第10話

「くっくっくっ、はーっはっはっは!」


 額に手を当てて大げさに笑ってみせた。中途半端は駄目だ。振り切れ。振り切るんだ。


”お、おい、ジャージ戦士の様子が変だぞ?”

”急に笑いだしてこっわ”

”なんだなんだ?”


 振り返ると、傷だらけの魔王は目を丸くして俺を見上げていた。


「久しぶりだな、魔王ディストリビュータ」

「……勇者」

「そうだ! 俺は勇者! 女神様によって異世界に召喚され、お前の手から異世界ベルンドを救う使命を託された勇者だ!」


 こうなりゃもう自棄やけだ。視聴者に中二病全開の痛いやつだと思われたって構わない。むしろ新たな客層を獲得するためにはそう思われるつもりで全力でなりきるしかない。


 魔王はよろめきながら立ちあがり、俺にレイピアの切っ先を向けた。


「ここであったが……百年目……」

「俺と戦うつもりなのか?」


 そんなボロボロの体で立ち向かおうってのか。


 そんなに俺が憎いのか。そりゃ憎いだろうな。


 俺のせいでお前は弱くなってしまったんだから。


「と、いいたいところじゃが」


 魔王はレイピアをおろした。


「わらわはもう魔王ではない。お主ももう勇者ではない。ゆえに我らが争う理由もない」


 魔王はくすりと笑みを零した。


「じゃあなんで俺を探していたんだ?」

「それは……」

「俺と友達になりたかったからか!?」


 俺が叫ぶと、魔王はきょとんとしていた。


「はぁ? なにをいっとるんじゃお主。わらわは優しいパパンとママンのもとに産まれ、友達もそこそこおる。リア充じゃぞリア充」


 友達が欲しいわけじゃなかった。


 くっ、あのマオマオオタクめ。微妙に恥かいたじゃねーか。


「あ、そうなの……じゃあなんで? やっぱり俺のせいで転生したことを恨んでるとか?」


 むしろそっちの線を先に聞くべきだった。


「お主のせいだとは思っとるが、恨んどるわけではない。この世界はこの世界で楽しいからの。わらわは単純に勇者並みに強い人材が欲しかっただけじゃ」


 魔王はレイピアを鞘に収め、スカートの土ぼこりを払った。


「人材?」

「その通り! わらわはベルンドの統一こそあきらめたが、いまはこの世界で最高峰のギルド創設を目指しておる! そこで勇者よ! お主の類まれなる戦闘センスを見込んで、わらわのギルド、【悠久の星グランシャリオ】に勧誘する!」


 魔王はレイピアの代わりに右手を差し出し、微笑を浮かべた。


「俺を勧誘だって!?」

「うむ。勇者よ。お主は強い。その力たるやベルンドに並ぶものなしじゃ。お主ほどの実力があれば世界を獲ることもたやすいじゃろう。わらわはそんなお主をどうしても我が物にしたい。お主の価値は万の歩兵と億の魔術師、兆の竜騎兵と比べてもなお勝る」


 兆の竜騎兵にも勝るって、いくらなんでも褒めすぎだろ。


「過去は全て水に流すのだ。来てくれるな? 勇者よ」


”まさかのマオマオたんのギルドに勧誘!?”

”噂には聞いてたけどマオマオたんはほんとにギルドを立ち上げてたんだ!”

”配信者からギルマスにキャリアップする美少女すげー”

”ジャージ戦士はどうすんだろ”

”そりゃ受けるでしょ。このあいだの油ハゲとちがってこっちは美少女なんだぜ?”


 ようやく理解した。こいつの目的は俺を引き入れることだったのか。


 それで世界最高峰のギルドを目指す、と。


 面白い話じゃないか。ほんとう、どうしようもなく面白い話だ。


「おい、魔王」

「そんな他人行儀な呼び方はするな。わらわはマオマオ。この世界での本名は朝比奈陽詩あさひな ひなたじゃ。気安く陽詩と呼ぶがよいぞ」


 かつての敵も世界が変わればノーサイド、ってか。


 なーんて、これがそんな綺麗な話じゃないってことはお見通しだぜ。


「そうか、じゃあ陽詩。……お前、まだ懲りてないだろ」


 陽詩は「む?」と一音発して首を傾げた。


「世界最高峰のギルド。それってつまり、世界最高峰の武力集団ってことだろ? そんな奴らを束ねたら、お前だったらそりゃあ狙うだろうな……世界を」


 俺が睨みを効かせると、魔王、いや陽詩は、額から汗をだらだら流しながら瞳をばっしゃんばっしゃん泳がせ始めた。


「な、なななな、なーんのことじゃろーなー!?」

「すっとぼけるんじゃねぇ! お前、今度はこの世界を征服しようともくろんでるだろ!」

 

 配信者としてのキャラなんかじゃない。むしろ配信は世界征服する自分をアピールするためのツールとして使ってるんだ、こいつは。


「だ、だって欲しいんじゃもん世界! だいたいわらわがこんな貧相で脆弱な姿になったのはお主のせいなんじゃぞ! 責任をとれ! 責任とってわらわの部下になれ!」


 たしかにこいつが弱くなった責任はちょびっと俺にもあるかもしれない。それはもう塵くらいの責任だがな。


 だけど俺にだって言い分はある。


「お前が世界征服なんてしなけれりゃ俺だって勇者になんかならなかったんだよ! むしろ俺は被害者だろ!」

「うるさいうるさいうるさーい! よいか! わらわはお主を諦めんからな! どこまでもつきまとって絶対に我が魔王軍の特攻隊長を務めてもらうんじゃー!」


 もう魔王軍っていっちゃってんじゃん。


 けっきょくこいつは前世からなにもかわっちゃいなかったってことか。


 しかもなんかつきまとわれそうだし、これじゃ正体を明かしてよかったのかどうかよくわからないな。


”すげーなジャージ戦士。マオマオの世界観についていってるぞ。”

”コミュ力たけぇー”

”ただの殺戮マシーンじゃなかったのか”


 おお、なんか知らんけど俺の中二病っぷりは陽詩にあわせてるだけって解釈されてるっぽい。


 結果オーライ、だな。



「あーあ、くだらね。帰るわ」


「またんかー! わらわの話はまだ終わっとらんぞ! これから我がギルドの素晴らしさとわらわが考える素敵な世界征服計画についてじっくりと----」


「あーもー、服をひっぱるんじゃねーよ! 聞きたくねーよそんなもん! はやくしないとスーパーの特売が終わっちまうだろうが!」


「特売とわらわどっちが大事なんじゃー!」

「特売だアホー!」


 面倒な奴と再会しちまったな。まったく。

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