第9話
「ふぅー、今日はこのくらいにしておこうかな」
現在、階層は三層。今日の戦果はゴブリン三体だ。
「もう終わりなのか?」
「ああ、疲れたし帰るよ」
体力的にはまだまだ余裕だが、あえてゆっくり戦ったので精神的疲労が凄まじい。
「そうか……。どうやら、お主は本当に勇者ではなかったらしいな。本物の勇者であればゴブリンごときにまごついたりはせぬ」
「だからそういってるだろ」
「うむ。すまなかった。……ではな」
ぺこりと頭を下げて歩き去る魔王。
「お、おう……」
あいつ、なんて寂しそうな顔するんだよ。
”あーあ、フラグ折っちゃった”
”せっかくマオマオと仲良くなれるチャンスだったのに”
”もったいね”
しかたないだろ。ここで俺が勇者だと打ち明けてもいいことなんかない。恨まれはしても仲良くなることは絶望的だ。
仮にあいつが純粋に知り合いと話したいだけだとしても、俺が正体を明かす理由にはならない。
あいつの寂しさを埋めるためにちょっと強い一般人としての生き方を捨てるつもりはない。
そもそも俺はもう勇者じゃないし、あいつだって魔王じゃない。この世界での俺たちは無関係。敵同士から赤の他人になっただけ。それぞれの人生を歩めばそれでいい。
「それでいいはずなのに、なんでこんなにもやもやするんだろ」
”おい、大変だ!”
「え?」
なにやらコメント欄が慌ただしい。なにかあったのだろうか。
”二層でユニークモンスターがあらわれたんだ! マオマオが襲われてる!”
”ユニークモンスター!?”
”ああ、なんかでっかいゴーレムみたいな奴なんだけど”
”ゴーレム・ギガンテスかよ! マオマオは大丈夫なのか!?”
ゴーレム・ギガンテスか。複数のゴーレムが融合した上位種だな。
動きは鈍いが強固な岩の鎧と破壊力抜群の拳をもつ魔物だ。
たしかに強敵ではあるけど、あいつは仮にも魔王。その程度の相手なら苦戦することもないだろう。
”それがやばいんだ! マオマオの攻撃が全然通じてない!”
”レイピアと相性が悪すぎるんだよ! 魔法も炎系がメインだし!”
”マオマオはなんで逃げないんだ!?”
”他の探索者を逃がすために囮になってるんだよ!”
苦戦してるだと。そんな馬鹿な。異世界で戦ったときの魔王は最弱魔法でさえドラゴンを一撃で沈める実力者だったんだぞ。なのに、なんで。
魔族の中でも最上位種族だったあいつが、ゴーレム・ギガンテス程度に苦戦するはずが……まてよ。
そういえばしょっぱなに食らったファイヤーボールも大した威力じゃなかった。
「クソ!」
気づいたと同時に走り出した。
もし俺の予想が正しいとしたら、あいつはいま普通の人間のスペックしかもっていない。
あいつはもとの実力のままこの地球に来たわけじゃなかった。
転生して、弱体化したんだ。
転生ではなく転移しか経験していない俺にとって、弱体化なんてことが起きる可能性は完全に盲点だった。
”おおおお、行くのかジャージ戦士!”
”いけいけ!”
”勇者になってこい!”
森を抜けて二層の荒れ地に到着。
どこだ。どこにいる。岩山ばっかりで見通しが悪い。ひとまず高いところにいかないと。
「エアリアル・フロウ!」
足に風の恩恵を纏って跳躍。一気に岩山の上に飛び乗った。
”すっげえジャンプ力!”
”補助魔法も完備。一家に一台ジャージ戦士。”
”いらねぇw”
”急げジャージ戦士! 場所は南西だ!”
コメントを頼りに南西の方角に顔を向けると、地響きとともに砂煙が立ち上っているのが見えた。
「そこか!」
岩山を飛び移りながら移動する。
ほどなくして、赤いリボンと金髪が見えた。
「くっ、よもやわらわがこの程度の相手に苦戦を強いられるとは!」
魔王は左腕を庇うようにしてうずくまっている。
彼女の正面には身の丈三メートルはあろう巨大なゴーレム。ゴーレム・ギガンテスが立ちはだかっていた。
ゴーレム・ギガンテスは両腕を頭上に振り上げ、いままさに魔王を叩き潰そうとしている。
「間に合ええええええ!」
岩山の側面を蹴って飛び降り、魔王とゴーレム・ギガンテスの間に割って入る。
即座に頭上に向かって防御魔法を展開。地面に足が沈むほどの衝撃が襲い掛かってくるも、ゴーレム・ギガンテスの攻撃を弾き返した。
”ゴーレム・ギガンテスの一撃を弾き返した!?”
”純粋な物理攻撃力だったらドラゴンに匹敵する威力だぞ!?”
「お、お主!?」
「うおおおおおお! アイシクル・カタストロフ!」
右手に爆炎魔法、左手に氷結魔法。それぞれをゴーレム・ギガンテスに向けて放つ。
急激な温度変化に耐えきれず、岩でできたゴーレム・ギガンテスの体は爆散した。
周囲には氷ついたゴーレム・ギガンテスの肉片、もとい欠片がきらきらと輝きながら降ってくる。
「その魔法……やはり、お主は……!」
同時に相反する魔法を使えるのは勇者の特権だ。もともとエクスカリバーに付与されていたアビリティだったものだが、熟練度を上げて生身でも使えるようになった俺だけの技。
もう隠しきるのは不可能だ。いや、最初から隠すなんて無理だったんだ。どうせいつかは俺の動画を観て気づかれていたことだろう。
だったらもう、いっそのこと開き直った方がいい。
「くっくっくっ、はーっはっはっは!」
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