第29話

「みーてください皆さん! ゴーレムです! ゴーレムですよ! そーれ、ウィンド・ブラストぉ!」


 基礎風弾魔法を使ってゴーレムを粉砕する。


 とりあえず陽詩より目立とうと思って積極的に行動しているが、はたして反応やいかに。


”いつもどおりだな”

”うん、いつもどおりだ”

”もっとデカい敵と戦うところがみたいな”

”安定のジャージ戦士”


 反応は芳しくない。


 でも視聴率はいつも以上に安定している。


 普段なら強敵と戦っている時しか出ない数字が常時カウントされている感じだ。


「なにをそんなにいきりたっとるんじゃお主」

「う、うるせ! 俺はいまプライドと実益の板挟みで葛藤してるんだよ!」


 俺がそういうと、陽詩は鼻を鳴らした。


「配信者の先輩として一言アドバイスじゃがな。まずは楽しめ。楽しい気持ちはカメラを通して伝わるものじゃ」

「楽しい気持ち……」


 言われてはっとした。たしかに、俺が楽しんでなきゃ視聴者のみんなだって楽しい気持ちにならない。


 配信は俺だけでやってるわけじゃない。視聴者のみんなと作り上げていくものなんだ。


”さすがマオマオたん、深い”

”あれ、マオマオたんってもしかして女神?”

”常に人を思いやることができる良き上司”

”マオマオたんが上司ならどんなブラック企業でもついていける”


 でもあれだ、やっぱ悔しい。


「くく、すまんのう。どうもわらわは人によいしょ・・・されてしまうみたいじゃ」


 俺が歯噛みしていると陽詩は得意気に言った。


 俺の動画は当たり外れが大きく、一気に視聴率が伸びるものもあれば再生数四桁なんてのもザラだ。


 対して陽詩はコンスタントに数百万再生を維持している。


 登録者数も俺が四百万人前後に対して陽詩は九百五十万人。動画の種類に関しても、俺は探索動画しか投稿していないが、陽詩は歌ってみたり踊ってみたり学校の勉強をレクチャーしたりとなんでも投稿している。


 どれも一定の面白さで、なにより陽詩のかわいらしさが前面に押し出された構成だ。彼女のチャンネルは、彼女の様々な一面を見たいという視聴者のために作り上げられたコンテンツ。個人で活動している配信者の中で、陽詩は紛れもなくトップだ。


 どのくらいギルメンがいるのかはわからないが、いつかこいつのギルドが大々的に配信活動に乗り出したら日本一だって夢じゃないだろう。


「謝ることじゃねーよ。俺よりお前の方が配信者としての実力があるのは事実だからな。俺は俺なりにやっていければそれでいいのさ」


 本来なら教えを乞うような立場なのだろうが、それは俺のプライドが許さない。

 

 普段は別にプライドが高い方ではないのだが、陽詩の前ではどうしても素直になれない時がある。もしかしたら俺は上から目線に反発しがちな性格なのかもしれない。


 それに上下関係ができるとそのままなし崩し的にギルドに入会させられる可能性もあるし、そうなると百年前に帰りづらくなる。


 これでも配信しながら低層階の調査も進めているんだ。俺は俺なりによくやっているほうだろう。


 手段と目的をはき違えては駄目だ。


 俺の目的はあくまでも百年前にもどること。


 配信活動を利用して時間と生活資金を確保できればそれでいい。熱くなりかけていたが、わざわざトップ配信者と競う必要なんてないんだ。


「なんじゃ張り合いがないのう。ま、たまには観光気分で低層階を巡るのも一興じゃ。ほれ見るがよいミキヤンよ。あの崩れかけた岩なんか、なかなか風情があるのではないか?」


 岩場を指さしてそんなことをいう陽詩。


 俺にはただの荒れ果てた景色にしか見えない。あれのどこがいいんだ。


「ちょっと変わった感性をお持ちだなお前」

「ふふん。実はわらわな、二層が好きなんじゃ。ちょっと魔界っぽいじゃろ」

「あ……」


 いわれてみれば二層の景色は魔界に似てる。

 

 草木が生えず、ずっと暗い夜のまま。


 陽詩としては故郷に帰ってきたような懐かしさがあるのかもしれないな。


「なぁ、お前はどうして世界を征服しようとしたんだ?」

「なんじゃいまさら。前に動画で見せたではないか。わらわは迷える子羊たちの生きる希望となるべく世界の頂点にたとうとしているのじゃ」

「いや、そうじゃなくて。前世の話」


 俺は陽詩のことを、いや、ディストリビュータ・アッシュタロト・シュバルツヘザーのことをなにも知らない。


 いまのこいつを見ていると、私利私欲のためにベルンドを乗っ取ろうとしていたようには思えない。


「魔界はとても過酷な環境じゃったからの。そこに住まう者たちはいつも食うものに困っておった。なのにみんなはわらわを慕って毎日食べ物を運んできてくれたんじゃ」


 その頃からすでにカリスマを身に着けていたんだな。


「わらわは少しでもみんなに恩返しがしたいと思った。もっと豊かな土地に住むことができれば、きっとみんなも喜んでくれると思ったんじゃ。じゃからわらわはベルンドの征服を目論んだわけじゃな」


 遠い目をしながら語る陽詩。こいつのことだ。けっして冗談ではなく、本気で魔界の住人のために動いていたのだろう。


「ほんとに面倒見が良いやつだな、お前」

「や、やかましいんじゃ……褒めてもなにもでんぞ。ほれあっちいくぞ。ついてこいミキヤン」


 陽詩は、ぷい、とそっぽを向いて歩き出した。


 さてはカメラに顔を映したくない事情でもあるんだな。


 微笑ましい気持ちになりながら彼女の背中を見つめていると、ひゅっと姿が消えた。


「……え」


 慌てて陽詩がいた場所に駆け寄る。するとそこには大きな穴が空いていた。


「まさか、落ちた?」


 穴の底は見えない。巨大な生き物の口の中みたいに、どこまでも暗闇が広がっていた。


 二層には何度も来ているが、こんな穴は見たことがない。たぶん、陽詩が上に乗って地面が陥没したのだろう。


”うわああああ、マオマオたんが!”

”事件発生!?”

”どうするジャージ戦士!”

”決まってるよな!?”


 わかってるって。


「レイ」


 俺は手のひらに光球をつくり、穴に飛び込んだ。



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2023/07/07/ 再生数二桁なんてのもザラだ。 を、再生数四桁なんてのもザラだ。に変更しました。

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