第33話

 雫に連れられ高尾山にやってきた。高尾山とは東京都八王子にある憩いの場である。俺の時代では麓から中腹にかけてロープウェーが張られていたが、この時代では透明なトンネルの中をリニアモーターカーが走っていた。


 リニアモーターカーに揺られること三分。あっという間に目的地に到着して外に出ると、目の前には両脇を固める出店が並んでいた。大勢の人々で賑わっており、まるで縁日だ。


「すごいな」


 ここにいる人たちはみんな侍魂のギルメンなのだろうか。


 ちらほらとストリートでファイターチックな人や、どこの宇宙騎士ですか? と尋ねたくなるような格好の人が散見される。


「おまたせ」


 ぼんやりと景色を眺めていると後ろから声をかけられた。


 振り返るとそこには、金魚の刺繍がされた青い浴衣姿の雫が立っていた。


「似合ってるなー」

「え、そ、そう!? あ、ありがとう……でもちょっと恥ずかしいかも……」


 本当に似合ってると思う。


 普段の女の子らしい服装もけっして悪くはないが、雰囲気的にも和服が似合うな。


 って、あんまりじろじろ見てたら失礼だな。


「さ、出店を回ろうぜ」

「う、うん!」


 雫と一緒に出店を巡る。


 射的で遊んで型抜きをやって、アマチュアバンドのライブを見物した。


 それから俺たちはわたあめを買って、休憩がてら木陰に座った。


「どう、楽しめているかしら?」

「ああ。こういうの久しぶりだからすごく楽しいよ」

「そう! よかった!」


 雫は嬉しそうに頬を緩ませてわたあめをかじった。


「こんなに人が集まるくらいなんだから、侍魂ってやっぱり大きなギルドなんだな」

「そうね。世間的には大きなギルドだと思うわ。それに全体的に探索者のレベルも高いの。みんな、お父さんみたいに強くなりたい人が集まってるから」


 雨水さんのことを語る雫は、どこか誇らしげだった。


「雫も雨水さんに憧れてるのか?」

「うーん、どうかしら。憧れていた時期もあったし、それでギルマスの代理も務めてたけど、正直いまは憧れとかはないわね。例のこともあるし」


 例のことってのは、たぶん雨水さんの推し活のことだろうな。


「でも、剣は好きなんだろ?」


 雫の太刀筋はとても綺麗だ。よほど熱心に鍛錬を積まなきゃあの領域には踏み込めない。


「剣は好きよ。ううん、好きだったのほうが正しいかも。色とか、形とか、昔からずっと綺麗だなって思ってたわ。それでずっと剣ばかり振ってきたけど、最近はそんなに興味もないかな」

「じゃあ今はなにに興味があるんだ?」


 俺が尋ねると、目の前を同年代くらいのカップルが腕を組んで通り過ぎていった。


「男の子かしら……」


 ぼんやりとそう呟く雫。


「お、男の子……?」

「え!? あ、ち、違うわ! いまのは間違い! ……でも、ないかもしれない……けど……」


 耳まで顔を真っ赤にして俯く雫。

 

 男の子に興味があるってのは、たぶんいやらしい意味じゃない。


 そもそも十代半ばで異性に興味がない方が不健全だろ。


「恥ずかしいことないさ。俺だって女の子に興味津々だし」

「そうなの?」

「そりゃそうだよ。だからいつも俺の部屋にみんなが集まってきて緊張しっぱなしなんだぜ」

「じゃ、じゃあなんでわたしたちを襲おうとしないの!?」


 なんつーこと聞いてくるんだろう、この子は。


「いや、そういうのは双方の同意のもとでだな……」

「なんで性欲を我慢できるの!?」

「……運動してるから?」

「誰と!?」


 誰とってなんだ誰とって。


「落ち着け雫。興味があるのはいいけど、あんまり大声で話す内容じゃない」

「あ、ご、ごめんなさい……」


 それきりお互いに黙ってしまい、沈黙が続いた。


 人々は賑わっている。


 子供たちが駆け回り、大人たちが酒を飲んで大笑いしている。


 俺たちもついさっきまであの輪の中にいたはずなのに、いまは俺たちがいる場所だけ別の世界にいるような緊張感に包まれている。


「わたしね……」


 五分くらいして、ぽつりと雫が話し始めた。


「子供のころから視野が狭いの。これと決めたらそれしか見えないっていうか、どんどん突き進んじゃう感じで……」

「ああ、わかるよそういうの」


 俺も異世界に転移する前は一晩中ゲームとかやってたし。


「でね、最近は買い物とかにでかけると、二人で仲良く歩いてるお爺ちゃんとかお婆ちゃんとか、喫茶店で笑ってるカップルとか、ショッピングモールの家族連れとか……なんか気になっちゃって……」

「うん」


 もしかしたら雫は、恋に恋をしているのかもしれない。


 素敵な恋を恋焦がれているから、幸せそうな男女をつい目で追ってしまうのだろう。


「いつかわたしもああいう風になれたらいいな……なんて……思ってて……」


 俺の小指に、雫の小指が触れた。


 はっとして横をみると、雫は熱っぽい目で俺を見つめていた。


「し、雫……?」

「支えあう関係って、すごく……素敵だなって……」

「あ、ああ……」

「幹也くん……わたしね……わたし、ちゅ、ちゅーがしてみたいと----」


 雫が苦しそうに言葉を続けようとしたその時。


 大きな花火の音が鳴り響いた。


『これより、障害物競走が始まります。選手の皆様は、会場北側までお越しください。繰り返します。』


 アナウンスによって雫の言葉が掻きせられた。


「わ、悪い、雫。うまく聞こえなくてさ」


 本当は聞こえていた。


 ちゅーがしてみたい。


 そんなことをいっていたと思う。


 けれど、尋ね返すだけの勇気が俺にはなかった。


「う、ううん。なんでもないの。ほら、障害物競争が始まるから行きましょ」


 そそくさと立ち上がり歩き出す雫。


 俺はちょっとだけ早くなった心臓を押さえて後を追いかけた。



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