第36話

 ダンジョン一層の平原。今日はここでアゲハの特訓をする日だ。


「じゅーう! じゅーいち! じゅーに!」

「ほらほら振りが小さくなってるぞ! がんばれアゲ丸!」


 いまは素振りの真っ最中。もちろんこの様子は配信されている。


 配信に使っているのはアゲハのスマホだ。なんでも彼女はよくスマホを壊してしまうらしく、普段からとても頑丈な端末を使っている。


 黄色と黒の縞模様で働く車みたいな柄だ。世界一の強度水準をクリアしているというふれこみで、コマーシャルではドラゴンに食べさせて糞から取り出すというショッキングな内容が評判を呼んだ。


”がんばれアゲ丸くん!”

”いいよ、その調子!”

”もう少しで半分だぞ!”

”がんばれ! がんばれ!”


 先日の暴走配信でアゲハにもファンがついた。


 いまのところ視聴者は女性と男性が半々くらい。


 みんなロングコートにショートパンツの美形を見に来ているかと思いきや、意外にもアゲハが頑張る様子を見たがっているみたいだ。たぶんだけどな。


 なぜたぶんかというと一番コメントが盛り上がるのは筋トレシーンではないからだ。


「じゅ、じゅう……よん……! じゅう……じゅう……」

「いけるいけるお前ならやれるがんばれアゲ丸! 自分を信じろほらあと一回! あと一回やってみろ! 一回でいいから! 限界を超えて見せろ!」


 剣を持ち上げられずぷるぷる震えているアゲハに向かって煽るように声をかける。


 アゲハは頑張り屋なので過剰なくらい応援してやると意外とできる子だ。


”ジャージ戦士うっざw”

”熱血過ぎて引くわぁ”

”こういう先生いるよね”


 このときばかりは視聴者たちになにをいわれたってかまわない。俺はアゲハを一人前に育てると決意したんだ。


 他人からみたらスパルタに見えるかもしれないが、強くなるためには鍛えるしかない。


 腹立たしくても、こなくそって気持ちを力に変えてやってもらうのが手っ取り早いのさ。


 そもそも俺だって視聴率が稼げないなら特訓を配信するつもりはない。なぜか再生されるから投稿してるんだ。だからきっと、俺の教育方針は間違っていない。


「ボ、ボクは……ボクを……超えます! アニキいいいいい!」


 アゲハが腕を振り上げると、エクスカリバーが光り輝いた。


 あ、これはまずい。


”きたあああああああ!”

”くるの!? きちゃうの!? どーなっちゃうの!?”

”これをまってたんだなぁ”


 バチバチとアゲハの全身に電気がほとばしる。


 髪は逆立ち目つきが鋭くなった。


「…………」


 ぎろり。そんな効果音が聞こえてきそうな目で俺を睨みつけてくる。


「あ、アゲ丸……?」

「僕はアゲ丸じゃない……」


 普段よりいくらか低いトーンの声が耳朶を叩き、俺はに背を向け脱兎の如く逃げ出した。


「死ねえええええええええ!」

「うおおおおおおおおおお!」


 特大の雷撃魔法がダンジョン一層を明るく照らした。


※  ※  ※


 帰り道。


 俺はいま、暴走によって消耗しきったアゲハを背負っている。


”今日もジャージ戦士の勝ちか”

”勝ちというか逃げ切りだな”

”いまのところジャージ戦士に勝てる可能性があるのはアゲ丸だけなんだがなぁ”

”アゲ丸にはジャージ戦士を超えるポテンシャルを感じる”

”めげずにがんばれ”


 コメント欄にはアゲハのファンたちによる俺への心無い言葉が書かれているので見るのをやめた。


 俺はアゲハに厳しいが、アゲハの視聴者は俺に厳しい。


「すいません、アニキ……」

「いいんだ。お前がエクスカリバーに憑りつかれたのは俺のせいでもあるし、これは義務みたいなもんだ……」

 

 そう、だから足腰が立たなくなったアゲハを背負って帰るのは別にいい。


 けれど、背中に押し付けられる柔らかい感触とか足のすべすべ感とかいまだに慣れない。


「ボクは、ふがいないです……」

「い、いやそんなことないぞ! だってほら、前は完全に意識を失ってたけど、いまは会話できるくらいの体力は残ってるじゃないか!」

「アニキは優しいですね……」


 けっこう厳しく特訓しているつもりなんだがな。どうも俺は威厳のある師匠にはなれないらしい。


「しっかし、毎度毎度これから追い込みをかけるぞって時に暴走されてちゃ、なかなか強くなれないな」

「すいません……」

「ああ、いや、アゲハが悪いわけじゃないよ。とにかくエクスカリバーをなんとかしたいなって話」


 エクスカリバーが俺への殺意を静めてくれれば暴走もしなくなると思うんだけどな。


 俺の話しなんて聞く耳もたないし、かといって剣に菓子折り渡すってのも違う気がする。


 どうしたもんかな。


「あ、そうだ。いっそエクスカリバーを手放すってのは----」

「それはできません。ボクとバーちゃんは時々夢の中でお話しするのですが、初めてバーちゃんと話した時、彼はこんなことをいってました」


 婆ちゃん? いや、バーちゃんか。エクスカリバーのバーね。わかる。


 ちょっとまて、ちゃん、でいいのだろうか。たぶんあいつは男だぞ。精神的な意味で。


 まぁそもそも剣だし。性別なんか曖昧なものなのだろう。考えても仕方がない。


「こんなことって?」

「なんでも、三日以上触らないでいると自爆するそうです」

「ああ……じゃあ駄目だな……」


 エクスカリバーのアビリティセットの中には、たしかに自爆があった。


 実際に使ったことはないから威力のほどは不明だが、エクスカリバーを受け取る際に女神様から「神をも脅かす爆発です」といわれ不用意に使わないように注意された。


 エクスカリバーに関する具体的な説明はむしろそれしかなかったのでよく覚えている。


「それに二度もバーちゃんを捨てたらいよいよ許してもらえなくなっちゃいますよ、アニキ」

「う……そ、そうだな……」


 いま俺が襲われているのは、俺が過去に犯した間違いのせいだ。


 この責任からは逃げちゃ駄目だろ。反省だ。


「あの、提案なんですが」

「なんだ?」

「バーちゃんはアニキをやっつけたいと思っているので、わざと負けたフリをしてみてはいかがでしょうか……」


 負けたフリ、か。


 いいじゃんそれ、シンプルだけど名案じゃん。



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2023/07/18 誤字を修正しました。

2023/07/18 「責任から逃れようとするなんて俺らしくない」、という文を「この責任からは逃げちゃ駄目だ」に変更しました。

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