第31話
ジャイアント・スパイダーの巣を通り過ぎて先へと進む。
巣の先は小部屋になっており、そこには台座に乗った宝箱が置かれていた。
「む、ボスを倒したご褒美というわけじゃな!」
陽詩はまるで警戒することなく宝箱を開いた。
宝箱の中身を見て、彼女の動きがぴたりと止まる。
「おい、なにが入ってたんだ……?」
まさかちっちゃな蜘蛛がわらわらでてきたりとか。
嫌な予感と裏腹に、彼女に箱の中から大事そうになにかを取り出して振り返った。
「
彼女の手には楕円形の石が乗っていた。
美しい赤色の石で、まるで炎を凍らせたかのように微かな光を帯びている。
”幸運の紅石だって!?”
”すげー、初めてみた!”
”たしか二層で超低確率で手に入る代物だよな”
幸運の紅石といえば、炎属性の威力を高めるA級アイテム。めったに手に入るものではない貴重品だ。
「よかったじゃないか。お前にぴったりのお宝で」
「いや、これは幹也のものじゃよ」
「俺? なんで俺に?」
どう考えても炎魔法が主体の陽詩が使うべきものだろうに。
「だって不幸なんじゃろ? これでちっとは運もよくなるじゃろ」
ぐいっと押し付けられ、幸運の紅石を受け取った。
「お前、まさか最初からこれを俺に渡すために……?」
「さあなんのことかわからんのう。さてそれでは皆の衆! 今日の実況はここまでじゃ! ほれ、ミキヤンも挨拶せい」
「あ、おう。みんな、みてくれてありがと。またな」
「さらばじゃ!」
スマホの画面をタップして配信を止めた。
”今日もかわいかったなー、マオマオたん”
”ジャージ戦士がいるとそれはそれでマオマオたんの新たな一面が垣間見えるな”
”つまりジャージ戦士は装置か”
”マオマオたん魅力増幅装置”
”いや、やっぱ無理だジャージ戦士見てると憤死しそう”
”装置理論は両者共通のファンでしか適用されない理想論”
”俺のようなマオマオたんガチ恋勢……いや、いまは活動縮小中だが、兎にも角にも斬首だ斬首”
配信が終了してもコメントはまだ伸びていた。
※ ※ ※
数日後。アパートできんきんに冷やしたお茶を啜っていると、陽詩がちゃぶ台に小皿を置いた。
「幹也よ! これを食ってみるがよい!」
「これは……?」
小皿の上にはしっとりと潤ったきゅうりの輪切りが乗っている。
刻んだ唐辛子が入っているが、真っ赤というほどではない。
「きゅうりの浅漬けじゃ! 夏には最適な一品じゃぞ!」
「あ、うん。じゃあいただきます」
一枚かじってみる。
辛いがうまい。出汁が効いており、お酢も入っているのか仄かに酸味を感じる。
夏の昼時に合う爽やかな味だ。
「どうじゃ?」
「うまい。無限に食べられそうだ」
「かっかっかっ! そうじゃろうそうじゃろう! なにせあの石で漬けた幸運の浅漬けじゃからな!」
「あの石って?」
「幸運の紅石じゃ!」
あの石を漬物石にしちゃったのかよ。
「こんどマロニーちゃんとあえてやるでの! 楽しみにするがよい!」
「ああ、それはいいんだけど……」
「さあて、わらわも食べるとしようかの!」
自分の箸を持ち出して手を合わせる陽詩。
お前マジか、といいかけたが、「んまいのう!」といって落ちそうな頬を支えている陽詩を見て言葉を飲み込んだ。
まぁいいか。きゅうりうまいし。
ぬるい風が風鈴を揺らす夏の昼下がり。
窓の外は抜けるような青空。
今日の気温は三十九度。
部屋の中は相変わらずむし暑い。
カブトムシのようにきゅうりを貪っていると、汗をかいたグラスの中で、氷がからんと音を立てた。
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