第2話

 俺はいま、六畳一間のボロアパートにいる。


 金も、住所も、戸籍すらない状態で百年後の日本に放り出されて一時はどうなることかと思ったが、なんとか住所だけは手に入れることができた。


 いったいどうやったのかって?


 一年間、苦楽を共にしたエクスカリバーあいぼうとの別れをバネかねにしたのさ。


 仮にも伝説の剣のはずなのだが、五十万円にしかならなかったのは残念だった。


 けれどそのおかげでなんとか即日入居可能かつ保証人なしのちょっとスリリングやばめな物件を借りることができた。


 築八十年、木造建築、風呂なしというもはや文化遺産じゃねーのってくらい素敵な物件だ。


 お隣さんもなかなか愉快だ。


 右隣はあんまり陽気じゃない黒人のマイケル。彼は土木作業員らしいのだが家に帰ると必ず壁に額を打ち付けながら「オヤカタ、シネ」と呪詛のように呟き続けている。なぜ知っているかというと彼が呟いている壁の向こう側が俺の部屋だからだ。


 左隣はいつも夜遅くに帰ってくるので何者なのかわからない。ただ時折爆音でデスメタルとアニソンをループしているのでろくなやつでは、ああいや、わりと音楽への造詣が深いヤンチャな人なのかもしれない。


 家賃は月々三万円。安い。この安さは東京都渋谷区笹塚広しと言えどもそうめったに巡り合える物件ではないだろう。


 それでも敷金礼金とその他必要な家具家電を購入し、エクスカリバーを犠牲にして得た金は残り三十万円と少し。


 住所は得たが金がやばいな。そろそろバイトでも何でもしなければ。


 そう思って活動しているものの、やはり身分を証明できるものがないのでなかなか採用されない。


 免許証なんて最初からもってないし、学生証や保険証もない。なんなら住民票や戸籍もない。


 実家にいけばなにかしら使えるものがあるんじゃないかと思ったが空地になっており、俺は膝から崩れ落ちた。


 ちなみに母校は駐車場になっており両手を地面について小一時間ほど嗚咽を漏らした。


 あれ、もしかして詰んでる?


「いやいやいや! まだだ! まだ詰んでない! 詰んでたまるか!」


 そうだ落ち着け、まだ詰んでない。


 なにもバイトだけが収入源ではないだろう。


 いまの日本には、もうひとつポピュラーな稼ぎ方がある。


 それは、ダンジョン攻略だ。


 ダンジョン----それは迷宮とも巨塔ともよばれている。


 いまから十六年ほど前に突如東京の中央に現れた謎の建造物だ。


 外観は白一色で窓はない。


 頂上は雲の上まで伸びており地上からでは視認することもできない。


 図書館のパソコンで調べた感じだと、ワームホールの研究が生み出した狂科学の産物だとか、終末世界の前兆だとか、いろいろな説がある。だが、あれはそんなものではないと俺にはわかった。


 あれは間違いなく、俺と魔王が戦った余波で産まれた時空的特異点だ。


 その証拠に、画像をみるかぎりダンジョン内に生息しているのはベルンドの魔物たちだった。


 つまりあの塔はベルンドの一部。異世界と地球が繋がってしまった証なのだ。


 ダンジョンがあらわれたのはぶっちゃけ俺のせいなのだがこのさい目をつむってもらう。なんか地球にはない鉱石や植物が手に入るとかで日本の経済は大助かりらしいからな。結果オーライってやつだ。


 かといって、ダンジョンを作ったのは俺なんだぜ! と主張したところで聞いてもらえるわけがない。そんなことを吹聴してたら最悪青い服の国家権力に事情を聴取される。

 

 重要なのは、なぜあるのか、だれが作ったのか、ということではなく、ダンジョン内で手に入れたアイテムは金になるってことだ。それも高値で。


 いまの日本人にとってダンジョン攻略をするのはさながら仕事帰りのパチンコ兼ジム、放課後の部活動兼バイト、家事と育児の合間に赴くパートタイム&エクササイズみたいなもんだ。


 ようは運動出来て金が稼げる場所。それくらい世間に馴染んでいる。


 なら俺もさっさとダンジョンに行けばいいじゃないかと思うだろう。魔物をぶったおすなんて得意中の得意だろ、とな。


 ところがどっこい高度な文明社会にはやたらと細かなルールがある。


 特殊生物素材経済保護法案だとかなんとかで、ようはダンジョンに入れば無限に手に入る素材を勝手に売りまくると経済が破綻するから駄目だよって話らしい。よくわからんけど。


 いずれにしろギルドに入らなきゃ素材を売る権利を与えられないっていうなら入るしかない。次に向かうべきはガソスタでもなけりゃファミレスでもない、ギルドだ。


「よし! 行くぞ!」


 俺は黒いジャージのままスニーカーを履いて家を出た。

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