第13話

 雫をつれて黄昏に染まった住宅街を歩く。


 ダンジョンの前ではまわりに人が多すぎて話しづらそうだったので、いまは俺のアパートに向かっているところだ。


「もう日が暮れるけど、大丈夫なのか?」

「ええ。家に帰っても、叱ってくれる人はいないわ」

「そうか……」


 意味深な言い方だな。


 いまわかることは、彼女の悩みが歩きながら話すような内容じゃないってことだけだ。


 錆びついた階段を登り俺の部屋の前に到着。電気がついてるな。あいつ、まだ帰ってなかったのか。


「ちょっと騒がしいやつがいるけど邪魔だったら帰らせるから」

「そんな。悪いわよ」

「気にするな。むしろ俺はさっさと帰ってもらいたいんだ」


 ドアノブを回して扉を開く。


 すると、


「かーっかっかっ! よくぞ戻ったな幹也よ! まっておったぞ!」

 

 ちゃぶ台の上に陽詩が仁王立ちしていた。


 彼女は白いスクール水着に黒いニーハイソックス。さらに頭の上には猫耳カチューシャというあられもない姿で俺を出迎えたのだった。


「…………お前は、なにをしているんだ?」

「わらわは今日一日一生懸命考えたんじゃ! どうすればお主がわらわを好きになる権利を使うかをな! そこで思いついたのがこれじゃ!」


 薄っぺらい胸に手を当てて勝ち誇ったようにふんぞり返る陽詩。


 なんでそうなるんだよ。


「陽詩……お前」

「みなまでいう必要はない! ネットの民もわらわが薄着になると喜ぶでな! お主ももう辛抱たまらんことじゃろう!」


 いや、好きになるってそういうことじゃないだろ。


「いいや、いわせてもらう! お前はアホなのか!?」

「な、なんじゃとー!? なにが違うというんじゃ!?」

「好きになるってのはそういうことじゃねーだろ! もっとこう、人間性というか、思いやりとか優しさとかそういうものに惹かれるもんだろ!?」

「む……なるほど、お主はそっち・・・か」

「そっちもあっちもこっちもねーよ! 早く着替えろ馬鹿!」


 玄関を勢いよく閉めると、雫が不安げな顔で俺を見ていた。


「あ、あの、どうかしたの?」

「ああ、いや、アホがアホなことしてたんだ……悪いけど、話はここで聞いてもいいかな」

「ええ、かまわないわ」


 雫は手すりに手を乗せて、遠い目をして夕日を眺め始めた。


 前髪を払うしぐさが妙に色っぽいというか、本当に美人だなこの子。ザ・大和撫子って感じ。


 って、見惚れてる場合じゃないな。


「なにがあったんだ?」


 俺が問いかけると、雫は微かに俯き顔に影が差した。


「実は……わたしのお父さんが引きこもりになってしまったの」

「引きこもりだって!? なにか、原因はあるのか?」


 きっと重い話だろうとは思っていたが、予想以上だった。


 家族を支える父親が引きこもりになるなんて、いったいなにがあったんだ。


「わからないわ。ときどき部屋で叫んでいるから、なにか思いつめているのかもしれないってことはわかるのだけど……」

「親父さんはどんな人だったんだ?」

「真面目な人よ。お父さんは侍魂のギルドマスターを務めていたの。ギルドのみんなの信頼も厚かった」


 かなり優秀な人みたいだな。


「けれど今年の四月にとつぜんわたしにギルドを任せてそれっきり部屋に引きこもったの。なんとかギルドが解散する事態は免れているけど、いつまでこんな生活が続くのかわからなくて……わたし……」


 悲しそうに唇を噛みしめる雫。彼女が抱えている不安は俺には想像もつかない。


 俺みたいに長いこと孤独だとつい忘れがちになるけど、近しい人がいるってことはその人が沈んでいるときにいっしょに引っ張られてしまうものだ。


 家族といっしょに暮らしているだけでも幸せだ、なんて、そんなことは口が裂けても言えない。


「もしかしたらギルマスの重荷に耐えられなくて、精神的にまいってるとか」

「それはないわ! わたしはお父さんほど強い人を知らないくらいよ!」

「そうか……」


 そこまでいうなら、ストレスの線は薄いかもな。


「ねえ、幹也くん。もしよかったらわたしのお父さんにあってくれないかしら?」

「え、俺!? でも俺たち、今日知り合ったばかりだぞ?」


 雫は神妙な顔つきで頷いた。


「知り合った時間は関係ないわ。あなたほどの強者とあえば、お父さんもきっと興味を持つと思う。それが大事なの」


 それが外に出るきっかけになるかもしれないってことか。


 俺はもう勇者じゃない。だから正直、人助けをする理由なんかない。


 それでも俺は雫の力になりたいと思う。もしかしたらそれが、俺という人間の本質なのかもしれない。


「わかった。力になるよ」

「本当に!? ありがとう、幹也くん!」


 雫はぱぁっと明るい表情になって、俺の手を握った。


「お、おう……」

「あ、ごめんなさい」


 雫も勢いあまっての行動だったのか、気まずそうに手を離した。


「いや、いいよ。それで、俺はどうすればいい?」

「明日、わたしの家にきて」


 それから俺たちは連絡先を交換して、雫は家に帰ることとなった。


「…………」

「どうした? 手のひらなんかみつめて」

「う、ううん! なんでもないわ! それじゃあね!」


 なぜか逃げるように帰っていく雫。


 まさか今日知り合ったばかりの女の子の家庭問題に関わることになるとはな。


 本当に俺でよかったのだろうか。こういうのってかなりデリケートな問題のような気がするけど。


 いや、そんなの俺が考えることじゃないか。本人がいいといっているんだ。なら俺は、俺ができることをするまでさ。


 太刀筋と同じで、あまり迷わない性格なのかもしれないな。雫は。


 部屋に戻ろうと思ってドアノブに手を伸ばす。


 すると俺が触れるより先にドアノブが回った。


「お、帰るのか?」


 出てきたのは白いワンピース姿の陽詩だ。


「うむ! 秘策をおもいついたでの!」

「秘策ってなんの?」

「決まっとるじゃろう。お主がわらわを好きになる権利を行使する方法をじゃ!」

「はぁ?」


 ややこしくてなにをいってるのかぜんぜんわからねぇ。

 

「この秘策を使えばきっとお主はわらわを好きになること間違いなしじゃ! それじゃ、わらわは準備があるから帰る! ではの!」


 陽詩はふんふんと鼻歌を歌いながら帰っていった。


「なんなんだあいつ」


 相変わらずなにを考えているのかよくわからないが、雫の問題に首をつっこまれなくてよかった。

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