26.父との模擬戦

 ルーカスに案内され、冒険者ギルドの訓練場に来た。

 ギルドから少し離れたところにあり、石造りの高い壁で囲われている。

 ルーカスが持参した出入り口の鍵を開けて、中に入った。

 中は広々としている。学校等にあるような体育館より、一回り程広いくらいだろうか。天井が無いため開放的だ。

 今日は天気も良く、日差しは暑いが風通しが良く気持ちが良い。

 訓練場を眺めていると、ルーカスがどこからか剣を二本持ってきた。


「こちらを使ってください。刃は切れないようになっておりますので、ご安心ください」

「ありがとな。おいエト、お前も受け取れ〜」

「……はい」


 何の変哲もない、所々傷の入った鉄製の剣を受け取る。

 剣をよく見れば、確かに刃の部分が切れないように丸くなっている感じがする。

 訓練用の剣だし、怪我しちゃ危ないもんね。

 でも森の教会でゴルドスの訓練受けてた時は、最終的にガチの剣使ってたよなぁ。

 ゴルドスは僕に直撃する手前で止めてくれてたから良かったけど、父はどうだろうか?

 勝敗にはこだわりないけど、剣に当たる気はない。痛いの嫌だし。


「いやぁ、息子と剣を交えることができる日が来るなんてな……」


 いつの間にか距離を取って臨戦体制になっている父が、しみじみと言っているよ。

 その割に、何となく殺気が漂ってくるのは気のせいかな?

 ルーカスは、僕達を少し離れた位置で黙って見ていた。


「あの、ルーカスさんはお仕事に戻らなくても良いんですか?」

「この時間帯は忙しくないので大丈夫です。何かあれば呼びに来るでしょう。それよりも、元Bランク冒険者と新人冒険者の親子対決を見ることができるなんて、面白そうではないですか」

「そうですか……」


 ルーカスも何となく楽しそうだ。

 ギルド職員とはいえど、やっぱり血気盛んな人が多いのだろうか?


「じゃあルーカス、審判頼むわ」

「分かりました。それでは、はじめ!」


 僕は心の準備すらできていないのに、突然の合図で模擬戦が開始される。

 合図と共に、父が一気に間合いを詰めてきた。

 片腕で持った剣を振りかぶり、僕に攻撃を仕掛けてくる。


「いや、ちょっと待ってよ!」

「何言ってんだ、本当の戦いはそんなこと言っても待ってはくれないぞ!」


 父の攻撃をヒラっと躱し、通り過ぎる父の姿を振り返る。

 こちらを見る父が楽しそうに笑っている。いや、あれは本気マジのやつだ。

 凄く怖いんですけど。

 そのまま再度、父が剣を振るって襲いかかってくる。

 とにかく、速い。冒険者引退してから年数経っているはずなのに、衰えた様子を感じさせない。

 しかもめちゃくちゃ楽しそうに笑ってるから、凄く怖い。鬼に襲われてる気分なんだけど。

 それにしても先程からの攻撃、絶対初心者相手にすることじゃないと思うけどな。

 そう思いながらも、僕は剣で撃ち合うことなくだた躱す。


「エト、お前……」


 そう言いながらも、父はどんどん攻撃を繰り出してくる。

 払い、突き、時に躱した瞬間に蹴り上げようとしてきたり。

 僕はそれを最小限の力と移動で躱す。躱して、躱して、躱し続ける。

 正直、僕にとって父の攻撃はめちゃくちゃ遅く感じてしまう。ゴルドスと比べたら、全くと言っていい程に。ゴルドスはその倍以上速かったからね。

 それに父の体の動きや剣裁きを見ていると、次の手が何となく読めてくる。だから躱すのも容易かったりするんだよね。これも修行の賜物かな。

 攻撃が当たらず、父がイライラしてきているのが分かる。ちょっと攻撃が雑になってきている感じがするし。

 でも、何か楽しそうだ。

 チラッとルーカスを見ると、僕達の様子を見てポカンとしている。


「余所見するなんざ、良い度胸だな……!」


 そう言って、父が強烈な突きを繰り出してきた。

 僕はその一撃を躱し、父の剣を薙ぎ払った。

 剣は父の手から離れて後ろへ飛んでいき、鈍い音を立てて地面に落ちた。

 そして僕は、父の喉元に剣先を突きつける。

 チェックメイトってやつかな?


