第8話
「えーと、あっ、スライムですね。スライム。うわーどーしよっかなー。こわいなー」
俺はいまスライムと相対している。当たり前だがスライム程度ならデコピン一発で消し去ることができる。
でもしない。あえて時間をかけて料理している。その理由はというと、
「ふむ……」
俺の後ろにはじっとこちらを見つめる魔王が立っているからだ。
こちらの素性はバラしたくない。奴の狙いがなんなのかはわからないが、俺が元勇者だと知られたらまず間違いなく面倒なことになるからだ。
「おい、お主。スライム如きになにを手間取っておる」
「い、いやぁ、スライムって苦手でさ。はは」
「うーむ、やはりわらわの勘違いじゃったのか……?」
よしよし、いい反応だ。
俺はいま、わざと自分が弱いと思いこませようとしている。そうすれば魔王は俺のことを勇者じゃないと認識するはずだ。
そのためにかれこれ五分くらいボインボインとスライムの体当たりを食らい続けている。
”おいおい、どうしたんだよジャージ戦士! このあいだはもっとイケイケだったじゃんよ!”
”いくらなんでも時間かけすぎ”
”飽きてきた”
”落ちるわ”
”海と太陽-僕らはカイ&サンー”
やばいやばいやばい。視聴率が下がってきた。そろそろ倒すか。
「よ、よーし! そろそろ本気だすぞー!」
腕をぐるぐる回してこつん、とスライムを殴る。
せめていい勝負っぽくみせなければ。頼むから死んでくれるなよ、と願いを込めるも案の定、スライムは爆散した。
”うおおおおおおお!?”
”スライム爆☆散”
”威力半端ねぇ”
”ギャグかよw”
”すっきりするわぁ”
「あ、やっべ……じゃなくて、あー、よかった! なんとか倒せた! いやー、強敵だったなぁ!」
ちらりと魔王をみると、彼女は鋭い目つきでこちらを凝視していた。
めっちゃ怪しまれてる!
「さ、さーて! そろそろ二層に行くとしようかな!」
難しいぞこれ。普通に敵を倒すと視聴者は喜んでくれるけど魔王に疑われる。かといって手を抜くと疑いは晴れるかもしれないけど視聴率は下がってく。
それでも勇者とバレたくない。視聴者に中二病だよ思われるのは嫌だし、なにより俺は責任とやらをとりたくない。面倒な要求をされるとわかりきっているからだ。
だいたいあの姿はなんなんだ。油断させるための罠か? だとしたらいきなり正体を明かした意味がわからない。
こいつの目的はなんなんだ。
いっそ直接聞いてみようか。
「あー、君さー」
「なんじゃ?」
魔王はまっすぐ俺の目を見上げてくる。
「あ、いや、やっぱなんでもない……」
駄目だ。美少女すぎて緊張する。
こんな状態で下手に会話したら、またボロがでるかもしれない。ただでさえ怪しまれているんだ。不用意な発言はまずい。
でも気になる。あいつはいったいなんで俺に接触してきたんだ。
いくら考えても答えは出ない。
二層の荒れ地に到着すると同時に、俺はふと思いついた。
「悪い、ちょっとトイレ」
「逃げようなどと思うなよ! 我が魔眼からは逃れられぬからな!」
片目を隠してなんかかっこいいポーズをしながらそんなことをいう魔王。
たのむから中二病っぽいことはいわないでくれ。異世界ならまだしも地球だと恥ずかしくてたまらん。
「わ、わかってるよ」
そそくさと岩場の陰に避難。
それからすぐドローンに顔を近づけた。
「な、なぁみんな。魔王……じゃなくて、マオマオっていったいどんな奴なんだ?」
彼女の狙いがわからない以上、少しでも情報を集めないと。
”どんな奴と聞かれても”
”中二病?”
”かわいい”
”いつもテンション高い”
”かわいい”
”はぁはぁマオマオたんマオマオたん! んああああああ、マオマオたんのリボンになって一日中頭皮の香りをくんかくんかくんかああああああ! 俺はマオマオたんのマオマオになりたい!”
あまり有益な情報がないうえに一人やばいやつがいる。
マオマオたんのマオマオってなんだよ。
「なんていうか、なんであんなに勇者を見つけたがってるのか理由を知ってる人いない?」
頼む
”いちおう設定上は異世界で魔王やってたけど勇者に殺されて転生したってことになってる”
”なんでも女神様に追い出されたとか”
転生だと。だからあの姿なのか。
”てことは、目的は復讐?”
”それにたしか世界征服一歩手前でやられたんだっけ”
”そりゃ怒るわ”
やっぱり復讐だよな。俺もその可能性が高いと思う。
けど、それなら責任をとれなんていうだろうか。
なんか、ひっかかるんだよな。
”いいや復讐などという安易なものではない。マオマオたんはそんな単純な思考回路ではないのだ。彼女の信念はもっと複雑かつ強いもので、そこから紡がれる努力と培われた自信が彼女の実力を裏付けており、あの高飛車な性格と週に一回の動画投稿というマメな一面を両立しているのだからな。”
なんかものすごい語ってる人がいる。この人さっきくんかくんか言ってた人だが、よほど魔王について詳しいのかめっちゃ語っている。
「あー、もし復讐じゃないとしたらどんな理由が考えられるかな?」
”決まっている。マオマオたんは寂しいのだ。”
「寂しい?」
なんだそれ。どういうことだ。
”考えてみるがいい。前世の記憶をもってこの日本に産まれるということは、故郷を追い出されて二度と戻ることがかなわないことと同義。ゆえにマオマオたんは寂しがっている。例え敵でもいいから同郷の者と語りたがっている。彼女の言動からはそんな感情が端々に見受けられる。彼女の動画を日に十回は見ているこの俺がいうのだから間違いない。”
ようはあいつ、友達が欲しいってことなのか?
しかしすっごいなこの人。どんだけ魔王、というかマオマオが好きなんだよ。
”いやいや、さすがにそれは考えすぎ”
”ガチ恋勢の発想はやばすぎる”
”日に十回観る前に働け”
”オタクってやーねー”
否定的な意見も多いが、俺はわりと信用できる情報だと思った。
あいつが本当に転生した魔王だと知っているからかもしれないが、それ以上に、元の世界に帰れない不安や寂しさを俺はよく知っているからだ。
「おまたせー」
「遅いではないか!」
「悪い悪い」
ただそうはいっても、俺は自分が勇者であることを明かすつもりはない。
ここは異世界じゃなくて地球なんだ。地球には地球の常識がある。転生してまで異世界の流儀を貫こうとするあいつは、やっぱりどこか寂しがっているのかもしれないけど、それでも俺はただの一般人として接するしかない。悪いけど、俺はもう勇者なんてこりごりなんだ。
俺はその後ものらりくらりと雑魚モンスター相手に時間をかけて戦い続けた。
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