31.ギルドマスターとの話し合い

 街の門へ到着する頃にはだいぶ暗くなっていた。

 今回は、ちゃんと門番にギルドカードを見せて通行許可をもらいましたよ。

 街の中に入ると、父とミケーネが二人揃って待機していた。

 二人は僕を見つけるなり、勢い良く駆け寄ってくる。


「エト!遅かったじゃないか!」

「怪我とかしてないかい?遅いから、心配でここまで来ちまったよ!」

「あ、ありがとう……」


 何とも過保護な二人だ。

 ミケーネならいざ知らず、父は僕が強いの知ってるよね?

 その優しさはありがたいけれど、僕一応、既に成人してるからね?

 初めてのおつかいから帰ってきた子どもじゃないんだから。

 通行人がチラチラと見てくるから、ちょっと恥ずかしい。


「怪我も何も無いよ。色々あってね」


 そう言って僕は、二人に簡単に森であったことを話した。

 薬草採取していたら、偶然森の奥で瘴気が発生しているのを知ったこと。

 発生源となっていたフェンリルと出会い、瘴気を癒したこと。

 森の守護精霊にも出会ったこと。

 二人は僕を凝視しながら聞いていたよ。


「それはまた……大変だったね……」

「お前、やっぱり凄い奴なんだな……」


 聞き終わった二人は遠い目をしていた。

 あれ?父は『もう驚かない』とか言ってなかったっけ?