「………」

「………」

「……あれ?」


 僕がどうしたら良いか分からずルーカスを見ると、ハッとした表情で手を挙げた。


「勝者……、エトさんです」


 父はその場で、ゼェゼェと息を切らしながら座り込んだ。

 悔しそうだが、やり切ったって顔をしている。

 父の息が整うまで、僕も隣に座って待っていた。




「エト、どういうことだ?ここまでだなんて聞いてないぞ!」

「私も、正直驚きました」


 模擬戦が終わり、父は訓練場に座り込んだまま水を飲んでいる。

 ルーカスも驚いた様子を隠し切れていない。

 僕はそんな二人を苦笑しながら見つつ、どう説明しようか悩んでいた。


「剣と魔法の修行してたとは聞いたが、どんだけ強くなってんだよ……」

「新人冒険者がここまでの腕をお持ちとは。しかも戦闘とは無縁の聖職者ですからね」

「まぁ、それなりに修行させてもらいましたから……」


 うーん、やりすぎてしまっただろうか?

 最初の一撃が突然過ぎてそのまま躱してしまったけど、受けておいた方が良かったのだろうか?

 でも迫ってくる父が怖かったのだ。咄嗟に躱しちゃったよね。

 それとも頃合いを見て、わざと剣を飛ばされとけば良かったのか?

 でもある程度はちゃんと向き合わないと、父に失礼だと感じちゃったし。

 僕は僕で、色々と考え込んでしまう。終わってから悩んでも仕方ないんだけどさ。

 でも個人的に、変に力を見せつけるようなことはしたくなかったのだ。父と二人だけだったら良かったんだけど、ルーカスが見てたしね。


「一体どんな修行してたんだよ」

「私も気になりますね。師匠はどなたでしょうか?手練れのお方だと思いますが」

「ルーカスさん、それはちょっと秘密です……。まぁ、かなりスパルタな方でしたかね」


 ゴルドスの顔がパッと思い浮かぶが、返答に困るな。

 父には話しているが、ルーカスに説明するのは気が引ける。

 精霊に修行してもらってたなんて言いづらいし、変に名前出して調べられたりしても困るし。


「まぁ良いでしょう。隠し事はどなたにでもありますからね。詮索するのはやめておきます」

「そうしていただけると嬉しいです」

「しかしエトさん、レベルはお幾つですか?鑑定をなさったことはありますか?」

「あ〜……」


 どうしようかなぁ……。

 それもバラしたくはないんだけどなぁ……。


「それは俺も興味あるな」

「ちなみに父さんのレベルはどれくらいなの?」

「俺か?最後に鑑定したのは冒険者の時だからなぁ。確か30くらいだった気がするな」

「Bランク冒険者でしたら、レベルはそれくらいかと。そう考えると、エトさんはそれ以上ということになりますが」

「お〜……」


 ルーカス曰く、冒険者ランクにもそれなりの基準はあるそうだ。

 G(レベル10以下)

 F(レベル10前後)

 E(レベル15前後)

 D(レベル20前後)

 C(レベル25前後)

 B(レベル30前後)

 A(レベル40前後)

 S(レベル50前後)

 依頼の受注や達成率も含まれるが、レベルや強さも一応目安があるらしい。

 高ランクになる程依頼は難しく、討伐する魔物も強くなるから出そうだ。

 勿論、冒険者としての知識や経験もあるし、パーティー全体の力量もあるが。

 少し気は引けるが、父のステータスを鑑定してみる。

 頭の中で念じると、目の前にウインドウが表示される。



【名 前】カトル

【年 齢】47

【職 業】門番(剣士)

【レベル】34

【体 力】360

【魔 力】25

【攻撃力】286

【防御力】251

【素早さ】275

【スキル】剣術 体術



 これは、僕より結構低いよね?

