第14話
翌日。
俺はスマホに届いた住所を頼りに雫の家に来た。
「お屋敷かよ……」
東京の閑静な住宅街。その一等地に軒を連ねるどころか占領している瓦屋根の家。
ここが雫の家なのか。
あまりにも厳かな雰囲気が漂いすぎて呆然としていると、門が開いた。
「幹也くん。いらっしゃい。どうぞ入って」
出迎えてくれたのは水色のワンピースにインディゴカラーのスキニーデニムを履いた雫。この家に住んでて服装は庶民的なところが逆に新鮮だ。
料亭かヤクザの事務所でしかみたことがないような門をくぐって敷地内に入る。玄関で靴を脱いでヒノキの香りがする廊下を進んでいく。
庭に大きな池があった。巨大な錦鯉が跳ねる。一匹いくらするんだろう。
ぼんやりと頭の中で電卓を叩いていると、角の部屋の前で雫が立ち止まった。
「ここがお父さんの部屋なの」
「ええと、どういう感じで話しかければいいんだ?」
「とりあえずわたしが話すわ。ひとまずお父さんと手合わせしたい入会希望者ってことでどうかしら」
「いや、でも、俺はギルドには……」
特定のギルドに入るつもりはない。
フリーの配信者でいけるところまでいくのが俺のスタンスだ。
「もちろん本当に入らなくてもいいわ。負けたら、まだまだ実力不足だから修行しますってことにすればいいのよ」
「勝ったら?」
「え? あ、
雫のやつ、俺が勝った時の想定をしてなかったな。
別にいいけどさ。
「お父さん。お父さんと手合わせしたいっていう人がきてるんだけど」
雫がノックするも返事はない。
「お父さん。聞こえてる?」
強めにノックしてもあいかわらず無音のままだ。
いや、無音じゃない。
微かに音が聞こえる。
これは、たぶんイヤホンから漏れている音だ。
「ごめんなさい。寝てるみたい」
雫には聞こえていないみたいだ。
「いや、起きてる。ちょっとどいてくれ」
雫を下がらせて扉に耳を押し付ける。
普通の人には聞こえないかもしれないが、俺は索敵スキルも最大まであげてあるから微かな物音も聞き逃さない。
目を閉じ、耳に意識を集中させる。
すると、
『マオマオ! チャンネル~!』
聞こえてきたのはどっかのアホを彷彿とさせる声。
これは、まさか。
「雫……ちょっと強引にいくぞ」
「え? いったいなにを----」
雫が話し終わる前に、俺は扉を蹴破った。
開かれた扉の向こうには、信じられない光景が広がっていた。
部屋の隅に積まれたゴミ袋。床の上に散乱しているペットボトル。
とまあ、こんなのはかわいいほうだ。
一番目についたのは、陽詩の顔が張られたうちわ。陽詩のポスター。果ては等身大陽詩パネル。
ほかにも陽詩のフィギュア。陽詩のぬいぐるみ。陽詩がプリントされたアクリルボード。
陽詩。陽詩。陽詩。陽詩グッズまみれだ。
「な、なんだ!?」
そんな部屋の中央で、額に「マオマオLOVE」と書かれた鉢巻をつけた和服の男がサイリウムを両手に握ってノートパソコンに向かっていた。
「なんなの……この部屋……」
「し、雫!?」
「お父さん、ギルドやわたしをほったらかしにしてなにをしていたの……?」
雫の目から輝きが失せている。
そりゃ実の父親が女子高生配信者に夢中になっているなんてわかったらこんな目にもなる。
「ち、違うんだ雫! マオマオたんは俺がいなきゃ駄目なんだ! わかってくれ!」
雫の親父さんはイヤホンを外してそういった。
「わからないよ! マオマオたんっていったいだれなの!?」
まずい、同じ学校っぽいし、陽詩が雫の親父さんの推しだとバレるのはなんかいけない気がする。
「おおお、おちつけ雫! やい雫の親父!」
「俺の名前は藤堂雨水だ。いったいぜんたいこれはなんだ? なぜ人の部屋に押し入ってきた?」
「あんたが仕事もしないでずっとひきこもっているからだろうが!」
「仕事だと? ギルドは雫に任せているはずだが」
悪びれもせずに雨水さんはそういった。
「どこの家に娘に養ってもらって推し活に励む父親がいるんだよ!」
「勘違いするな! 俺は俺の金で推し活をしているのだ!」
「だとしても雫はあんたのことで悩んでるんだぞ!」
「なに?」
雨水さんははっとして雫に視線を移した。
「本当なのか? 雫」
「う、うん……。ずっと部屋から出てこないし、心配で……」
雫の返事を聞いて、雨水さんは深くうなだれた。
「そうか……それは悪いことをした。ただ、なんというか、お前も手がかからなくなってきたし、俺としてはもう教えることはないというか……」
「謝るくらいならはやいとこ社会復帰したほうがいい。雫のためにも、雨水さん自身のためにもだ」
「残念だが、それはできない」
「はぁ?」
顔を上げた雨水さんの目にはめらめらと炎が燃え滾っていた。
「俺にはマオマオたんを支えるという大事な役目がある! 彼女には俺がいなければいけないのだ!」
やばい、あの目は本気の目だ。
「馬鹿野郎! 目を覚ませ!」
「やかましい! 俺は正気だ! だいたい君は一体誰なんだ!?」
クソ、このままじゃ埒があかない。これはちょっと荒療治が必要だな。
「俺は十七夜月幹也! あんたがそんなんじゃ雫が可哀そうだろ!」
「たしかに可哀そうではある。だが雫はもう十七歳だ。俺があれこれ教える次期は終わっている。これからは自分で自分を成長させるべき時なのだ」
拳を握って力説する雨水さん。
そりゃいつまでもおんぶに抱っこで気にかけるのも違うとは思うけどさ。
「人様の教育方針に口出ししようなんて思っちゃいない。でもなぁ、放任主義と自分勝手をはき違えるなよ! あんたのそれはどう見ても自分勝手だ! だいたいあんたなんでひな……じゃなくて、マオマオなんか推してるんだよ! 女子高生だぞ!?」
俺が声を荒げていうと、雨水さんは「いいだろう、教えてやる」と答えた。
「妻に先立たれ、娘は自立した。俺は誰かを支えるという人生最大の役目を終えたんだ。生きる目的を見失った俺の前にあらわれたのが……そう、マオマオたんだ」
なんだその理由。
「ちょっとまて、じゃああんた、誰かの面倒を見たいがために推し活してるのかよ?」
「その通り! 彼女は素晴らしい! とにかく一生懸命で応援したくなる! 彼女の野望がなんであれ、目的に向かって努力を重ね、日々成長していく姿に惚れたのだ! これは決してやましい気持ちなどではない。純粋な、そう、とてつもなく純粋な……親心」
雨水さんは自分の胸をそっと抱きしめ、噛みしめるようにいった。
「馬鹿なこといってんじゃねー! ただの子離れできてない寂しがり屋じゃねーか! おい、藤堂雨水! 俺はあんたに決闘を申し込む!」
「決闘、だと……?」
雨水さんが纏う雰囲気が変わった。
さっきまでの燃えるような情熱は影を潜め、いまは静かな殺意を宿している。
武人の目だ。
戦えばきっと正気に戻る。雫からその案を聞いた時はちょっと乱暴すぎやしないかと思ったけど、この目を見れば納得だ。
血が沸き肉踊るバトルをすれば、本来の雨水さんをとりもどせるかもしれない。
「あんたは一発ぶん殴って目を覚まさせなきゃ駄目だ」
「思い出したぞ。君は、マオマオたんとコラボした新人配信者だな?」
「そうだ」
あれはコラボというより乱入だったけどな。
「ふっ、悪いが決闘はしない」
「なに!? 逃げるのか!?」
「ああ、逃げさせてもらおう。マオマオたんのファンとして、彼女が一目置いている若者を潰すことはできんからな。それよりはやく帰ってもらえるか。まだ今日のノルマであるマオマオたん動画十回視聴が残っているのでな」
マオマオたん動画十回視聴だと!?
「あんたまさか、あのちょっとやばめなファンか!?」
「ふん、情熱的といってもらおうか」
「てことはもしかしてあの時の寂しい発言って……あれ自分のことじゃねーの!?」
「そんなの知らん! さあ帰った帰った! ここは子供がいる場所じゃないぞ!」
部屋の外に押し出され扉を閉められた。
子供がいる場所じゃないって自分でいっちゃうのか。
閉じた扉の向こうからまたしても陽詩の声が聞こえてくる。
これは重傷を通り越して致命傷だな。陽詩の存在ががっつり雨水さんの心臓を貫いてやがる。
あいつ、いったいどこまで俺につきまとえば気が済むんだ。
「ぐす……お父さん……」
雫は扉に手を当てて肩を震わせていた。
床に、ぽつぽつと涙が落ちる。
「雫……」
「ねえ、幹也くん。わたし、どうしたらいいの……? お父さんはずっとこのままなの……?」
背中越しに震える声で訪ねてくる雫。
辛いよな。実の父親が自分と同い年くらいの女の子に夢中になっている姿を見るのは。
「そうはさせない。俺がそんなこと絶対にさせない! 雫の親父さんは、かならず正気に戻してみせる!」
「幹也くん……でも、どうするの……? わたしの声もとどかないのに……」
「大丈夫。俺たちにはみんながいるから」
「くすん……みんな……?」
指で涙をすくいながら振り返る雫。
俺がスマホを見せると、彼女は不思議そうな顔をしていた。
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