「まぁ、無事だったなら何よりだね!!」

「ご心配おかけしました」


 ミケーネは気を取り直して言った。

 二人には心配かけちゃったみたいだし、申し訳ないとは思う。


「僕、閉まる前にギルドに報告してきますね」

「早く行っといで。教会で待ってるからね」 

「俺は安心したし、今日は帰るよ。明日は早いんだ」


 そうして二人と一旦お別れし、僕は冒険者ギルドへ向かった。




   ☆★☆★☆




 冒険者ギルドに着いて、僕は真っ直ぐ受付に向かう。

 遅くなってきたからか冒険者は少なく、待ち時間も無かった。

 受付にはちょうど前の冒険者の対応を終えたミモザがいたので、話しかける。


「ミモザさん、こんばんは」

「あら、エトさん。遅かったですね」

「ちょっと時間がかかってしまいまして」


 ミモザはにこやかに対応してくれる。


「ご無事で良かったです。森に行っていた他の冒険者から『林道で魔狼に遭遇した』って報告があったので、心配してたんですよ」

「……遭遇してたら危なかったですね」

「普段は群れで行動する魔物なのに、珍しく一匹だけだったみたいです。魔狼自体はEランク程度なので苦戦することは無かったそうですけど」


 ミモザは僕が初心者だからか、色々と情報提供してくれた。

 いくら森の中でも、普段は奥まで入らないと魔物と遭遇することは滅多にないそうだ。

 ということは、瘴気の影響で凶暴化して林道まで出てきてたってことだよね。そしてやっぱり、あの魔狼は冒険者と争った後だったんだ。傷を負って逃げてきたんだね。

 とりあえず僕も魔狼に遭遇したことは言わないでおこう。僕はGランクだし、魔狼がEランクってことは、格上ってことだもんね。

 これ以上会話していると、うっかり喋ってしまいそうなので話を逸らす。


「採取したトコリ草は、どこで提出すれば良いでしょうか?」

「薬草でしたらここで構いませんよ。採取してきたものを出していただけますか?」

「はい、お願いします」


 空間魔法を見せたら驚かれそうだと思ったので、肩掛け鞄から取り出すふりをして、アイテムボックスからトコリ草を取り出した。

 それを机の上に並べていく。全部で60本、6束採取した。


「初めてなのに沢山採取できたんですね。えぇと、全部で6束分ですか。報酬をお持ちしますので、少々お待ちください」


 そう言って、ミモザは薬草を抱えて奥に消えた。

 数分と待たずに戻ってきて、銅貨をトレーに入れて提示してくれる。


「こちらが報酬の銅貨6枚です。初依頼お疲れ様でした」

「ありがとうございます」


 銅貨を受け取り、鞄に入れる。硬貨を入れる財布を買わないと。

 少額とはいえ、今世での初給料に心が躍るね。前世で初任給をもらった時のことを思い出す。

 教会では回復魔法を施してお布施はもらっているが、あれは教会のものだから何か違う気がするし。

 父やミケーネに、日頃のお礼に何かプレゼントしたいなぁ。でもこの金額じゃ、大したものは買えそうにないようなぁ。

 受付を済ませて帰ろうとしたら、奥の部屋から出てきたウォーレンと出くわした。


「エトか、良いところに来たな」

「ウォーレンさん、何かありましたか?」

「この前のことだ。ちょっと話せるか?」

「大丈夫ですよ」


 この前のことって言ったら、応接室で鑑定した時の話だよね。

 会議とやらで話が進んだのだろうか?


「おい、応接室使うぞ。俺が戸締りしとくから、全員仕事終わったら先に帰っといてくれ〜」

「「分かりました〜」」


 ウォーレンが受付に向かって大声で言った。

 受付からちらほらと返事が聞こえる。


「じゃあ、行くか」


 僕はウォーレンの後に付いて応接室に向かった。




 応接室のソファで、僕とウォーレンは対面で座っている。

 以前は父がいたけど、今日は一人だ。

 いや、セルメリアが一緒だから一人ではないか。

 ウォーレンって、黙って座っているだけでも結構な威圧感があるから、何か緊張するんだよねぇ。


「そんな緊張するな。別に悪い報告するわけじゃねぇよ」

「あれ?分かります?」

「お前は顔に出やすいからな」


 あっ、やっぱり?

 ポーカーフェイスの練習でもした方が良いかな?前世では全然変わらなかったけど。


「別に悪いことじゃない。ただ、他の冒険者に舐められないように気をつけろよ。実力主義の世界だからな」

「気をつけます」

「お前は特に、見た目には冒険者らしくないからな。まぁ舐めてかかったところで、お前に敵う奴もいなさそうだが」


 そりゃ負けることはないかもしれないけども。

 昔から騙されやすかったから、そこは気をつけておこう。


「しかし今日は何してたんだ?依頼でも受けてたのか?」

「はい、今日が初依頼でして」

「そうか、これからも励んでくれよ」

「できる範囲で受けようと思います。街を離れるまでにお金も稼ぎたいですし」

「ちょうど良い。今回はその話でもあるんだ」


 ウォーレンは座る姿勢を直す。


「今朝、ギルドマスターの会議があってな。そこでお前のことを話した」 


 ウォーレンは会議の結果について教えてくれた。

 やはり冒険者ギルドとしては、僕のことは冒険者として確保しておきたいそうだ。

 だがウォーレンが事情を説明してくれて、どうするか考えたらしい。

 そこで、僕に対し別枠で依頼を設置することになったみたいだ。


「お前には、冒険者達の治癒をお願いしようと思ってる」

「冒険者の治癒ですか」

「そうだ。それなら聖職者の仕事を邪魔することにはならんだろ?」


 僕はウォーレンの提案に少し考える。


「毎日ギルドに来る必要はないが、週3くらいで待機してくれると助かる。治療費の値段は、お前が決めてくれて構わない」

「それって僕が高額な治療費請求するとか思われませんかね?」

「最初は怪しまれると思うがな。でも、お前はそんなことしないだろ?長年ギルドマスターやってるからな、それなりに人を見る目はあるつもりだ」

「そりゃあ、そんなことする気はありませんけど……」

「それなら良いじゃないか」


 個人的に信頼してもらえるのは嬉しいけどさ。

 勿論治療費は、精霊教会の基準でやるつもりだし。


「ただ、またワドニス教に目付けられたりしませんかね?」

「ギルドとしては、お前の情報を漏らすつもりはない。冒険者達にも口外しないよう説明するつもりだ。何、自分達に得になる状況をわざわざ手放す冒険者はいないだろうさ。お金にはシビアな奴が多いからな」

「それなら良いですけど……」


 またワドニス教に目を付けられて、精霊信仰に不利益になるような状況は作りたくない。


「俺達ギルドマスターとしては、いくら冒険者が自己責任とはいえ怪我したり死んでほしいとは思ってないんだ。できれば安全に活動してほしいし、生存率も上げたい。お前の父親みたいに、怪我を理由に引退する奴もいるからな。治癒のタイミングが早くて助かる奴もいるんだ。貴重な人材を、ギルドとしては守ってやりたいんだよ。だから、どうか協力してほしい」


