと思います」

「うむ。達者でな」

「エトく〜ん、バイバ〜イ」


 そうして、僕達はクマリット様やフェンリル・魔狼達と別れて、モロッカの村へと続く野道に向かうのでした。




 少し歩いて、野道に到着した。

 森へ入る人達や、モロッカの方へ進む人達を見かける。

 僕達はモロッカへ向かう前に、森の出入り口の祠を探した。先程お礼もしたし別れも告げたが、一応お祈りもしておこうと思う。

 出入り口付近に同じような祠を見つけ、手を合わせてお祈りをした。

 無事に森を抜けることができたことへの感謝の気持ちと一緒に、森の平和を祈る。

 そして、モロッカを目指して歩き出した。


「ここからでも見えるし、フェンリルさんの言う通り、すぐに着きそうだね」

「えぇ、野宿することがなくて良かったです」

「別に野宿くらいしても良くない?」

「私としても構いませんが、せっかくなら宿で寝泊まりできた方が良いではないですか」


 一応、野宿するのにも憧れはあるんだけどね。

 ただきっと、セルメリアが野宿とは思えない快適な寝床を準備してくれるのは予想できる。

 天蓋付きの豪華なベッドだったりしてね。あはは……。

 僕とセルメリアは、そんな会話をしながら歩く。

 小一時間程も歩いていると、村の出入り口である門に到着した。

 モロッカでもやはり検問はあるようで、僕も順番待ちの列に並んだ。

 ただ、人間の姿をほとんど見かけない。並んでいるのは獣人ばかりだ。

 人間はいても、全員冒険者っぽい。ただそのパーティー内には必ず獣人冒険者がいるようだ。

 やっぱり、人間の出入りは少ないのかな。

 考えている内に、僕の順番がきた。


「……身分証は持っているか?」


 武装した獣人門番が問いかけてきた。ガッシリとした長身の、狼型の獣人だ。

 僕の姿を見て、ちょっと嫌そうな顔をした。

 あれ?見ない顔だから?それともやっぱり人間だから?

 僕は腰に下げた精霊教会の身分証と、冒険者のギルドカードを提示する。


「これで良いですか?」

「……あぁ、大丈夫だ。通れ」


 僕の身分証を見て、門番は一瞬目を丸くしていた。

 聖職者兼冒険者って、多分変な組み合わせだよね。

 まぁ問題無く通行許可はもらったし、僕達はモロッカの村に足を踏み入れた。

 アテンシャの街の後だからか、かなり落ち着いた雰囲気に見える。

 全体的に木製の建物が多い印象だ。

 雰囲気的に何となくクルトアの村を思い出すが、クルトアと比べたら活気が溢れているし、建物も多く栄えている気がする。

 あと街や村と違うのは、行き交う人々がほぼ獣人ってことかな。

 こんなに多種多様で大勢の獣人を見るのは初めてだから、何だか異世界に訪れたような気分になる。

 そもそも前世の記憶がある僕にとっては、アルスピリアも異世界なんだけどさ。

 何というか、ザ・異世界ファンタジーって感じがするよね。

 その内、エルフとかホビットとか、別の種族の方々にも会ってみたいと思う。


「まずは冒険者ギルドに行こうかな。宿はその後にしよう」

「分かりました」


 そう言って僕達は、モロッカの冒険者ギルドを探す。

 村を歩いていると、何となくチラチラと見られている感じがするが、「やっぱり人間は珍しいのかな?」と深く考えないでおく。

 冒険者ギルドは、アテンシャの街にあったギルドには劣るが、村の他の建物に比べて大きかったのですぐに見つけることができた。

 ギルドの中は、混んでいる様子はなさそうだ。冒険者が依頼を終えて帰ってくるにはまだ早い時間帯だからかな。

 中にちらほらといる冒険者もギルド職員も、見る限り獣人ばかりだ。

 やはり冒険者達にもチラチラと見られている気がするが、気にせず受付に向かい職員に声をかける。


「すみませ〜ん」

「はいは〜い」


 奥から女性の声がすると、トテトテと軽い足音と共に猫型獣人の職員が出てきた。


「あら、村では見ない方ですね。本日はどうされましたか?」


 ギルド職員も、僕を珍しそうに見てきた。

 ただ、門番のような嫌な顔はされなかった。

 冒険者の相手をしているし、慣れているからかな?


