第34話
―――――――――――――――――――――――――――――――
障害物競走本部にて。
「藤堂会長。本当にこの難易度でやるんですか?」
眼鏡をかけた和服の女性が書類を片手にいった。
「無論だ」
「死人がでますよ?」
「この程度で死ぬようでは侍魂の看板は背負わせられん!」
雨水はテーブルを叩きつけた。
先日の一件で雫と幹也の交際を認めた雨水だったが、またもや二人の将来について悩みすぎた結果、すでに彼の中では二人が結婚することになっていた。
無論、交際と結婚は話が別だ。なにせ結婚となると、侍魂の跡継ぎの可能性も浮上してくる。となると今のうちから幹也の適性を調べておく必要がある。
侍魂に必要なのはどんな逆境をも乗り越える胆力。そしてそれは結婚生活でも同じだ。
雨水は今回の障害物競争の難易度を鬼設定にすることで、幹也が軟弱な若者ではないことを推しはかろうと考えたのである。
「結婚というものはどんなに理不尽なことがあっても耐えねばならない。そう思わないか副会長!」
「はぁ、まぁ、わたし未亡人なので。わかるといえばわかりますが……」
「奇遇だな! 俺も妻に先立たれている! だからこそ娘の将来が不安でたまらんのだ!」
「だからおせっかいが過ぎるんですね。お言葉ですが、会長殿はもう少しご自分の人生を大事にされてはいかがでしょう?」
「いいや俺は雫のためにこの人生を捧げるつもりだ! それが生き甲斐であり我が人生の意味!」
「そうですか……」
副会長は口をへの字にして、さも娘さん可哀そうと言いたげだった。
「それとは別に、マオマオたんが不憫だ。一ファンとして心苦しいが、十七夜はすでに雫のもの。それでもがんばるマオマオたんを眺めるのもファンの勤めか」
「娘さんが負ける可能性は考えないんですね」
「はっはっはっ、副会長は面白いことをいう。十七夜が雫以外を選ぶことなど考えられんよ」
副会長は雨水を見ながら「そうでしょうか……」と呟いた。
「俺はこれより一足先にゴールで待つ! 貴様に素質があるのならばたどり着いてみるがいい、十七夜月幹也よ! ふわーっはっはっは!」
雨水は高笑いしながら本部を出ていった。
「普段はいい人なのに、娘さんのことになるといつもああなんだから……」
残された副会長は、眼鏡を外してため息をついた。
「なんであんな人を好きになっちゃったんだろ……」
副会長の独り言は、
―――――――――――――――――――――――――――――――
障害物競争のスタート地点にやってきた。
周囲にいるのは屈強な男たちばかり。三百人くらい集まっているんじゃないだろうか。
そんななか相変わらず浴衣姿でいる雫は浮いていた。
「その恰好で参加するのか?」
「ええ、そうよ。毎年浴衣なの」
「動きづらくないか、それ」
「心配ないわ。これでもわたし、三年連続で優勝してるのよ」
すごいな。もしかしたら雫は、運動能力において陽詩に勝っているんじゃないだろうか。
だが今年の優勝は俺だ。なにせ松坂牛がかかっているからな。
こっそりやる気に満ちていると、スピーカーをもった眼鏡の女性が仮設の壇上に上がった。
「本競技は上空のドローンによって全国に配信されています! 皆さんそのつもりで全力をふり絞ってくださいね! それでは皆さん用意はいいですか! 三、二、一! スタート!」
ぱぁん、と空砲が空に向かって放たれる。
選手が一斉に走り出して俺たちも続いた。
坂道を駆け上がると、前方から悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんだ!?」
「第一の試練、岩の試練よ!」
岩の試練、か。
名前からしてきっと大岩が転がってくるんだろうななんて思っていたら、俺の目の前に転がってきたのは巨大な黒い球体だった。
「鉄球じゃねーかあああああああ!」
拳で粉砕し突破する。
「今年は例年より難易度が高いみたいね……」
「高いみたいね……、じゃないだろ! 死人が出るぞ!」
殴った感触からして本物の鉄だったぞ。あんなのに押しつぶされたら普通の人ならひとたまりもないだろう。
『おおーっと、第一の試練で棄権者が続出しています! 残る選手は百四名!』
それでも百人以上残ってるのかよ。すごいな侍魂。
鉄球を破壊しつつ先へと進む。
「おかしいわね。そろそろ第二の試練が見えてくるはずなんだけど」
「第二の試練ってどんなのなんだ?」
「炎の試練と呼ばれてて、炎で作った壁の迷路を通り抜けるの」
毎年あるはずの炎の壁が今はない。嫌な予感しかない。
俺がげんなりしていると、俺たちの隣に並走する選手があらわれた。
なんだこいつ。忍者みたいなふざけた格好だが速いぞ。
「はーっはっは! 貴様が藤堂会長のお気にいりの十七夜月とかいうやつか!」
「な、なんだお前は!」
「俺は侍魂四天王の一人! 神速の葛西! 悪いが優勝はいただくぜ!」
四天王だと。そんなものまでいるのか侍魂。
「気を付けて幹也くん! 葛西さんの神速は侍魂でも群を抜いているわ!」
「その通り! 悪いが先に行かせてもらうぜ! アディオス!」
なんか印っぽいものを結んで、ばひゅーん、と駆け抜けていく葛西。ところが数メートル先で爆発が起きて彼は森の向こうに吹き飛ばされていった。
「は……? なんだいまの。あれも技……なのか……?」
「いいえこれは……地雷よ!」
「地雷!?」
「今年の第二の試練は炎の壁から地雷原に変更されたみたい!」
「どんな変更だよ!? ああ、もう! 掴まれ雫!」
「きゃっ!」
俺なら踏み抜いても平気だが雫はそうはいかないだろう。
俺は雫を抱きかかえて一気に跳んだ。
『ああーっと、第二の試練で二人目の四天王がまさかの脱落ぅー!』
二人目? いまアナウンスの人、二人目って言ったよな?
「どうやら一人目は第一の試練で脱落したようね。たぶん剛力の東条さんだわ。彼、毎年岩をせき止めて進むから」
今年は鉄球に押しつぶされたってか。
姿すら見せることなく退場とか可哀そうすぎる。
地雷原を越えると、大きな谷が目の前に立ちはだかった。
「なんだここ。行き止まりか?」
雫を抱えたまま周囲を見回すが、橋らしきものは見当たらない。
「おかしいわ。ここはいつもなら第三の試練があるのに」
「いつもはなにがあるんだ?」
「吊り橋よ。強風ですごく揺れるの」
あ、なんかもうわかってきた。
俺の予想通り、よくみると谷から谷にかけて一本の綱が渡されていた。
=========================
2023/07/18 誤字を修正しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます