第12話

 陽詩アホを家に置いてダンジョンに到着。


 今日は四層あたりをメインに配信しようかな。


 一層を鮮やかに突破し、二層を軽やかに制覇し、三層を踊るように走破して、さくさくっと四層の沼地まで来た。


「どーも皆さんおはこんモルゲーン! ミキヤンです! 今日は四層に来ています!」


 ドローンに向かって手を振る。


”お、今日の配信きたか”

”毎日配信してね?”

”ジャージ戦士は苦労人だからな”

”強さと引き換えに人としての生き方を捨てた男”

”哀れ”


 陽詩の動画を見た後だからはっきりわかる。


 俺の視聴者リスナー、ちょっと口が悪い。


 これはそう、俺たちの心の距離が近づいている証拠だ。気を許しているからこその軽口みたいなもんだ。きっとそうに違いない。


「それじゃあ今日はこの四層で、ばったばったと魔物を蹂躙していこうと思うのでみんな楽しみにしててくれよな!」


”派手に頼むぞ”

”まってました”

”今日の獲物はなにかな?”

”なんやかんや楽しみにしている自分がいる”


 ほらな、みんなも盛り上がってきた。よーし、今日も張り切ってやってやろう。


 そんなことを考えながらポイズン・スライムやグール・ハウンドといった沼地特有の魔物たちを倒していく。


「ん?」


 状態異常魔法を多用するヴァイオレットフード・ソーサラーを毒と燃焼と麻痺で屠ったところで、妙な音が聞こえた。


”状態異常を使う相手に状態異常で勝ちやがった”

”ジャージ戦士は状態異常無効のパッシブスキル持ちなのか?”

”もうなにがあっても驚かねーよ”

”なんで立ち止まってるんだ?”

”どうしたジャージ戦士”

”【悲報】ジャージ戦士、フリーズする”


 この音は、誰かが戦っている音だ。俺は音がする方向へと走り出した。


”お、動き出した”

”なんだ?”

”なんか、霧の向こうに見えるぞ”


 視聴者たちも気づき始めたみたいだ。


 立ち込める霧の向こうから姿を表したのは、刀を手に鳥型の魔物と戦う黒髪ポニーテールの少女。


 あの制服、陽詩と同じ学校の生徒だな。


 相手はコカトリスか。鋭いかぎ爪を持つ魔物で、強靭な脚力から放たれる一撃は人間の体なんて容易く骨ごと砕く。


 だが一番本当に危険なのは蹴り技よりも、奴の目から放たれる石化光線。それと、もうひとつ。俺はあまり気にしないがあの魔物には厄介な特性がある。


”おい、コカトリスだぞ!”

”やばいんじゃないか!?”

”どうするジャージ戦士!”


 どうするといわれても、基本的にダンジョン内で戦闘中の探索者の邪魔をするのはマナー違反だ。


 よほど追い詰められている状態ならまだしも、あの子は遠目からでもわかるくらい強い。蹴りの猛襲を鮮やかな体さばきで躱しつつ距離を詰めている。


 わざわざ俺が手を出す必要はないだろう。


「やあああああ!」


 予想通り、少女の迷いのない一太刀がコカトリスの首を切り裂いた。


 濡れた雑巾みたいな音を立てて、沼地のぬかるんだ地面に首が落ちる。


 綺麗な太刀筋だ。


「ふぅ……」


 少女は刀を降ろし、額の汗を手で拭った。


 それは悪手だぞ。


「まだ終わってないぞ!」

 

 俺が叫ぶと、少女ははっと顔を上げた。直後、切り離されたコカトリスの目から紫色の光線が発射される。


 少女はすんでのところで刀を横向きに構え、刀身で光線を受け止めた。


「くっ!」


 少女の持つ刀が灰色に染まっていく。彼女は刀を投げ捨て、太ももに巻いていたホルスターからクナイを抜くとコカトリスの頭部に投げつけた。


 コカトリスは生命力が高い。首だけになっても数分間は生き続ける。これがコカトリスの厄介な特性だ。


「おーい、大丈夫か!?」


 俺が駆け寄ると、ちょうど彼女はコカトリスの頭部からクナイを引き抜くところだった。


「あなたは?」

「俺は十七夜月幹也。ちょっと強いプーさ」

「無職……ということかしら?」

「ま、まぁそうだ……」


 おいおい、そこは笑って欲しかったぞ。


”ジャージ戦士めっちゃすべってるw”

”これは恥ずかしいw”

”こういうところが親しみもてる”

”そんなことよりこの子どっかでみたことあるな”

”俺もそう思った”

”だれだっけこの子”


 視聴者に笑われちまったけどまぁいい。


 それにしてもこの子、さっきの戦いを見る限りただものじゃない。そもそも四層まできてるってことはかなりの実力者だ。

 