「えーっと、アテンシャのギルドマスターのウォーレンさんから伝達が来てるかと思うんですが……。あっ、僕エトっていいます。一応冒険者です」


 何を伝えたら良いか分からず、とりあえずアテンシャの冒険者ギルドからちゃんと伝達が来ているか確認した。

 一応、ギルドカードも提示しておく。

 職員はちょっと考えるようにしてから、「少々お待ちくださいね」と言って僕のギルドカードを持って奥へ引っ込んでいった。

 そして、待つこと数分。

 先程の職員と一緒に、スラっと背の高い狐型の獣人職員が出てきた。

 僕よりも背が高く、グラマーでミステリアスな雰囲気を持つ獣人女性。

 ただ彼女は、獣人っていうよりケモ耳ってやつだ。人間に、耳とか尻尾が付いてる人。

 この世界にはケモ耳タイプの獣人も存在するのね。


「あんたがエトかい?」

「あっ、はい、そうです」


 一人で色々考えていると、狐型獣人の職員が声をかけてきた。

 彼女は値踏みするように僕を見てくる。


「あたしはイリーナ。この村のギルドマスターだ。あんたのことは、ウォーレンから聞いてるよ」

「それなら良かったです。ウォーレンさんは何て言ってました?」

「あぁ、『変わり者の冒険者がそっちに行くからよろしくな』って聞いてるよ。立ち話もなんだ、こっちで話そうじゃないか」


 イリーナはそう言うと、僕を応接室へ案内し、それぞれソファに腰かける。

 イリーナは足を組んで気だるそうに座り、キセルを吸い出した。

 僕は何だか緊張してしまい、姿勢を正して座る。

 そんな僕の様子を見てか、イリーナはおかしそうに笑った。


「取って食ったりするわけじゃないんだから、そう身構えなくても良いよ」

「あはは……、すみません……」


 イリーナは背は高いけど、決して筋肉質で大柄ってわけじゃないから怖い感じはしないけど、気の強い姐御さんって感じの凄みがあるんだよね。

 前世でも関わってこなかったタイプの人だから、つい身構えてしまう。


「まぁ良いさ、そのうち慣れるだろ」

「善処します……」

「そうしとくれ。ずっとそんな調子じゃ歯痒いったらありゃしないからね」


 イリーナはキセルを一服した。

 ヤニ臭くはないけど、ハーブのような独特な匂いがしてくる。


「さて、本題に入ろうかね。あんた、ウォーレンからこの村の冒険者ギルドの事情は聞いてるね?」

「はい、負傷者が多くて困っていると聞きました」


 そしてイリーナは、モロッカの村の冒険者事情をおさらいも兼ねて教えてくれた。

 ウォーレンが言っていた通り、重労働な依頼や最近の魔物の増加といった影響で、現在モロッカを活動拠点としている獣人冒険者には負傷者が多く、負傷したまま無理に活動する冒険者もいるそうだ。

 そのため、冒険者ギルドの依頼が滞っているらしい。

 モロッカの冒険者ギルドとしては、僕に冒険者達の治癒と、可能な範囲で優先度の高い依頼を受けてほしいとのことだ。


「本当にお願いできるかい?」


 イリーナは、試すような目で僕を見る。


「はい、勿論です。そのためにモロッカの村に立ち寄ったわけですし」


 僕はそう答えた。

 元々その予定で来てるからね。

 僕の返事を聞いて、イリーナはフッと笑う。


「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、明日から数日は毎日ギルドに来てくれるかい?負傷した冒険者達は、こちらから声をかけておくよ」

「分かりました」


 そうして、とりあえず2〜3日は冒険者ギルドの営業開始から終了まで滞在し、回復魔法を施すこととなった。

 アテンシャと同じく、ギルドの一室を借りて臨時の救護室として運営する。部屋の準備もギルドがしておいてくれるそうだ。

 期待に応えられるように、僕も頑張りますかね。

 治癒費に関しては、最初の2〜3日は負傷の重症度に関係なく銀貨1枚で行うこととなった。事情が事情で金銭的に余裕のない冒険者が多いし、その方がちゃんと回復魔法を受けに来てくれる人が多くなるからだろうとのことだ。

 その分、冒険者ギルドから別途でちゃんと報酬を出すと、イリーナは言った。

 気にしなくて良いと伝えたけど、「私の顔に泥塗るんじゃないよ」と圧が強めに言われたので、村を離れる際に受け取る約束をさせられたよ。

 全体で小一時間程打ち合わせをしたところで、お開きとなる。


「さて、とりあえずはこんなところかね」

「明日からよろしくお願いします」


 僕は立ち上がってお礼をした。

 冒険者ギルドでの用事が終わり、応接室から出る準備をする。


「ところであんた、どこで寝泊まりする予定だい?」


 応接室から出ようとしたら、イリーナに止められた。


「宿は、これから探す予定ですね」

「あぁ、それなら良いとこ紹介するよ」

「本当ですか?助かります!」

「場所によっては人族お断りな所もあるんだよ。あんたも知っての通り、この村の獣人は人間を嫌う奴が多いからね」


 イリーナはため息をつきつつ言った。

 そうか、そういう所もあるよね。全然考えてなかった。

 行き当たりばったりで探してたら、色々と危なかったかもしれないね。

 イリーナはその場でメモを取り出して何やらサラサラと書き、僕に手渡す。

 メモには、【九尾亭】と書かれていて、宿の目印であろうシンボルが簡単に描かれていた。


「あたしの双子の妹がやってる宿だよ。この村に来た人間の奴らは大体ここに泊まるね。ギルドから近いから、すぐに見つかるよ。この絵の看板が目印さ」

「分かりました」

「あんたが無害な奴だって分かればこの村の奴らも受け入れてくれると思うけど、しばらくは気をつけな。何か困ったことがあったら、妹やギルド職員を頼っとくれ」

「何から何までありがとうございます」


 僕は再度お礼をして、応接室を出た。

 そのまま冒険者ギルドを後にして、イリーナが紹介してくれた宿を探すことにした。

 近いって言ってたけど、ちゃんと見つけられるかな……。

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