第11話
「あーづーいー」
セミが鳴く八月。気温は三十七度。
蒸し風呂のような自宅でだらだら寝ころがっていると、陽詩がアイスキャンディーを舐めながら気だるそうにいった。
なんでこいつが我が家にいるかというと、先日の事故配信のあとしつこく付きまとわれて住所を知られてしまったのだ。
それからというもの夏休みなのをいいことに毎日のように入りびたってくるようになったわけだ。
「じゃあ、帰れよ……」
「いいや帰らん! わらわにはお主を我がギルドに引き込むという重要なミッションがあるのじゃからな!」
拳を握りしめて立ち上がる陽詩。彼女は先日の制服姿と違い、今日は涼し気な白いワンピースだ。
それでもエアコンどころか扇風機すらないこの部屋の熱気にはまいっているのか、すぐに「きゅう」といってちゃぶ台に突っ伏した。
「暑いのに暑苦しこというからそうなるんだぞ」
「本当になんなんじゃこの暑さ。ここはサウナ付きの豚小屋なのか?」
「帰れ」
人んちのアイス勝手に食べてる上に文句ばっかりいいやがって。
「わらわに帰ってほしければギルドに入れ、勇者よ」
「俺の名前は十七夜月幹也だ。つーかお前、なんでまだ世界征服なんて目指してるんだよ。そんなに世の中に不満が溜まってんのか?」
たしかベルンドでは魔界の劣悪な環境から脱出するために、人間界に侵略を開始したとかいっていた。
もしもその理由が本当なら日本に転生した時点でこいつが世界征服をする理由はなくなったはずだ。
「不満なんぞない。わらわは常に絶好調なんじゃ」
自分で暴走機関車だっていってるようなもんだぞそれ。
「じゃあなおさらなんでだよ?」
「ふふん、知りたいか? ならばこれをみよ!」
ちゃぶ台を両手で叩きつけて起き上がる陽詩。彼女は持参した桜色のショルダーバッグからスマホをとりだすと、ちゃぶ台の上に置いた。
なんだなんだと持ってスマホを覗き込むと、そこには陽詩の動画チャンネルが開かれていた。
「興味ねー」
「そういわずに見ろ!」
問答無用で再生ボタンを押す陽詩。
動画が再生される。
『マオマオ! チャンネル~!』
とんでもなくあざとい声が六畳一間に響き渡る。
いまの誰の声だよ。
『かっかっかっ! よくぞ参った皆の衆! 我は異世界ベルンドの魔王マオマオ! このチャンネルはわらわの悲願である世界征服を実現するために立ち上げた資金調達の要である!』
画面の陽詩は、パイプ椅子の上で腕と足を組んでおりとてつもなく偉そうだ。
動画はどこかの会議室で撮っているのか、彼女の後ろにはホワイトボードがある。そこにはでかでかと「世界征服!!」と書かれていた。
”かわいい”
”かわいい”
”かわいい”
”動画配信で世界征服って意味わからん。でもかわいい。”
”かわいい”
視聴者たちからはひたすらか褒めちぎられている。現時点ではかわいいを連呼されているだけだがな。
『さて、いくらお主らが愚か者とはいえ、いきなり世界征服などといわれても受け入れがたいことじゃろう。そこで今回の動画では、わらわが提示する素晴らしき世界の理念を伝えようと思う! 心して聞くがよい!』
どこまでも上から目線だなこいつ。
”かわいい”
”かわいい”
”教えてください魔王様”
”結婚してください”
”かわいい”
画面の中の陽詩はパイプ椅子から立ち上がり、腰に下げていたレイピアを抜いた。
彼女はその切っ先をカメラに向かってつきつける。
『この世界は混沌としておる! 一見なにもかもがテクノロジーによって整理されているようにみえて、その実この世界で生きる人々は常になにかに迷い続けておる! 進学、恋愛、就職活動! 自分か! 家庭か! それとも社会なのか! なにを選んでも、どのような人生を思い描いても、はたしてそれが本当に幸せなのかわからない。どう生きればいいのかわからない。そうではないか皆の衆!』
”意識高いかわいい”
”熱弁するマオマオたんかわいい”
”椅子から立つときのぎりぎりのラインが推せる”
”いいたいことはわかる。しかしかわいい。”
”共感とかわいさに悶える”
『だからこそこの世界にはわらわが必要なのじゃ! 混沌の世に産まれし迷える子羊どもよ! いまこそわらわを生きがいにするがよい! わらわを支え、わらわのために尽くすことに喜びを感じることを許可しよう! この世界の中心にわらわあり! それこそがわらわの提示する世界征服の理念なのじゃ!』
”中二病?”
