第30話

「よっ、と」

 

 穴の底に着地。足元は砂だ。


 光球を頼りに周囲を見回すと、地面に横たわる白いワンピースが目に入った。


「陽詩! おい起きろ!」


 倒れている陽詩を揺り起こす。


「ん、む……? あれ、わらわ……」

「お前、足元に空いてた穴に落ちたんだよ」

「そうじゃったのか。わらわとしたことがとんだ失態じゃ……痛っ」


 陽詩はしゃがみこんで、右足を抑えた。


 どうやら足首を捻ったみたいだ。


”ドジっ子なところかわいい”

”不謹慎だけどかわいい”

”怪我してるの?”

”マオマオたんが怪我!?”

”どうするんだジャージ戦士お前の責任だぞ!”


 俺の責任なのかよ。マオマオ信者こえーよ。


 陽詩の怪我は俺のせいじゃない。だからといって怪我人に優しくしないわけじゃないがな。


「大丈夫か?」

「うむ、平気じゃ。なんとか……いや、余裕で歩ける」

「そうか。あのさ……もし辛いようなら」

「おんぶするとお主が責められるぞ?」

 

 陽詩はドローンに拾われないように囁いた。


「う……」


 よくわかってらっしゃる。


 陽詩をおんぶすればマオマオ信者が顔を真っ赤にして発狂するだろう。


 かといって放置すればそれはそれで非難されると思う。


 どうしたもんかな。


「わらわは大丈夫。一人で歩ける。ほれこの通り」


 その場でジャンプする陽詩。


 たしかにそこまで酷い怪我じゃなそうだけど、心配なものは心配だ。 


「でも」

「なーに暗い顔しとるんじゃ! ようやく配信が盛り上がってきたではないか! さあゆくぞミキヤン! 我が道を照らすのじゃ!」


 陽詩はかっかっかっ、と笑いながら歩き出した。普通の人が見れば平気そうに見えるが、俺には彼女の重心が右足を庇うように傾いているのがわかった。


 この場で俺が責められずに済むには、陽詩が平気でいることが一番。彼女はそれに気づいて平気なフリをしてるのだろう。


 申し訳ないという気持ちを感じるとともに、彼女がどうしてみんなから愛されるのかわかった気がした。


「……ありがとな」

「なにをぼーっとつったとるんじゃ! ゆくぞ!」

「いまいくよ!」


 暗い地下空洞を歩いていくと、だだっ広い空間にでた。


「なんだろうここ。なんか、変な匂いがするな?」

「うーむ、これはバトルの予感じゃな」


 陽詩はレイピアを抜いた。


 たしかに魔物の気配を感じる。人間よりもずっと無機質な殺気。独特の空気の流れ。どこか埃っぽくて、獣とは違う臭い。


 昆虫型か爬虫類型か、どちらかがこの空間に潜んでいる。


 広場の中央にさしかかると、頭上から巨大なにかが落下してきた。


 足元の砂が舞い上がり視界が潰される。


「陽詩!」

「問題ない! さあかかってくるがよい! 蛇でもカエルでもなんでもござれじゃ!」


 砂煙の向こうから陽詩の声が聞こえた。


「グオオオオオオオ!」


 咆哮とともに砂煙が晴れた。開かれた視界の向こうから姿をあらわしたのは巨大な蜘蛛。


 六っつの赤い目と槍のような鋭い八本の足を持つ化物蜘蛛だった。


「ジャイアント・スパイダーか!」


 見た目は気持ち悪いがようはただのデカい蜘蛛。強敵というほどではない。


 それに奴は火が弱点だ。陽詩なら動かずとも余裕で倒せるだろう。ここは彼女に華をもたせるところかな、と思っていると陽詩がレイピアを取り零した。


「陽詩?」

「ま、ままま、まずい……幹也……幹也ぁ……」

 

 振り返って両腕を伸ばしながら引き返してくる。


 顔は血の気が引いて蒼白だ。陽詩はよろよろとおぼつかない足取りで俺のもとにくると、腹に腕を回して抱き着いてきた。


「ど、どうした?」

「わ、わらわ、蜘蛛は駄目なんじゃ! ほんと無理なんじゃ! 蛇もカエルも大丈夫じゃけど、蜘蛛だけはやばいんじゃあ!」


 陽詩はぐりぐりと胸に顔を押し付けてくる。


 こいつに苦手なものなんてあったのか。


”あああああ! マオマオたんかわいいいいいいい!”

”そこどけジャージ戦士!”

”かわいいいい! でもジャージ戦士への嫉妬で気が狂ううううう!”


 コメント欄は陽詩の意外な一面に対する反応が七割と俺への嫉妬が三割くらい。


 どう転んでも俺は恨まれる運命なのか。


「グオオオオオオオオオオオオオ!」


 ジャイアント・スパイダーが牙を鳴らして迫ってきた。


「あああああ! いやじゃいやじゃ! 蜘蛛は嫌いじゃああああ!」

「わかったからちょっと落ち着け! クリムゾン・デスペラード!」


 ジャイアント・スパイダーに手をかざし、焦土魔法を放つ。

  

 扇状に炎が広がりジャイアント・スパイダーは足元から燃えた。


 ジャイアント・スパイダーはあっというまに炭化してぼろぼろと崩れていく。


「ぐす……終わったか……?」

「ああ、終わった」

「原型残っとる?」

「残ってないから大丈夫」


 そういうと、ようやく陽詩は俺から離れた。


「はぁー、よかったのじゃ」

「お前にも苦手なものがあったんだな」

「い、いいじゃろ別に。だって気持ち悪いじゃろ蜘蛛」

「悪いなんていってないよ」


 なんとなく小さな子供を相手にしているような気分になって、思わず陽詩の頭に手を置いた。


「な、なんで撫でるんじゃ!?」


 陽詩は両手を振り上げて抗議するも、そんな姿さえかわいらしく見えたのだった。

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