 ウォーレンはその場で頭を下げた。

 そうだよね。父のように怪我をして、治癒のタイミングが遅れて最悪の事態になる場合もある。それは前世でも嫌という程見てきた。そういう状況が僕の力で防げるのなら、力になりたいと思う。

 何より、ウォーレンがここまで冒険者のことを想ってくれていることに共感したしね。


「分かりました。その話、お受けします。ですから、頭を上げてください」

「ギルドマスターを代表して感謝する」

「できる限りの協力はさせていただきます。ただ、僕の存在や力が悪用されるようでしたら手を引きます」

「そこは、ギルドで責任を持つと約束する」

「それに僕としては、精霊信仰を冒険者の方々にも知ってほしいですしね」

「それはどうしてだ?」


 僕は、精霊信仰について説明した。

 精霊は、世界各地で瘴気の発生から村や街を守っていること。

 精霊信仰が失われつつあり、瘴気の発生が進んでいること。

 ウォーレンは興味深そうに聞いていた。


「正直言うと、最近南の森で魔物が増えていたのはそのせいです」

「なぜ分かるんだ?」

「今日依頼を受けて森に行った時、色々あって瘴気の発生を知りました」


 僕は更に説明した。

 森で瘴気の影響を受けた魔狼やフェンリルと遭遇したと。

 瘴気は聖魔法で癒したことも。

 そして、森を守護する精霊を祀るようにすることも。


「そうか、瘴気の影響だったか……」

「森の奥でしたし、発見が遅れたんだと思います」

「しかし、フェンリルか。確かにあの森にいるとは聞いていたが」

「今はもう大丈夫ですよ。仲良くなりましたし」

「魔物と仲良くなるってお前……。本当に変わった奴だな……」


 ウォーレンは苦笑していた。


「それにしても、精霊信仰にそういう意味があったんだな。名前は知っていたが、だたの古い言い伝え程度にしか思ってなかった」

「一般の方々の感覚って、そういうものなのでしょうか?」

「そうだろうな。爺さん婆さんから何となく聞いたことある程度の話だ。精霊教会なんて行くこともないし、存在自体知らない奴もいる。ワドニス教の影響もあるのかもしれんが、冒険者としては本当に金に困った時に安く治癒してもらえる場所って認識の奴も多いと思うぞ」


 そんなもんなのか……。

 精霊だけじゃなく、一般人から聞く情報も大事だね。

 僕の冒険者活動が、精霊信仰を知ってもらえるキッカケになれば良いけど。


「何せ、お前が来てくれるなら助かるよ」

「いえ、僕こそ我儘を聞いてくださってありがとうございます」

「お前の気が向いたり暇な時で良いから、たまには他の依頼も受けてくれたら助かる」

「……善処します」


 冒険者稼業をメインにするわけじゃないから、そこは譲れないかな。融通を利かせてくれてるから、できることはしたいけど。

 ウォーレンは笑っていたよ。


「早速だが、明日から来れるか?場所は、ギルドの部屋を一つ使ってくれ」

「多分、明日からで大丈夫だと思います。アテンシャにいる間、よろしくお願いします」

「よろしく頼む。明日来たら、受付で声をかけてくれ」


 そうして週に3回、昼からギルドが閉まるまで治癒士的な感じで働くことになった。

 ギルドにいない時に必要になったら、精霊教会に呼びに来ることもあるそうだ。そこは状況に応じて決めるとしよう。

 一応貢献具合に応じてギルドからも報酬を出してくれるみたいなので、アテンシャの街にいる間に少しはお金も稼げそうだ。勿論、治癒費の内の何割かは教会に寄付する予定にしている。

 教会に戻ってミケーネに伝えたら、「良かったじゃないか!」って喜んでくれたよ。お金については気にしなくても良いと言ってくれたが、精霊教会の聖職者として行くからと、少し強引に納得してもらった。

 これも精霊信仰のためだ。ぼちぼち頑張ろう。

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