”つまり好きになっていいってこと?”
”かわいいから推すわ”
”うおおおお、マオマオたああああん!”
”マオマオたんばんざーい!”
『かっかっかっ! ついてくるがよい、皆の衆! 共に世界を甘美なる暗闇で満たそうぞ! ……では、今回の動画はここまでじゃ。またの!』
画面が暗転し、関連動画と妙にキレッキレなダンスを踊る陽詩が表示された。
「ちょっとやばめの宗教じゃないかこれ!?」
「なにをいう。いまも昔も異世界も、誰かに命令されて喜ぶ者は一定数おるんじゃぞ」
「だとしても……いやまてよ、これってさ」
「うむ」
「お前の世界征服ってつまり、世界一の愛されキャラを目指すってことなのか?」
要約するとそういうことになるよな。みんなに支えて欲しい。みんなが自分のいうことを聞いてそれに喜びを感じて欲しい。
陽詩がいっているのはつまりそういうことだ。
「かっかっかっ! 面白いことをいうのう、幹也よ」
「違うのか?」
「いや、あっとるよ」
「あってんのかよ!」
じゃあもうただの自己顕示欲の強い我儘娘じゃん。
「じゃがな、さっきもいったとおり、わらわが生きがいになっているものが大勢おるのは事実。人は誰かに頼られたいんじゃ。誰かに尽くしたいんじゃ。わらわは無条件に、わらわに尽くす権利を与えることによって人々の支持を集めとるわけじゃな」
「そんなことが許されるのか……」
「許されるもなにも事実じゃといっとるじゃろーが。わらわは人に愛されることで人の役にたっておるんじゃよ」
認めたくはない。認めたくはないが世の中にはこういうやつがいる。
とにかく人を惹きつけて離さない生粋のカリスマを持っている奴が。
大概の人が血のにじむような努力によって人との関わり方や扱い方を学ぶ中、産まれたその時から人の上に立つことが自然に出来てしまう奴がいるんだ。
しかもその人を持ち上げている人たちってのは自ら進んでやる場合が多い。まさに陽キャ・オブ・陽キャ。産まれてから死ぬまで愛され赤ちゃん。永遠のお猫様。
ある意味、人の支持を集めなきゃやってられないという意味では魔王も配信者も同じ。だれもが苦しむ人気取りという面で苦労しないこいつは、まさに生まれながらの配信者であり、廃信者製造機なのだ。
「そろそろわらわのすごさがわかったであろう。そのわらわが直々にお主を仲間にしようとこうして足を運んでいること。それがいかに尊いことか理解できたか?」
「気に入らねー」
「なんでじゃ!」
気に入るわけないだろ。そりゃこいつが好きで応援してる奴らなら血の涙を流すほど喜ぶかもしれないが、俺はファンでも何でもない。
むしろ家に居座られて迷惑しているくらいだ。
「俺はお前のファンじゃない。家に押しかけられて嬉しいわけないだろ」
俺がそういうと陽詩は「ふふん」と得意気な顔になった。
「そういうだろうと思っておった。そこでわらわからある提案がある!」
「提案? どんな?」
「幹也よ……お主にわらわを好きになる権利をやろう!」
ちりーん……、と夏の湿った風が風鈴を揺らした。
ちょっとなにいってるかわかんない。
「頭大丈夫か?」
「大丈夫じゃ! 今日もいい具合に茹っておるわ!」
大丈夫じゃないんじゃないかそれ。
「それで、詳しく聞く気にはなれないけど、好きになる権利ってなんなんだ?」
「そのままの意味よ! お主がわらわを好きになれば喜んでわがギルドに入るであろう?」
「そりゃそうだろうけど……どこを好きになれと?」
「それは……顔とか?」
こてん、と小首を傾げる陽詩。仕草は可愛らしいが盲目になるほどではない。
「馬鹿らしい」
「あ、ちょっ、どこいくんじゃ!」
「ダンジョンだよ。今日の配信をしにいく」
「このクソ暑いのにか!?」
「俺はお前と違って生活がかかってんだよ。帰らないなら大人しく留守番してろ」
俺はドローンを持って部屋を出た。
なーにが好きになってもいいだ。
人間、そう簡単に誰かを好きになるわけないだろ。
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2023/07/06 誤字を修正しました。
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