 ベルンドの基準でいうなら騎士団クラスってところだろうな。


「わたしは藤堂雫。さっきは助けてくれてありがとう、幹也くん」

「いや、いいんだ。見てただけだし」

「それでも、あの一声がなければと思うとぞっとするわ」

「そうでもないさ。石化光線は一撃必殺に見えて実は簡単な対処法がある」

「対処法って?」


 頭の上に疑問符を浮かべる藤堂さん。


 よく見るとこの子とんでもない美人だな。

 

 髪はつやつやだし、瞳は黒曜石みたいに澄んでいる。


「聞きたいか?」

「ぜひ」

「ずばり、服を脱ぐんだ」

「……服を?」


 途端に藤堂さんの顔が険しくなる。


”セクハラ!?”

”いやーん、ジャージさんどうぃっち!”

”けしからん! もっとやれ!”


 一瞬だけコメント欄が沸いたがすぐに沈静化した。


 これは真面目な話なんだけどな。


「いっておくけどこれは本当だぞ。石化光線ってのは触れた物質から石化させていくんだ。だからもしも服に食らったら急いで脱げば大丈夫ってこと。実際俺は戦闘中に服を脱ぎ捨ててすっぽんぽんで戦ったことがあるくらいだ」


”あ、そういうこと”

”ほほう、これはためになる”

”つっても俺らじゃそもそもコカトリスと戦う機会がねぇ”

”でも知ってて損はないよな”


 視聴者たちが珍しく感心している。


 こんど解説動画を撮るのもありだな。


 とまぁ、それよりも、


「ふふ、なにそれ」


 やっと笑った。


 この子、普通にしてても十分美人だけど、思った通り笑顔はとびきり可愛い。


”思い出した! この子、侍魂の藤堂ちゃんだ!”

”あの実力派ギルドの一員ってこと?”

”いや、一員じゃなくて代理でギルマスやってるでしょたしか”

”そういえば聞いたことある。本当のギルマスは療養中なんだっけ。”


 ギルマス代理だと。どおりで美しい剣筋だと思った。


 にしても、これ、


「さむらい……たましい……?」

侍魂サムライ・ソウル、と読むのよ」

「ああ、そう読むのか。いまは活動休止らしいけど、君はどうしてここに?」

「実は……その……」


 藤堂さんの視線がリストバンドに向けられた。


 視聴者の前だと言いづらいことなのかもしれない。


 なら、今日ははやいところ切り上げるか。


「あー、せっかくだしダンジョンの外まで送るよ」

「でも……」

「いいんだ。どうせ今日は大物と出会えそうにないし。みんなもいいだろ?」


 カメラに向かって呼びかける。


”いいよいいよ。戦わないジャージ戦士を観てるより女の子観てる方が楽しいし。”

”ダンジョンデートとしけこんじゃってくださいな”

”しっかしマオマオといいジャージ戦士はやたらと美少女とエンカウントするな”

”魔物より女子を狩るほうが向いてるんじゃないか”

”そんなことになったらチャンネル登録解除じゃな”


 どうやら視聴者も納得してくれたっぽい。


 でも、女子を狩るってなんだよ。別にナンパみたいなことをした覚えはないんだけどな。


 あと、なんか見たことある口調の奴がいるぞ。


「じゃあ、行こうか。藤堂さん」

「雫、と呼んで。名字はあまり好きではないの」

「わかった。行こうか、雫」


 その後もこれといった戦闘もなく、俺たちは一層に到着した。


「それじゃあ皆さん! 今日の配信はここまでです! ほんじゃ、またな!」


”おつかれー”

”またなー”

”さらばじゃー”


 あいつ、暇かよ。 


 常に監視されてるような気がしてあんまりいい気がしない。


「はぁ……」

「大丈夫?」

「ああ、うん。ちょっとした悩みがあってね」

「そう……。あの、送ってくれてありがとう。それじゃ、わたしはこれで」

「あー、まってくれ。これは勘なんだけど。君もなにか悩んでるんじゃないか?」


 俺がそういうと、雫は目を白黒させた。


「ど、どうして」

「確信があるわけじゃない。ただ、君ほどの実力者が残心をしないのが気になっただけさ」


 雫はコカトリスの首を切り落としてすぐに気を抜いていた。


 あれほどまっすぐな立ち筋ならば相当な鍛錬を積んでいるはずだ。その彼女がそんな初歩的なミスをするだろうか。


 雫はためらうように俯き、ゆっくりと口を開いた。


「あなたの実力を見込んでの頼みなのだけれど……話を……聞いてもらえるかしら」



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2023/07/04 誤字を修正しました。


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