第32話

 爽快な風が吹く夏の日。今日は陽詩が家族でバーべーキューに行くとかで、俺は一人で家にいる。


 久々の自由になんとも気分が高揚する。普段なら絶対にできないが、いまは全裸で部屋に寝転がっているほどだ。


 ああ、自由って素晴らしい。


 だいたい俺の部屋なのに全裸になれないなんておかしい。


 こうして服を脱ぎ去ることができて俺は満足している。自由を謳歌している。そのはずなのだが、頭の中にはとある単語がぐるぐると駆け巡っていた。


「バーベキュー、か」


 肉。焼いた肉。脂が滴る肉。自然の中で食す肉のうまさといったら、格別だろう。


 肉を食う頻度だけでいえばベルンドにいた時のほうが恵まれていた。正直、羨ましい。


「ええい、肉がなんだってんだ!」


 俺は冷蔵庫から牛乳を取り出してパックのまま飲み始めた。


 これも牛の一部であることには違いない。そう、違いないんだ。


 飲んでいる最中に中古で買ったばかりのスマホから電子音が聞こえた。見るとそこには、どこかの河原で串に刺さった肉を両手にもった陽詩の画像が届いていた。


『こんどいっしょにゆくぞ!』


 そんなメッセージも添えられている。


 とたんに虚しさが込み上げてくる。


「真夏に裸で牛乳一気飲みって、なにやってんだろ俺……」

「幹也くん、いるー?」


 がちゃりと玄関が開いて雫が入ってきた。


 固まる俺たち。


 雫の視線がゆっくりと下がり、ある一点を凝視して止まる。


 彼女は三秒ほど見つめてから、「きゃあ!」といって手で顔を覆い隠した。


「わわわ、し、雫!?」


 とっさに股間を牛乳パックで隠す。いま、がっつり見られたな。


「ご、ごめんなさい。リラックスしてるところにお邪魔しちゃって」

「いやいいんだ! むしろ俺が悪い! 気を抜きすぎてた!」

「う、ううん。いいのよ。あなたの部屋だもの。それにその、なんていうか、ありがとう」

「え? なんでお礼?」

「いやいやいやなんでもないわ! それより早く服を着たらどうかしら!」


 それもそうだと思い、よれよれのトランクスを履いていつものジャージに袖を通した。

  

 気まずい空気のまま俺は冷蔵庫から取り出したお茶をグラスに注ぎ、ちゃぶ台に置いた。


 二人で向かい合うも、沈黙が続く。


「そ、それで、今日はなんの用で来たんだ?」


 無言の緊張感に耐え切れず、俺は話題を切り出した。


「あ! ええと、実はお父さんがぜひ幹也くんにもギルド総会に来て欲しいって頼まれたのよ!」

「ギルド総会?」


 それってギルドメンバーの集会みたいなものだろう。


 なんで俺が雫の親父さんに呼ばれるんだろう。


「そうなの。総会っていっても、毎年出店とかがたくさんでてお祭りみたいな感じなのよ」

「へぇ、そうなんだ」

「それに今年も障害物競争をやるのよ。ね、いっしょに出場してみない?」


 障害物競争か。こういうのってビンゴ大会とかくじ引きとかが一般的だと思うけど、さすが体育会系ギルドだ。


 悪いが、はっきりいって興味はない。


 運動は好きだが競技となるとちょっと違う。


「うーん、悪いけど俺は……」

「ちなみに今年の優勝賞品は松坂牛なのよ!」


 雫が人差し指を立てていった。


 まつざか……ぎゅう……。


 肉。牛肉。焼肉。


「俺も一緒に行くよ」

 

 二秒で涎と答えがでた。

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