 ルーカスの話す限りだと、冒険者ランクは高かったから弱いわけではなさそうだけど。

 ただ、平均というか、一般的な基準が分からないからなぁ。


「ちなみに、ルーカスさんのレベルはお幾つですか?」

「私もギルド職員になってからは鑑定していませんが、冒険者をしていた頃は42でしたかね」

「お前俺より高いのかよ。道理で隙が見えないわけだ」


 おおぅ、ルーカスは父より強かったのか。

 父も元冒険者なだけあって、自分より強いか弱いかとか肌で感じるんだね。

 僕はこそっと、ルーカスも鑑定させてもらった。

 これも世間一般を学ぶための勉強だからね!!



【名 前】ルーカス

【年 齢】24

【職 業】冒険者ギルド職員(暗殺者)

【レベル】42

【体 力】470

【魔 力】385

【攻撃力】398

【防御力】358

【素早さ】402

【スキル】水属性魔法 短剣術 隠密



 ルーカス、若いのに強いな。魔法も使えるのか。

 しかも(暗殺者)って何?元冒険者って、絶対嘘だよね?絶対危ない人じゃん。絶対敵に回しちゃいけない人じゃん。そりゃ情報とか色々知ってるわけだよね。

 今後関わる際は気を付けようと思う僕です。


「失礼だったら申し訳ないんですけど、ルーカスさんはなぜギルド職員になったんですか?冒険者ランク的には、Aランクにはなってたってことですよね?」

「私にも色々ありましてね。依頼に失敗して怪我していたところを、ギルドマスターに助けていただいたんですよ。それから冒険者ギルドで働くようになりました」


 依頼って、危ない依頼だったのかな?(暗殺者)的な。

 でもこれ多分、感動的なやつだよね。恩返し的なやつ。

 それで、表の顔はギルド職員で、今でも裏の顔は冒険者ギルドのために……ってやつ。

 勝手に妄想が膨らんでいきますね。そういうの嫌いじゃないよ。


「エトさんさえ良ければ、ギルドで鑑定しましょうか?」

「そうだそうだ、やってもらえ!滅多にない機会だ、俺にも教えろ!」

「……分かりました」


 勝手に二人のステータス見ちゃったしね。

 ここまできたら諦めるしかないか。

 変に言い逃れする方が怪しまれる気がするし。


「それではギルドに戻りましょうかね……」


 少し嫌な予感がしたので、訓練場から引き上げようとしたら。


「エトさん、せっかくですので、私もお相手いただきたいのですが?」


 そう言って手首を掴まれた。

 今まで見たことのない、爽やかな笑顔で。

 しかし、背筋が凍るような冷たさを感じてしまう。やめてほしい。


「おっ、良いな!やれやれ!俺が見といてやるよ!」

「では一戦、お願い致します」


 そう言ってルーカスは、いつの間にか両手に短剣を持って逆手に構えていた。

 その短剣どっから出したの!?というかそれ、本気のやつですよね??

 勘弁してほしいと思いながら慌てていると、ルーカスは合図も無いままに、父よりも素早い動きで間合いを詰めてきた。

 ちょっと、何で二人共僕を待ってくれないのさ!

 正直、ルーカスの動きですら僕には遅く感じるけどさ!


「ちょっ、そんないきなり!?」

「おや、私の動きにも反応なさるとは」


 ルーカスはしれっと攻撃を繰り出してくる。

 突然過ぎて驚いたのと、少しイラっとしてしまったのもあり、僕は思わずルーカスの短剣を両方とも剣で払い飛ばしちゃったよね。


「………」

「………」


 ルーカスも、それを見ていた父も、一瞬のことにしばらくポカンとしていたよ。

 そして僕は、もう絶対にこの二人とは模擬戦したくないって思ったよね。


「ほら、終わったのでギルドに戻りましょう。父さんも!」


 僕はポカンとし続けている二人に声をかけた。


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